デジタル化が進み、産業構造や教育手法が多様化した現代では、企業の人材開発も変化のときを迎えている。人材開発とは、経営に貢献できるように人材を育てるプロセスの全体を指す。近年では特に「自律型人材」育成の重要性が増している。
今回は、人材開発の現状や将来の展望について、ビジネススクールや企業向け研修を展開する株式会社グロービスの見解を紹介。また、2024年2月2日に開催されたリーダーズミーティングの議論内容をもとに、人材開発が企業と社員にとってなぜ重要であるかについて掘り下げる。
人材開発とは
人材開発とは、人材育成管理のプロセス全体を指す。企業の発展においては、「経営に貢献できる人材」をいかに育てるかが鍵となる。経営に貢献できる人材は、企業にとって必要な人的資本として捉えられる。人的資本の重要性が高まる現代では、企業が人材開発に投資していく姿勢が重要なのだ。
企業側の視点で考えると、人材開発によって以下のような効果が期待できる。
- 経営理念の実現
- 事業計画の推進
- 業績の向上
一方、社員側の視点で考えても、自らの能力やスキルが高まれば昇格や昇進、報酬アップなどが期待できる。つまり、人材開発に注力することは企業と社員の双方にメリットがあると言えるだろう。
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人材開発が必要とされる背景と課題は「産業の変化への対応」
人材開発を捉える前に「時代の変化」を知ることが重要
デジタル・テクノロジーで人材育成にイノベーションを起こすことを目的とした「グロービス・デジタル・プラットフォーム部門」を立ち上げ、責任者として組織をリードする株式会社グロービスの井上陽介氏は、企業は人材開発の課題を捉える前に、事業戦略や方向性を大きく変えなければならないフェーズにあると語った。
「人材開発について考える前に、企業は『時代が大きく変わった』ことをまず認識すべきです。企業の教育というと、これまでは集合研修というスタイルが一般的でしたが、今ではeラーニングやオンライン教育が当たり前になっています。このように、ビジネスにおいてもデジタル化が進む時代のことを、私たちはテクノロジーとイノベートを掛け合わせて『テクノベート時代』と呼んでいます。さまざまなツールをハイブリッドに活用する時代だからこそ、より良い学びを提供しなければなりません」
井上氏によると、昔のようにモノを販売して取引が終わるという顧客との関係性から、モノの販売とともにアプリなどを通じてサービスを提供し顧客との関係性がきれないモデルに多くの会社がシフトしている、という。例えば、某自動車メーカーでも車のサブスクリプションサービスを提供し、顧客との関係性を作り出すケースが生まれてきている。その中で、これまで車のエンジンを作っていたエンジニアが、車のサブスクリプションサービスにアサインされエンジン開発からアプリ開発へ仕事が変わるような事例もあるという。
また、自動車メーカーの販売店で販売促進などに携わる社員の役割も変わってきている。これまでは車の販売台数を増やすということが目標に置かれていたが、今や、ユーザーとのつながりを生み出すサブスクや保険、携帯電話といったサービスの複合的な提案が求められ、人材に求められるスキルや専門性が以前と比べると大きく変わってきてしまっているのだ。
「産業が大きく変わった現代において、企業発展のためにも人材開発をあらためて考え直す必要があります。また『何を学ぶか』だけでなく、『どのように学ぶか』といった点も大きく見直さなければなりません」
日本企業もグローバル競争にさらされやすくなった
さらに井上氏は、日本企業が抱える人材開発の課題についても語っている。
「日本語という参入障壁により、これまで日本市場はグローバル競争にさらされにくい環境でした。しかし、翻訳ツールや生成AIの台頭によって、そのアドバンテージは薄れつつあります」
例えば、これまで日本の強みであった自動車産業も、電気自動車(EV)ビジネスへ転換すればグローバルな市場競争による影響を避けられない。主な競合が「国内自動車メーカー」から「自動運転のソフトウエア開発を行う海外企業」に変わることも想定されるからだ。
また、これまで自動車に約3万点使われていた部品が、EV化によって10分の1ほどに減る可能性もある。このように、事業は「ものづくりの価値が失われる方向に進んでいる」と言えるだろう。もちろん、時代の変化によって大きな影響を受けるのは自動車産業だけではない。
