【ヨミ】イノベーション イノベーション
イノベーション(innovation)とは、「新機軸」や「革新」を意味し、新たな仕組みや習慣を取り入れて、革新的な価値を創造することを指します。企業のみならず社会全体に多大な影響を与えますが、イノベーションを起こすためには乗り越えなければいけない課題が多く存在します。
1.イノベーションの定義や概念について

イノベーションの「革新」の中身について、さまざまな研究者・団体が定義をしています。オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは、1912年に出版した著書『経済発展の理論』の中で、「新結合」という言葉を用いてイノベーションを解説しています。
この理論は、日本では1950年代に「技術革新」として普及したのち、モノや仕組み、サービス、組織、新しいビジネスモデルの改革を含めた幅広い概念として使われるようになりました。
経済産業省は、2019年にイノベーションについての定義を下記のように発表しています。
1. 社会・顧客の課題解決につながる革新的な手法(技術・アイデア)で新たな価値(製品・サービス)を創造し
2. 社会・顧客への普及・浸透を通じて
3. ビジネス上の対価(キャッシュ)を獲得する一連の活動を「イノベーション」と呼ぶ
イノベーションは技術革新のみならず、市場に新しい価値を生み出すことです。それには自前主義からの脱却をはじめとした、企業改革が必要になります。
- 【参照・引用】
- 日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針│経済産業省
(1)シュンペーターの五つのイノベーション
イノベーションの要素について、有識者がさまざまな考え方を示しています。ヨーゼフ・シュンペーターは、著書『経済発展の理論』で、5種類のイノベーションについて解説しています。
従来とは異なる、革新的な新商品(新製品・新サービス)を開発すること。
2.新しい生産方法(プロセス・イノベーション)
新たな生産方法や、流通方法を導入すること。
3.新しい販路(マーケット・イノベーション)
新たな市場に参入し、新規の顧客、ニーズを開拓すること。
4.新しい供給源(サプライチェーン・イノベーション)
商品をつくる原材料や、供給ルートを新規開拓すること。
5.新しい組織(オーガニゼーション・イノベーション)
組織を変革することで、業界に大きな影響を与えること。
2)ドラッカーのイノベーションのための7つの種
マネジメントの祖と呼ばれるピーター・F・ドラッカーは、イノベーションを創出するための「7つの種」を解説しています。上から成功しやすい順に並べられています。
2.ギャップ
3.ニーズ
4.産業構造の変化
5.人口構造の変化
6.意識の変化
7.発明発見
予測のしにくい要素が挙げられていますが、中でも「ギャップ」「ニーズ」は成功しやすいと同時に予測や分析が比較的容易なものです。イノベーションを目指すならまずは市場の需要を調査することも方法の一つです。
- 【参照・引用】
- イノベーションのための7つの種│ドラッカー学会
(3)クリステンセンのイノベーションのジレンマ
イノベーション研究の第一人者、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンは、著書『イノベーションのジレンマ』の中で、二つのタイプのイノベーションについて解説しています。
●1.持続的イノベーション
持続的イノベーションとは、既存の製品やサービスの改善を積み重ね、性能を向上させる手法です。同書には、「持続的技術革新は、主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能指標にしたがって、既存製品の性能を向上させるもの」としています。
●2.破壊的イノベーション
破壊的イノベーションは、持続的イノベーションとは全く異なる発想から生まれるものです。新しい製品やサービスが市場に生み出された結果、既存の事業を破壊させる場合もあることから、破壊的イノベーションと呼ばれています。クリステンセンは、著書の中で「破壊的技術は、従来とはまったく異なる価値基準を市場にもたらす」と述べています。
イノベーションのジレンマとは、大企業が、既存商品の改善(持続的イノベーション)に捕らわれてしまい、破壊的イノベーションを起こせないことをいいます。
既存商品が市場のニーズよりも過剰になると(オーバーシューティング)、新たな破壊的イノベーターに太刀打ちできず、競争力を失ってしまいます。このことは、組織内の同質性が高い日本企業の大きな課題といえるでしょう。
破壊的イノベーションの事例
クリステンセンは同著の中で、メインフレームとミニコンを例に挙げています。例えば、IBMはメインフレーム市場で圧倒的なシェアを誇っていましたが、シンプルなミニコン(ミニコンピューター)の出現によって、市場を奪われました。しかし、その後「デスクトップ・パソコン」の出現によって、ミニコンは地位を失ったのです。
