南極観測隊
南極は地球のタイムカプセル
過去を知ることで未来の予測をする国家プロジェクト
地球上には、ユーラシア大陸・アフリカ大陸・北アメリカ大陸・南アフリカ大陸・オーストラリア大陸、そして南極大陸の六つの大陸が存在する。南極大陸は、地球の最も南にある大陸。「地球最後の秘境」とも呼ばれ、荒れ狂う天候に神秘的で巨大な氷山、ヒゲペンギンやヒョウアザラシなどの独自の生態系が特徴だ。地球上で最も寒冷な地域であり、人が暮らす大陸とはまさに別世界。今回は、南極に渡って環境や生物などのさまざまな研究を行っている「南極観測隊」の仕事について紹介する。
面積は日本の37倍。気温はマイナス50度。知られざる南極の世界
南極大陸の面積は約1400万km²で、オーストラリア大陸のほぼ2倍。日本列島の約37倍にも及ぶ広大な大陸だ。その97%は分厚い氷の塊「氷床」で覆われており、南極点の年間平均気温はマイナス50度。対する北極点の平均気温はマイナス18度なので、南極は陸地のない北極と比べて圧倒的に寒い。どちらも同じ極地だが、このような差が生まれる理由は標高にある。北極圏の海に浮かぶ氷は厚いものでも10mほどだが、陸地の上にある氷床は、なんと平均1856mもの厚みがある。最も厚いポイントでは約4776mと、富士山(3776m)より1000mも厚い氷が地上に横たわっている。そのため南極大陸は標高が高く、海に近い北極よりも気温がぐっと低くなるのだ。
南極の領土は長い間、チリ、アルゼンチン、イギリス、オーストラリアなどの7ヵ国が領有権を主張していたが、1959年に定められた南極条約により、現在はどこの国にも属さない大陸となっている。そのため南極に入るのに入国審査は存在しないが、パスポートは必要だ。日本から南極に直接行く方法は今のところなく、ほとんどの場合はアルゼンチン、ニュージーランド、オーストラリアなどの港から船で渡ることになる。
では、「南極観測隊(正式名称は、南極地域観測隊)」の人々は南極でどのような任務についているのだろうか。答えは南極大陸の天文・気象・地質・生物学などの観測だ。南極は人が暮らしていないため、氷や岩石など自然の保存状態が良く、データがとりやすい。例えば、分厚い氷の奥の方に何十万年も前の空気が入っていることもあり、地球の気候変動研究に関する重要な素材となる。よく知られた「オゾンホール」も、実は日本の観測隊が発見したもの。人工的作られたフロンガスがオゾン層を破壊する大きな原因であることがわかり、以来世界的にフロンガスの使用が禁止になっている。過去を調査することで、未来の地球環境の予測を立てたり、変動にいち早く気付いたりすることができる。南極観測は、地球の生命活動を持続的なものにするために役立っているのだ。
1年以上を過ごす「越冬隊」と夏を過ごす「夏隊」
南極観測隊は、海上自衛隊が保有している砕氷艦(南極観測船)に乗り、東京湾を出発したのち、オーストラリアを経由して「昭和基地」に向かう。昭和基地は南極圏内にある日本の最大の拠点で、大小60以上の施設からなる。南極観測隊は、渡航時期と滞在期間の異なる「越冬隊」と「夏隊」に分かれており、越冬隊は1年を通して南極で過ごし、夏隊は南半球が夏になる12月下旬から2月中旬にかけて滞在する。夏とはいえ、最も暖かい1月の平均最高気温は2度、平均最低気温はマイナス3.7度なので、夏の南極は冬の札幌に近い。
観測隊は大きく「観測系」と「設営系」に分かれる。観測系と呼ばれるのは、研究が目的の専門家。設営系は、基地の補修や機械の設備を担当するエンジニアや、生活のために必要な医師、調理師などだ。観測隊の主幹は、国立極地研究所。1973年に設立され、極地の観測と総合的研究を行うことを目的とした大学共同利用機関(全国の大学の研究力強化に資するための機関)である。そのため、観測系には気象庁や海上保安庁といった国家公務員の研究者だけでなく、「同行者」という枠があり、大学院生、大学に紐づいた研究者、教員や記者などが同行することもある。設営系に関しては民間企業から参加するケースもあり、昭和基地の通信環境を守るために通信会社の社員が赴任することや、電気・水道などのライフラインの整備、調理、医療といった分野では一般公募で隊員を募集することもある。
2017年12月に渡航した第59次観測隊は、越冬隊が32名、夏隊が41名、同行者26名を含めると計99名の共同体だった。雪の覆われていない岩場の岩石をハンマーで砕いて日本に持ち帰る地質学者や、大気の動きを探るために昭和基地に約1,000本のアンテナを立てるエンジニア、それを観測する気象学者など、それぞれの隊員が自らの専門性を発揮して活動した。