人材開発で求められる自律型人材とは
人材開発においては、「自律型人材」の育成も鍵となる。一般的に自律型人材とは「自ら考えて行動に移せる人材」と言われているが、この点についても井上氏の考えを聞いた。
「自律型人材とは、自分のキャリアのハンドルを自ら持てる人材だと考えています。さらに、時代の変化にともなって会社や事業がどのように変化するのか、なぜ変化するのかを捉え、自身の強みや弱みを理解した上で自発的に成長できる人材です。
自律型人材が増えると、スキルアップやキャリアアップを希望する人材が増えることにつながります。企業が人的資本に投資して人材開発をすればするほど、自律型人材が育成され、企業内にも良い影響を期待できるのです」
自律型人材の育成に必要な三つの対策
井上氏は、自律型人材を育成するにあたって人事がすべき必要な対策として、「インフラ」「対話」「ツール」の3点を挙げた。
「まず、人事が行う取り組みとして重要なファーストステップは、変化する時代の中でどのような人材像が求められているのかを明文化することです。もちろん、理想の人材像を定義して終わりではなく、その人材像を常にアップデートし続けることも重要です。明確になった理想の人材像は、各人材がキャリアの方向性を考えるための『インフラ』となります。
また、『人事担当者とそれ以外の社員』『先輩と後輩』『上司と部下』といった関係で、積極的に対話を促すことも重要です。企業の中には、人事担当者や上司、先輩と話す機会が少ないケースも見られます。日常的な対話を通じて、新たな気付きが得られることは少なくありません。対話の繰り返しは自分のキャリアを都度見つめ直すきっかけにもなり、理想的なキャリアの形成に寄与します。
最後に必要なのは、自律型人材を育成するための『ツール』です。かつては、役職や階層ごとに学びが行われていました。しかし現在は、誰もが学べる環境を整備することが求められます。先ほども述べたように、時代の変化に合わせて『何を学ぶか』だけでなく、『どのように学ぶか』を重視する必要があるためです。例えば、私たちが展開するオンラインビジネス動画サービス『GLOBIS学び放題』は、個人が自律的に学べる環境を整備できるツールのひとつです」
自律型人材を育成する際の注意点
企業の人事は、「インフラ」「対話」「ツール」を通じて自律型人材の育成を実現できる。しかし、自律型人材を育成するには注意しておくべき点もあるという。
「自律型人材を育成するには、人事部のトップ層がより経営に近づく必要があります。時代や企業戦略が変わることは、組織が持つ能力や人材にも変化が生じることを意味します。そのため、経営の方向性の変化を人事側でも把握できる体制にすることが重要です」
さらに、人事は社内のみならず、社外に対して経営の方向性を発信する役割も担う。経営において人的資本の重要性が高まる現代、社員が自己成長を感じられる環境が整っていなければ、求職者から「この会社に入りたい」とは思ってもらえない。また、自己成長できない環境は企業の競争力低下にも直結するため、社内外への発信が必要なのだ。
「人事のマネジャークラスは、人事施策をアップデートし続けることも大切です。以前は、人事制度を変えるのに約3年という途方もない時間がかかりました。ところが今は、アップデートしないまま3年もたてば『時代遅れ』になってしまいます。
自律型人材を育てるには、各部門の動きや社員のニーズなど社内全体の状況を把握し、人材開発のための施策を素早く展開することが求められます。そうなると、少人数の手でアップデートし続けることは困難です。重要なのは、テクノロジーの活用。『HRテクノロジー』という言葉もあるように、人事でテクノロジーをどう生かすのかが鍵を握るのです」
自律型人材の育成には、経営と人事のそれぞれが視点を変えて行動することが求められる。
人材開発では「学ぶ」だけでなく「データ活用」の需要が増える見込み
続いて、自律型人材の育成をはじめとして、人材開発に関するグロービスの取り組みについて井上氏に聞いた。
MBAを取得できる日本最大のビジネススクール「グロービス経営大学院」を運営するグロービスでは、自律型人材の育成をはじめ、人材開発に関するさまざまなソリューションを提供している。限られた人材だけでなく、すべての社員が企業経営や事業成長に資するスキルを身に付けるためには、隙間時間などを使っていつでも学べる環境の構築が重要だ。
