優しいだけの指導は若手の成長を停滞させる――
新入社員の行動を促す「伝え方」の心理学
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
林 洋一郎さん

多くの企業が、若手社員の「早期離職」「育成の停滞」といった課題に直面しています。現場では、「ハラスメントへの懸念から、踏み込んだ指導ができない」「何度言っても指示が伝わらない」という声が後を絶ちません。慶應義塾大学大学院 経営管理研究科の林洋一郎さんによれば、この課題を解決するには、動機付けのメカニズムである「制御焦点理論」と、それに基づく効果的な「伝え方」が重要だといいます。新入社員が担当する業務の特性と、本人が持つマインドセットをいかに合致させ、納得感(制御適合)を生み出すのか――解決のヒントを伺いました。
- 林 洋一郎さん
- 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授
はやし・よういちろう/慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。博士(文学)。1996年慶應義塾大学文学部卒業。東北大学大学院文学研究科にて博士号を取得。名古屋商科大学、法政大学を経て現職。専門は社会心理学、産業・組織心理学。組織におけるフェアネス、リーダーシップ、制御焦点理論などを中心に研究。
伝え方が変われば、行動が変わる
近年、マネジメントの現場では「どのように伝えるか」に悩む人が増えています。背景には、どのような社会的な変化があるのでしょうか。
かつての伝統的な日本企業では、丁寧な説明よりもOJTベースで「習うより慣れろ」と現場に送り出すスタイルが一般的でした。部下から上司への返事は「はい」か「イエス」しか許されない、そんな時代でもありました。
業務がいまほど複雑ではなく、変化のスピードも緩やかだったため、「習うより慣れろ」のスタイルで問題なかった側面もありました。しかし、変化の激しい現在の環境下では、指示の出し方一つで結果が大きく変わるため、「的確に説明し、伝えること」が強く求められます。
若い世代に「伝える」時、世代間のギャップに戸惑いを感じる人も多いようです。
全てを世代間ギャップで語るのは乱暴ですが、上司と部下の価値観の違いは無視できません。最近の学生や若手社員を見ていると、分からないことがあれば周囲に尋ね、十分に理解した上で取り組む傾向があります。かつての「指示の行間を自分で考えて埋める」「怒られるのを覚悟で聞きに行く」などのプロセスを経るよりも、「理由を聞いてから作業する方が効率的だ」「分かっている人に聞いてから進めるのが当たり前」という感覚です。
上司からすれば「なぜいちいち聞くのか。自分で考えて動いてほしい」とついいら立ったり、歯がゆく感じたりすることもあるでしょう。しかし、相手を責めても状況は改善しません。教える側の負担を減らすためにも、どうすれば相手に届く形で伝えられるかを考えることが重要です。伝え方を変えるだけで、部下の受け止め方や行動は大きく変わります。

制御焦点理論で考える「だれに伝えるか」
行動を促すための伝え方について、基本となる考え方を教えてください。
まず、人間の動機づけのメカニズムを理解する必要があります。単純に言うと、人は、「“快”なものには接近し、“不快”なものは回避する」傾向にあります。この動機づけの理論を洗練させていったのが「制御焦点理論」です。制御焦点理論では、人の動機づけの方向性を、「促進焦点」と「予防焦点」という二つの「焦点」でとらえます。
「促進焦点」は、理想や利得、成長を重視する動機づけです。促進焦点が強い人は、「もっと成果を出したい」「新しいことに挑戦したい」「理想の状態に近づきたい」という思いが強い。多少リスクがあっても前向きに挑戦し、失敗したとしても「次に生かせばいい」と捉える傾向があります。
