ライフシフト・ジャパン株式会社 設立一周年&書籍出版記念イベント
「日本版ライフシフト」の法則
2018年12月4日(火) @日本橋 WASEDA NEO
『ライフシフト』を「人生の主人公として、『100年ライフ』を楽しむこと」と定義し、この考え方を日本に根づかせ、「人生100年時代」に一人でも多くの人がワクワク、楽しく生きられる社会づくりをめざそうという提言を行っているのが、ライフシフト・ジャパン株式会社だ。この日は、同社の設立一周年および、第一弾書籍となる『実践! 50歳からのライフシフト術』の発売を記念したスペシャル・イベント「ライフシフト・ジャパン設立一周年記念フォーラム」が開催された。会場は多くの企業・人事関係者で満員となり、ライフシフトという考え方への関心の高さをうかがわせた。ここでは、著名なパネラーを招いて展開されたパネルディスカッションを中心に、当日の模様をレポートでご紹介する。
人生の主人公として100年ライフを楽しむ
イベントの冒頭では取締役会長・安藤哲也氏の開会挨拶に続き、代表取締役CEO・大野誠一氏から、ライフシフト・ジャパン株式会社の設立から現在までの活動報告、今後の基本方針についての発表が行われた。
「人生100年時代」を迎え、今や従来型の「教育→仕事→引退」という3ステージ制のライフコースが崩壊しつつある。不確実性が高まる社会の中でどう生きればいいのかという問いに一つの方向性を示したのが、イギリスの経営学者であるリンダ・グラットンの著書『ライフシフト』だ。有形資産よりも無形資産が重要になる時代の到来を宣言した同書に共鳴した安藤氏、大野氏らは、この考え方を日本社会にも根づかせるべく活動をはじめる。それが一年前のライフシフト・ジャパン株式会社の設立につながった。
「一般的には転職や起業のようなことがライフシフトと思われがちですが、そういう外形的なことは本質ではありません。この一年間、多くの『ライフシフター』の皆さんにインタビューして感じたのは、『自分の人生の主人公として、「100年ライフ」を楽しむこと』こそがライフシフトだということ。働くことだけでなく、生き方そのものを捉え直していくことです。多くの人が『人生100年時代』を楽しくワクワクしながら生きられる社会をつくっていく。それが私たちの目標です。日本の労働人口の90%は会社員です。ライフシフトによって、サラリーマン生活がどう変化するのかということも大きなテーマといえます。そこで、本日パネラーとしてお招きした皆さんをコアメンバーとする『カイシャの未来研究会2025』を立ち上げ、個人と企業の新しい関係についても考えていきます」
続いて、取締役CRO・ライフシフト研究所 所長の豊田義博氏から、1000人を対象に実施した「100年ライフ」イメージ調査の結果が報告された。「人生100年時代」という言葉から想起するイメージをたずねたところ、「期待している30.2%⇔不安である69.8%」「明るい37.9%⇔暗い62.1%」など、ポジティブに捉えている人は少数派だった。しかし、豊富な「変身資産」を持つライフシフターでは、この結果が逆転するという。ライフシフトへの期待感が大きく高まったところで、日ごろから人事制度や働き方についてさまざまな発信を行っているパネラーたちが登壇し、パネルディスカッションがスタートした。
パネルディスカッション PART1
【パネラー】
島田由香氏(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長)
田中研之輔氏(法政大学キャリアデザイン学部 教授)
宮城治男氏(NPO法人ETIC 代表理事)
和光貴俊氏(ヒューマンリンク株式会社 代表取締役社長)
【司会】
大野誠一氏(ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO)
大野:まず田中さんにうかがいます。『ライフシフト』はイギリスで書かれた本ですが、日本人が読むときのポイントは何でしょうか。
田中:「人生は自分のものだ」と、どれだけ思えるかではないでしょうか。「人生100年時代」はグローバル化する社会の中で考える必要があります。リンダ・グラットンも『ライフシフト』に、超高齢化が進む日本社会は先駆的社会であり、日本から学びたいと書いています。「人生100年時代」のイメージを重苦しく捉えてしまう日本社会がさきほどの調査にも表れていましたが、それをどうブレイクスルーしていくのかが大事になってくるでしょう。人生を自分のものとして生き、自ら複数のステージをマネジメントして、無形資産を貯めていく。そうした積み重ねで、今までの短い人生よりも100年という豊かな時間の流れを楽しむことができる、というところに着地できると思います。
