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企業が社員の「睡眠改善」に取り組む時代 働くひとのための「眠り方改革」とは 枝川義邦さん(早稲田大学 リサーチイノベーションセンター 研究戦略部門 教授) 曽山哲人さん(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)

睡眠改善への取り組みが今、注目を集めています。健康への影響にとどまらず、高いパフォーマンスを発揮するためには、睡眠が欠かせないからです。社員の睡眠対策に乗り出す企業も増えていますが、具体的に何をすればいいのでしょうか。また、実際にどのような効果を期待できるのでしょうか。
脳科学研究者で、早稲田大学リサーチイノベーションセンター 研究戦略部門 教授の枝川義邦氏と、先進的な人事施策を展開することで知られる、株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括の曽山哲人氏が、いま企業が取り組むべき睡眠対策について語りあいました。

睡眠不足による日本の経済損失は年間約15兆円
社員の「プレゼンティーズム」は企業にとって重要課題に

今回は、ビジネスパーソンの睡眠がテーマです。曽山さんにとって、睡眠はどのような位置づけにあるのでしょうか。

曽山:私は睡眠がとても大事だと考えていて、一日7~8時間は寝るようにしています。仕事で気が張り詰めがちなところを、睡眠でリセットしています。

枝川:日本人は世界全体で見ると、睡眠時間が短い傾向にあります。OECD(経済協力開発機構)の2018年の調査によると、平均睡眠時間は7時間22分。OECD平均の8時間25分と比べると、1時間以上も短いことになります。

また、日本人の約4割は睡眠時間が6時間未満であるという厚生労働省の統計*があります。年代別に見ていくと、40代の女性は5割超、男性は4割超。その割合は、年々増加傾向にあります。

*引用:厚生労働省 『平成27年 国民健康・栄養調査』より

日本人と睡眠

日本の睡眠時間は世界ワースト1位

曽山:働き盛りが睡眠不足に陥りやすいようですね。何か理由はあるのでしょうか。

枝川:多様な要因が考えられますが、一つは通勤時間の長さが挙げられます。通勤時間が長い人ほど睡眠時間が短くなることが総務省の調査*で明らかになっています。

*総務省統計局「平成28年社会生活基本調査 -生活時間に関する結果-」

曽山:サイバーエージェントは、オフィスから2駅圏内に住むと家賃を補助する制度があります。社員の半数近く、特に新人は6割ほどがこの制度を利用しており、副次的に睡眠時間の確保に寄与しているかもしれません。

睡眠不足が続くと、どのような影響が考えられるのでしょうか。

枝川:多くの人は睡眠不足が続いたときに、判断が鈍る、単純ミスが増える、もの覚えが悪くなる、といったことを感覚的に経験されているのではないでしょうか。普段の仕事でも、パフォーマンスの低下やヒューマンエラーの増加を感じることがありますよね。

このように、出社はしているけれど、心身の不調を理由にパフォーマンスを発揮しきれていない状態を「プレゼンティーイズム」といいます。肩こりや腰痛、アレルギーや軽度のメンタル不調などもプレゼンティーイズムの要因です。

睡眠不足も仕事のパフォーマンスに大きく影響を与えます。例えば6時間睡眠を2週間続けると、1~2晩徹夜したのと同じくらい作業効率が下がるという研究結果があります*1。また、起きてから17時間以上経った後の作業能力は、酒気帯び運転時と同じくらいになるとも言われています*2。

*1:Van Dongen HP et al., SLEEP (2003) 26:117-126
*2:厚生労働省健康局 健康づくりのための睡眠指針 2014;指針の科学的根拠より

労働生産性が低下した状態とは

労働生産性の低下を招く主な原因
枝川義邦さん(早稲田大学 リサーチイノベーションセンター 研究戦略部門 教授) 曽山哲人さん(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)

