警察官
TVドラマで活躍するのはノンキャリ刑事。
現実の世界で出世するのはキャリア組ばかり。
終身雇用制が崩壊し、成果主義の導入に揺れる民間企業では、今や昇進も昇給もままならない状況です。そんな時代に、昇給こそ押さえられがちとはいえ、かっちりとした昇進システムが守られているのが公務員です。中でも警察官は「公務員の中でも優遇措置がとられている」と言いますが、キャリアとノンキャリアの差が歴然とした世界でもあります。(コラムニスト・石田修大)
「はぐれ刑事」はヒラ、「古畑任三郎」は警部補
このところ話題作の乏しいテレビドラマの中で、マンネリと言われながら安定した人気を得ているのが、2時間ドラマを中心とした推理・サスペンスもの。その主役を占めているのが、刑事という名の警察官である。「あぶない刑事」「はぐれ刑事」「富豪刑事」に「おばさん刑事」「ラーメン刑事」……。
山手中央署の中年ヒラ刑事、安浦吉之助を主人公にした「はぐれ刑事純情派」など1988年から続いて、これまで430本を放送、平均視聴率16.7%。安浦役の藤田まことは4月で72歳になり、さすがに同月下旬から放送の「ファイナル」で幕を閉じるという。
ところで刑事ものの主役たちは、警察官としてはどのへんの階級なのだろう。新旧を問わず、ドラマの中で階級がはっきりしている刑事をピックアップすると、こうなる。
▼巡査部長=「踊る大捜査線」青島俊作(織田裕二)、「相棒」亀山薫(寺脇康文)、「はみ出し刑事情熱系」高見兵吾(柴田恭平)、「西部警察」大門圭介(渡哲也)、「猪熊夫婦の駐在日誌」猪熊喜三郎(地井武男)
▼警部補=「ショカツ」羽村斗馬(松岡昌宏)、「はみ出し刑事情熱系」西崎駿一(風間トオル)、「古畑任三郎」古畑任三郎(のち警部に昇進、田村正和)、「十津川警部シリーズ」亀井定夫(愛川欽也、伊東四朗ら)、「混浴露天風呂連続殺人」山口かおり(のち警部に昇進、木の実ナナ)
▼警部=「相棒」杉下右京(水谷豊)、「混浴露天風呂連続殺人」左近太郎(古谷一行)、「十津川警部シリーズ」十津川省三(三橋達也、渡瀬恒彦ら)
巡査→(巡査長)→巡査部長→警部補→警部→警視
ほとんどが巡査部長から警部であることがわかる。巡査部長と聞くと巡査を束ねる部の長と思われがちだが、部長という役職ではなく、階級名。警察官の階級は巡査から始まり、巡査部長はそのすぐ上、下から2番目にすぎない。警察署の主任、派出所長などを務めるクラスで、多くの巡査はおおむね30歳頃までに昇進する。
巡査と巡査部長の間に巡査長という肩書きがあるが、これは昇進できずに年次を重ねた者のために設けられており、正式な階級ではない。「こちら亀有公園前派出所」の両さんこと両津勘吉巡査長がそのケースといったら、誤解の元だろうか。
巡査部長の上が警部補(警察署の係長、警察本部の主任クラス)、その上が警部(署の課長、本部の課長補佐など)である。警部の上にはさらに警視というランクがあり、「はみ出し刑事情熱系」で高見巡査部長の別れた妻であり上司にあたる根岸玲子課長(吹風ジュン)、あるいは「西部警察」の木暮謙三課長(石原裕次郎)が警視の設定になっている。
警視は中小警察署の署長、副署長、あるいは警察本部の課長クラスの階級で、ドラマでも現場指揮官の役どころである。ベテラン小林桂樹演ずる「牟田刑事官事件ファイル」の刑事官は、捜査課、生活安全課など複数の課を統括し、捜査全般を指揮する役職だが、これも警視クラスが担当するようだ。
キャリア組は20代半ばで警視に昇進
警視以上は昇進試験ではなく人事による選考で昇進が決められ、ここまでが地方公務員。たたき上げのノンキャリにとっては、一部を除きほぼ最終ポストに近い。
だが、警察庁が採用する国家公務員I種試験合格者、いわゆるキャリア組にとってはスタート地点にすぎない。キャリア組は初めから警部補として採用され、警察大学校での研修の後、都道府県警察で9カ月の見習い勤務を経て自動的に警部に昇進、そのあと2年間の警察庁勤務を経20代半ばで警視として各警察署の課長クラスで赴任する。
警察官としての現場でのスタートが警視なわけで、小生意気な若僧のキャリアとたたき上げのベテラン・ノンキャリ刑事との対立というドラマの構造は、このへんのギャップを反映している。もっとも、相次ぐ警察の不祥事などで、最近ではキャリアの警視昇格の年齢が徐々に引き上げられ、ノンキャリとの年齢差もわずかながら縮められつつあるという。
キャリアの出世は警視の上の警視正になってから。警視正は本庁(都道府県警察本部)の課長、大規模警察署の署長クラスであり、ここからは国家公務員になる。さらに警視長(本庁の部長、また小規模警察本部長クラス)、警視監(警察本部長、警視庁の副総監や部長、警察庁次長・局長クラス)、そして階級としては最高の警視総監(警視庁のトップ)に登り詰めるのは、同期でただ一人である。
ノンキャリ刑事でも平均月給52万5241円
ノンキャリもときに警視長あたりまでは登り詰めることができるというが、一般的に言って両者の差は歴然。派手なアクションを演じさせたり、人情派の刑事で人気を得ようと思えば、エリート臭の漂うキャリアでなく、現場をはいずり回るノンキャリの巡査部長や警部補で、ということになるのだろう。
とはいってもノンキャリの刑事が、とくに冷遇されているわけではない。地方公務員の警察官(平均年齢41.8歳)の月給は諸手当込み平均で52万5241円(平成15年4月)。地方公務員全体の平均44万9972円と比べてかなり高く、高校教員の47万4731円と比べても5万円ほど高い。職務の特殊性からか手当が他の公務員の倍近いためである。
めでたく退任する「はぐれ刑事純情派」のやっさんこと安浦刑事も、出世には縁がなかったが、娘2人を嫁にやれば気楽なひとり暮らし。悠々自適の余生を送れるのではないだろうか。
(文中敬称略。数字や記録などは2005年4月現在のものです)
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。