大野:島田さんは以前から「パーパス」という考え方を発信されています。ライフシフトとの関係で何かお感じになるところはあるでしょうか。
島田:先日、ふとひらめいたのがパーパス、ビジョン、ミッションの違いです。ビジョンは自分の人生をどうしたいかということ。それを実現するためにやっていくことがミッションで、そこにどういうあり方をするのかというのがパーパスだと思いました。ライフシフトもパーパスも、自分の時間をどう使うか、どう生きるかという問題ですから、それを考えたことのある人とない人では大きな違いが表れると思います。
大野:ライフシフトを考えると、選択肢の多い社会の方が好ましいのは間違いありません。起業を支援する仕事を続けてこられた宮城さんから見て、若い世代の変化を感じることはありますか。
宮城:今の島田さんの話に絡めるなら、若い世代はパーパスにとても素直に向き合おうとしていると思います。もちろんパーパスの中にお金を稼ぐことが入っている人もいますし、社会の課題解決をパーパスにしている人もいます。私は、大学生や高校生に「人生の選択肢は豊かなのだ」と気づいてもらえるよう、ずっとアシストしてきました。一方で、起業に成功してIPOも実現しても、それ以降の目的を失って苦悩する起業家を何人も見てきました。彼らはパーパスを持って起業する準備をしてこなかったので、会社が軌道に乗った後、株主からただ利益だけを求められ、何をしていいのかわからなくなるのです。そんなとき、パーパスをそのまま形にする生き方をしていいんだという考え方を伝えるために言いはじめたのが「社会起業家」という選択肢でした。それが今ではごく自然に選択される時代になっていると感じます。
大野:和光さんは、三菱商事という大企業で働く人たちを見てこられた訳ですが、そうした大企業の人達にも、変化はあるのでしょうか。
和光:ライフシフトの条件の一つとされる「Unlearnability」は、すごく大事だと思いました。一度学んだことやステレオタイプな認識をはずすことができないと、次のステップに踏み出しにくい。社内でもよくそれを考えます。大企業の論理で育ってきた人が多いので、それを変えようと思うと、会社を離れるという選択肢に直結してしまうケースが多いのです。しかし、会社を辞めるという選択肢以外にも、様々な道はあるし、また、一方で、大企業を辞める、ということも特段、非合理なことではないのではないか。難しいことではありますが、これまでの枠組みをいったんはずして考えることが大事だと思います。
大野:ライフシフトには「変身資産」が重要です。田中さん、大学生の就職の現場では変身資産をどのように捉えていますか。
田中:ライフシフトの「シフト」は日本語では「転換」と訳されますが、英語ではもっと穏やかな、「緩やかに変わっていく」といった語感です。大学から社会に出るときの選択も、「これしかない」ということではなく、まずAをやってみて、その後にBもCもあることを意識して選択するように伝えています。無形資産は社会学的にいえばキャピタル、貯めていくものです。緩やかなシフトに向けて準備していく中で、無形資産がたまってくる。そこから出会いやチャンスが生まれ、本人にとっては大きなチェンジが訪れるわけです。卒業時の選択が絶対的なものではなく、変身資産をためていく一つの過程なのだと考えれば踏み出しやすいし、今のデジタル・ネイティブ世代の価値観にはその方がフィットするように思います。
大野:増やしていくキャピタルだというのは、まさにその通りですね。島田さんは変身資産を意識されていますか。
島田:私はまったく意識していません。否定するわけではないのですが、資産と考えると「それを得ないと……」とマスト感になってしまうような気がして。それよりも「自分はすでに豊かなんだ」「人生は自分のもの」と気づくことがとても大切だと思います。先日、ユニリーバの内定者に入社後やりたいことをプレゼンしてもらったのですが、今の若い世代はソーシャルに関わっていきたい、貢献したい、という気持ちが本当に強い。聴いていて涙が出てきました。自分にとって大切なことに時間を使いたい、好きなことに取り組んでいきたいということに今の若い人はとても素直ですね。
大野:社会課題を解決するリーダーづくりに取り組まれている宮城さんは、「やりたいことをやる」と「課題を解決する」という二つのテーマのバランスをどうお考えでしょうか。