曽山:そこまでパフォーマンスが下がってしまうのですね。しかし、先ほどの統計のとおり、普段の睡眠が6時間以下という人はかなり多いですね。

枝川:休日を含めてそうだという人たちは、徹夜明けがずっと続いている状態かも知れません。人は睡眠不足に慣れてしまうことも含めて、「眠らなくても大丈夫症候群」と呼んでいるのですが、本人には自覚がないことが多いのです。目覚ましにコーヒーを飲んで、明るいオフィスにいると、問題なく仕事ができていると思ってしまう。やっかいなことに、人間の脳は夜になると一時的に覚醒する性質があります。ハイパフォーマンスを一日中発揮できたと、錯覚してしまうのです。

しかし、錯覚はあくまで思い違いなのであって、実際は違います。ある機関の調査*では、睡眠不足による日本の経済損失が年間約15兆円にのぼるという結果が出ています。

曽山:睡眠不足が15兆円ものロスを生んでいるとは、大変驚きです。

* RAND CORPORATION 「Why Sleep Matters: Quantifying the Economic Costs of Insufficient Sleep」

睡眠不足による経済損失

睡眠不足による日本の経済損卒は年間約15兆円で主要5ヵ国の中でワースト1位

パフォーマンスを向上させる睡眠とは?
良い睡眠は「質」と「量」の2軸で考える

ビジネスパーソンにとって、望ましい睡眠とはどのようなものでしょうか。

枝川:睡眠には二つの目的があります。一つは生理機能としての睡眠、とにかく生きるための睡眠と言い換えてもよいでしょう。もう一つは「活力がみなぎる」「パフォーマンスが向上する」など、よりよく生きるための睡眠です。睡眠の効果を長方形の面積として考えると、横の辺を「時間」を横軸、縦の辺を「質」を縦軸としての2次元で考えたとき、その面積が広いほどよい睡眠といえるでしょう。例えば睡眠時無呼吸症候群の人などは、時間を確保できても日中に眠くなることが多くあります。これは、終始眠りが浅く睡眠の質が低い状態です。長方形が横に細長い形になるので、面積が大きくならずに、よい睡眠とは言い難いのです。

曽山:そう考えると、何時間寝るといいのかは質にもよるのですね。
社内には、毎日数時間眠れば大丈夫というショートスリーパーもいれば、7~8時間は寝ないと持たない社員もいます。それぞれがちょうどいい睡眠時間を見つけることが大事なのですね。

枝川:そうですね。昼間の体調や気分、パフォーマンスに影響がなければ、時間にこだわらなくてもいいと説く専門家もいます。睡眠の質については、一日の過ごし方がカギです。朝起きたらしっかり日光を浴び、昼間はアクティブに活動し、夜はカフェインの摂取や明るい光を避けるなど、活動と休息のコントラストを心がけることで、夜の快眠につながります。

睡眠負債を防ぐ24時間のデザイン

睡眠負債を防ぐ24時間のデザイン

曽山:メリハリを持たせて24時間をデザインすることが重要なのですね。サイバーエージェントは朝10時が出社のピーク。ここを基準に生活リズムを組み立てている社員が多いですね。ただし、前日の夜にイベントが入った翌日などは、睡眠時間を確保できるよう、各部署の判断で出社時間を遅らせるなどの工夫を行っています。

枝川:いい取り組みだと思いますね。同じ人でも日によってコンディションは違うので、柔軟に対応するのがベストです。

“眠ってもいい”という環境づくりが、生産性向上と効率化につながる

最近は、社員の睡眠を支援する企業も増えてきています。

曽山:当社では昨年、勤務時間中のパワーナップ(20分程度の短い仮眠。パフォーマンス向上につながるとして、アメリカの企業を中心に導入が広がっている)を認めることにしました。パワーナップの効果と共に社内報で告知したところ、社員から大きな反響がありました。

曽山哲人さん(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)

枝川:缶コーヒーで有名なある飲料メーカーは、パワーナップタイムを設けたところ、残業時間が減ったそうです。コツは仮眠前にコーヒーを飲むこと。カフェインを摂ることですっきりと目覚め、午後の業務に集中できます。終業後の部活動も盛んになり、組織活性化につながっているそうです。

