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日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
全従業員が一体となって多様な人材の活躍を支援
明治の取り組みに学ぶ、アンコンシャスバイアスを糸口にしたDE&I推進

株式会社明治 人財開発部 部長

山口 恭子氏

写真:全従業員が一体となって多様な人材の活躍を支援 明治の取り組みに学ぶ、アンコンシャスバイアスを糸口にしたDE&I推進

顧客の多様化や労働人口減少などの変化を受け、多様な人材が力を発揮できるようにDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)推進に取り組む企業が増えています。多様性への理解を広めるには、DE&Iの有用性や支援の仕方など、さまざまな知識を人事部門から発信する必要がありますが、忙しい従業員に情報を届けるのは簡単ではありません。株式会社明治では、役員や管理職を巻き込み、DE&Iに取り組む機運を醸成。アンコンシャスバイアスに気付くきっかけをつくる動画を現場と作り上げることで、高い理解浸透率を達成しています。同社の事例を基に、参加者全員でDE&Iを推進する際のポイントを議論しました。

Profile
山口 恭子氏
株式会社明治 人財開発部 部長

(やまぐち やすこ)新卒で大手コンビニチェーン本部入社。2015年人事本部人事企画部長就任。事業部門、グループ企業出向等を経て、2022年(株)明治入社。2023年新設された人財開発部長として事業会社のDE&I、人財開発を担当。中央大学大学院戦略経営研究科修了。

「トップ」「当事者」「管理職・同僚」の3方向にアプローチ

株式会社 明治は、明治製菓と明治乳業が2011年に統合・事業再編され、明治ホールディングスの傘下で食品セグメントを担っている。ヨーグルト、チョコレート、プロテインの国内売り上げシェアはトップ。そのほか、ホテルやレストラン、病院など業務用商品を扱うBtoCの事業も成長してきていると山口氏は語る。

「2011年に統合されてから約10年を経た時点で、『ONEカンパニー推進』という一つのテーマを達成することができました。一方で、それが逆に「価値観の同質化」という課題になっていることにも気づきました。顧客の多様化、従業員の意識の変化、企業に対する社会性向上の要請、グローバルな企業間競争の激化といった社内外の潮流によって、DE&l推進の必要性を感じたのです。

そこで、2021年から、グローバル人財、LGBTQ+、シニア、チャレンジド(障がい者)、女性活躍、をDE&lの重点5領域に定め、全従業員を対象に多様性を推進する活動をスタートさせました。 DE&Iポリシーには2024年度から“エクイティ”に関する記述を加えました」

ここで山口氏は、図解イラストを投影した。“エクイティ(公平)”を“イクアリティ(平等)”と比較しながら、分かりやすく例えたものである。後者は、全員に同じ自転車を一律に与えること、前者は、一人ひとりの体の特性などに合わせて、車椅子用の自転車や車輪のサイズの違う自転車を与えることが示されている。“エクイティ”によって、誰もが等しく自転車に乗れる、つまり、誰もが活躍の機会を持つことができると考えられる。

「DE&l推進のための、具体的なアプローチは三つです。トップのコミットメント、当事者、管理職・同僚(当事者の周囲)。これら三位一体での取り組みが不可欠です」

トップのコミットメントについては、役員研修を年1回行っている。執行役員以上が集まり、DE&lの知識を得る機会という位置付けだ。また、「役員DE&lトークセッション」という動画を製作。例えば、社長、副社長、女性役員の3人が、台本なしでDE&lをテーマに話し合い、1本あたり20分程度にまとめて全社員に配信。予想以上に視聴率が高く、社員の関心の高さを実感したという。

「継続的に配信し、役員もDE&Iを学びブラッシュアップしている姿を社内に示すことが重要です」

二つ目は、当事者向け。例えば、女性に向けては、特に女性社員の少ない営業と生産の部門に女性を増やしていくためのパイプライン作りから取り組んでいる。また、キャリアアップという“縦”の施策と、両立支援・継続就業のための“横”の施策という両面からの働きかけを取り入れている。