「予防焦点」は、安全や責任、義務を重視する動機づけです。予防焦点が強い人は、「失敗したくない」「責任を果たしたい」「周囲に迷惑をかけたくない」という意識が強い。慎重に確認しながら進める傾向があり、安定性や正確性を重視します。
職場のコミュニケーションには、どのような影響がありますか。
例えば、上司と部下の制御焦点が近い場合は、比較的コミュニケーションがスムーズです。促進焦点の上司と促進焦点の部下であれば、「まず挑戦してみよう」「多少失敗してもいいから前に進もう」と大胆に進める感覚を共有しやすい。予防焦点同士であれば、「しっかり確認しよう」「慎重に進めよう」と慎重に確認する感覚を共有しやすくなります。
しかし、制御焦点が異なる場合はズレが生じます。促進焦点の強い上司が、「細かいことは気にせず、どんどん進めてほしい」と考えている一方で、予防焦点の強い部下は「丁寧に確認したい」「失敗しないよう指示をもらいたい」と感じている。その結果、上司は「なぜはやく進めないのか」、部下は「ちゃんと指導してもらえない」とストレスを感じてしまうのです。
逆に、予防焦点の強い上司が細かく管理しすぎると、促進焦点の強い部下は「自由にやらせてもらえない」「細かすぎる」とストレスを感じやすくなります。
予防焦点と促進焦点のどちらが強いのかを見極める方法はありますか。
職場における制御焦点を測定する尺度がいくつか開発されています。その一つにWallace らが考案した職場における制御焦点尺度である、RFQ(: Work-Based Measure of Regulatory Focus)があります。職場での体験に焦点を向けて、個人の制御焦点を捉えようとする尺度です。「仕事をしているとき、以下の考えや活動にどれくらい頻繁に意識を向けているかを評価してください」という教示を回答者に与えて、表の各項目に対して当てはまる程度をリッカート形式(1=まったくない;5=常に)で答えてもらうものです。これによって個人特性を見ることができます。こうした尺度をそのまま使うことはできませんが、促進焦点や予防焦点の内容を踏まえて、自社で取り入れている全社調査などに組み込むと、組織全体で促進焦点と予防焦点のどちらの傾向が強い、といったことが分かるかもしれません。
制御焦点理論で考える「なにを伝えるか」
制御焦点は、人だけではなく、業務にも当てはめられるそうですね。
はい。例えば、促進焦点型のタスクとして、新しいアイデアを生み出す創造的な業務や、さらなる成果を追求する「プラスアルファ」を目指す性質の仕事が挙げられます。理想の追求や獲得に重点を置くものです。新しい商品企画や新規事業開発など、「プラスを生み出す業務」とイメージしてください。
予防焦点型のタスクとは、正確性が求められる事務作業や、ミスが許されないルーティンワーク、安全管理など、義務や責任を果たす性質の仕事を指します。損失や失敗を避けることに重点を置くものです。給与計算や経理など、「マイナスを出さない業務」とイメージしてください。
新入社員に業務の依頼をするときに重要なのは、「依頼する相手はどちらの性質が強いのか」「依頼する仕事はどちらの性質なのか」を、正しく認識することです。
相手の特性や、仕事の特性にあわせた伝え方
相手や仕事の特性に合わせ、どのように伝え方を変えれば良いのでしょうか。
伝え方を考えるときに役立つのが「フレーミング効果」です。「フレーミング効果」とは、全く同一の内容であっても、どの側面を強調するかによって受け手の印象が変わる現象を指します。代表的なものに「ポジティブ・フレーム」と「ネガティブ・フレーム」があります。コップに半分入った水を見て「半分残っている」と表現するのがポジティブ、「半分なくなった」とするのがネガティブな捉え方です。
ビジネスの場面であれば、ある行動をすることで得られるメリットを強調するのが、ポジティブ・フレームです。「目標を達成すれば、お客さまに喜んでもらえるよ」という伝え方ですね。一方で、その行動をしないことで発生するリスクを強調するのがネガティブ・フレーム。「目標を達成しないと、お客さまに喜んでもらえないよ」という伝え方です。

