管理職1年生日記
「辞令交付」の日に考えたこと
~メンバーから管理職への意識の変化
主人公は、首都圏に本社がある食品メーカーC社営業部第2課に勤務するA氏。昨年4月、34歳という若さで営業課長へと昇進した。「あっという間の1年間でしたが、自分としてはビジネスマンとして、何より人間として大きく成長できた期間だと思っています」と、これまでを振り返る。「仕事」は人間を成長させると言われる。さらに、管理職という「ポスト(職責)」ともなれば、より大きな成長を促す“装置”と呼ぶことができるかもしれない。では、この1年間でA氏は一体何に悩み、思いを巡らしたのか。現実的にいろいろと起こった問題をどのようにして解決し、結果を出していったのか。現在にまで至る紆余曲折の「物語」を、4回連載で追ってみることにする。まずは「辞令交付」された日の出来事からお伝えしよう。
辞令交付の日~「期待」と「戸惑い」が交差する中で…
課長昇進に対する「辞令」が交付された日、営業という仕事柄か普段はあまり行くことのない人事部の扉を叩くA氏の胸中は、かなり興奮していた。はっきり言えば、思いもかけなかった課長への昇進。しかも同期の中では、かなり早い出世である。期待に胸が膨らむのもよく分かる。
「確かに課長になることへの不安もありますが、これまで営業担当者としての結果は十分に出してきたつもりです。そして入社以来、営業一筋に自分を育ててくれたのがB部長。その部長が数ある候補者の中で、自分を推薦してくれたわけです。ここで頑張らなくては、男じゃありません。恩義あるB部長のためにも、今まで以上の結果を出していきますよ」
傍から見ても、高ぶる気持ちを抑えるのが難しい様子のA氏であった。
しかし、C社の辞令交付は、春・秋に年2度行う恒例の行事ではあるが、多分に儀式的な色合いが強いものだった。その雰囲気を察したのか、A氏は少し拍子抜けしたように見えた。
「何だ、こんなものか。ちょっとガッカリだな。まあ、いいや。それよりも早く課に帰って、アタック中の顧客に電話をかけなくては」との思いが走った瞬間、人事部長から発せられた言葉がA氏を困惑させた。
「ところで、念のために言っておきますが、今後Aさんには個人としての目標はありませんからね。これからは課長として、課のメンバーを通して、営業第2課の目標を達成することにまい進してください」
「えっ?個人としての目標はないのですか…。何よりも営業課長たる者が、それでいいのですか?」
「はい。これからは担当者ではなく、マネジメントする側の人間になるわけですから、その自覚を強く持ってくれなくては困りますよ。いずれにせよ、詳しいことは新任管理職研修で説明します。それまでは、『新任管理職の心得』に目を通しておいてください」
それまで疑うことなくプレーイングマネジャーを思い描いていたA氏にとって、人事部長からの言葉は思いもよらぬことで、ショックの色が隠せない。考えてみれば、今までは1人の営業課のメンバーとして常に「結果」を出すことを求められ続けてきた。そして、それなりの「結果」を出してきたという自負がA氏にはあった。
「だからこそ、B部長は自分を課長に推薦してくれたのではないのか。それが、個人としてはもういいとはどういうことなのだろう?」
人事部の部屋に入ったときは「期待」に胸が膨らんでいた。それが、出た後は「戸惑い」がA氏の心の中を大きく支配していた。
「会社は、これまでの自分を捨てろというのか?本当にこの先、自分は何をやっていけばいいのかよく分からなくなってきた…」
A氏は何度も自問自答した。しかし、考えれば考えるほど戸惑いは増すばかりで、それが管理職になることへの「不安」へとつながっていくのにあまり時間はかからなかった。
このような例を見るまでもなく、管理職になることによって、その人の置かれた立場は大きく変わってくる。このあたりの心の変化を、どうもA氏は現実としてなかなか受け止めることができなかったようだ。
管理職となって、何が変わるのか?
