【人事労務管理の視点から見る】
ネット上の誹謗中傷対策
近年、人事労務案件を取り扱う中でネット上の誹謗中傷等に関する相談が多くなってきています。
ネットの有する匿名性を悪用し、就職・転職サイトの掲示板で会社や役員を誹謗中傷したり、SNSやメール等で、会社や上司、同僚を誹謗中傷したりする等といった事例や、従業員の安易な投稿により多数の批判や中傷がなされ収拾がつかなくなる、いわゆる炎上といった状態となる事案まで数々のものがあります。
人事労務管理の観点からは、企業の秩序や名誉を守るために、ネット記事の削除や従業員の不適切な行為に対する懲戒処分、損害賠償請求などの事後的な対応はもちろん、そもそも不適切な対応を取らせないように、会社として積極的に予防策を講じたり、従業員教育を講じたりといった事前の対応をすることも非常に重要となります。
そこで、本稿では、以下具体的な事例を基に、人事労務管理の視点から、ネット上の誹謗中傷対策としてどのような、事前・事後の対策をしていけばよいかを解説していきます。
(※この記事は、『ビジネスガイド 2017年8月号』に掲載されたものです。)
事例1. 退職した従業員からの投稿記事
退職した従業員からと思われる投稿で、例えば、就職・転職サイトに「この会社はブラック企業」、「残業申請するなという圧力があり、残業代は出ません」、「上司のパワハラがひどく、従業員がどんどん辞めている」等といった会社を誹謗中傷する投稿記事があった場合に、会社としてはどういった対処をすればよいでしょうか。
当該投稿記事は会社の社会的な信用を落とすような記事であり、就職や転職を考えている者が見れば、掲載されている情報を信じて会社への応募を控えたり、内定を辞退したりして、会社の採用活動が妨げられるおそれがあります。上記のような書き込みが転職サイトに投稿されたままになっていることは、人材不足で悩む会社にとっては特に死活問題となります。
そこで、会社としては上記投稿記事を削除したいと考えると思われますが、実際に削除するためにはどういった手続きが必要となり、どのような場合に削除することができるのでしょうか。
1. 削除手続について
まず、(1)投稿者が特定できている場合には、直接本人に削除要求をすることが考えられますが、ネットには匿名性がありますので実際は投稿者を特定することは困難です。
そこで、(2)通常はサイト管理者等のコンテンツプロバイダ(運営会社)やデータを管理しているホスティングプロバイダ(サーバ会社)(以下、「コンテンツプロバイダ(運営会社)等」という)に削除を求めます。
投稿のあったサイト上に削除に関する問合せができる専用フォームを設けている場合には、かかるフォームを利用して削除請求をすることができます。
もっとも、かかる専用フォームがない場合には、はじめに削除依頼先の調査を行う必要があります。運営サイトのトップページの下等にある「会社概要」、「お問合せ」等に運営会社の名前や所在地が書かれていることも多くあります。また、サイト上の記載事項ではよくわからない場合には、「Whois」というIPアドレスやドメイン名の登録者等に関する情報を参照できるサービス[※1]を利用して、サイトのURL等から削除依頼先を調査します。
そして、削除依頼先が判明した後、専用フォームがない場合には、テレコムサービス協会(以下、「テレサ協」という)の「侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書」(以下、「送信防止措置依頼書」という)という書式による削除依頼(※送信防止措置依頼[※2])を行います(印鑑証明書、身分証の写し等、必要書類とともに郵送します)。
※1: https://www.aguse.jp/、http://whois.ansi.co.jp/等
※2: インターネットは、情報が公衆に送信され、受信されている状態にあるため、その送信を防止できれば、受信もできなくなります。そのため、送信を防止する措置は実際上、削除ということになります。
2. 削除依頼(送信防止措置依頼)について
コンテンツプロバイダ(運営会社)等は、「送信防止措置依頼書」を受け取ると投稿者(発信者)に対して、その投稿の削除の可否を尋ねる照会を送ります。通常、この照会期間は7日間とされ、7日以内に反論がなければ投稿が削除されるというのが一般的な流れです。ただ、照会する義務があるわけではありません。そのため、連絡が取れない場合は、照会手続をとる必要はないとされています。その場合、コンテンツプロバイダ(運営会社)等は、「権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由」があれば削除をする、また反論があった場合でも同様の理由があれば削除するという取扱いとなっています。
3. 削除依頼(送信防止措置依頼)の書き方
以下の書式をご確認ください。
書式:侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書(名誉毀損・プライバシー)