南極観測隊になるには、南極に関連する専門性を持ち合わせていることに加え、過酷な自然環境に耐えうる健康な身体が必要だ。極寒で吹雪も多く、一日太陽が昇らない「極夜」も存在する。通信環境や医療環境にも限界があり、国内とは違った厳しい条件下で働くことになる。そういった環境においても健康状態を保っていられるような、強い身体と精神は必須だ。また調理師や医師といった専門家はいるが、日々、他の観測隊員と協力しながら生活していかなければならない。例えば雪の中でのガスボンベの交換や、持ち回りでのトイレ掃除など。吹雪の翌日には、エンジニアのアシスタントとして壊れた設備の修理を手伝うこともある。南極にいる間は、文字通り「共同体」なのだ。相互協力がなければ、仕事が順調に進まないばかりか、命が危険にさらされることもある。
家族や職場から十分な理解と協力を得られるかどうかも重要だ。特に1年を南極で過ごす越冬隊の家族は、万が一何かが起こってもすぐに駆けつけることはできないため、常に心配が尽きないだろう。過酷な集団生活が続くと、家族と日本で暮らす通常の生活がいかにありがたいものだったかを再認識する、と南極観測隊の経験者は語っている。
隊員に選ばれるためには、専門性を磨くこと
南極観測隊への入り口はさまざまあるが、大学などの研究機関でオーロラ、ペンギン、氷などの研究者になることが近道だろう。
その他、気象や海洋観測といった分野においては、気象庁や海上保安庁などから専門家が派遣され、電波関係であれば通信会社、電気や水道であればそれぞれの管理会社から隊員が派遣されることになる。各分野からの抜擢は1~2名。それゆえ、社内・業界内の高い倍率をくぐりぬけられるだけの実績と、説得力のある動機が必要だ。
国立極地研究所によると、2019年秋に日本を出発する第61次南極地域観測隊の公募分野は、調理、医療、環境保全、野外観測支援の四つ。環境保全とは、廃棄物処理や汚水処理に関する業務で、関連知識を持ち合わせていることと、山小屋などの僻(へき)地の宿泊施設などの管理・運営経験があることが応募条件となっている。野外観測支援においては、昭和基地周辺の野外観測・設営作業の活動支援や管理を行う。国内の厳冬期に本格的な登山経験があること、救助、登山装備に関わる知識があり、登山ガイドなどの業務に従事していることなどが応募条件となっている。
応募には、応募用紙の記入に加え、別々の推薦状を二通と、健康状態のわかる書類を提出する。書類選考に合格後面接が行われるが、面接を通過してもまだ「隊員候補者」だ。その後、身体検査を受け、国内にある雪の深い山中で冬季総合訓練を受ける。身体検査にも訓練にも合格すると、雇用手続きが開始し、夏季の訓練を経てようやく正式に隊員が決定。応募書類を出してから正式に採用されるまで、実に半年以上の時間がかかるため、生半可な気持ちでは選考の段階でくじけてしまうかもしれない。
年収は、所属している団体の規定による。国家公務員や民間企業からの派遣の場合、それぞれの給与規定にのっとった額が支給される。ただし、極地観測等手当が1日につき1,800円から4,100円、越冬期間中は3割増しの手当がつく。国立極地研究所に所属している観測隊の場合、20代の修士卒で月収約26万円、大学卒で約23万円。年収は400万円を超える。30代、40代になると月収は50万円、年収は600万円を超える計算となる。
この仕事のポイント
やりがい | 地球人の一人として、日本国民の一人として、未来につながる責任の大きな仕事に携われること。国の事業として多額の税金によって実施されているため、地球の過去を知り、未来を担っていることの誇りを感じることができる。 |
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就く方法 | 国家公務員試験を受け、国立極地研究所、気象庁や海上保安庁に入社することのほか、通信、水道、電気といったインフラ系の民間企業から派遣されるという手段もある。医師、調理師、廃棄物処理といったポストは一般公募で隊員を募る。 |
必要な適性・能力 | 研究や職の専門性に加え、心身ともに健康であることが必須条件。過酷な環境を1年以上にわたり生き抜く必要があるため周囲と相互協力ができる協調性の有無も重要。 |
収入 | 所属している組織の給与規定による。国家公務員として派遣される場合、20代で年収400万円台、30代で600万円台。ほか、極地観測等手当が1日につき1,800円から4,100円つく。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。