インクジェットプリンターの技術も、破壊的イノベーションといえるでしょう。インクジェットプリンターが出現した当時、レーザープリンターが市場を占めており、性能においても差があることから、比較対象にもなりませんでした。
しかし、その後インクジェットプリンターの性能が向上すると、デスクトップ・パソコン用の卓上プリンターとして、確固たる地位を築いたのです。
クリステンセンは、技術革新だけにフォーカスしているわけではありません。同著では、ホンダの北米市場開拓についても触れています。
ホンダが北米に進出した当時、米国では長距離用の大型バイクが主流でした。ホンダは「スーパーカブ」の市場開拓に難航しましたが、「レクリエーション用のオフロード・バイク」という未開拓の市場を見つけることで、小型バイク市場における地位を確立しました。
(4)チェスブロウのオープン・イノベーション
オープン・イノベーションとは、2003年にアメリカの経営学者、ヘンリー・チェスブロウによって提唱された概念です。チェスブロウは、著書『オープンイノベーション』の中で、イノベーションには二つのタイプがあると解説しています。
<1>クローズド・イノベーション
クローズド・イノベーションは「組織や製品開発において、すべて自社の資源で内省化する考え方」と定義されています。しかし、技術や人材を全て自社で調達して新製品を市場に出すまでには、一定の期間が必要になります。
近年、ITなどの技術が急速に進化・発展することによって、新製品が世の中に出るスピードが速くなり、製品ライフサイクルは短くなりました。同氏は企業が競合他社に勝ち、事業を継続するには、クローズド・イノベーションだけでは限界があるとしています。
<2>オープン・イノベーション
オープン・イノベーションは「組織の改革を促進するために、意図的に外部のアイデアや資源を取り入れることで、新たな価値を創造すること」と定義されています。具体的には、研究機関や企業と協働することで、外部のアイデアや知識、技術などを自社の製品やサービス開発に活用することなどがあります。
チェスブロウは、自社のリソースだけで完結するよりも、外部のリソースをうまく活用しながらスピードをもって市場に新製品を投入できるオープン・イノベーションこそ重要だとしています。
<3>オープン・イノベーションの事例
チェスブロウは、オープン・イノベーションの事例として、Xerox PARC(Palo Alto Research Center)について記しています。
PARCは、Xerox PARC(米国ゼロックスの研究組織)として、1970年に創設された研究所です。創立当時から既存の製品にこだわることなく、異なる技術を組み合わせてさまざまな新しい技術を開発し、その技術は後に多くの製品に活用されています。
例えば「グラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)」や、Ethernetなどのネットワーク・プロトコル、フォント制御プログラムであるPostscriptなども、PARCの研究員によって開発された技術です。チェスブロウ曰く、「PARCで社内的な政治が働いていたら、これらの技術は生み出されなかった」とのこと。
後にPARCを離れた研究者によって、Apple社やMicrosoft社で技術が生かされ、新たな製品が開発されました。同氏は、PARCの研究者がXeroxにとどまっていれば、これらの革新的な製品は生まれなかっただろうと推測しています。
この事例から、オープン・イノベーションは、人的リソース、技術的交流によって生み出されるものであるともいえるでしょう。
2.日本国内におけるイノベーションの現状と課題

戦後、技術力を高め諸外国をけん引してきた日本企業ですが、近年は、イノベーションの創出において低迷しています。日本企業が抱える課題を見ていきます。
(1)低迷する日本のイノベーション
オープン・イノベーションの普及活動を行うJOIC(オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会)とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、2020年5月にオープンイノベーション白書を発表しました。WIPO(世界知的所有権機関)の調査を用いて、日本のイノベーションの低迷について指摘しています。
同調査によると、イノベーション創出における国別ランキングでは、日本はトップ10以下です。また、時価総額ランキングは、1990年代は日本企業がトップ5を占めていましたが、2000年以降になると、GAFAなどの米国企業がトップ5を占めています。
(2)短期的成果を求めがちで、長期的な取り組みが行われにくい
同調査によると、日本企業は、短期的(1~3年)な成果を目指す研究が増加傾向にあり、中長期的(3年以上)な成果を視野に入れた研究開発は、消極的な傾向にあります。また、「既存技術改良型」の研究が多くを占めている一方で、リスクを伴う投資や新製品の開発など、「破壊的イノベーション」への取り組みが弱い傾向にあります。