「“縦”の施策では、等級別の研修の充実を図りました。新たに三つの階層を設けて、キャリアビジョン設定・自信創出による昇格意欲向上、リーダーになるためのスキル習得・社外ネットワーク構築、管理職として活躍するためのリーダーシップなど、階層ごとに必要なテーマをいくつか掲げて、さまざまな研修メニューを組み立てました。

“横”の施策としては、1ヵ月に業務時間の90分を充てられるERG(従業員リソースグループ)活動を推奨しています。例えば、全国の工場を横断したネットワーキンググループでは、各地にいる先輩から話を聞いたり、独自の働き方を共有したり、悩みや目標について語り合ったりしています。育児に関わる社員が集まるグループもあります。

女性のネットワーキンググループ“かがやき塾”は、誰でも参加可能です。女性特有のテーマに関する学びや話し合いを通じて、キャリア形成のハードルを乗り越えるヒントや、前向きにいきいきと働くきっかけが得られる場となることを目指しています。PMS・生理、妊娠・出産、更年期など、月ごとに多様なテーマを取り上げます」

三つ目の管理職・同僚への取り組みでは、研修の前のヒアリング、研修後のアクションプランを重視している。研修前後による行動変化をチェックし、現状を把握し次の施策に活かすためである。例えば、DE&l研修の際には、自職場において推進すべきDE&lテーマの選択肢を複数提示し、回答を集計・分析している。

「管理職全員が受講するセミナーでは、部下のワーク・ライフ・バランスを応援しながら組織成果にコミットする具体的な“打ち手”のヒントが得られるようにプログラムを編成。事前事後のアンケートによる意志や行動の変化の確認も欠かしません」

DE&l推進のため女性“比率”等を目標設定する理由

次に山口氏は、DE&l推進の中でも女性活躍推進に関する社内調査の結果を紹介。女性は8割強、男性は7割程度が、推進への取り組みを肯定的に捉えていた。とはいえ、「男性の差別や不公平につながる」「女性だから昇進したと思われる」「男女関係なく平等に能力ある人材を登用すべき」「ダイバーシティは個々の違いに注目するものなのに女性の属性でのグルーピングはおかしい」「女性管理職比率の向上が会社のプラスとなると思わない」といったネガティブな回答は、女性からも寄せられたという。

写真:山口 恭子氏(株式会社明治 人財開発部 部長)

「このような意見は、皆さんの会社でも耳にするのではないでしょうか。特に、DE&l推進のために掲げる比率目標への抵抗は少なからずあるはずです。『目標数値はなぜ必要なのか』という問いに対して、皆さんは、どのように答えたらいいと思いますか」

山口氏は、「経営戦略に数値目標があるのは当たり前だ」という話から始めているという。事業会社であれば、売上や利益など、いろんな数値の目標を立てるものである。従って、ダイバーシティ推進や女性活躍推進を経営戦略の一つに掲げるのであれば、そこに数値目標を設定するのは当然だと答える。

「さらに、女性管理職比率や女性役員比率などの目標として30%という数字をよく聞くと思いますが、これにも根拠があります。

ある集団において、その人たちに心理的安全性が担保されていて意見が言いやすく、組織風土が変わるには、一定の数、30%が必要だという『黄金の3割』(クリティカル・マス)理論に裏付けられているのです。この数字を境に変化が起こると考えられています。

また、女性にもさまざまな考え方や価値観があるのに、女性が10人に1人しかいない場合、たった1人が女性という属性を代表するトークン(象徴)だと捉えられてしまうリスクは見過ごせません。全体の3割以上を占めたときに偏りが緩和されて全体像にも近づくという考えがあります。以上から、目標30%という数字にも意味があるのです」

身近に潜むアンコンシャスバイアスへの気づきを促す動画

DE&l推進にあたって、どの属性の人も自覚すべきはアンコンシャスバイアスだと山口氏は提起する。

「アンコンシャスバイアスとは、人間であれば誰でも持っている脳の省力モードの機能により生じるものです。人間は、これまでの経験とか、見たもの、聞いたものを基にした固定概念(バイアス)を無意識に(アンコンシャス)使って、脳を省力化させてスピーディーに情報処理をする性質を持っています。