平成 年 月 日
至「特定電気通信役務提供者の名称」 御中※1
[権利を侵害されたと主張する者]※2
住所
氏名(記名) 印
連絡先 (電話番号)
(e-mailアドレス)
侵害情報の通知書 兼 送信防止措置依頼書
あなたが管理する特定電気通信設備に掲載されている下記の情報の流通により私の権利が侵害されたので、あなたに対し当該情報の送信を防止する措置を講じるよう依頼します。
記
掲載されている場所※3 | URL: https://●●●●.jp/company/ 投稿ID:ans-1234567 |
|
掲載されている情報※4 | 「この会社はブラック企業」、「残業申請するなという圧力があり、残業代は出ません」、「上司のパワハラがひどく、従業員がどんどん辞めている」 | |
侵害情報等 | 侵害されたとする権利※5 | 名誉権 |
権利が侵害されたとする理由(被害の状況など)※6 | 「この会社はブラック企業」との記載があるが、かかる記載は、労働者に極端な長時間労働やノルマを課す等、労働環境が違法不当なものであって、労働者が健康被害に遭うような企業であるという印象を一般の閲覧者に与え、会社の社会的評価を低下させるものであり、会社の名誉権を侵害する。 |
上記太枠内に記載された内容は、事実に相違なく、あなたから発信者にそのまま通知されることになることに同意いたします。
○ | 発信者へ氏名を開示して差し支えない場合は、左欄に○を記入しています。 |
以上
※1 削除を依頼する相手方の名前を記載します。これは、サイト管理者等のコンテンツプロバイダ(運営会社)やデータを管理しているホスティングプロバイダ(サーバ会社)の名前です。
※2 自分の住所氏名等を記載します。企業であれば、企業名等を記載する必要があります。
実印も押す必要があります。
※3 問題となる書き込みがあるURLを記載する必要があります。トップページのURLのみではなく、スレッドの何番目の書き込みなのか等、できる限り特定しなければいけません。
※4 問題の書き込みがどのような内容を含んでいるか端的に記載します。短ければ、全文を記載してもよいです。
※5 名誉権、プライバシー権等といった権利を記載します。
※6 (1)同定可能性と(2)権利侵害性について具体的に記載をする必要があります。
4. 権利が侵害されたとする理由(被害の状況など)について
誰に対する権利侵害性かわからなければ、削除の必要性の判断ができないため、(1)同定可能性(自分(自社)のことを対象としているかがわかるかどうか)が必要となります。また、そもそも権利を侵害されていなければ削除してもらうことは困難であるため、(2)権利侵害性(名誉権、プライバシー権等、権利の侵害が認められるかどうか)の記載が必要となります。これらを意識し、いかに(1)自分(自社)の権利が(2)強度な侵害をされているか、説得的に論じる必要があります。なお、専用フォームがある場合も同様の点を意識して記載する必要があります。
本件事例では、就職・転職サイトの当該会社欄での記載であり、当該会社を対象としているものが明確であると言えます((1)同定可能性あり)。
また、「この会社はブラック企業」という投稿を例に考えますと、労働者に極端な長時間労働やノルマを課す等、労働環境が違法不当なものであって、労働者が健康被害に遭うような企業であるという印象を一般の閲覧者に与えるものであり、会社の社会的評価を低下させるものであって、会社の名誉権を侵害していると言えます((2)権利侵害性あり)。
以上のように、かかる2点に着目し「権利が侵害をされたとする理由」について記載する必要があります。
なお、削除請求を行う際の注意点としては、あくまで請求先はサイト管理者等であって、書き込んだ本人ではないという点です。自社の悪評を書かれたことに憤り、サイト管理者等に強く当たる方もいますがまったく意味がありませんし、任意で応じてもらう手続きでありますので相手の心証を害する可能性もあります。また、削除依頼自体を公表するサイトもありますので当該サイトが削除に関してどのような態度をとっているのか、サイト内の削除ポリシーを確認したり、削除依頼スレッド等が作られていないかを確認したりする必要があります。
5. 裁判手続について
上記の手続きをしても削除に応じてもらえない場合、削除仮処分という裁判手続を取ることが考えられます。仮処分とは裁判の一種で、通常の裁判よりも迅速な手続きであり、裁判所が概ね間違いがないと判断した場合、一定額の担保金を供託することを条件に決定する暫定的措置[※3]のことをいいます。認められた場合には、「削除せよ」という裁判所の決定が出され、基本的にコンテンツプロバイダ(運営会社)等はそれに従い削除に応じてくれます。なお、通常の裁判と異なり、数週間~数カ月程度で結論が出ます。
※3:暫定的措置とされていますが、通常、一度削除されれば削除されたままとなりますので目的が達せられることになります。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。