ASTD –STADA Asia Pacificカンファレンス2012
2012年10月31日~11月2日に、シンガポールのMarina Bay Sandsコンベンションセンターにて、ASTDとSTADA(Singapore Training and Development Association)の共催による、カンファレンスが開催されました。アジア地域でこれほど大規模なASTD関連のカンファレンスが開催されるのは昨 年が初めてで、今年は昨年に続き、2回目の開催。シンガポールを中心としたアジア地域のほか、米国、ヨーロッパなどから多数の人事、人材開発部門、コンルタントの方々が参加しました。
(取材・レポート)
浦山 昌志 IPイノベーションズ 代表取締役、ASTD Global Network Japan事務局長
奥村 吉彦 IPイノベーションズ Learning & Development事業部長、理事
ASTD本大会との違い
ASTDの米国での開催と比較すると、参加人数は数分の一の規模でした。セッション数は、3日間でコンカレントセッション51、基調講演2ですから、かなり小規模です。展示ブースも出展者数は20~30程度。昨年と比べて数が減った印象です。テーマをアジアにフォーカスをした講演の多いところが、米国で開催されるASTDとの大きな違いです。
大会のテーマ
プロモーションの段階から大きくテーマは示されていませんでしたが、初日のプレゼンビデオで紹介された言葉は“Community Spirit”(共同体精神、絆)でした。セッションの中でも何度も紹介されていましたが、「皆がひとつになって新しいチャレンジに取り組もう」という精神です。国ごとの文化、考え方の違いに細かくこだわっていては、何も進まない。皆がつながって、コミュニティーとして情報交換し、絆を強めて、さまざまな問題を共通のものを見つけて解決していくという姿勢が伝わってきました。
基調講演
(1)「第3世代のリーダーシップチャレンジ」 /ダニエル・キム
組織開発の祖とも言われるキム氏による講演は、私たちは今、農耕時代から産業革命が起こった時期と同じくらいの変化の激しい時代にいて、これまでの (1)創業期のリーダーシップ、(2)成長期のリーダーシップではなく、(3)変革期のリーダーシップを発揮しなければならない状況にあるという、メッセージでした。
変革期のリーダーに求められる資質と行動は、工業化社会のマシンモデル(大量生産)と根本的に異なっていて、どんなにカスタマイズしてもコストが増えない新しいモデルを、想像力を働かせて構築しなければならないこと、また、単に問題に対処する学びのしかたから、内省を含むダブル、トリプルループの学習の必要性が示されました。また、ダニエルピンクの動画を共有しながら、(1)Autonomy(自律性)、(2)Mastery(熟達)、(3)Purpose(目的)を強調しました。そして第3世代のリーダーとして、いったいあなたは何者なのかをしっかりと自分に問うことが大切というであることを示しました。それには、パフォーマンスに与えるHuman Capacityとしての要素(体、心、スピリットなど)が重要なファクターであるとのこと。また、その後の彼のコンカレントセッションでは、具体的に成功のサイクルをどう定義し働きかけるかのステップが詳しく語られました。
(2)ITトレンドとラーニング /Cris Pirie (Microsoft, ASTD Director)
ハリケーンで飛行機が飛ばず、ASTD会長Tony Binghamは、2日目の基調講演を務めることができませんでした。その代わりにASTDのDirector Cris PirieがITトレンドとラーニングについて語りました。この内容はほぼ5月の本大会とほぼ同じですので詳しくは割愛しますが、彼はITトレンドとして、(1)端末の多様化、(2)クラウドコンピューティングの進展、(3)NUI(Natural User Interface)について語りました。また、そのITの活用が学びの世界に適用されるのが遅れていることを指摘し、その先進事例としてカーンアカデミーやマイクロソフトのキネクトなどの応用例について発表しました。
(3)Courageous Leadership「勇気あるリーダーシップ」 /ビル・トレジャラー
痛みやリスクを伴い、不確かな状況などに置かれても、恐れを克服しながら勇気をもって行動するリーダーシップについての講演でした。もともと勇気は誰もが持っていて、スキルとして開発できること、また、その勇気の発揮によってエンゲージメントやパフォーマンスを高めることができ、組織全体に益をもたらすことができることが示されました。勇気に戻づいたリーダーシップの発揮のためには、下記のステップが必要とのこと。
(1)Try:先ずコンフォートゾーンを飛び出して実際にやってみる勇気
(2)Trust:全て細かく指示せず、人を信頼して任せる勇気
(3)Tell:上位職にでも、正しいが言いにくいことを言う勇気
そして、高台からプールに飛び込む選手のビデオを上映し、不安な場面でもそれを乗り越えて行く勇気が必要だと力説していました。また、各ステップについて具体的な手法や手順などを細かく示しました。実際にどうしたらその勇気を持てるのか、また、勇気の源泉は何なのかについてもっと知りたいと思いましたが、残念ながら詳しい説明はありませんでした。これ以上は、彼のリーダーシップコースを受講してください、ということなのかもしれません。
その他のコンカレントセッションの報告や印象
コンカレントセッションは七つのテーマに分かれていました。各テーマのセッション数は、以下の通りです。
No | 項目 | セッション数 |
---|---|---|
1. | INNOVATION | 3 |
2. | PRODUCTIVITY | 6 |
3. | THE HCD INDUSTRY | 6 |
4. | MULTI-CULTURAL, MULTI-GENERATIONAL TRAINING FOR EMPLOYABILITY | 4 |