宮城:課題解決ということに凝り固まることで、アプローチが限定的というか、古くさくなってしまうような時代になってきていると思います。私がずっと伝えてきたのは、もうからなくても社会を良くすることが大切だと思うならそれを仕事にしてもいい、ということ。だから、自分の中では「やりたいことをやる」方が優先ですね。今のソーシャル・ネイティブ世代は、私が社会起業家という概念を提示した2000年代に生まれました。彼らにとって、やりたいことを仕事にした結果がソーシャルだった、ということはもう普通のことなんだと感じます。
大野:『人生100年』で考えると無形資産が重要であることは間違いありませんが、大企業のサラリーマンの現役時代には無用なものと考える人もいるのではないでしょうか。
和光:「大企業には優秀で、さまざまな経験を積んできた人材が集まっているから、それを地方や中小企業、NPOなどに還元することには意義がある」という理解をされることが多いですね。しかし、考えてみれば大企業の人材が地方や中小企業、NPOで活躍できる保証はありません。それがあたかも社会貢献であるように語られるのは、少し偏った見方のように思います。まず、そういった考え方から再点検していくことが必要だと思います。
「日本版ライフシフト」の法則
パネルディスカッションPART1に続いて、豊田義博氏が日本版ライフシフトの法則を解説した。「5つのステージ(心が騒ぐ、旅に出る、自分と出会う、学びつくす、主人公になる)を通る」「旅の仲間と交わる」「自分の価値軸に気づく」「変身資産を生かす」という、ライフシフトを実践する四つの法則は、書籍『実践! 50歳からのライフシフト術』のコア部分でもある。多くのライフシターの体験談と照らし合わせても、ほぼすべてのケースで当てはまるという法則だけに、参加者も大変、関心をもったようだ。
パネルディスカッション PART2
【パネラー】
有沢正人氏(カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO最高人事責任者)
中根弓佳氏(サイボウズ株式会社 執行役員 事業支援本部長)
藤井薫氏(株式会社リクルートキャリア リクナビNEXT編集長)
豊田義博氏(ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO ライフシフト研究所 所長)
【司会】
大野誠一氏(ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO)
大野:転職はあまり親しくない人との関係がきっかけの方が成功することが多い、という調査があります。変身資産の一つ、多様なネットワークの重要性ということですが、それがシニアには難しいという声もあります。有沢さんはそのあたりをどうお考えでしょうか。
有沢:私が変身資産でいちばん重要と考えているのは「ユニークネス」です。暴論かもしれませんが、同一性は企業を滅ぼす可能性が高いからです。例えば、銀行は同一性を強く求める傾向にありました。かつて都市銀行・信託銀行・長期銀行は23行ありましたが、そのままの形で残っているところは今一つもありません。だからこそユニークネスは大事なのですが、それをシニアに直接求めても難しいとも思います。そこで、カゴメでは55歳以上は本拠地を決めて勤務できることを制度化しました。研修などで「こうしてほしい」といっても、それだけでは無理。ある程度、制度で後押ししていくことが必要でしょう。
中根:出会える場合もあるでしょうが、放っておいて自然に出会えるものでもないと思います。企業としてできるサポートは、考える機会や行動する機会をつくることです。働き方の選択肢を広げても、全員がいきなりそれに対応できるわけではありません。勤務時間も勤務日も自分で決めるより、誰かに決めてもらう方が楽だからです。ただ、それでも自分で考えて決断することを繰り返しているうちに、「自分の幸せの形とは何だろう」ということを考えるようになるんですね。それが島田さんの言うパーパスやビジョン、ミッションにつながるトレーニングになっていくような気がします。
藤井:かつては「企業規模」や「給与」といった外形的な条件を重視して転職する人が大半で、今でもそういう人はいます。ただ、本心に迫っていくと「本当の自分の存在」「自分が輝く場所」といったものを大事にしたい、でもうまく言葉にできなくてむずむずしているという人が増えているのは間違いないと思います。20年くらい前に、Linuxの生みの親であるリーナスさんにインタビューしたことがあります。「Linux開発のきっかけは?」と問いかけると、本当に聞こえないくらい小さい声で「Just for fun」と答えてくれたのがとても印象に残っています。ただ「楽しかったから」と小声で語ったその人が、その後、世界を一変してしまうようなソフト開発のオープンコミニティーをつくっていったのです。ですから、転職のときにも「これがやりたい」「こう変わりたい」と大きな声で言うべきだという風潮には懐疑的です。もっと無意識に、腹の底から思っていることに素直に従うだけでいいのではないでしょうか。
