2021年、企業は「同一労働同一賃金」にどう向き合えばいいのか
多様化する働き方への対応に欠かせない正しい理解
倉重・近衛・森田法律事務所 代表弁護士
倉重公太朗さん
2020年4月、正規雇用労働者(正社員)と非正規雇用労働者(非正規社員)の不合理な待遇差を是正する「同一労働同一賃金」制度がスタートしました。当初は大企業のみが対象でしたが、2021年4月からは中小企業でも法律の趣旨に則った運用が求められるようになります。そこで重要になるのが、「同一労働同一賃金」についての正しい理解。人事担当者、企業経営者が知っておくべき制度のポイントを、労働法規や企業の人事制度・人事戦略などに詳しい倉重・近衛・森田法律事務所・代表弁護士の倉重公太朗さんにうかがいました。
- 倉重公太朗さん
- 倉重・近衛・森田法律事務所 代表弁護士
くらしげ・こうたろう/東京都中野区出身。慶應義塾大学経済学部卒。熊本地方裁判所にて司法修習。2005年~2006年にオリック東京法律事務所、2006年~2018年10月に安西法律事務所に所属。2018年10月から現職。第一東京弁護士会 労働法制委員会 外国労働法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事、日本CSR普及協会 理事、経営法曹会議会員、日本労働法学会会員、日本労務学会会員、厚生労働省「労働法教育に関する支援対策事業」検討委員(2020年7月~2021年3月)を務める。経営者側労働法を多く取り扱い、労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、人事労務担当者・社会保険労務士向けセミナーを多数開催。著書は20冊以上。近著に『【日本版】同一労働同一賃金の理論と企業対応のすべて』(労働開発研究会 編著代表)(2021年3月発刊)。
最高裁判決から見えてきた日本版「同一労働同一賃金」
2020年4月から始まった「同一労働同一賃金」ですが、あらためて「同一労働同一賃金」とはどのようなものなのか、お教えください。
簡単に言うと、「正社員と非正規社員の待遇差を是正しよう」というものです。日本ではパート・アルバイト、契約社員、派遣社員が「非正規」といわれる主要な雇用形態です。ただ、その中でも派遣は少し特殊な制度なので、ここではパート・アルバイト、契約社員に絞って説明します。
近年、日本では非正規社員が増え、その所得が正社員とくらべて低いことが問題になっていました。これを改善できれば、可処分所得が増え、GDPの拡大につながります。また、労働分配率の上昇は経済全体をデフレからインフレに誘導するきっかけにもなるでしょう。同一労働同一賃金は、経済成長をめざす国の政策のひとつとして実現した制度といえます。
ただし、この同一労働同一賃金には、あくまでも「日本版の」という条件がつきます。海外にも同一労働同一賃金はありますが、欧米の場合、まず産業別の労使団体があり、その交渉の結果として、産業横断的に「同じ仕事なら同じ賃金」という仕組みになっています。一方、日本はあくまでも個別企業での話です。後ほど詳しく説明しますが、この違いは、いわゆる「ジョブ型雇用」に転換すれば埋まるという単純なものではありません。
2020年10月、同一労働同一賃金に関する重要な二つの最高裁判決が出ましたが、判決のポイントをお教えください。
最高裁はこれまでにも、2018年の長澤運輸事件・ハマキョウレックス事件で、正社員と非正規社員の待遇差に関する判断を示しています。そこでは、トラックドライバーの通勤手当・無事故手当・給食手当といった「手当」について、正社員と非正規社員で差をつけることは不合理とされました。しかし、賃金の核ともいえる「基本給・賞与・退職金」に関しては判例がなく、最高裁がどういう判断を下すのかまったくわからない状態でした。
2020年10月に判決が出された大阪医科薬科大事件・メトロコマース事件は、それぞれ基本給と連動する賞与・退職金の差が争点となった事件です。まさしく最高裁による同一労働同一賃金の本質に関する初めての判例であり、非常に注目されました。
判決のポイントは、基本給・賞与・退職金で正社員と非正規社員の間で待遇差があっても、「(1)業務内容(2)責任(3)配置変更範囲(4)その他の事情(労使交渉など)」という4要素を考慮して「不合理」とまでいえなければ、企業の人事権、裁量の範囲とみなされる、ということです。
