プロレスラー
「昭和」の熱狂と感動を取り戻せるか。
鍛え抜かれた力と技のエンターティナー
「プ女子」をご存知だろうか。最近、急増中の「プロレス好きの女子」の略称である。老舗のプロレス団体の新日本プロレスでは、1980年代に観客全体の1割だった女性客が3~4割にまで増えているという。ファンクラブの会員も4割が女性。女性受けを意識したデザインの公式グッズを増やしたところ、昨年度の売り上げは前年比120%の伸びを見せた。テレビの地上波放送が終わり、長く冬の時代が続いていたプロレス業界にいま、追い風が吹いている。プロレスラーはふたたび時代の表舞台にカムバックできるのだろうか。
プロレスには人を元気にする力がある
プロレスに、あるいはスポーツ全般に興味がなくても、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、といった名前を知らない人はまずいないだろう。かつてプロレスラーは、ジャンルの枠を超えて時代を彩る、国民的ヒーローだったのである。
過去、日本のプロレスには大ブームが2度あった。最初は1950年代後半。出始めの街頭テレビに、米国から来たレスラーと戦う力道山や木村政彦らの姿に熱狂する黒山の人だかりができた。当時はまだ、太平洋戦争の記憶も生々しい戦後の復興期。外国人を痛快に倒す日本人レスラーに、誰もが復興の希望を見出した。2度目の大ブームは1970年代。ジャイアント馬場やアントニオ猪木らの活躍する試合が全国に生中継され、ゴールデンタイムで高視聴率を叩き出した。プロ野球や大相撲に匹敵する右肩上がりの人気ぶりは、折しも当時の高度経済成長と重なった。プロレスが元気なら、日本も元気――昭和の日本経済を支えた多くの人々にとって、レスラーたちの手に汗握る戦いは明日への活力源だったのである。
プロレスラーとは、プロレス団体と呼ばれる興行会社などが催すプロレスの興行に参加し、リングに上がって試合を行う者の総称である。“興行”である以上、観る人の心をひきつけ、楽しませなければならない。プロレスに人を元気にする力があるといわれるのは、レスラーが何よりも魅せることを追求し、日頃からそのために必要な力と技を磨き抜いているからだ。プロレスは格闘技の一つでありながら、いわゆる競技スポーツではなく、ショー的要素の強いスポーツ・エンターテインメントである。レスラー自身は決してそうと口にしないが、米国の大手団体が公式に“ブック”と呼ばれるシナリオの存在を認めていることなどから、いまではプロレス=ショースポーツという前提が広く一般にも認知されている。
したがって、リングという舞台に上がるプロレスラーには、ショーマンシップが不可欠だ。しかもそれは、激しい技の応酬に耐えうる強靭な心身と、確かな格闘技術に裏付けられたものでなければならない。ビルドアップされた肉体も、見栄えのするアクロバティックな必殺技も、そしてその技をあえて受けて対戦相手の強さを引き立てる“受け”の美学も、すべては観客に興奮と感動を提供するための高度なパフォーマンス。面白い試合を創ってファンを楽しませることができるか否かを、勝敗以上に重要視するのがプロレスの価値観であり、他の格闘技との大きな違いである。ファンを喜ばすには、ユニークなキャラクターやアクションで自分自身を演出することも必要だ。プロレスラーは、記者会見やインタビューなどリングの外でも、そのキャラクターを一貫して演じ切り、創り上げたイメージを守らなければならない。
ふつうの健康保険や生命保険に入れない!?
「元気ですか!」とは、アントニオ猪木のおなじみのマイクアピールだが、この言葉どおり、人々が自らの試合を観て元気になってくれれば、プロレスラーにとってこれ以上の喜びはないだろう。歓声を全身で浴びる誇らしさと、観る人をカタルシスへ誘い、奮い起こす醍醐味――プロレスのスタイルは変わっても、職業としての魅力ややりがいは街頭テレビの時代から変わっていない。もっとも、近年はプロレス人気が縮小、興行はよりコアなファン層に支えられている。その分、試合内容や技の難度などに対する観客の要求水準が高まり、レスラーの肉体の負担が増しているのも事実だ。ほぼ毎週末に試合が組まれ、平日もトレーニングや移動、会場設営などに充てられるハードな生活。けがや故障のリスクが高く、命の危険とも隣り合わせていることは、プロレスラーにとって一番の苦労といっていい。事実、プロレスラーは「危険な職業」と見なされているため、一般の健康保険や生命保険には入れないか、入れてもきわめて高額な掛け金になるという。
逆に言えば、それでもプロレスが好きで好きでたまらない、命を懸けても惜しくないというほどの気持ちがなければ、この仕事は務まらない。適性として何よりも求められるのは、プロレスというスポーツ・エンターテインメントに対する深い愛情と理解である。もちろん、プロレスの技術のベースとなるレスリングをはじめ、柔道、柔術、空手など何らかの格闘技やスポーツの経験も必要だ。男子であれ、女子であれ、ファンを満足させるだけの体力と運動能力の土台があって初めて、プロレスラーとしての自己を確立させることができる。
プロレスだけで食べていける選手はごく一部
国内では、一部のフリーランスを除き、ほとんどのプロレスラーが男子で約100、女子で約15あるプロレス団体に所属して活動している。プロレス団体に所属するためには、団体が行う入団テストを受けて合格する、団体などが運営するプロレスラー養成所でトレーニングを積んで実力をつけるなどの方法があるが、いずれにしても、デビューまでの道のりは険しい。たとえばメジャーと呼ばれる大手団体でも、数十人が入団テストを受け、合格したのは多くて2~3人、合格者0ということも珍しくない狭き門だ。合格すると練習生として団体に所属し、プロレスの基礎技術の習得と体づくりに明け暮れる。本人の実力やキャラクターにもよるが、デビューまでの期間は平均1~2年。下積み時代には、試合や練習だけでなく、荷物運びからリングの設営、グッズやチケットの販売など団体の雑用もこなさければならない。
プロレスラーのおもな収入は所属団体からの給料やファイトマネー。人気が出れば、これにテレビやイベントの出演料、取材費、グッズ販売の利益などの副収入が加わるため、メジャー団体には数千万円の年収を稼ぎ出す有名レスラーもいる。しかし、そうしたレスラーはほんの一握り。大半の選手はプロレスだけで食べていけず、アルバイトなどで生計を立てているのが業界の現実だという。合宿所などに住み込む練習生時代はほぼ無給で、デビューから5年間は年収が平均で100~200万円程度しかない。こうした厳しい時期を耐えながら、こつこつ実力を蓄え続けたものだけが、客を呼べる=稼げるプロレスラーへと成長できるのだ。
低迷して久しかったプロレス人気に近年、復活の兆しが見えつつある。戦後の復興期、高度成長期、そして少子高齢化が進む現在と、時代環境は変わっても、プロレスラーに求められているものは変わらないだろう。それは、今を生きる人々を元気にすること。パフォーマンスを磨き、魅せる演出に知恵を絞り、観る人の心を熱くするプロレスを追求すれば、活躍の舞台はこれまで以上に広がっていくに違いない。
※本内容は2015年4月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | 人々に元気を与えられる |
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就く方法 | プロレス団体の入団テストを受ける・養成所に入る |
必要な適性・能力 | 格闘家としての体力・技能の他、プロレスを愛し、エンターテインメントとしても「魅せる」能力のある人 |
収入 | 年収100万円程度~数千万円まで幅広い |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。