グロービスでは、ビジネスナレッジを成長目標別に学習できるツール「GLOBIS学び放題」を提供している。2016年に立ち上げたこのサービスは、日経平均株価(日経225)の約80%の企業で導入され、ユーザー数は85万人にものぼる。井上氏は今後もユーザー数は拡大すると見ており、コンテンツの磨き込みとユーザー体験の向上に投資していくという。
「特に今後は『学ぶ』領域だけでなく、『測る』領域の需要も増えていくと考えます。現時点の自分のスキル情報を測り、1年後に再度測って習熟度などを比較するイメージです。そのため、『GLOBIS学び放題』にはアセスメントのサービスに新機能を追加しています。2023年には、経済産業省が策定した『デジタルスキル標準』に即したDXスキルをアセスメントできる機能を追加しました」
グロービスはさらにその先も見据えており、計測して蓄積されるデータも有効活用したいと考えている。
また、すでに企業内に蓄積されているナレッジを学べるインフラとして「GLOPLA LMS」も提供。今後はデジタルツールで提供されているデータをつなぎ合わせ、より複合的なサービスを提供したいと井上氏は意気込んでいる。
人事責任者はさまざまな角度から「社員が自律的にスキルを学ぶ姿勢を持ってもらう」ための課題を抱える
社員が自律的にスキルを学べる環境づくりが重要視される中、自律型人材育成に日々取り組む企業の人事責任者たちは、人材開発をどのように捉えているのだろうか。
2024年2月2日に行われた、日本の人事部「HRカンファレンス 2024-冬 -」〜リーダーズミーティング〜では、井上氏と法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴氏の提言を受け、日本企業を代表する人事責任者が人材開発について語り合った。参加者同士のグループディスカッションもあり、各社が抱える自律型人材の育成に関する課題や、「OJT」「Off-JT」をどのように構築していくべきなのか、といったテーマが議論された。
グループディスカッションの前に石山氏は、自律型人材を育成するには「キャリア自律」の理解が重要であることを前提として、さらに個人が自発的に提案する姿勢が重要である一方、社員に対して忠誠心を求める企業と社員のバランスが課題となっている現状を提起している。
また、続けて石山氏は「OJT」や「Off-JT」の再構築のポイントを語った。
「OJT」再構築のポイントは「『社員は会社の言うことを聞きなさい、そうしたら悪いようにしないから』という発想を超えられるか」「人事がどれだけ現場を巻き込めるか」「余剰や遊びを持たせて個人の自律性を考えられるか」、「Off-JT」再構築のポイントは、「OJTの再構築とどうリンケージ(結合)させるか」「階層別研修ではなく手挙げ制研修にどこまで踏み込んでいけるのか」だという。
このように、「自律型人材」を育成するにあたって日本の強みであった自由度と冒険心、遊びがなくなったことを課題とし、どのようにOJTとOff-JTを再構築していくのかを今後の課題とした。
グループディスカッションでは、どの企業も人材開発に課題を感じていることが主なトピックとして挙げられた。その中で、各企業における自律型人材育成の取り組みが話された。具体的には、以下のような取り組みである。
- オープンバッジやゲーミフィケーションを用いて社員のモチベーションを上げる
- 社内インターンやFA制度のように自律的にキャリア開発できる環境を整えている
しかし、いくら環境を整えても、すべての社員が自律的にキャリア開発に臨んでくれるわけではない。「同質」を好む日本人の特性なども考慮しなければならないのである。また、目の前の業務に手一杯な状況が続き、業務統制も強まった結果、かつての日本の強みだった「余剰や遊び」から生まれるプロジェクトも減ってしまった。
企業の経営層としても、自律的にスキルを身に付けた社員が別企業へ転職したり、一定の部署に人材が偏ることで人員バランスの最適化が崩れたりする恐れもある。これらを回避するために、各企業は先に紹介したような取り組みを実施しているのだ。
人事リーダーの視点からさらに学ぶ
人材開発における人事の役割や課題を議論。
「自律型人材」育成への向き合い方とは
人材開発は今後、時代に適した体制が必要となる