では実際問題として、管理職という立場に就くことで、何がどのように変わるのか?例えば、こんな変化があるだろう。
「評価される側から、評価する側へと変わる」
「指示命令を受ける側から、指示命令を出す側に変わる」
「指導・育成される側から、指導・育成する側に変わる」
「労働基準法に保護される立場から、管理・監督責任者となり、結果責任が問われる側に変わる」
言うまでもなくメンバーからは「上司」と見られることになり、当然のことながらその言動の影響力も大きくなる。否応なく「立場の違う人」として周囲から認識されるわけであり、その結果、メンバーとの“距離間”が徐々に開いていく…。
当惑するA氏は「とにかく、B部長に直接会って話をしたい」と思ったものの、あいにくB部長は海外出張に出ていて、しばらくの間は帰ってこない。とはいえ、隣の営業第1課のC課長とはどうもソリが合わず、とても相談する気にはなれない。仕方なく自分の席に着いて、先ほど人事部長から手渡された『新任管理職の心得』と書かれた冊子に改めて目をやった。そこには、こんなことが記されてあった。
『メンバーから管理職になることは非常に大きな変化であり、同時にあなたのキャリアの節目となるものです。なぜなら、このタイミングで仕事の中身・役割が一気に変わるからです。まず、責任が飛躍的に大きくなります。きっと、戸惑いもあることでしょう。ただ、あなたの下には数多くの部下がいます。まだまだ未熟な人がいるかもしれません。しかし、彼らの力を信じ、待ち、そして生かしていくことで、組織として大きな成果を出していくことができます。そして、一人ひとりがこの変化にきちんと対応し、管理職として新たなキャリアを築いていくことが、わが社の今後の成長に関わってきます。それはまた、あなたの成長へと大きくつながっていくことでしょう。そのために、十分な情報と権限を与えています。だからこそ、やりがいがあります。がんばれ、新任管理職!!』
意識の切り換えを行えたことが、管理職への第1歩となった
読み終えた後、A氏の表情に変化が見られた。そして、頭の中にはある風景が浮かんだ。それは、高校時代に続けていた部活動でキャプテンをしていた時の思い出だ。当時、まだ若かった自分が何を考え、行動していたのか。その頃の思い出と今置かれた立場が交錯し、さまざまな考えが頭の中を巡っていった。この間、1時間ほど考えていたのだろうか、A氏は穏やかな表情を示し、まるで何かを悟ったかのように見えた。
「今までは与えられた目標に対して、とにかく結果を出していけば良かった。しかし、これからは違う。自らがまず組織の目標を立て、それを達成するためにメンバーにいかに良い仕事をしてもらうか。それを考えるのが、これからの自分の役割なんだ」
営業担当者として、目標を達成することに大きなやりがいを感じてきたA氏だったが、このように意識の切り換えを行うことで、管理職の役割を遂行することにも、同様にやりがいを見いだすことができると自覚したのである。
結局、意識面におけるパラダイムシフトを自らの手で起こせるかどうかが、新任管理職のスタートに当たっては、とても重要なことなのだ。むしろ、絶対に外せない最重要事項といっていいだろう。実際、管理職の多くはA氏が思い出したようなマネジメント経験があるだろう。それは、どんな経験でも構わない。その時のことを思い出し、今置かれた立場と比較・検討していくことで、自分自身の意識の中に変化を起こすことができる。
しばらくすると、派遣スタッフのDさんがA氏に声をかけてきた。
「はいA課長、3時のお茶ですよ」
初めて「A課長」と役付きで呼ばれたA氏は、一瞬、返事に詰まってしまった。
「Dさん、A課長だなんて、やめてよ。今まで通り、Aさんでいいからさ」
「いえ、そういうわけにはいきません。A課長は私たちに、仕事の指揮・命令をしてくださる方ですから、やはり、それにふさわしい呼び方をしたいと思います」
「でも、照れくさいから」
「いえ、ダメです。A課長」
すると、隣の席に座っていた3年後輩のE氏が続いた。
「そうですよ。やはり課長になられたのですから、今までとは立場が違います。Dさんの言うように、A課長と呼ばせてもらう方が、自分としても何かとやりやすいです。頼りにしていますよ、A課長」
ここまで言われると、あえて反論する余地はなかった。実際、周囲のメンバーたちも、目や表情でそのことに同意している様子がはっきりと見て取れた。 「このメンバーたちとなら、やれそうだ」 そう思うと同時に、課長として認識されたことに嬉しさを感じたA氏だった。
管理職に求められていることは何か?
管理職研修などで、「管理職とは何をする人ですか?」と聞くと、「人より仕事ができて、部下を引っ張っていける人」と言う人がいる。確かに間違いではない。しかし、「人より仕事ができることが、管理職に欠かせない条件なのだろうか」。また、「仕事ができれば、部下を引っ張っていけるのか」ということになると正直、疑問が残る。実際問題、担当する仕事の内容、組織・仕事場の規模、構成員の種類などによって、管理職が行うべき具体的な行動の中身は違ってくる。その意味で、「管理職とは何をする人か?」という質問に対する完璧な回答はないと言える。
しかし、これだけは間違いないという「事実」も存在する。それは、「各人が置かれた状況に応じて、その人なりの管理を行っていけばいい」という、ごく当たり前の常識である。とはいえ、これがなかなか難しい。何より、新任管理職の場合は経験が少なく、マネジメントするにも迷いが出てきて当然だ。
「営業2課の置かれた状況を考え、成果を上げるための最適な状況を作り出し、早くメンバーが実績を上げられるようにしていきたい。だから早くB部長と会って、話がしたい」
当初感じていた不安はいつの間にかなくなり、いつしかA氏の表情からは期待感が伺えるようになっていた。「辞令交付」のあった1日で、何とか「心構え」のようなものを持つことができ、A氏はずいぶんと変わったように思える。しかし、マネジメントというのは経験が大きくモノを言う世界である。実戦となると話は全く別なのだということもお忘れなく。
次回は就任早々、A課長が遭遇した職場でのトラブルと、そこでどのように対処していったのかについて、紹介していく。乞うご期待!
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