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打撃投手

プロ野球チームを支える縁の下の力持ち。
日本で生まれた「打たせる」プロフェッショナル

数億円もの年俸を稼ぐスター選手たちが、しのぎを削るプロ野球。近年は野球の本場・メジャーリーグでも、イチローや松井秀喜など、日本人選手の活躍が目覚しい。今年ボストン・レッドソックスに入団した松坂大輔投手は、入札金約5,111万ドル(約60億円)、6年契約総額5,200万ドル(約61億円)という大型契約で、その数字に驚かされた人も多いだろう。華やかなスター選手ばかりにスポットライトが向けられがちだが、その陰にはトレーナー、スコアラー、マネジャーなど、チームを支える縁の下の力持ちも多く存在する。選手と同じユニホーム姿でありながら、観客からの声援を浴びることもなく裏方に徹する「打撃投手」も、そのひとつだ。

約30年に渡り打者をサポートした名打撃投手

2006年秋、プロ野球の話題の中心は、北海道日本ハムファイターズの44年ぶりの日本一と、スター選手・新庄剛志外野手の引退だった。一方、そのほぼ同時期、大きな話題にこそならなかったが、約30年に渡りプロ野球に貢献してきたひとりの男性が、静かに引退していった。オリックス・ブルーウェーブの水谷宏打撃投手(60)だ。

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1934年(昭和9年)、三原脩(写真・左)が年棒2,000円で大日本東京倶楽部(現・巨人)の契約第一号選手となり、日本人初のプロ野球選手が誕生した。写真・右は、三原の終生のライバルとして数多くの熱戦を展開した水原茂。

水谷投手は、昭和43年にドラフト1位で近鉄バファローズに入団。同年のドラフトは星野仙一をはじめ、田淵幸一、山本浩二、有藤道世、山田久志、加藤英司、福本豊、東尾修など、名選手を数多く輩出した「当たり年」だった。しかし、水谷投手は、同期と比較すると脚光を浴びたとはいい難い。公式戦での通算成績は5勝で、昭和53年には現役を引退。その後、当時の近鉄・西本監督から要請されたのが「打撃投手」という役割だった。以後、約30年に渡り、歴代の近鉄打者をサポート。かつて隆盛を極めた、近鉄の「いてまえ打線」を陰で支えた。4回のリーグ優勝の陰の立役者といっていいだろう。打撃投手とは、その名の通り打撃練習専用の投手だ。打者にとっては、ピッチングマシンでは不可能な、より実践的な練習を行うために欠かせない存在といえる。水谷投手のように、現役を引退した投手が務めるケースが多い。

もちろん、引退した選手の誰もが、順風満帆に第2の人生を過ごせるわけではない。 毎年、1球団当たり10人ほどが引退するが、そのうち監督やコーチなどになれるのはごくわずか。評論家や解説者に転身できるのも、やはり一部のスター選手に限られる。仮に球界に残るならば打撃投手のほか、スコアラーなどの裏方という手段もあるが、それでも「空き」がなければ、仕事に就くことさえできない。

いかに打ちやすい球を投げられるか

本来、投手は打者を仕留めることが最大の使命だが、打撃投手には「打者が打ちやすい球」を投げることが求められる。「打者によっては、球の速さや高さ、コースなど、さまざまな要求もあります。打撃投手に必要なのは柔軟性。打者の要求するコースに、いかに打ちやすい球を投げるかが大きな課題です」(業界筋)

調子の悪い打者には、バットを振ることができるコースに投げ、自信を回復させることも大事な役目。逆に、打撃投手の調子が悪ければ、打者の調子まで崩してしまうことにもなりかねない。「打撃投手の投球は、試合で打者を抑えるよりも難しい」との見方もあるほどだ。

打撃投手の仕事は、かなりハードだ。現役投手とは違って、肩を作るウォーミングアップの時間はままならない。1日の投球数は約150球で、年間にすると約4万球。水谷打撃投手の場合は、30年で約120万球も投げたことになる。当然、打撃投手には厳しいトレーニングが欠かせない。水谷投手が定年の60歳まで現役の打撃投手を続けてこられたのは、日ごろの鍛錬の賜物といえるだろう。

他に類を見ない日本独特のシステム

打撃投手は日本のプロ野球独特の役割で、アメリカや台湾、韓国などのプロ野球にはあまり例がない。「例えば、メジャーリーグでは、練習の際にコーチやマイナーリーグの投手などが、打ちやすいボールを投げる程度。日本の打撃投手のように、さまざまなボールを投げるケースはほとんどありません」(事情通)

日本ではかつて、現役のリリーフ投手か2軍選手が打撃投手を兼任していた。その後、徐々に「打撃投手」という役割が重要視されるようになったが、当初は選手登録されていて、一軍の試合に出ることも可能だった。1970年代から、選手登録から外れた「球団職員」という立場での打撃投手が確立されたようだ。

球団職員という立場の打撃投手は、現役投手とは違ってトレーナーの治療を受けられない。体調の管理やレベルの維持は、自分で行うしかないのだ。また、試合中はスコアラーと一緒にネット裏で各投手のフォームを撮影してデータを作成するなど、投げるだけではなく、その仕事は多岐に及ぶ。

各球団とも10名程度の打撃投手を抱えているが、その収入は年俸にして500万~600万円といったところ。現在のサラリーマンの平均年収を上回るが、何よりも身体が資本の仕事であり、将来が安定している仕事とはいい難い。しかし、決して自己を犠牲にしている訳ではない。そこには野球を愛し、チームへの貢献を第一とする、プロフェッショナルの姿がある。

改めて見直される、その存在

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打撃投手と並ぶ、重要なスタッフが「ブルペン捕手」。投手のボールを確実に捕球する技術が求められる。ボールを受けることで、投手の状態を見極めるという貴重な役目も。各球場には、大体2~3面のブルペンがある。

これまで多くの大打者が生まれてきたが、なかには専属の打撃投手がいるケースもある。最近では特に、阪神タイガースの多田昌弘打撃投手が有名だ。広島東洋カープで2年間の現役生活ののち、打撃投手に転身。特に、金本知憲選手のパートナーとして、欠かせない存在となった。金本選手が広島から阪神タイガースへFA移籍する際には、多田投手も一緒に移籍し、打撃投手として契約したほど。打撃投手という存在が、どれほどプロ野球に欠かせない存在であるかがわかるだろう。

打撃投手は引退した投手が務めるケースが大半だが、最近では打撃投手から選手へと転身したケースもある。プロ野球では、支配下選手枠(1球団70人以内)以外で選手を獲得できる「育成選手枠」制度を設けているが、2005年に中日ドラゴンズは、チームの打撃投手だった加藤光教投手を育成選手に指名した。当時の加藤投手の打撃投手としての年俸は480万円だったが、選手になることで400万円までダウン(育成枠の最低年俸は240万円)。しかし、加藤投手は収入よりも「プロのマウンドに立つ」という夢を選んだのだった。昨シーズンは支配下選手として結果を残すことはできなかったが、今後の活躍が期待されるところだ。

(数字や記録などは2007年3月現在のものです)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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