ホテルコンシェルジュ
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絶対に「NO」と言わない、ホスピタリティの達人
「サムライに会いたい」「石灯籠が気に入ったので、買える店を教えてほしい」――急増する訪日外国人の奇想天外なリクエストにも慌てず騒がず、笑顔で応えるのが、ホテルの“よろず相談係”と呼ばれる「ホテルコンシェルジュ」だ。日本ではまだなじみの薄い職種だが、同名タイトルのTVドラマも放映され、認知度は高まりつつある。ホテルの顔、都市の顔、そして観光立国を目指す日本の新しい顔としてインバウンド時代を支える、凄腕仕事人の実態とは。
観光案内から予約代行まで、ホテルの“よろず相談係”
2014年、海外から日本を訪れた観光客は過去最高の1341万人。訪日外国人を意味する英語「インバウンド」も、いまや日本経済のキーワードに定着した。今後、20年の東京オリンピック開催へ向けて、インバウンド熱のさらなる盛り上がりが見込まれるなか、日本の窓口として、そうした外国人観光客へのハイレベルな接遇を担う仕事に注目が集まっている。「ホテルコンシェルジュ」である。
コンシェルジュとは、フランス語で「門番、管理人」の意味。ホテルスタッフの一員として、ホテルを利用する人のあらゆるリクエストや問い合わせに応じるのがホテルコンシェルジュのミッションだ。法的、道徳的に問題がないかぎり、どのような要望でも受け付ける。ホテルの“何でも屋”“よろず相談係”と呼ばれるゆえんである。
たとえば、あなたが海外から来日したクライアントの接待役をまかされたとしよう。先方がオフの日に突然、「せっかく日本へ来たのだから本格的な茶室でお茶をたしなんでみたい。ただし時間がないので都内で」と言い出した。どこへ案内すればいいか、見当もつかない……。そんな時に頼りになるのが、クライアントの宿泊先のホテルコンシェルジュだ。気軽に相談すれば、都内で茶道体験ができるおすすめスポットの二つや三つ、すぐに教えてくれるにちがいない。他にも、ホテル内の施設・設備に関わる問い合わせはもちろんのこと、観光名所の案内から旅のプランづくり、航空券の予約とリコンファーム(予約確認)、レストランや劇場・映画館などの座席予約にビジネス文書の作成・翻訳まで、サービスの内容や範囲は利用客のリクエストの数だけ無限に広がる。
ホテルコンシェルジュという専門職が生まれたのは19世紀後半のヨーロッパ。欧米の一流ホテルには必ず常駐し、宿泊客はそのサービスを当たり前のように利用している。日本では、1986年にホテル西洋銀座(2013年に閉館)が導入したのが最初だから、まだ歴史も浅く、一般になじみのうすい職業であることは否めない。現在、日本コンシェルジュ協会に加入しているホテルコンシェルジュは、全国の有名ホテルなど約50施設の計90人ほどである。
難題には“代案”を示し、客を期待以上の満足へと導く
客がいちいち言わなくても、気持ちを察して、かゆいところに手の届くサービスをするのが「おもてなし」。東京オリンピック誘致を機に再評価された日本式のホスピタリティである。一方、ホテルコンシェルジュが対応するのは、あくまでも利用客のリクエストを受けてから。求められなければ動かないが、求められれば徹底して動くのが特徴だ。レストランの座席予約なら「窓際がいい」「個室がいい」と、要望を明確に伝えられて初めて本領を発揮する。
そのホテルコンシェルジュの本領とは、客のどんな要望にも、絶対にNOと言わないこと。海外からの旅行者が宿泊客の約7割を占める東京・六本木のグランドハイアット東京で、コンシェルジュを務める阿部佳さんのデスクには、1日300件以上の依頼や問い合わせが寄せられるが、なかには「サムライに会える場所に行きたい」「以前に親しかった日本人を探して」といった無理難題も少なくないという。「富士山に登りたい」といわれて、すぐにツアーを調べたが、すでに予約でいっぱいだったこともある。コンシェルジュの世界的な組織「レ・クレドール」の名誉会員である阿部さんは、そんなときもけっしてNOと言わない。それは「できないことをできると言う」のとは、根本的に違う。大切なのは客の真意を深く理解し、融通を利かせ、相手を期待以上の満足へと導く“代案”を提示できるかどうか。富士登山をリクエストした上記の客は、阿部さんが用意した箱根での別プランをおおいに楽しんだという。
