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HR調査・研究 厳選記事 掲載日:2024/03/19

なぜ企業はアルムナイネットワークを導入し始めたのか
~人材不足・雇用の流動化に対応する企業戦略のカギ~

第一生命経済研究所 総合調査部 マクロ環境調査G 研究員 岩井 紳太郎氏

なぜ企業はアルムナイネットワークを導入し始めたのか ~人材不足・雇用の流動化に対応する企業戦略のカギ~

要旨

  • 近年、企業の人事戦略の一つとして「アルムナイネットワーク」が注目されている。
  • アルムナイとは、卒業生・同窓生と訳され、人事領域では定年退職者以外の離職者やOB・OGを意味する。アルムナイネットワークとは、その企業の元従業員で形成されるコミュニティを指す。
  • アルムナイネットワークが注目されている背景として、企業にとって人材の確保が課題となっていることが挙げられる。また、終身雇用を前提とする日本型雇用システムが崩れつつあり、雇用の流動化が今後加速していくことが予想される。このように人材の確保が難しくなるなか、企業は元従業員であるアルムナイに目を向けるようになった。
  • ネットワーク内では、企業からアルムナイへの情報提供、企業の従業員とアルムナイでの情報交換や、アルムナイ採用(カムバック採用)が行われている。
  • 企業のネットワーク導入のメリットとして、即戦力であるアルムナイの採用、従業員の人材開発、アルムナイとの協業・ビジネス連携や企業ブランディングの向上が挙げられる。
  • アルムナイネットワークのメリットを最大限発揮するためには、退職時の送り出し方、アルムナイ採用のみにフォーカスしないネットワークの運営、そして長期的な目線をもった運営が重要だ。
  • 社会が目まぐるしく変化するなか、アルムナイネットワークの重要性は高まっていくと考えられる。
  • また、昨今企業は「人的資本経営」を重視するようになった。アルムナイネットワークはその実現に向けた戦略の一つである。人手不足や雇用の流動化に対応でき、「人的資本経営」にもつながるアルムナイネットワークが今後の企業戦略のカギになるのではないか。

1.最近注目されているアルムナイネットワークとは

近年、企業の人事戦略の一つとして「アルムナイネットワーク」が注目されている。2022年5月に経済産業省より公表された「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」や、日本経済団体連合会(経団連)の2022~2024年度の「経営労働政策特別委員会報告」でも紹介され(注1,2)、統合報告書にアルムナイネットワークでの取組みを記載している企業も出てきた。

アルムナイとは、卒業生・同窓生と訳され、人事領域では定年退職者以外の離職者やOB・OGを意味する。アルムナイネットワークとは、その企業の元従業員で形成されるコミュニティを指す。

アルムナイネットワークが注目されている背景として、企業にとって人材の確保が課題となっていることが挙げられる。総務省「人口統計」によると、2023年8月1日時点の生産年齢人口(15~64歳)は7397.2万人で前年同月比▲29.1万人と、減少し続けている。また、ジョブ型雇用を導入する企業が増加し終身雇用を前提とする日本型雇用システムが変質しつつあることに加えて、政府も円滑な労働移動を推進するなか、今後雇用の流動化が加速していくことが予想される。

このように人材の確保が重要性を増すなかで、企業は元従業員であるアルムナイに目を向けるようになった。ここ数年で大企業を中心に、アルムナイネットワークやアルムナイ採用(カムバック採用、再雇用とも呼ぶ)を導入する企業が増加している。2024年2月14日の株式時価総額上位30社のうち、12社がアルムナイネットワークを、19社がアルムナイ採用を導入している(注3)

本稿では、企業においてアルムナイネットワークがどのように活用されているのかを解説したうえで、企業がネットワークを導入する狙い・メリットや、今後のあり方について考察していく。

