オーケストラ
「楽団員の生活は楽じゃない」との定評あり。
終身雇用から契約楽団員・年俸制へ移行続出。
年俸制だ、能力給だと攻め立てられる仕事に疲れ、コンサートホールで贔屓のオーケストラの音に包まれてホッと自分を取り戻す――そんなひとときに申し訳ないですが、至福の音楽を奏でるオーケストラの楽団員にまで、能力評価による年俸制が取り入れられ始めたと聞いたら、興ざめにならないでしょうか……。(コラムニスト・石田修大)
N響、読売日響、都響がビッグ・スリー
日本で唯一のプロ・オーケストラの組織である「日本オーケストラ連盟」に加入するオケは、北は札幌交響楽団から南は九州交響楽団まで現在23楽団。1911年創立、楽団員約170人の東京フィルハーモニー交響楽団から、1989年創立、楽団員50人強の大阪センチュリー交響楽団まで、歴史も規模もさまざまだ。
なかでも東京をベースにするNHK交響楽団、読売日本交響楽団、東京都交響楽団がビッグ・スリー、御三家と言われる。演奏水準もさることながら、日本音楽家ユニオンの2003年調査によれば、N響が年間総経費32億円弱、楽団員111人、読売日響は同21億円、93人、都響も19億円、96人と規模も群を抜いている。
プロ野球やサッカーのJリーグ同様、日本のオーケストラも企業や地方自治体を経営主体に活動しているところが多い。N響、読売日響はマスコミがバックについているし、都響はじめ京都市交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢などは自治体が全面的に支援している。
地方のオーケストラで多いのは自治体+地元企業の、いわば第三セクター方式。札幌市と北海道新聞の札幌交響楽団、名古屋市とトヨタ自動車の名古屋フィル、広島県、広島市、中国電力の広島交響楽団などがそうだ。独自経営のオケもあるが、東京交響楽団が、すかいらーくの支援や文化庁の補助金を受けるなど、何らかの支援を仰いで活動しているところが多い。
楽団員の平均年収トップはN響の1000万円
N響の終身正指揮者、アンサンブル金沢音楽監督などを務める岩城宏之氏は「いいサウンドはお金の音」と言う。高い給与で優秀な楽団員を集め、最高の指揮者やソリストを呼んでこそ、いい音を出せるということだろう。それだけオーケストラの活動には資金がかかる。
オーケストラの活動は定期演奏会のほか依頼を受けての公演、学校の音楽教育のための演奏会などで、年間100回から150回くらいの演奏会をこなす。主体になるのは自主公演の定期演奏会だが、ホールの借り代だけでも一晩150万円~250万円のほか、楽器の購入、維持費、広告費、公演チラシなどの印刷代、楽譜代などがかかる。
それ以上に負担が大きいのが楽団員の給与。日本の楽団員の生活が楽でないのは定評があり、アルバイトをしている人も多いが、楽団のほとんどは終身雇用制だから50人、100人を抱えるとなれば人件費は馬鹿にならない。日本音楽家ユニオン2003年調査によれば、最高額はN響の年額1000万円(45.3歳)、続いて読売日響767万円(43.6歳)、都響733万円(45.5歳)と御三家がトップに並ぶ。低いほうは関西フィルの220万円(特別契約などを除く、40.9歳)、山形交響楽団の383万円(38.2歳)などだが、400万~500万円台が一般のようだ。
一方、収入はとなると、ほとんど演奏会収入に限られる。それも両チーム合わせて50人程度の選手で最大5万人の観客を相手にするプロ野球などと違って、オーケストラの場合、少なくても50~60人、多ければ100人を超す楽団が演奏を聴かせるのは、せいぜい1000人から2000人。桁違いに効率が悪く、定期演奏会のたびに数百万円の赤字が出るのが実情という。
終身雇用制から能力主義へ移行した東京都交響楽団
このため台所事情は火の車で、とくに近年は長引いた不況が加わって経営母体からの財政援助も細りがち。安泰と見られた自治体支援の楽団も補助金削減が相次いでいる。札幌交響楽団は平均50万円の賞与カットに続いて本給の7%、退職金25%を削減、名古屋フィルも愛知県、名古屋市の双方からの助成金が削減され、神奈川フィルも一時金カット、給与の削減が続いているという。
そして御三家の一角、東京都交響楽団では、この5月から終身雇用制に代わって契約楽員制度(3年間)を採用、能力・業績評価による年俸制に移行することになった。契約楽員制はアンサンブル金沢が一昨年に導入しているが、能力・業績評価を取り入れるのは初めてのケースという。
石原都知事が就任以来進めてきた財政再建策の一環で、楽団への補助金3割削減、楽団定員の90人への削減などに続く措置。このため都響の楽団員は5月にいったん退職し、首席・副首席奏者は全員契約楽員に、他の奏者は契約楽員になるか終身雇用かを選択することになる。年俸制の本給は終身の場合、契約より120万円~70万円低く設定されており、40歳で契約楽員なら670万円、終身では600万円になる。
「給料上げろ」とベア要求の音も奏でそう…
今年10月開館予定の兵庫県立芸術文化センター付属交響楽団(佐渡裕芸術監督)も、35歳以下の中心メンバー48人を各国から公募したが、契約金額は年額360万円、期間は最長3年、原則更新なし、としている。契約楽員制は広まりつつあるようだが、都響の場合、評価基準に能力・業績だけでなく、マナーや規律順守などの態度まで盛り込もうとしており、楽団員の反発を買っている。
文化は刺身のつま程度にしか考えない日本では、自治体も企業も目立ちやすいホール建設に資金は投じても、オーケストラの維持には関心が薄い。オーケストラのリストラはますます進みそうだが、このままでは「お金の音」ではなく、「金よこせ」「給与を上げろ」とベア要求の音を聴かされることになりかねない。
(数字や記録などは2005年4月現在のものです)
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。