自己啓発
自己啓発とは?
ビジネスにおける「自己啓発」とは、従業員が自由時間に自らの意思により、仕事に直接あるいは間接的に関わる知識・スキルなどを学ぶことを言います。変化の激しい昨今、一度しっかりと身に付けた知識やスキルでも、長期にわたって通用するとは限りません。そのため、経営環境の変化やマーケット動向に合わせて、その都度、新しい知識やスキルを学び直すことが、不可欠になっています。また、技術革新やイノベーションが求められているビジネス環境の下、企業も従業員の能力開発に対して積極的な支援を行うことが求められています。
1.自己啓発とは
約8割の企業が従業員の自己啓発を支援
近年、「自己啓発」がビジネスパーソンにとって大きなテーマとなっています。本来は、自分自身で目的と手段を決め、自ら費用を負担して行うべきものですが、実情はやや異なります。
厚生労働省が実施した平成29年度「能力開発基本調査」を見ると、従業員の自己啓発に対して支援を行っている企業は、正社員で79.5%(28年度80.9%、27年度79.6%)と約8割に達しており、極めて高い水準にあります。また、正社員以外に対しても58.2%(28年度58.8%、27年度55.6%)と、6割近くを占めています。この結果を見ても、多くの企業が自己啓発という形で従業員の能力開発やスキルアップを、積極的に支援していることがわかります。
正社員 | 正社員以外 | |
---|---|---|
平成29年度 | 79.5 | 58.2 |
平成28年度 | 80.9 | 58.8 |
平成27年度 | 79.6 | 55.6 |
金銭・時間などの面で従業員の自己啓発活動をバックアップ
そもそも自己啓発は、本人の自発的な意志の下、自由に行われるものと言えます。しかし、本人の意思のみに委ねていると、ワーク・ライフ・バランスが求められている昨今、自由時間を他のことでつぶしてしまいがちです。そこで企業は、自己啓発への取り組みを活発化するため、一定の「援助措置」を講じることが望ましいと考えるようになりました。一般的に、企業が実施する自己啓発に対する援助には、以下のような方法(アプローチ)があります。
金銭的援助 | 仕事に関連する本の購入や通信教育の受講など、従業員が自己啓発活動を行うには一定の費用(コスト)がかかります。そこで、自己啓発にかかる費用の全部あるいは一部を会社が援助する、というもの。平成29年度「能力開発基本調査」(厚生労働省)でも、「受講料などの金銭的援助」を行っている企業は、正社員78.5%、正社員以外61.7%に及んでいます |
---|---|
時間的援助 | 公的資格の試験を受ける日を有給扱いとする、勤務時間内に社外の講習会・セミナーなどに参加することを認めるなど、時間面における援助を行うもの |
場所の提供 | 従業員がグループで自主的な勉強会や研究会を開催する際に、自社の会議室の利用を認めるなど、自己啓発を行う場所の便宜を図るもの |
情報の提供 | 「仕事に関係のある通信教育を受講したいと考えているが、どういう機関に申し込めばいいのかよく分からない」という従業員は少なくありません。会社として、従業員に自己啓発に関する情報を提供(告知)することも重要です |
書籍・DVD等の貸し出し | ビジネスや経済・社会・技術動向などに関する本や雑誌、ビデオ・DVDなどを取りそろえておき、希望者に対して貸し出すというもの |
2.自己啓発が求められる背景
従業員本人が自主的に勉強しようと思う気持ちが重要
近年は、技術革新やグローバル対応などの大きな変化に伴い、求められる知識やスキルが一段と多様化・重層化しています。いくら本人にやる気があっても、仕事上の能力が低ければいい仕事はできませんし、労働生産性も向上しません。そのため、一定時期に実施される「階層別研修」とは別に、状況に応じて従業員の能力開発をタイムリーに進めていくことが、企業にとって極めて重要になっています。
もちろん、これまでにも企業は従業員の能力開発を図るために、OJTやさまざまな形で研修を実施し、配置転換やローテーションなどを行ってきたわけですが、それだけでは限界があります。やはり、従業員一人ひとりが自発的に勉強しようという気持ち(モチベーション)を強く持ち、実際に行動へと移すことが、能力開発においてはとても重要です。そのため、自己啓発を重視する企業では、人事評価の項目や目標管理制度の中に、意図的に自己啓発を組み込むことによって、従業員の動機づけを図るケースも見られます。
OJTやOff-JTを補完する機能
一般的にOJTは、教育する上司・先輩社員の経験や知識・スキルを超えた部下への指導は難しいなど、限界があります。また、Off-JTも一過性になりやすく、実際の職場に活用しにくいといった問題があります。それらを補完する形で、自ら目標設定を行い、計画的に継続して能力開発できるのが、自己啓発の「強み」と言えます。
3.自己啓発を実施する上のポイント
先に見たように、自己啓発にはさまざまな援助の方法がありますが、実効性の面から見ると、多くの企業にとって「資格取得援助制度」と「通信教育支援制度」が自己啓発の中核となる制度です。以下、その概要と実施上のポイントを記します。