制御焦点とフレーミングの効果的な組み合わせを教えてください。
「促進焦点」と「ポジティブ・フレーム」、「予防焦点」と「ネガティブ・フレーム」の組み合わせを制御適合と呼びます。そして上記の組み合わせが実現されたメッセージを受けると、人は「しっくりくる(feeling right)」と感じ、人間のモチベーションやパフォーマンスにアップにつながるとされています。
さて、制御適合の観点から適切なメッセージを考える場合、1)個人特性としての制御焦点×フレーミング、2)タスクなどの状況特性としての制御焦点×フレーミングという2つのパターンに分けて考えた方がよいと思われます。
1)個人特性×フレーミングのパターン
促進焦点が強いと思われる相手に対しては、「~すれば、うまくいくよ」とポジティブな帰結を強調した表現が、説得力を持って受け止められるとされます。一方で、予防焦点が強いと思われる相手に対しては、「~しないと、ミスをするよ」というようにネガティブな帰結を強調した表現の方が説得力を持って受け止められるとされます。
2)状況特性×フレーミングのパターン
促進焦点が強いと思われる “新しい業務改善を提案する”タスクに対しては、ポジティブ・フレーミングが適合します。つまり、「新しい業務改善案を提案(促進志向)すれば、成長につながる良い経験ができるよ(ポジティブ・フレーミング)」といった表現が制御適合の状態になります。仮に、ネガティブ・フレーミングを使うなら、「新しい業務改善案を提案(促進志向)しないと、成長の機会を失うよ(ネガティブ・フレーミング)」となります。
一方で、予防焦点が強いと思われる“スケジュールの管理を徹底する”タスクは、ネガティブ・フレーミングが適合します。よって、「スケジュールの管理を徹底(予防志向)しないと、大きなミスにつながるよ(ネガティブ・フレーミング)」といった表現が制御の適合状態になります。仮に、ポジティブ・フレーミングを使うなら、「スケジュールの管理を徹底(予防志向)すれば、ミスにつながらないよ(ポジティブ・フレーミング)」となります。
状況が促進である場合も、予防である場合も制御適合状態がよりメッセージとして説得力を持ち、個人を動く力は強いとされます。
育成現場では、何に気をつけるべきでしょうか。
新入社員育成の場で、ネガティブ・フレームで伝えるべきタイミングなのに、ポジティブ・フレームで伝えているケースが増えています。ハラスメントへの配慮や離職への不安によって、上司がネガティブな表現を避けているからです。
新入社員が最初に任される仕事の多くは、定型的で正確性が求められる「予防焦点型タスク」です。本来であれば、「ここを間違えると全体に影響が出る」「この確認を怠ると大きなミスにつながる」と、ネガティブ・フレームが適合するのですが、「頑張れば成長できるよ」「できるだけ気を付けようね」などポジティブな声かけをしてしまうのです。
これでは制御適合が起きず、新入社員に「どうすれば失敗を防げるのか」「何を避けるべきか」が伝わりません。その結果、新入社員はいつまでたっても仕事の勘所をつかめず、成長が遅れてしまうことになる。本人の成長を願うのであれば、ハラスメントを恐れて言葉を濁すのではなく、伝えるべきことはしっかりと伝える必要があります。
新入社員に伝えるべきメッセージ
入社式や研修など、促進焦点と予防焦点の新入社員が混ざっている場合、どのようなメッセージが有効ですか。
仕事(タスク)にフォーカスを当て、「どんな仕事にも、促進焦点的なタスクと予防焦点的なタスクの両方が含まれている」という事実を、丁寧にインプットするのがおすすめです。新入社員は華やかな企画や国際的な業務など、目に見えやすい「促進的」な仕事にばかり憧れを抱きがちです。しかし、どのようなクリエイティブな仕事であっても、その裏側にはデータを地道に打ち込んだり、ミスなく処理したりする「予防的」な作業の積み重ねが必ず存在します。