5. | BLENDED LEARNING AND LEARNING TECHNOLOGY | 5 |
6. | TRAINING TECHNIQUES AND PROCESSES FOR ADULT LEARNING | 5 |
7. | LEADERSHIP DEVELOPMENT & TALENT MANAGEMENT | 13 |
その数を見ると、リーダーシップとタレントマネジメントを扱うセッションが特別多いという印象です。ただし、この中には、数多くのリーダーシップトレーニングを扱う展示事業者の紹介セッションも含まれていますので、関心が高いということだけの意味にとらえない方がよいと思います。
受講したセッションの中で、印象に残ったこととしていくつかご紹介します。
「Transforming Training into Enhanced Performance and ROI」 Dr. Roy Pollock
このセッションでは、トレーニングへの投資は学習した内容が仕事で活用され結果を出すこと、ビジネスでパフォーマンスがより増大することが期待されて行われていることが示されました。それを実現するための方法論として、「The 6Ds」が紹介されました。「The6Ds」を構成する「DEFINE」→「DESIGN」→「DELIVER」→「DRIVE」・「DEPLOY」→「DOCUMENT」、および、それぞれのキーコンセプトと例、またその評価シートのフォーム、オンラインでの学習支援システムなどです。
「The ASTD Competency Model Talent Redefined」 Jennifer Naughton
Learning & Developmentにおける2012年のコンピテンシーや専門領域が、2004年と比較して説明され、さらに2015年にはどのような専門領域が重要となるかが紹介されました。さらに、2004年版と2012年版の基礎となるコンピテンシーの比較が下記のように示されました。
2004年 | 2012年 |
---|---|
1.Business/Management | 1.Business Skills |
2.Interpersonal Skills | 2.Interpersonal Skills |
3.Personal Skills | 3.Personal Skills |
4. | 4.Industry Knowledge |
5. | 5.Technology Literacy |
6. | 6.Global Mindset |
この他にも、日本企業が若い世代をアジア地域に連れてきて、さまざまな体験を通して行う学習を紹介しているセッションや、教育のROIについてのセッションも数多くありました。また脳科学の観点から導き出したリーダーシップモデルなど、度胸や勘ではなく科学的に分析されたアプローチによりリーダーを育てて組織の変化を促進したという報告もありました。
多くのセッションで扱われていたテーマに共通するのは、アジアにフォーカスしたリーダーシップの考え方やコンピテンシー、また若い世代(Generation Y)に対するアプローチの仕方など。米国でのカンファレンス同様、皆さん、真剣に考えていました。
教育を通して企業の文化を変えていくというテーマも、ジョブディスクリプションではなく、何をしようとしているのかを考えさせたり、全部のことを行わせるのではなく正しいことにフォーカスすることを教えるなどの取り組みであったり、そのアプローチもさまざまでした。
一緒に参加された方々との交流会
今回はASTD Global Network Japanとしてのグループで参加しました。日本からは、その他のグループの方も多数いらっしゃいました。私たちのグループでは、朝にその日の参加セッションの状況を互いに調整しあい、夕方には写真のようにブリーフィングを行いました。会場内の他の国の方々にはこのような熱心な姿が見られず、日本人の勤勉さがとても際立っていたように思います。また、現地で行われていた「シンガポール人材開発ハブ構想セミナー」に合流して、シンガポール政府の取組みについて学んだり、最終日には元Global Network Singaporeの会長であるCharles Quah氏と会食しながらアジア地域の人材開発の動向について語り合ったりして、とても充実した時間を過ごしました。
全体を振り返って
良かったところは、アジアにフォーカスしたテーマが多かった点です。ASTDの本大会に比べて、その数や内容は充実していました。アジア地域としてのリーダー育成の視点やタレントマネジメントの課題、シンガポール政府などの戦略なども詳しく知ることができたこと、そしてそのテーマで他の国々の参加者とじっくり議論できたことは、多くの気づきや学びにつながりました。
一方、今年のASAP2012は、昨年に比べて参加者数が減少していた印象を持ちました。主催者に問い合わせたところ、1100名の出席とのことでしたが、昨年のほうが多かったように感じます。政府関連のゲストがいなかった事や、ネットワーキングナイト(交流会)に至っては、昨年のような外部での開催ではなく、受付の狭いスペースを使ったカクテルパーティー程度に姿を変えたことなどからも、規模の縮小は明確でした。
さらにセッションでは、展示事業者によるプレゼンテーションが数多く行われていました。ざっと見ても半分近くは、出展者やスポンサーによるものと思われます。プレゼンの後半などは、特に宣伝部分が見え隠れし、高い参加料を払っている受講者は、複雑な気持ちになっているのではないかと感じました。
ただし、セッションの内容から何に気づき、何を学ぶかはそれぞれの参加者の意識の問題であることも事実です。そういう意味では、与えられた場での貴重な体験、学びは確かにあったと思います。
来年の開催に関して、明確な発表はありませんでしたが、アジア地域で一緒に学びあい、対話する機会が継続的に行われることを願っています。