【資格取得支援制度】
資格取得にかかる費用などを支援することで「資格取得者」を増やす
ビジネス社会では私的・公的を問わず、実に多くの資格が設けられています。仕事をする上で必須となる資格をはじめ、その資格を有することでさまざまなアドバンテージが得られるケースもあるなど、従業員が資格を取得することは、本人のみならず、会社にとっても大きなメリットがあります。
実際、「資格取得者」が一人でも多くなればなるほど、会社としての競争力が高まり、営業面で優位に立つことができます。また、従業員が資格取得にチャレンジすることによって、社内も活性化します。このため、会社として資格取得を支援する措置を講じることは昨今の経営戦略上、大変重要になっています。
実施上のポイント
資格取得援助制度を実施する際には、以下を明確にすることが重要です。
(1)対象者
初めに、援助を実施する対象者の範囲を明らかにします。対象者の範囲には、「希望者全員とする」「上司の推薦のある者に限る」「勤続年数が一定年数以上の者に限る」「一定年齢以上の者に限る」などがあります。
(2)対象資格
次に、どのような資格を援助の対象とするのかを決めます。公的資格であれば何でも援助の対象とするというやり方もありますが、仕事に関係する資格に限定するのが現実的でしょう。
(3)援助の内容
「受講料などの金銭的援助」「就業時間の配慮」「教育訓練休暇の付与」「情報提供」「自主的勉強会に対する援助」など、援助する際の具体的内容を決めます。
(4)援助の条件
援助の条件については、「資格試験に合格した場合に限って援助するのか」「不合格の場合でも援助するのか」などを決めます。また金額は、資格の難易度や仕事への貢献度などに応じて定めるのが一般的です。
【通信教育援助制度】
受講料の一定割合を会社で負担することで自己啓発の「機運」を盛り上げる
ITインフラが整備されてきた昨今、教育ベンダーからさまざまな通信教育が提供されています。このような状況下、従業員一人ひとりが通信教育を受講することには、以下のようなメリットがあります。
- 最後まで受講することにより、一定分野についての体系的な知識を習得できる
- 自分の都合のよい時に、都合のよい場所で、マイペースで勉強できる
また、公的な資格取得などと結び付いた場合には、社内的に自己啓発の「機運」が盛り上がる点も見逃せません。
修了率を高めるために定期的な学習支援(フォロー)を行う
通信教育講座は自分のペースで学習できる半面、意志の弱い人は課題の提出期限が守れないなど、修了できない場合もあります。そこで修了率を高めるために、節目でメール(アドバイス)を送る、成績優秀者を表彰するなど、人事や能力開発部門側から定期的に学習支援(フォロー)を行うことが大切です。また、通信教育講座の修了者を個人別の人事データベースに記録することで、人事考課や配置の際の参考資料にすることができます。
実施上のポイント
多くの場合、通信教育の受講には、相応の費用(万円単位)がかかります。そのため、会社としては一定の費用援助を行うことが望ましいでしょう。援助を行う際には、次の事項を事前に決めておくことが必要です。
(1)対象者
対象者の決め方には、「全社員を対象とする」「勤続年数が一定以上の者に限る」「一定の職種に限る」「一定の職能資格者に限る」などがあります。しかし、自己啓発の趣旨から考えると、全社員を対象とするのが望ましいでしょう。
(2)対象講座
対象講座の決め方には、「全ての通信教育を対象とする(ただし、ビジネスに関係した内容に限る)」「会社が指定した通信教育に限る」という二つのパターンがあります。
(3)費用援助の割合
受講料のうち、どの程度までを会社で援助するかを決めます。各種調査を見ると、50%程度を負担するケースが多いようです。
- 【参考】
- 「配置転換」とは
4.自己啓発の運営とフォロー体制
自己啓発の進め方
自己啓発は、社内での管理下において行うOJTや集合研修とは異なり、直接的に関与できない面があります。そのため、運用においては一定の枠組みを設けるなど、サポート体制が欠かせません。自己啓発を円滑に進めていくには、以下のようなステップを設けて行うといいでしょう。
(1)「到達目標」の設定
自己啓発の第一段階は、自分が習得したい能力・スキルの「到達目標」を設定すること。到達目標には、自分の職務へとすぐ結び付く短期のものと、自分のキャリアプランを踏まえて習得する中長期のものがあります。
・短期的目標の設定
短期的目標は、自分の職務に必要となるものを設定します。具体的には、この1~2年の間に習得しなければならない能力です。現在、仕事を効率的に遂行するためにはどのような能力が必要か、といった観点から、内容を検討(棚卸し)します。
・中長期的目標の設定
中長期的目標では、自らのキャリアプランを策定し、「あるべき姿」を描き、目標を設定します。言うまでもなく、能力開発とは会社生活を通じて生涯にわたり行うもの。そのため、若年の頃は知識やスキル・技能を中心としたものを優先します。年齢を経てからは時間をかけ、経験を活かして習得するものを選択するといいでしょう。
(2)自己評価と環境分析