例えば、インターネットで“リーダー”や“経営者”を画像検索してみると、上位に掲示されるのは男性の写真ばかりです。実際に今はまだ男性の方が多い状況ではありますが、この検索結果が表しているように、私たちの頭の中にも刷り込みや思い込みが植え付けられていると言えます」

サーベイやアンケートなど、統計結果の扱いにも注意すべきだと山口氏は言う。例えば、「男性の方が昇格意欲が高く、昇格を喜ぶ」「女性は昇格に対する優先順位が低く、ワーク・ライフ・バランスを重視する」といったデータが表れたからといって、ある男性は昇格しても喜ぶとは限らないし、ある女性の方が昇格をうれしく思うかもしれない。統計結果と個々の状況は一致するわけではないため、統計を元に物事を判断した結果、意図せず差別につながってしまう「統計的差別」という事象も起こり得る。

「『キャリアアップについて今の気持ちに近いものを一つ選んでください』という社内調査を行ったところ、キャリアアップを喜ぶ男性は約50%、女性は約45%でした。一般的には、男性の方がかなり高いだろうと考えがちですが、男女に大差はなく、属性と志向の間に関係性がないことがわかります。アンコンシャスバイアスを自覚すべき、ということが理解できる当社の実例だと思います」

アンコンシャスバイアスへの社内での取り組みの一つとして、山口氏は一本の動画「アンコン・ショート動画」を流した。社内でありがち・起こりがちな場面を舞台に、自分自身が気づいていない物の見方や捉え方のゆがみ・偏りに客観的に気づけるようなストーリーにまとめたものである。できるだけ自分ごととして考えられるようにするため、実際の社員が出演し、自社内の工場や会議室を使って撮影した。既製の研修素材とは違い、セリフは棒読みで手作り感もあるが、逆に、社員たちの関心を高める効果が高い。

「具体的には、性別や年齢による役割分担、結婚や家族の形態、海外の方とのコミュニケーション、仕事の頼み方、チャレンジド(障がい者)への応対、などに関するアンコンシャスバイアスを、『職場でよくあるアンコン事例』『自分とは異なる立場の方に対するアンコン事例』『誰にでもあるアンコン事例』などのテーマに分けて制作しました。役割分担の打ち合わせ、新規プロジェクトの会議、オンラインミーティング、取引先との引き継ぎ商談、歓迎会の誘い、残業中の同僚の会話など、等身大のシーンを用いた動画を毎年3本ペースで2022年度から配信しています。今年度版も制作中でして1話あたり5分から10分程度。いつでも視聴できます。

今では、『それ、アンコンだよね』『これは私のアンコンかもしれませんが』と、アンコンシャスバイアスを略したアンコンという言葉が、社内で普通に使われるようになりました。この動画は、アンコンシャスバイアスを自覚する大きなきっかけになったと感じています」

DE&l 推進によって、近年生まれていない大ヒット商品(イノベーション)を生み出していきたいという思いも根底にはあるが、“イノベーション”は、既存の「知」と新しい「知」の掛け合わせから生まれるだけではない。一人ひとりの中にある多様性への気づきによっても創造されるものだと、山口氏は説く。社員個々が持ち備えている特性に注目し引き出すような働きかけを大切にしながら、DE&lを今後も進めていきたいと考えている。

写真:山口 恭子氏(株式会社明治 人財開発部 部長)

質疑応答:視聴率を高める工夫、トップ意識醸成の工夫とは?

山口氏の講演を受けて、参加者からの質疑応答が行われた。

参加者:当社でもアンコンシャスバイアスの動画などを展開していますが、視聴しない人も少なくありません。ちゃんと見てもらうための仕組みや工夫などあれば教えてください。

山口:視聴を必須としているコンテンツについては、eラーニングの仕組みを通じてログを取っています。未視聴者にはアラートが飛び続けます。アンコンシャスバイアスのオリジナル動画については、出演者や場面が身近なこともあって社員間で話題に上りやすいところも、高い視聴率の要因になっていると感じています。

参加者:三位一体で取り組んでいく中に、トップコミットメントを挙げられていますが、トップの意識醸成のコツなどを、ぜひ伺いたいです。

山口:企業には、外部のいろんなステークホルダーからの要望や、義務化された人的資本情報の開示もありますから、「これのために必要なのです」と外側の視点を利用して、トップに必要性を伝えるのも手だと思います。それから、先ほどもお話しした役員研修ですが、研修から時間が経過するとどうしても温度が下がってしまうので、そうならないように、定期的にインプットの機会を設けています。