「君たちがこれから取り組む仕事には、ワクワクするような挑戦の側面(促進焦点型タスク)と、一歩一歩着実にミスなく進めるべき側面(予防焦点型タスク)の両方がある。どちらか一方が欠けても、プロの仕事とは言えない」と最初に伝える。そうすることで、本人が苦手とする性質のタスクに直面した際も、その意義を理解し、前向きに取り組む土壌を作ることができます。

制御焦点の考え方を、企業全体で生かすことはできますか。
事業を大きく転換しようとしている企業や、イノベーションを求めている企業であれば、組織全体として「促進焦点」を促すようなメッセージが有効です。「促進焦点」が強い人材を採用するのも一つの手です。逆に、安全第一の製造現場や管理部門であれば「予防焦点」を重視する文化を育むべきです。
自社にはどちらのタイプの人材が多く、今後の経営戦略においてどちらの焦点を強化すべきなのか。経営会議などでこうした視点が加わることで、組織変革の具体的な糸口が見つかるかもしれません。
ただし、チームや組織全体として見た場合、促進焦点・予防焦点のどちらか一方に偏りすぎるのは危険です。たとえば、「予防焦点が強すぎる組織」には不正のリスクがあります。本来、予防焦点の人はルールや義務を重んじますが、目標設定が過度に厳しい状況下では、逆の反応が起こることがあるのです。「目標を達成できないこと」が、何としても避けるべき「大失敗」と捉えられて、数値の改ざん不正などにつながる恐れがあります。
ルールを大事にするはずの人が、失敗を恐れるあまりルールを破る――そんな予期せぬジレンマを招いてしまう可能性を示唆する研究もあります。チーム内で促進焦点・予防焦点が極端に偏っていないか、あるいは過度なプレッシャーがかかっていないかを、常にバランスを注視することが不可欠です。
「ギャップ」の認識が成長の種になる
制御焦点理論を活用する際の注意点をお聞かせください。
心理学は実験や調査をベースに理論化されています。よって、一定の統制された状況においてはかなり正確な予測が可能です。しかし実際の職場は、とは乖離があります。したがってあくまで理論としてとらえ、目の前にいるその人がどのようなマインドセットを優位に持っているのか、今のタスクにはどちらが適しているのなど、動的な視点を持つことが大切です。
また、人の制御焦点は、促進焦点と予防焦点のどちらか一方に決まっているわけではありません。一人の人間の中に両方の傾向が共存していて、ある程度独立しています。両方が高い人もいれば、状況によって使い分けている人もいるのです。
また、人の制御焦点には「可塑性」があると私は考えています。完全に固まったパーソナリティではなく、経験や環境によって変化し得るのです。例えば、ミスが許されない金融業界で長く働けば予防焦点が強化されるでしょうし、クリエイティブな環境に身を置けば促進焦点が刺激されます。「この人は促進焦点だから・予防焦点だから」と決めつけないことも重要です。
最後に、新入社員への伝え方に悩む人事や上司へメッセージをお願いします。
今の新入社員は、やる気や意識の高い人たちが非常に多いと感じます。新入社員の成長を願うのであれば、「耳の痛いこと」もしっかりと伝えるべきです。
「耳の痛いこと」を言われるのは、誰にとっても楽なことではありません。しかし、心理学的に見れば、現在の自分の行動と組織から求められている役割とのギャップを正しく認識することが、成長の最大の原動力になります。
ネガティブ・フレームや予防的なメッセージを伝える際は、「これはあなたを責めているのではなく、効率的に業務を進めるために必要な点を強調している。ここを注意すれば、あなたにとってもメリットがある」などと添えるようにしてください。制御焦点と制御適合の視点を持って接すれば、言葉は必ず相手に届きます。恐れずに、かつ戦略的に、若手社員の背中を押してあげてほしいですね。

(取材:2026年4月17日)
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