「到達目標」が決まったら、現在の自分の保有能力・スキルや環境条件などを、客観的に分析します。その際、自分の強みと弱み、興味・関心のある分野は何かなど、潜在能力も含めて検討します。また、自分が関わっている仕事内容や業界など、自分を取り巻く環境条件の把握も必要となります。
(3)「自己啓発目標」の決定
到達したいゴールと現在の自分のギャップを明確にし、そのギャップを埋めるための目標・内容・到達レベルを決定します。また、達成期限(短期・中長期)を設け、達成レベルもできるだけ数値化し、具体的に表すようにします。
(4)「実行計画」の立案
目標を達成するために、目標とスケジュールが結び付いた、「実行計画」を立案します。
(5)手段・方法の選択
「目標」を達成するための適切な手段や方法を選択します。効率的、効果的で時間を有効に活用できる内容を検討することがポイントです。
(6)実践
以上のステップを経た上で、実践へと移ります。実践する際に留意するのは、自分に合ったやり方で継続的に続けられることを心掛けること。「楽しみながら学習できる方法」「やる意味が感じられる方法」がベストと言えます。
(7)フォローアップ
自己啓発による能力開発では、どうしても時間の制約があり、また予想外の事態が発生して、なかなか計画通りに進まないことがあります。そうした場合には、スケジュールに余裕を持たせる、方法を柔軟に見直すなど、定期的なフォローアップが必要となります。これは、目標達成度と目標レベルを高めるためにも重要なことです。
5.課題と今後の展開
支援のラインナップを増やし、支援策の「周知活動」を行う
今後の課題として、環境の変化に合わせて、自己啓発支援のラインナップを増やしていくことが挙げられます。併せて、支援策の「周知活動」を行うことが重要です。さらに、自己啓発支援制度の内容や利用方法については、入社時のオリエンテーションや社内掲示板(イントラネット)などで周知することにより、社内における従業員の自己啓発に対する意識を高めていかなくてはなりません。
利用状況を定期的に振り返り、支援内容を見直す
支援制度の利用状況を定期的に振り返ることも重要です。具体的には、継続的に支援内容を見直し、改善していくこと。従業員のニーズと支援内容が合致していなければ、せっかく設けた支援制度も「絵に描いた餅」となり、利用されなくなってしまいます。そのためにも、各種支援制度の利用状況や利用者へのアンケート調査から、「そのまま継続する支援策」「内容を改善して継続する支援策」「廃止する支援策」などを、定期的に検討していくことが欠かせません。
上司、人事・能力開発担当者が評価面談(フォロー面談)を行う
「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのか、よく分からない」という声も聞きます。この問題に関しては、上司あるいは人事・能力開発担当者による評価面談(フォロー面談)を行い、従業員(部下)に対して具体的な「キャリアパス」を明示することが有効です。
なぜなら、自分のキャリアが具体的に描けていない従業員は、自分自身が何を学んでいけばいいのかが明確ではないため、自己啓発に対する意識が低い傾向があるからです。そのためにも面談の場面では、上司(人事・能力開発担当者)が従業員のキャリアパス作りに共に取り組んでいき、「職能要件」「能力開発目標」などを明示していくことが重要です。その結果、従業員は進むべき道や課題が明確となり、自己啓発に対する意識も高まっていくでしょう。
その際、特に上司自身が自己啓発に対して、積極的に取り組む姿勢を見せることです。その姿が、部下の自己啓発の取り組みに対して、有効なメッセージとなるからです。
ITツール・機器を活用した学習サービスの情報を提供する
「費用」「時間」の問題も見逃せません。厚生労働省が実施した平成29年度「能力開発基本調査」でも、従業員が自己啓発を行う上での問題点として、「仕事が忙しくて、自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」が上位2項目として挙げられています。
この問題に対応するには、ITツール・機器を活用した学習サービスの活用が有効です。近年、企業が一括契約した教育コンテンツを、従業員に安価に利用できるサービスを活用するケースが増えています。また、ネット環境・モバイル環境に対応した教育手法・ツールも大きく改善されてきており、従業員は通勤時間などを有効に利用することができるようになっています。そういった情報を企業側から従業員に積極的に提供することが大切です。
さらに最近では、大学が提供する無料のオンライン講座「MOOCs(MOOC)」など、従業員が学べる機会・手段が格段に増えています。このような近年の動向を踏まえ、企業の人事・能力開発担当者は、学習方法や学習サービスについての情報収集を行い、必要に応じて新たな支援策を加えていくことを忘れてはなりません。
- 【参考】
- 「人材開発」とは
用語の基本的な意味、具体的な業務に関する解説や事例などが豊富に掲載されています。掲載用語数は1,400以上、毎月新しい用語を掲載。基礎知識の習得に、課題解決のヒントに、すべてのビジネスパーソンをサポートする人事辞典です。