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物書き

無名のまま筆一本で食べていくのは至難の業。
「清貧の思想」のある人でないとやっていけない。

10代の女の子が文学賞をゲットして作家デビューし、歌手やお笑いタレントがエッセーや小説を本にしては、作家を名乗る。「あの程度で売れるなら」と、にわかに物書きの世界を目指す主婦や若い人たちがいるようですが、自称作家には誰でもなれても、筆一本で食べていくのは至難の業のようで……。(コラムニスト・石田修大)

江戸時代の原稿料は1編につき1両だった

作家やエッセイスト、○○ライターといった肩書きに厳密な定義や基準があるわけではない。したがって、タレントがエッセイストを名乗ってもおかしくはないし、名前も知らない作家が何人いようと不思議ではない。だが、物書き稼業は想像するほど実入りのいい商売ではない。

『南総里見八犬伝』(曲亭馬琴著)

曲亭馬琴(1767年~1848年)は江戸時代後期の読本作者。24歳の時に山東京伝の弟子となり、戯作者として出発した。『南総里見八犬伝』は執筆に28年を費やしたという。他に『椿説弓張月』『近世説美少年録』などの作品がある。

作家、評論家、エッセイストなど、物書きの収入は新聞や雑誌などに小説や論文、エッセーを書いて手にする原稿料と、本にまとめて出版社からもらう印税が主体である。いったい、どれほど稼げるものか。

原稿料はここ100年たらずの制度で、江戸時代には版元が潤筆料として作者に謝礼を支払っていた。これは1編いくらの計算で、幕末で一般には1編1両程度、人気作家の曲亭馬琴の場合、『南総里見八犬伝』で1編4両だったと言われる。明治に入って森鴎外や夏目漱石らが出版社との交渉で原稿料や印税のシステムをつくり、出版が企業化された1910年代以降に制度として普及したという。

横文字の欧米では語数単位で計算するが、原稿用紙の普及した日本では、一般に400字詰め原稿用紙1枚いくらで計算する。媒体や執筆者によって単価はピンキリで、売れ行きの悪い文芸誌などは1枚2000円程度だが、一般には5000~8000円、企業のPR誌や有名作家などの場合は1万円を超えることもある。

最初の「印税」は1886年の小宮山天香の翻訳書

コンビニ店員のアルバイトで時給800~900円に比べ、たった400字を書いて5000円以上もらえるのだから、羨ましいような仕事と思われそうだ。だが、その400字を書くのに何カ所もの取材をし、経費も自己負担、7時間、8時間書いてもまとまらず、何日もかかる場合もあるのが、物書きの世界である。

一方、印税は著作権使用料であり、国内では1886年、小宮山天香が翻訳書出版に際して出版社と交わした契約が最初とされている。印税は1冊についていくらで発行部数によって増減するため、当時から著作権者は本1冊ずつに押印した印紙を貼って発行部数を確認した。印紙税と似た支払い方法だったため、印税と呼び慣わされたという。

現在では印紙による検印はなくなったが、印税制度は受け継がれ、一般に印税率は定価の10%程度で、本の定価×印税率×発行部数で計算される。定価1200円の本を5000部発行すれば、著者には1200円×10%×5000部で、60万円の印税が支払われる。

印税率も著者や内容などによって異なる。新人作家やハウツーものなどでは5%や8%の場合もあり、あるいは初版8%、再版から10%といったケースもある。発行部数でなく実売部数で計算することもあり、要は何部売れるかの見込み次第。何十万、何百万部のベストセラーは滅多にあることではなく、初版の数千部も売れずに1~2週間で書店から姿を消す本が圧倒的に多いのも事実である。

デビュー11年間鳴かず飛ばずだった直木賞作家

ゴーストライターとは、多忙や不慣れで原稿を書けない人になりかわって原稿をまとめ、原稿料や印税の何割かを手にする仕事で、名前が表には出ない影の筆者だからゴーストライター。印税は著者と折半しても5%で、本来の労力の対価の半分の実入りということになる。著名人のゴーストでベストセラーになれば結構だが、売れなければ疲労感だけが残る結果にも。

『評論家入門』(小谷野敦著)

小谷野敦(1962年茨城県生まれ)。東京大学文学部卒業。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。『もてない男―恋愛論を超えて』(ちくま新書)が10万部を超えるベストセラー。文芸批評、演劇、歴史、ジェンダー論などフィールドは幅広く、独自の「男性論」を展開している。

豪邸や別荘を作れるような作家を目指しつつ、安い原稿料を嘆きながら書き続ける「100円ライター」に甘んじている人が多いのが、物書き世界の現実である。

それでも「安くてもいいから、原稿を売ることを目指してもらいたい」と激励するのが、『評論家入門』(平凡社新書)の著者・小谷野敦氏。直木賞作家の大沢在昌はデビュー後11年間、28冊の本が初版止まり、西村京太郎も江戸川乱歩賞受賞後13年間、40冊近い本を出しながら売れなかったと紹介し、「そのくらいの執念が必要だ」と強調する。

ただし小谷野氏が評論家、エッセイストなどを勧めるのは、「四畳半に小さな台所つきのアパート住まいでも、書いて暮らしていきたいと思う人」「上司や顧客に媚びを売ったりするのが嫌だ、清貧でいい、というような人」。外見と違って、物書きは地味で報われること少ない職業、一発当てて大もうけをたくらむ人には勧められない。

(数字や記録などは2005年5月現在のものです)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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