ホテルコンシェルジュの仕事の醍醐味は、マニュアルを超えたサービスを提供できることにある。海外からの旅行者の中には、コンシェルジュの有無やその実力に関する評判を、ホテル選びの最重要ポイントと考える人もいるほどだ。何よりうれしいのは、コンシェルジュの応対しだいで、利用客の旅の感動がさらに深まり、ホテルの印象や街の印象、ひいては日本全体の印象までがよいものに変わっていくこと。やりがいはきわめて大きいといえるだろう。
人を喜ばせたい、人の役に立ちたいというホスピタリティが旺盛な人はこの職種に限らず、ホテルスタッフ全般に向いている。その上でコンシェルジュにとりわけ必要なのは、外国人と細かいやりとりができるだけの高い語学力とコミュニケーション能力、臨機応変の対応力だ。利用客の多様な要望をかなえるために、ホテル外のコネクションを駆使することも多いので、情報収集力やネットワーク力も求められる。
語学は基本中の基本、専門学校や留学経験も就職に有利
ホテルコンシェルジュになるには、コンシェルジュ・サービスを導入しているホテルの採用試験に合格し、就職することが大前提となるが、ほとんどのホテルでは職種別の採用を行っていないのが現状だ。ましてコンシェルジュは経験値と知識量、情報量がものをいう仕事。いきなり就けるポジションではない。まずはさまざまな業務を通じてスキルと教養を磨き、人脈を広げながら、起用されるチャンスを待つのが一般的なキャリアの道筋だろう。
資格は必須ではないが、大手外資系ホテルを中心に、コンシェルジュを導入しているようなホテルでは、スタッフの採用試験で語学の能力が重視される。「英検○級以上」「TOEIC○○○点以上」といった基準を設定しているホテルもあり、英語に限らず、中国語や韓国語に関しても、「日常会話ができる」などの能力を持っていることで有利になる場合が多いようだ。また、ホテル科や観光学科がある専門学校に通ったり、海外のホテル学校に留学したりして、ホテル業界全般に関する知識を身につけておくことも、就職には役立つだろう。
ホテルスタッフの給料は、勤務するホテルの規模や部署、ポジションなどによって変わってくる。日本でコンシェルジュがいる有名ホテル、一流ホテルでは、平均年収が400万円台~600万円台と言われているが、コンシェルジュに関してはホテルの“顔”でもあり、優秀な人材が昇進して就く花形ポジションなので、年収は平均より高めであることが多い。
上述の阿部さんも名誉会員に認定されているコンシェルジュの国際組織「レ・クレドール」のホームページによると、正会員にのみ、金色の“鍵”をデザインしたバッジをつけることが許されている。この黄金の鍵は「旅行者のために、どんなドアも開けて差し上げましょう」というコンシェルジュのシンボルだという。“旅行者”の部分を、“消費者”“顧客”あるいは“社会”と読み替えてみると、一般のビジネスパーソンも、コンシェルジュの仕事ぶりに学ぶべきところが多いのではないだろうか。
※本内容は2015年7月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | マニュアルを超えたサービスを提供できること |
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就く方法 | コンシェルジュ・サービスを導入しているホテルの採用試験に合格し、就職し、スキルや教養を磨きながら起用されるチャンスを待つ |
必要な適性・能力 | ホスピタリティと外国人と細かいやりとりができるだけの高い語学力とコミュニケーション能力、臨機応変の対応力 |
収入 | 年収400万~600万円台以上 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。