船員
外国航路オフィサーが憧れだった時代は過ぎて。
「船員」の人材はフィリピンなど外国人が多数派に。
「マドロス」や「港町」を歌った曲がヒットし、外国航路の船員が憧れだった時代がありました。今や飛行機で気楽に海外に出かけ、四方を海に囲まれていることすら忘れたような日本。♪パイプふかしてタラップを登っていった縞のジャケツのマドロスさんは、どうしているのでしょうか?(コラムニスト・石田修大)
日本保有の船舶数は今も世界トップクラス
今年3月、マラッカ海峡で日本のタグボートが海賊に襲われ船長ら3人が拉致、身代金を払って解放される事件が起こり、4月にも日本の貨物船が襲われ、現金約2万ドルを奪われている。最近の船に関するニュースといえば物騒な事件や事故ばかりだが、一方で豪華客船が港に入るたびに大勢の人が見物に訪れている。
海外渡航の手段は飛行機にとってかわられたが、最近ではゆっくり旅行を楽しむクルーズ人気が、お金と時間に余裕のある高齢層中心に広がっている。国内でも1989年、クルーズ用の新造客船「ふじ丸」「おせあにっくぐれいす」が登場し、「にっぽん丸」「飛鳥」「ぱしふぃっくびいなす」などと次々に新しい客船が就航している。
クルーズ用の豪華客船から漁船まで含めて、日本が保有している船舶数は今でも世界のトップクラスであり、大量輸送の手段としては相変わらず欠かせない存在なのである。世界の貿易物資の約16%が日本を出入りしているというが、その大部分は日本の外航船が担っている。国内の物資輸送でも4割強を海運がまかない、とくに石炭、セメント、石油製品などは9割を貨物船が運んでいる。
日本国籍船にも外国人を登用できる
にもかかわらず船員の数は昭和から平成にかけて減少、とくに外国航路の船員は1985年の22000人台から、現在ではその5分の1、4000~5000人台に激減している。2003年の船員調査によれば、対象船舶約15000隻の船員数は94825人。海運業と漁業に各37000人台が従事しており、海運業では外航旅客船の船員は三桁の964人、外航貨物船でも4374人。内航では旅客船9332人、貨物船が22557人となっている。
日本船員が減ったのは、船の運航技術革新により操船人員が少なくてすむようになったこともあるが、日本の海運会社が自社船舶を、税金も安く規制も少ない外国籍とする便宜置籍船にして、賃金の安い外国人船員を乗せるようになったため。約2000隻の日本商船のうち日本船籍の船は120隻に満たず、残りのほとんどが便宜置籍船といわれる。
さらに1999年からは、従来日本人職員(オフィサー)しか乗れなかった日本国籍船にも船長、機関長以外は外国人を登用できる承認制度ができ、フィリピン人を中心に航海士、機関士約1500人が日本船への乗船を承認されている。こうして船長、機関長ら数人が日本人で、あとは外国人という外航船がますます増えている。マラッカ海峡で拉致された3人のうち、三等機関士はフィリピン人だったし、現金を強奪された日本の貨物船はパナマ船籍だったこともあり、21人の乗組員全員がフィリピン人だった。
外航船員になれば月77万円の高給取り
毎日、自宅と会社を往復する陸上の会社員と違って、船員は一度船に乗れば滅多に家には帰れない。外航貨物船の場合、6~7カ月間船に乗り、休暇は2~3カ月が普通。船は数週間から数カ月ごとに日本に寄港するが、停泊時間が短いため、最大で8カ月も家族と離れたままということもある。内航船の場合でも3カ月乗船して1カ月休み。運航中、甲板部員は4時間ずつ24時間の交替勤務、港についても荷の積み卸しが終わればすぐに出航という激務である。
危険も伴う特殊な仕事だけに、給与はたしかに悪くはない。2001年の船員労働統計調査によれば平均月給は内航船員で43万5388円、ほかに特別報酬、航海日当など8万3471円を加えれば51万8859円になる。外航船員になれば基本部分だけで58万3213円、諸手当も18万3765円になるから、計76万6978円となる。それでも一時期と比べれば仕事は増えており、給与も陸上勤務との差が少なくなったという。
船員は職員(オフィサー)と部員(クルー)に分けられる。オフィサーの指揮の下、甲板員や機関員、事務員として働くクルーになるには特別の資格はいらない。しかし船長以下、機関長、通信長、航海士、機関士などオフィサーとして船に乗るには、国家資格である海技士免状(1級~6級)をとらなければならない。
外航航路のオフィサーを目指すには、一般的には国立の東京海洋大学(商船大と水産大が合併)、神戸大学海事科学部(旧神戸商船大)や私立の東海大学海洋学部航海工学科で学び、乗船実習、国家試験を経て3級海技士の免状を取得する。富山、鳥羽、広島、弓削、大島にある5年制の商船高専も外航船舶職員を養成しており、やはり3級海技士になれる。
外航航路のオフィサーの求人はごくわずか
このほか中学卒業生を対象にした3年制の海上技術学校、高卒後入学で2年制の海上技術短大もあり、4級海技士の国家試験受験資格を得られるが、内航航路の船員養成が主目的である。
船乗りを目指すなら、やはり7つの海を乗り越える外航航路のオフィサーだろう。だが、船員求人情報ネットを覗いても、毎月100~200人台の内航、20~30人の漁業に比べ、外航船員の募集はわずかに0~5人。海洋大学や商船高専を出ても内航海運に就職したり、陸上勤務が多いという。
憧れても簡単には乗れない外航航路だが、船員への憧れそのものも薄れているように思える。かつての日本で船乗りへの憧れが強かったのは、ロマンもあったろうが、陸上勤務では得られない高給と未知の外国への好奇心が働いていたからだろう。21世紀の現在、そんな希望を強く抱いているのは、自分探しに悩む日本の若者ではなく、少しでもいい暮らしを目指す東南アジアの青年たち。縞のジャケツでタラップを駆け上がるのは、フィリピンやインドネシアのマドロスさんの時代になったようだ。
(記録や数字は2005年5月現在のものです)
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。