大野:有沢さんは、海外と日本の人事の違いをどのようにお感じになっていますか。
有沢:明らかに違うのはライフシフト・アセットの中でも「有意義な公私混同」の部分ですね。海外の人は、人生を楽しむことに無尽蔵のモチベーションを持っています。ワークライフバランスはあたりまえすぎて、改めて説明すると不思議がられます。ダイバーシティも同様。人と違っているのは当然、という感覚ですね。もう一つ加えるなら、日本では「アンコンシャス・バイアス」がより大きいと感じます。ミドルやシニアは手を差し伸べないと何もできない、と思っている人がいまだに多いのが現状だと思います。先ほど制度で後押しすると話しましたが、それは最小限でいいと思います。あとは自分たちで何とかできるはず。フラットな目で見ていくことが大切です。
大野:自分で考えることは「自分の人生の主人公になる」ことにつながっていきますね。ただ、すぐできる人とそうでない人とがいます。一歩踏み出すためには何が効果的でしょうか。
中根:サイボウズは副業を解禁していますが、それを制度化したときの社員の意識の変化は興味深いものでした。最初は「副業する人は会社に全力でコミットしないのか」という、いわば裏切り者を見るような目です。しかし、本業に良いフィードバックをする人が出てくると「副業も悪くない」という感覚に変わります。さらに「副業しないといけない」「社内だけにとどまっていてはいけない」という強迫観念が生まれます。「何がしたいのかはわからないけれど、とにかく副業をしたい」という相談を何度も受けました。今はやっと副業するか会社に全力投球するか、その判断は自分ですればいい、というところに落ち着いてきています。つまり、選択肢を増やしても全員が急に対応できるわけではありません。その場合は見守ればいいのではないでしょうか。会社はそれぞれの選択肢にどういう結果が予想しうるのか、その情報提供をきちんとやるだけでいいと思います。
大野:まだ個人軸で考えられる人は少数派ということでしょう。転職市場ではどうでしょうか。
藤井:以前、作家で宗教家の玄侑宗久さんから、仏教では「自分」というものが非常に深い意味を持つと教わりました。「自分」は「自然の分身」であり、自分の身体と自然がつながっている感覚を持って、自分の価値や存在目的を問うていくのが人生だ、という話です。50歳を過ぎると、自分はなぜここにいるのかを考える機会も多くなります。そういう「深い自分」に気づいていくことはとても大切ですね。悟りにいたる過程を十枚の図と詩で表した禅の十牛図があります。「真の自己」を求めるため旅に出て、悪戦苦闘し、最後に、本来の自分は、すでに心の中にあったと気づいてゆく人生訓です。その意味では、転職するしないに関わらず、転職活動や複業活動は、「深い自分」を他者という社会の鏡に映し、自らの使命に気づいていく良き機会だと思います。
大野:ミドル以上になると変わることは難しいと言われていましたが、今はそれさえも変化してきたということでしょうか。
豊田:単一の世界しか知らないとうまくいかないことが多いのは、間違いありません。ただ、それは転職しなければいけないということではなく、越境学習のような形で一歩踏み出せば、いろいろな経験ができます。今の若い世代では、それがあたりまえになっています。ミドル、シニアに関してはそういうオープンなコミュニティーへの理解がまだ十分でないのが現状ですが、一歩外に出ると、さまざまな変化の機会があります。インタビューした多くの方も、50歳前後まではずっと同じ会社の正社員だった人が大半でした。ライフシフトは、最初の一歩を踏み出せるかどうかにかかっているのだと思います。
最後に、第一部のまとめも兼ねてライフシフト・ジャパンのサービス、プロダクトの紹介が行われた。「無形資産形成のためのサービス」としてのワークショップ(個人向け/法人向け)、および自己診断ツールが中心となる予定だ。また、登壇したパネラーを中心とする『カイシャの未来研究会』は、約半年間かけて研究を進め、2019年5月にその結果を日本社会への提言として発表するシンポジウムを開催する予定だという。ライフシトを巡って、さらに多くの企業や人事関係者に注目される動きが生まれることになりそうだ。
(撮影:刑部友康)