【人事労務管理の視点から見る】
ネット上の誹謗中傷対策
事例3. 投稿者の特定と損害賠償請求について
投稿者を特定し、損害賠償請求をしたい場合、例えば昨今では以下のような事案も生じています。
未払い残業代を巡り、組合が組合活動をネットの動画サイトにアップしました。その動画は、組合が会社に事前に連絡もなく、会社内に許可なく十数人で押しかけ無断で会社役員を含む映像を撮影したものであり、そこには「●●さんのセクシー衝撃映像、好評配信中」等と残業代請求とは関係のない見出しが付けられていました。会社としては、上記のような組合活動を横行させないように、投稿者を特定したい(組合の関係者が動画のアップをしていることが疑われますが、具体的に誰が投稿したかわからない状況です)、また、その投稿者に対して損害賠償請求をしたいという場合に、どういった対処をすればよいでしょうか。
1. 投稿者の特定までの流れ(一般的な手続きの概観)
掲示板へ投稿したりする場合、一般的に、まずはインターネットサービスプロバイダ[※4](以下、「ISP」という)に接続し、次にサイトを管理しているコンテンツプロバイダ[※5]等に接続するという順番を経ています。
個人名等の登録制でない限り、掲示板を管理するコンテンツプロバイダ等は投稿者の氏名・住所までは把握していません。サーバにアクセスされた履歴(IPアドレス等)が記録されるのみです。一方で、ISPは、投稿者が契約をして利用料を支払っているため、氏名や住所を把握している場合が多いのですが、掲示板等の投稿の情報のみでは誰がどのISPに契約しているかは特定できません。
そのため、以下のように掲示板への投稿とは逆の順番をたどり投稿者の特定を行うことになります。まず、第1段階として、コンテンツプロバイダ等から接続した者の情報(アクセスログ(IPアドレスおよびタイムスタンプ[※6]))を開示してもらい、次に第2段階として開示された情報を基にISPを特定し、特定したISPに対して投稿者の住所・氏名の開示請求をするという流れとなります。必要な裁判手続等は以下の通りです。
※4: インターネットの接続業者。NTTドコモ、OCN、ニフティ等。
※5: インターネット上でのブログや掲示板、HP等のサービス提供の主体。
※6: IPアドレスからは、そのIPアドレスがどのISPに割り振られたか、つまり投稿者が契約しているISPがどこかがわかります。もっとも、IPアドレスは有限であり、ISPの契約者1人ひとりには割り振ることができないため、接続ごとにIPアドレスを割り振る措置が取られています。そこで、投稿者を特定するには、ISPにいつ接続されたかがわかるタイムスタンプも必要となります。そのため、IPアドレスとタイムスタンプがわかることで初めて、ある時間にIPアドレスを割り振られた特定のISP契約者が投稿をしたということがわかります。
2. 必要な裁判手続等
第1段階:発信者情報開示仮処分命令の申立
まず、コンテンツプロバイダ等に対して、アクセスログ(IPアドレスおよびタイムスタンプ)の開示を求めます。かかる手続きで得たIPアドレスを基に、「Whois」検索を行い、ISPを特定します。
※ ログの保存期間が3~6ヵ月程度のものがあり、早期に手続きを行わなければ、ログが消去されてしまう可能性がありますので、ISPに対して、ログの保存を依頼する必要があります。ログの保存は、裁判を経なくても応じてくれるISPが多いため、任意の書式で構わないので、保存してもらいたい情報を指定して、ログの保存を依頼します。アクセスログの調査に時間がかかったり、発信者の特定が困難な場合等には、「発信者情報の消去禁止仮処分命令の申立」等により、ISPに対して、アクセスログ(IPアドレスおよびタイムスタンプ)の発信者情報の消去禁止を求める場合もあります。
第2段階:発信者情報開示請求[※7]
次に、特定したISPに対して、投稿者(発信者)の住所、氏名の開示を求めます(投稿者が特定できた後は、刑事責任や民事責任の追及を検討することになります。)
※なお、裁判以外の方法としては、テレサ協の「発信者情報開示請求書」という書式を利用する方法があります。削除依頼(「送信防止措置依頼書」)の場合と比べると、「権利が明らかに侵害されたとする理由」が必要とされており、権利侵害のみならず、違法性阻却事由がないと言えることも必要であると解釈されています。また、発信者情報は顧客情報の開示でありますので、任意での開示に応じたがらないことが多く、この開示請求をしても開示される例はあまりありません。
※7:仮処分ではなく通常訴訟となります。ログ等はすでに押さえており保全の必要性がないためです。
3. 損害賠償請求について
民事責任の追及(例えば、名誉毀損の不法行為に基づく損害賠償請求)をして認められた場合には、どのような損害があったと判断されるでしょうか。まず考えられるのが、慰謝料です。慰謝料については、日本ではそれほど高額の慰謝料は認められない傾向にあり、本事例のようないたずらの度が過ぎた悪質な事案であっても、100万円を超えるような判断がなされることは稀だと思われます。その他、損害賠償の相手方を特定するために上記のような裁判手続を何度も経ていますので、かかる裁判手続にかかった調査費用、弁護士費用についても損害として請求することができます(かかる費用について認められた裁判例もあります。東京地裁平成24.1.31)。
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