2.アルムナイネットワークはどのように活用されているのか

本章では企業や従業員・アルムナイがどのようにアルムナイネットワークを活用しているのか、代表的な事例を紹介する。

企業の活用事例

  • アルムナイに関する情報収集 高校や大学のOB・OG会と同様に、アルムナイネットワークにもアルムナイの名簿が存在する。アルムナイがネットワークに入会する際に自身のプロフィール、現在の勤め先、企業に所属していた頃の経歴、保有スキルや資格等を名簿登録するため、企業はそれらの情報を収集することができる。ネットワークの登録者数は、企業の規模や導入時期にもよるが、1000名を超えている企業もある。 また、企業がネットワーク内でアルムナイに対してアンケートを実施することもある。このようなアルムナイに関する情報を活用して、人材戦略等に役立てている。
  • アルムナイへの情報提供 多くの企業はネットワーク内のコミュニケーションツールを活用して、アルムナイに対して企業情報を定期的に発信している。その内容は、現在の企業の取組み、採用情報や社内報等、一般の人では知ることができない情報もある。
  • 企業の現従業員とアルムナイとの交流イベントの開催 定期的に現従業員とアルムナイとの交流イベント(OB・OG会)を対面あるいは非対面で開催している企業もある。そこでは、単なる懇親だけでなく企業の現在の取組みに関する情報共有や、従業員とアルムナイとのパネルディスカッション等を行う場合もある。また、アルムナイが登壇し、現在所属している企業での取組みや実情について講演することもある。金融A社では、交流イベントにおいて、第1部で企業の役員とアルムナイとのパネルディスカッション、第2部でアルムナイとの懇親を実施した。
  • アルムナイ採用(再雇用)の窓口 アルムナイネットワークを導入しているほとんどの企業は、採用方法の1つにアルムナイ採用(再雇用)を設けている。企業は、元従業員であるアルムナイへの情報提供や定期的なイベントを通じてアルムナイとのつながりを持ち続け、アルムナイに改めて企業の魅力を感じてもらった結果、再雇用につなげているケースがある。

従業員・アルムナイでの活用事例

  • 従業員とアルムナイ、アルムナイ同士のコミュニケーション 従業員とアルムナイ、あるいはアルムナイ同士がアルムナイネットワーク内のチャットツールを活用し、コミュニケーションを取ることもある。名簿を検索してプロフィール等も確認することができるため、所属していた頃の仕事仲間だけでなく、知り合いではない従業員やアルムナイに連絡することも可能だ。内容は業務に関するものに限らず、転職についての相談や、育児・趣味等のプライベートについてのやりとりもある。また、個人間でのやり取りだけでなく、従業員やアルムナイが作成したグループチャット内で情報交換を行っているケースもある。

3.企業はなぜアルムナイネットワークを導入し始めたのか

これまで企業の従業員とアルムナイ、あるいはアルムナイ同士での個別のやり取りはあったものの、会社公認のネットワークを導入している企業は少なかった。それではなぜここ最近、企業はアルムナイネットワークを導入し始めたのか。以下のようなメリットがあるためと考えられる(資料1)。

資料1 アルムナイネットワークのメリット

1)企業をよく理解している即戦力を獲得できる

アルムナイ採用(再雇用)を主な目的として、アルムナイネットワークを導入している企業が多い。第1章でも述べた通り、企業にとって人口減少・労働市場の流動化に伴う「人材の確保」が大きな課題となっている。加えて、企業の持続的な成長・イノベーションの創出のために、企業に新しい視点やアイデアを与えてくれる「外部からの人材獲得」も重要である。アルムナイの採用はそれらの両方を解決する方法になり得る。

企業の元従業員であるアルムナイは、業務を進めるうえで必要なスキルや人脈を既に持ち、さらには企業風土や社内ルールを理解している。そのため、再び企業に戻って働く場合、業務をスムーズに進めることができる。また、アルムナイは社外での知識・経験も持ち合わせており、今まで社内になかった新しい発想・考え方をもった人材となっている可能性も高く、企業にとってこれほど魅力的な人材を見つけることは容易ではないだろう。加えて、アルムナイを採用する場合、基礎的な業務に関する研修・育成を行う必要性が薄いため、中途採用よりもコストを抑えられることも企業にとって大きなメリットだろう。