そもそも賃金などの労働条件は、労使の話し合いで個別に決める「労使自治」が原則です。国があまりに踏み込みすぎると、労使自治の原則を揺るがしかねません。特に、基本給・賞与・退職金の設計の仕方は企業によって異なります。何を重視するのか、どういう人を昇給させるのか。それらはあくまでも、企業が個別に決めることです。そのあたりが考慮された結果、明らかに不合理でさえなければ企業の人事権の範囲とする、という判決になったのではないでしょうか。
一方、手当については支給の趣旨が企業によって大きく異なるとは考えられません。通勤手当はどこの会社でも、通勤費用を補助するものです。そのため、企業の裁量が認められる範囲は狭い。同じ2020年10月には日本郵便事件という手当の差が争われた訴訟の最高裁判決もありましたが、そこでも同じ考え方が示されています。
判決時期 | 事件名 | 内容 |
---|---|---|
2018年6月 | 長澤運輸事件 | 再雇用された有期雇用の嘱託社員の待遇について争われた。嘱託社員は、再雇用のドライバーの賃金が2割減額となっていることが問題ではないかとした |
ハマキョウレックス事件 | 正社員と契約社員の格差について争われた。ドライバーとして働いていた契約社員が、正社員にのみ手当が支払われていることを労働契約法に違反するとして訴訟を起こした | |
2020年10月 | 日本郵便事件 | 正社員と契約社員の諸手当・諸々の福利厚生の付与についての違いについて争われた |
大阪医科薬科大事件 | 正社員に支払われているボーナスがアルバイトに支払われないことについて争われた | |
メトロコマース事件 | 正社員に支払われている退職金が契約社員に支払われないことについて争われた |
もちろん、企業の裁量が認められる基本給・賞与・退職金についても、「正規と非正規で異なっていてもいい」という単純な話ではありません。最高裁の判決でも、補足意見で注意を促していますが、違いがある理由を先ほどの4要素できちんと説明できなければなりません。従来の日本企業は「メンバーシップ型」雇用が基本で、非正規はメンバーではないのだから待遇差があるのはあたりまえ、という考え方でした。しかし、今後は「正社員だから、非正規社員だから」では説明にならないということです。待遇とそれぞれの役割や責任、期待度の違い、配置転換や転勤の有無などが、仮に後付けであったとしても、しっかりひもづけられていることが重要です。
2021年から中小企業に適用。注意すべきポイント
大企業に続いて、2021年4月からは中小企業でも同一労働同一賃金を意識していく必要があります。特に気をつけるべきところがあれば、お聞かせください。
基本給・賞与・退職金の中では「賞与」に注意が必要です。基本給や退職金は勤続年数が加味される長期的なものであることから、企業の裁量性が高いといえます。しかし、賞与は基本的に「その年」の業績に応じて分配される性質のもの。その年に一緒に働いた人には支給すべきという考え方ができます。役割の相違の実態次第では、「正社員には賞与を出すが、非正規には全く出さない」では不合理だと判断される可能性もあり、実際にそういう判例もあります。
賞与は非正規社員にも必ず支給すべきということでしょうか。
正社員と同じ金額でなくても、「寸志」「金一封」のような形で支払っていれば、不合理とはいえない場合も多いでしょう。もちろん、この場合も金額の違いが仕事の4要素で説明できることは必要です。
このように、違いがあってもバランスがとれていればいい、という考え方が「均衡処遇」という考え方です。日本版同一労働同一賃金の判断基準のひとつですが、実はもうひとつ「均等処遇」という考え方もあります。長期にわたりまったく同じ働きをしているのなら、正社員であろうと非正規社員であろうと金額なども含めて同じ待遇でなくてはいけない、という基準です。配置転換や転勤がなく、雇用形態にかかわらず全員が同じような仕事をしている中小企業などでは、「均等ではないか」と言われるケースが多いので、注意が必要です。
「均衡」なのか「均等」なのかは誰がどのように判断するのですか。