パワーナップには、それだけの効果があるのですね。

曽山:今ひとつ調子が乗らないときは、5分くらい目を閉じるだけでも全く違いますね。眠りに入らなくても、頭がスッキリとします。

枝川:人間は、情報の8~9割を目から受け取っています。そのため、脳を休ませる効果はあると思います。ただし、「疲労」と「疲労感」は別物です。テンション高く働いているときは、疲労を感じないもの。気づかぬうちに疲弊していることもあるので、パワーナップを活用するのがいいですね。

ある製薬企業が行っている事例で、“眠ってもいい講演会”というユニークな取り組みがあります。ランチタイムに行う30分ほどのプログラムで、講演中は100人の参加者のうち半数が眠っているそうです。講師を務める方は、眠る気満々の聴衆を前にして、メンタルが鍛えられるという副次的な効果もあるそうです。

また、あるウェディングサービスの企業には、睡眠報酬という制度があります。スマホアプリで睡眠時間を計測し、6時間以上の睡眠を週に5日以上確保できた社員にポイントを付与。ポイントはカフェテリアでの飲食に利用できるそうです。

「眠っても構わない」という状況を、会社がつくってあげることが大事なんですね。

曽山:そう思いますね。以前は、トイレで寝ているという話も時々聞いていたのですが、パワーナップを認めたことでカフェスペースなどで休んでいる人も見るようになりました。

枝川:日本には、眠らずに働くのが美徳、という風潮が未だにありますからね。

曽山:そうなんです。周囲から理解を得るには、経営陣からのトップダウンでの働きかけが不可欠。トップが昼寝をする必要はありませんが、“パフォーマンス向上のために十分な睡眠休養が大事である”というメッセージを打ち出すことは重要です。

逆に人事から経営陣に提案する場合は、ファクトを示すことが大事だと思います。睡眠不足による損失やパワーナップ、あるいは、睡眠改善による効果を、データで説明するのです。経営者は数字があれば議論ができますから。

枝川:最近は、睡眠とパフォーマンスの関係を示すレポートが増えています。これらのデータは、睡眠関連ビジネスを行っている企業なども精力的に睡眠の普及啓発活動を通じて情報提供していますね。自分事として語れるデータも増えているので、社員の睡眠改善に向けた取り組みを提案するには追い風の状況にあるといえるでしょう。

枝川義邦さん(早稲田大学 リサーチイノベーションセンター 研究戦略部門 教授) 曽山哲人さん(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)

社員の健康管理の目的は能力発揮に留まらない
採用やリテンションの面でもプラスに

社員の睡眠支援は、健康経営につながります。サイバーエージェントでは、強みを活かす組織づくりに取り組まれていますが、健康も重要なファクターではないでしょうか。

曽山:採用活動をしていると、社員同士の仲がいいとよく言われます。いい仕事をするには、楽しく前向きで、周りとの関係性が良好であることが何より大切。その前提にあるのは、心身の健康です。体調に不安がなくて心理的にも安心できていれば、いきいきと楽しく働くことができます。

楽しそうに輝いた目で社員が働いている様子は、学生にとって魅力的でしょう。社員が健康的に働いている会社は、能力発揮に限らず、採用やリテンションの面でも明らかにプラスに働くと思いますね。

枝川:これからの企業経営は、社員の健康を無視しては成り立ちません。実際、プレゼンティーイズムは企業における経済損失として算出されています。社員の健康関連コストとした試算では、医療費の4倍以上になります。それだけの生産性の低下をもたらしているということです。

健康関連コストとプレゼンティーイズム

従業員の健康関連コストに占める割合はプレゼンティーイズムが最も大きい

曽山:また社内では、労働時間が長い状態が続いている社員などに、産業医や臨床心理士のカウンセリングを受けるよう促し、心身の不調が生じていないか、第三者の視点でチェックしてもらっています。特に仕事に慣れていない入社1年目の社員は、新卒・中途を問わず人事から受診を呼びかけています。