現在、企業におけるアルムナイの採用数は一般的に1社当たり1年に数名程度だと考えられる。このように採用数が伸びない理由として、ネットワークを導入して間もない企業が多いこと、退職後から数年で企業に戻るケースが少ないことやアルムナイ採用を実施していることをアルムナイが知らないこと等が挙げられる。あるコンサルティングB社では、定期的な情報発信やイベントの運営等でアルムナイとつながり続けた結果、ネットワーク設立から2年弱で45名の採用を行った事例もある。企業はアルムナイと接点を持ち続け、アルムナイが「もう一度働きたい」と思えるような職場環境を作ることができれば、アルムナイの採用数が増える可能性も大いにあるだろう。

2)従業員の人材開発につながる

企業の従業員と社外で活躍しているアルムナイが定期的に交流・情報交換することで、従業員はアルムナイから新たな発想・考え方を学び、社内での業務に活かすことができる。また、今まで転職を経験したことがない従業員にとっては、社外から見た自社の良さや改善点に気づくことができるだろう。

従業員の自律的なキャリア形成にもつながると考えられる。自らキャリア形成を行っているアルムナイと交流会等でコミュニケーションを取ることで、従業員は今後のキャリアを考える良いきっかけになり、キャリア形成のためのリスキリングや自己研鑽に取組むことが期待できるだろう。

3)第三者であるアルムナイからの意見を人事戦略等に活用できる

企業にとってアルムナイは社内外の実情をどちらも理解している貴重な存在だ。「社内に所属していたときはわからなかったが、社外に出てから気づいた」ということもあるだろう。企業はアルムナイから客観的かつリアルな評価・意見を受け入れ、組織を改善し職場の魅力を高めることで、従業員のエンゲージメントを向上させる可能性がある。また、離職率の低下につながる場合もある。アルムナイに対して退職理由についてのアンケートを実施し、人事戦略の改善に活用することで離職率の低下に取組んでいる企業もある。

4)アルムナイとの協業やビジネス連携につながる

企業とアルムナイが定期的な情報交換やイベント等を通じてネットワーク内で良好な関係性を構築・維持することで、協業やビジネス連携につながる可能性がある。企業がある領域について専門的知識を持つアルムナイとのディスカッション・情報交換を実施しているケースや、商社C社では、アルムナイが起業した会社へ出資した事例もある。

5)企業ブランディングができる

企業がアルムナイネットワークやアルムナイ採用に力を入れることで、採用ブランディングにつながる可能性がある。就職活動をしている学生のなかには、数年後の転職を選択肢の一つとして考え、入社する企業を選ぶ人も一定数いると考えられる(注4)。そのような学生たちからは、アルムナイネットワークを持ち、アルムナイを大切にする企業の姿勢を好意的に受け入れられることもあるだろう。さらに、アルムナイネットワークの登録者数が多くアルムナイ採用の実績があることは、アルムナイからもポジティブな評価を得ている会社だという確固たる証明になり、採用面でプラスの影響が期待できる。

その他に、アルムナイネットワークでの接点を通じた企業とアルムナイあるいはアルムナイ同士のビジネス連携・協業の実現や、アルムナイが社外で活躍することも企業ブランドの向上につながるだろう。

4.アルムナイネットワークのメリットを最大限発揮するためには

前章では、企業がアルムナイネットワークを導入するメリットについて述べた。では、アルムナイネットワークを導入しているもしくは導入予定の企業は、先述のメリットを最大限発揮するためにどのように機能させていくべきなのか。以下の3点が重要だと考える。

まず、退職者に対する企業の退職時の送り出し方が重要である。退職の際の企業の対応が悪い場合は、企業とつながりを持ち続けたい・アルムナイネットワークに登録したいと考える人は少ないだろう。かつては企業の退職者は「裏切り者」と表現されることもあり、現在においても、退職あるいは転職に対してネガティブなイメージを持つ企業は少なくないと考えられる。企業はアルムナイと良好な関係を構築・維持していくために、転職を「悪」と捉えるのではなく、企業全体で応援する雰囲気を醸成する必要がある。