最後に、人材開発の展望について井上氏に聞いた。2020年に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」で、人的資本経営が当たり前になるというメッセージが発信されたことに対して、井上氏は好感を抱いている。
人的資本経営とは、人材が企業に必要な「資本」であると捉え、その資本の価値を最大限に引き出し、企業価値の向上につなげる経営のあり方を意味する。今後は人事部も、そしてグロービスのようなソリューションプロバイダーも、時代に合った体制・サービスをいかに構築し、提供すべきかを考えなくてはならない、と考えているからだ。
「経営層が人的資本経営にコミットし、人材開発にしっかりと投資している企業は活性化しやすいと感じています。もちろん、想定している人材開発の実現には、人事の力も必要です。新しい組織のあり方や経営スタイルを構築する方法は、経営側と人事側で対話しながら進めなくてはなりません。
さらに、社員一人ひとりの自律性が高まっていく動向も、企業戦略の指標のひとつになるでしょう。例えば『GLOBIS学び放題』を提供したときに、自分で学習プランを設計できている社員の数が多ければ多いほど、社員の自律性は高まっていると考えられます。すでにお話ししたように、自律型人材が増えれば増えるほど、企業の将来も大きく前向きに変わることが期待できるのです。私たちは、それを実現できるインフラになりたいですね」
さらに、井上氏は「学びの民主化」を進めたいと訴えた。
「学べる機会、特に良質な学びを得られる機会はまだまだ少ないと感じています。日本でビジネススクールに挑戦しているのは2,500〜3,000人と言われています。労働人口が6,900万人(2022年)いる中で、自発的に学ぼうとする人が3,000人しかいないのはいびつな構造です。一方で、労働人口が1億6,673万人と言われるアメリカでは、7万〜8万人がビジネススクールに挑戦しています。日本でもより多くの人が、より良質な学びを得られる機会を提供したいですね」
「GLOBIS学び放題」では英語版の「GLOBIS Unlimited」やビジネススクールの一部を6週間で学べる「ナノ単科(nano-MBA)」を提供するなど、多くの人に対して「学びの門戸」を広げている。
まとめ:人材開発は時代に合わせてアップデートし続けることが重要である
これまでの話をまとめると、以下のようになる。
人材開発とは、経営に貢献できるような人材を育てるプロセス全体を指す。しかし、人材開発を考える前に、企業はまず「産業の変化」を捉えなくてはならない。現代はさまざまなツールをハイブリッドに活用する「テクノベート時代」であり、これまでの事業戦略や方向性を大きく見直す必要がある。その中で企業は、何をどのように学ぶかを考えながら人材開発を進めるべきだ。特に、これまでグローバル競争にさらされにくかった日本は、翻訳ツールや生成AIによって徐々にそのアドバンテージを失いつつある。より一層、時代の変化に素早く適応しなければならないのだ。
人材開発では、「自律型人材」の育成が鍵を握る。自律型人材とは、時代や会社の変化に対して自ら考えて行動できる人材のこと。社内に自律型人材が多くいる企業は、新たな挑戦を生み出しやすくなり、社外から見ても魅力的に映りやすい。自律型人材を育成するためには、「インフラ」「対話」「ツール」の3点が重要だ。
しかし、これらがすべてそろっていたとしても、経営層と人事の距離が離れていては、人材開発を進めるのは困難である。適切に人材開発を進めるためには、人事が正しく経営の方向性を把握し、社内外に発信しなくてはならない。そのためには、経営層と人事の連携が重要だ。また、産業構造や教育手法の変化が著しい現代、人事施策の継続的なアップデートも必要となる。テクノロジーを活用することによって、少人数の人事体制でも問題なく施策を回すことは可能だ。
2020年に公開された「人材版伊藤レポート」によると、今後はさらに人的資本経営の重要度が増していく。人的資本にしっかりと投資している企業は魅力が増し、競争力も向上するだろう。将来的には学んだことを測り、蓄積されたデータを有効活用することで、さらなる価値向上の実現も期待できる。
結論として、人材開発は変化する時代を捉えながら、企業の価値や競争力を高めるために必要不可欠だ。人事としては、経営層との距離を縮めながら、アジャイルに施策を回していく必要がある。
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