参加者:「アンコン」という言葉が社員の間に浸透したというお話しがありましたが、そのような発言は心理的安全性が担保されていなければ出にくいと思います。物を言いやすい風土醸成への取り組みがあれば教えてください。

山口:当社は歴史があり規模も大きいこともあり、もともとトップダウンの強い会社です。心理的安全性が高いと言い切れない面もあると感じます。そのため、手挙げによる30人ぐらいのメンバーで風土改革のワークショップを開いて、社長への提言も行なっています。ボトムアップだけでは解決しませんから、役員にも参加してもらいながら進めています。風土を変えるには時間がかかるため、じっくりと4年は続けていこうという計画で、今はまだ2年目。全ての職場に心理的安全性が担保されていくよう、取り組んでいる最中です。

グループ報告:トップや社員たちをいかに巻き込んでいくか?

最後に、受講者たちはグループに分かれてディスカッションを行い、その内容が発表された。

参加者:私たちのチームは、ダイバーシティや女性活躍をスタートさせた時期は「10年前」から「最近始めたばかり」までさまざまでしたが、主に二つの課題が共有されました。一つは、トップの巻き込みの難しさ。もう一つは、いかに自分ごととして捉えてもらうか、でした。

トップのコミットの事例としては、数年後に男性育休取得率が数%から90%に上昇し、平均取得日数も40日に増えたという、一定の成果を上げた取り組みが紹介されました。自分ごととして捉えるための活動としては、組織横断でランチ会や座談会を開いているという話などがありました。

山口氏:トップの巻き込みについては、トップが積極的に発信してくれるに越したことはないのですが、必要性をしっかりと感じて発信してもらうためには、インプットとブラッシュアップの機会を、研修などを通じてトップに提供し続けていくことが効果的です。ちなみに、先ほど紹介したアンコン動画には役員も出演していて、巻き込みにもなっていると思います。

参加者:推進していくための施策作りの難しさが話の中心になりました。例えば、研修の対象を全員にするか、選抜した社員にするか、それによって受講者や社員全体の受け止めも変わってくると思います。女性活躍推進の研修自体に対する反発がある、施策の継続が大変、研修の効果測定や浸透度の判断が難しい、といった悩みも出てきました。

山口氏:営業とは違い、推進活動は数字に表しにくいものですが、それでも目標を立てて数値化した方が、施策は進めやすくなると思います。当社の場合は、何をいつまで、どこまで達成する、研修には何人参加してもらう、事後アンケートで理解度を何%にする、工場向けの施策は何回実施する、といったことを数値設定しています。見える化すれば、進捗状況も報告しやすく、成果の把握も容易です。私たち自身のモチベーションにもつながります。

写真:山口 恭子氏(株式会社明治 人財開発部 部長)

参加者:私たちのチームでは、社員同士のコミュニケーションの機会がまだ少ないという話から始まり、それぞれの状況を語り合いました。例えば、価値観の掲示板というものに、あるテーマについて社員たちが付箋に書いてそれぞれ貼り付けていくことで、いろんな意見を可視化しているという話、いろんな属性・部署・日頃交流のない社員同士が集まるシャッフルランチを実施している話、疲労やストレスがたまる入社1年目のタイミングで社長や役員も参加する研修を設けている話などが紹介されました。

また、施策を実行する際に一定数の社員からの反発が起こる、施策の途中で目的やゴールを見失いがちになるといった課題が共通していたのですが、全社を巻き込んで社員に当事者意識をしっかり持ってもらうように工夫していこうという話になりました。

山口氏:新しい施策に対する反発は、必ずあるものです。その人たちの声に耳を傾けて、丁寧に説明するようにしたり、ネガティブな意見を分析してみたり、といったことを行ないつつ、施策の進め方などに反映させていくように私も心がけています。

今日は、各社のお話を伺うことができて、私にとっても勉強になりました。皆さんも、一つでも二つでも何かしら持ち帰っていただければと思います。本日はどうもありがとうございました。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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