2つ目は、アルムナイ採用のみにフォーカスするのではなく、アルムナイのメリットを意識したネットワーク運営をすることだ。アルムナイのなかには、「いずれは再入社したい」だけではなく、「アルムナイ同士でつながりたい」、「とりあえず企業との接点は持っておきたい」等の理由でネットワークに登録している人も多いだろう。様々な目的を持ったアルムナイに対して、メリットを感じてもらえるような情報提供やイベント開催等を実施していくことが重要だ。

3つ目は、長期的な目線をもつことである。企業の最大の目的であろうアルムナイ採用やビジネス連携・協業は、アルムナイの退職後数年で起きる可能性は低い。定期的なイベント開催や情報交換等を通じて、アルムナイとwin-winな関係を長く続けていくことが重要だ。

5.目まぐるしく変化する時代のなかでアルムナイネットワークは重要な役割を果たす

今後、人口減少による働き手不足に加えて雇用の流動化の加速が予想される。総務省「労働力調査」によると、2022年時点で転職者数に増加傾向は見られないものの、転職希望者数は増加している(資料2)。また、2023年6月に公表された政府の「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針2023)」では、「成長分野への労働移動の円滑化」を掲げており、転職者数の増加が見込まれる。

雇用の流動化によって、企業は人材の確保が重要な課題となるだろう。さらには、昨今、生成AIの発展等社会は目まぐるしく変化している。企業はこれらに対応していくために、従業員の成長や、社外を含めた様々な知見の集約が不可欠である。このような状況下で、社外からの人材獲得・従業員の人材開発等が期待できるアルムナイネットワークは企業にとって重要な役割を果たすだろう。

さらに、最近社会全体において、企業の「人的資本経営」が重要視されるようになってきた。アルムナイとの交流による従業員の成長や、再雇用・ビジネス連携等によって企業の成長にもつながるアルムナイネットワークは「人的資本経営」を実現させるための効果的な施策の1つとなることが期待できるだろう。

人手不足や雇用の流動化に対応でき、「人的資本経営」にもつながるアルムナイネットワークが今後の企業戦略のカギになるのではないか。

資料2 転職者数・転職希望者数の推移

【注釈】

  1. 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」では、第4章「動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用」の「(2)ギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得」において、「社員が社外で有効な経験を積んで自社に戻ることを奨励し、アルムナイネットワークの活用等を検討する」としている。
  2. 日本経済団体連合会「2024年版経営労働政策特別委員会報告」では、第Ⅰ部「『構造的な賃金引上げ』の実現に不可欠な生産性の改善・向上」において、「退職した元社員を再度採用するカムバック採用の整備・拡大や、アルムナイネットワークの活用などにより、働き手が安心して新たなキャリアにチャレンジできる環境を整備することは、労働移動を前向きに捉える企業風土の醸成と意識改革に有効な取組みといえる」としている。
  3. 2024年2月14日の株式時価総額上位30社の公開情報(HP、統合報告書等)より、アルムナイネットワーク・アルムナイ採用あるいは再雇用制度(定年後の再雇用を除く)導入の記載があったものをカウントした。
  4. 総務省「労働力調査」によると、2022年度の転職者比率(転職者数÷就業者数×100)は、15~24歳が9.2%で最も割合が高く、25~34歳が6.8%と続いている。このように30代以下の転職比率が高い実態を踏まえると、数年後の転職を選択肢の一つとして考え、入社している新入社員が一定数いると推測する。

【参考文献】

  • 経済産業省(2022)「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」
  • 日本経済団体連合会(2024)「2024年版経営労働政策特別委員会報告」
  • 内閣府(2023)「経済財政運営と改革の基本方針 2023」
株式会社 第一生命経済研究所

第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
https://www.dlri.co.jp

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【用語解説 人事辞典】
組織再社会化