産業医に話を聞くと、心身の調子を崩している人の大半は睡眠不足だそうです。しかし本人は寝ているという認識で、まさに枝川先生がおっしゃっていた“眠らなくても大丈夫症候群”なんですよ。

枝川:抑うつは睡眠時間との関連性が深いと言われます。睡眠時間が短くなると気持ちがふさぎ、夜ふかしをしがちになるという悪循環に陥りがちです。また抑うつになると、スマホに依存する傾向も見られます。特に必要はないのに何となく画面を見てしまい、時間だけが過ぎていく。その罪悪感でさらに抑うつが悪化する場合があります。私たちの暮らしに、今やデジタル機器は不可欠ですが、ヘルシーな共存がカギといえます。

曽山:おっしゃるとおりです。私たちのビジネスはインターネットが主戦場ですが、幹部になるほどデジタルから離れるのがうまいと感じます。例えば代表の藤田は麻雀が大好きで、卓を囲んでいる間はスマホに目をやる暇はありませんし、私は趣味のボルダリングで、壁を登るのに両手がふさがった状態になります。意図せずとも、デジタルから離れる時間があります。

枝川:自然に、デジタルデトックスができているんですね。

曽山:エグゼクティブになると、パフォーマンスの発揮に自然と気をつかうようになります。その意味では睡眠も、パフォーマンスを上げるという位置づけで伝えるほうが経営者やビジネスパーソンには刺さりそうですね。

弊社には30歳で役員になったメンバーがいるのですが、彼は睡眠を大事にし続けてきて、社会人1年目から7時間以上を死守してきたそうです。意外とイノベーターやハイパフォーマーこそ、しっかりと眠っているのではないかと思います。

枝川:若いうちはともすると、睡眠を削ってでも頑張ろうとします。それでパフォーマンスを発揮できていると、思い込みがちなんですね。しかし実際には、仕事のレベルは必ずしも高くない。複雑でタイトな業務は、高い判断力が問われるもの。若い人ほど睡眠を大切にして、長い目で見てパフォーマンスを上げていってほしいですね。

産業種を超えて様々な企業が連携し、社会全体でビジネスパーソンの睡眠改善に取り組む『BizSleep PROJECT』が始動

ここまでのお話から、社員の睡眠をケアすることは企業価値の向上につながることがよくわかりました。昨年12月に、社会全体の睡眠改善に向け産業の垣根を超えて企業が連携し合う『BizSleep PROJECT』という取り組みが発足しましたが、お二人としてはどういった見解をお持ちでしょうか?

枝川:まさに今、企業や社会全体で睡眠改善へ取り組むもうとする意欲が高まっていて、様々な場面で経営層から現場の方まで皆さんの関心の高さを感じます。睡眠の重要性は、自分事としてメッセージが伝わりやすいのでしょう。ビジネスパーソンの睡眠改善は社会経済にとっても重要ですので、このプロジェクトもこれからさらに認知度を高め、いろいろな活動につなげて行っていただきたいと思います。

曽山:睡眠の重要性は、会社によって認識に差があります。その点、BizSleep PROJECTのように、複数の企業が参画する活動はいいですね。1社でやるよりも大きなインパクトがありますから。睡眠リテラシーの強化は急務だと思います。その意味で、社会的なムーブメントになることを期待しています。

<BizSleep PROJECT>

「働き方改革」の一環として「眠り方改革」の必要性を提唱し、企業や社会全体で睡眠改善に取り組む機運を高めることを目的として、様々な睡眠関連サービスを持つ企業が産業種を超えて連携し合うプロジェクトが始動。市民公開イベントの開催や、様々な資材の提供など、睡眠課題を抱えるビジネスパーソンの睡眠改善の重要性について啓発活動を行っている。BizSleep PROJECTの特設ウェブサイトでは、企業人事・総務担当者向けに企業での睡眠改善に対する取り組みを支援する、情報やツールを提供している。

枝川義邦さん(早稲田大学 リサーチイノベーションセンター 研究戦略部門 教授) 曽山哲人さん(株式会社サイバーエージェント 取締役 人事統括)

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