(3)自前主義
国内でのイノベーション創出の課題に、根強い自前主義があります。経済産業省が2016年に発表した「イノベーション政策について」によると、企業の研究開発のうち、6割以上が自社単独での開発となっています。
(4)人材の流動性や多様性
先述のオープンイノベーション白書では、国内の人材の流動性についても指摘しています。
日本企業の平均勤続年数は10年以上の割合が高く、諸外国と比較して人材の流動性が低い傾向にあります。また、外国人労働者の雇用の割合も欧米に比べ低いことから、組織の同質性が高く、新たな発想が生まれにくい環境だとしました。
3.イノベーションを創出するために企業に何が求められるのか

(1)自前主義からの脱却
企業がイノベーションを生み出すには、あらゆる資源を自社で完結する「クローズド・イノベーション」の考え方から抜け出す必要があります。
自社の経営資源だけでイノベーションの創出を図っても、既存製品の延長(持続的イノベーション)でしかなく、新規市場へのアプローチはできないでしょう。また、研究開発から製品を市場に届けるまでに時間がかかるというデメリットも生じます。
さまざまな外部資本を巻き込みながら活用し、市場の変化にあわせてスピーディーにイノベーションを行う「オープン・イノベーション」の考え方は、極めて重要といえます。
(2)社内外の人材活用
既存の組織で、すぐにオープン・イノベーションを実現することが困難な場合は、オープン・イノベーション的な発想に基づいた人材活用をするといいでしょう。
中途採用や人材派遣、アウトソーシングの導入や他部門との交流など、社内外の人材と交流することは、組織のイノベーション推進において有益です。オープン・イノベーション的発想に基づいて、部門や自社内に留まることなく、人を交流させる仕組みや組織の体制を整える必要があります。
4.イノベーションのための組織づくりに、どう取り組むべきか?

※経歴・所属は取材・講演当時のものです
(1)調査からみるイノベーションのための取り組み
人事白書2019のイノベーション創出の取り組みに関する調査によると、具体的な取り組み内容として「経営層によるコミットメント・メッセージの発信」「社外の勉強・交流会などへの参加促進」「部門を越えた交流の促進」が上位を占めました。この調査結果から、イノベーションを創出するためには、企業のトップが率先して組織の改革に取り組む必要があることがわかります。
(2)経営トップのコミットメントと人材交流
これまで紹介した論文や調査から、イノベーションを創出するためには、組織文化を変えていく必要性が見えてきました。また、組織文化の改革を推進する部門は人事や現場だけでなく、経営者主導で推進することが重要です。
株式会社日本M&Aセンター常務執行役員の有賀誠氏は、大企業がイノベーションを起こすには「リーダーの意志が重要」であり、「社長がリーダーシップをとるべき」と語っています。
では、人事部の観点でイノベーションを起こす場合、何から始めればいいのでしょうか。
株式会社守屋実事務所の守屋実氏は、「今のメンバーではイノベーションを起こすのが難しい場合、『変わった人を仲間に入れる』のはどうでしょうか」と提案しています。
多様性のある人材と従来の従業員を積極的に交流させることで、新たな視点を得ることができれば、人事部門に限らず、従業員の成長へとつながるでしょう。
(3)ダイバーシティの推進
イノベーティブな組織にするには、ダイバーシティ(多様性)の推進も必要不可欠です
マーサージャパン株式会社の中村健一郎氏は「多様性は、組織学習を強化するための取り組みである」と語っています。同氏は、多様な人材が組織内に存在することで、組織の学習効率が高まり、結果としてイノベーションが起きやすい土壌ができると述べています。
(4)機会の提供
イノベーションを生み出す人材を発掘し、育成するには機会提供が必要です。株式会社LIFULL執行役員羽田幸広氏は、「挑戦機会をつくる」ことが重要だと説きます。同社では従業員の内発的動機付けを重視し、新規事業提案制度などを整備。従業員が「挑戦しやすい環境」を整えています。
(5)コンフリクト・マネジメント
多様性のある組織は、現場の意見の対立も避けられません。しかし、対立=コンフリクトを排除するのではなく、うまくマネジメントすることが重要です。武蔵野大学経営学部経営学科准教授の宍戸拓人氏は、「環境変化が激しい状況では、コンフリクトは不可避」と断言しています。対立から逃げるのではなく、議論を重ねて解決することで、イノベーションが促進され、企業の成長へとつながります。
5.革新に向けてたゆまぬ行動を
社会に変革をもたらすレベルのイノベーションは非常に難しく、長期にわたる多大な投資が必要になります。それでもVUCAの時代に生きる企業は、今がどんなに好業績でもイノベーションに向けての施策を打ちます。革新を起こすためには、研究者の知見や調査による課題の分析、何より長期的な視野による施策の実践が欠かせません。