最終的には裁判で決着することになりますが、同一労働同一賃金を定めているパートタイム・有期雇用労働法は強行法規なので、就業規則の規程などを理由に適用から逃れることはできません。実態がそうなっていれば企業側がいくら主張しても通らない、ということです。拠点がいくつもある大企業なら、「正社員には転勤があるから待遇差がある」という説明が可能ですが、事業所がひとつしかない中小企業などの場合はそれも認められません。
もちろん、「業務内容」「配置変更範囲」が同じでも「責任」が違っていれば、均衡処遇でかまいません。たとえば工場の同じラインに入るケースで、仕事はまったく同じでも、正社員だけには設備が故障した際に対応する責任がある場合は、待遇差があっても不合理とはみなされません。
役割や責任による待遇差は、どの程度までなら認められるのでしょうか。
ケース・バイ・ケースです。ただ、本当に差が大きすぎれば、訴訟になるリスクも増えるでしょう。また、「説明義務」といって、求められれば、企業は待遇差の根拠を説明する必要があります。最初の段階で不信感などを持たれると、訴訟に発展する可能性がさらに大きくなります。あらかじめ説明して、十分に納得してもらうことが重要です。
他にも注意すべきポイントがあればお教えください。
基本給・賞与・退職金について説明してきましたが、それ以外の手当・休暇・福利厚生・解雇条件なども含めた待遇全般についても、留意すべき点があります。これらは企業による裁量の範囲が狭く、正社員と非正規社員で差をつけるのが難しいことを意識しておくべきでしょう。通勤手当に差をつけたことで、従業員数20人程度の規模でも会社側が敗訴した例があります。
まずは自社にどんな手当があるのかを確認し、正社員のみに支給している手当があれば、その理由を明確にしてください。説明できない場合は、見直しが必要です。休暇に関しては、慶弔休暇を正社員だけに認めている会社が多いようです。慶弔休暇は法律上の規定はありませんが、親族が亡くなったときにも休めないのか、などと問題になりやすい制度なので、注意すべきでしょう。
また、評価制度も「正社員版」「非正規社員版」をそれぞれ別につくっておくことが大切です。共通であれば、企業の求める役割が正社員も非正規社員も同じということになり、同じ仕事だと認定されやすくなります。待遇が違うのであれば、求める役割や評価基準が違っていて当然なのです。
性急にジョブ型雇用に切り替えなくとも対応は十分可能
なぜ今、「非正規社員の待遇改善」が重要になっているのでしょうか。また、非正規社員に働きがいを持って働いてもらい、戦力になってもらうには、どのような経営戦略や人事戦略が必要でしょうか。
これまでは単に「非正規のほうが低コストだから」という理由で非正規社員を採用していた企業が多かったと思います。しかし、安い給料で長く働いてほしい、という考え方は都合が良すぎます。裁判で問題になっているのは、10年以上の長期勤務のケースがほとんどです。その間、ずっと非正規で雇用し続けるのは、明らかにおかしいでしょう。5年、あるいは3年程度で正社員にする、待遇を改善する、などがあってしかるべきです。
人気企業なら非正規は5年ごとに入れ替える、という選択肢もあるかもしれません。しかし、中小企業や地方企業ではそもそも人が集まりません。採用コストも教育コストもかかるわけですから、せっかく何年も働いてくれた人がいるなら、その人を大事にするのもひとつの人事戦略です。正社員と非正規社員の役割分担、それぞれの比率、非正規から正社員になる人の割合などをきちんと設計すること。今後は労働人口が減少していきます。その中で優秀な人を採用して、長く働いてもらうには待遇がとりわけ重要です。きちんと説明できる賃金体系を整備しておくことが肝要です。
コロナ禍をきっかけに「ジョブ型雇用」に転換しようという動きもあります。倉重先生は、同一労働同一賃金との関係でこの動きをどのようにご覧になっていますか。
「ジョブ型」は主に欧米に見られる雇用慣行で、日本式の「メンバーシップ型」雇用とは大きな違いがあります。ジョブ型雇用では、仕事にお金がついていますから、自動的に同一労働同一賃金になります。ただし、配置転換はできませんし、そのポストが空かないかぎり新規募集も社内からの抜てきもできません。つまり、会社側に「人事権」がない、ということです。この本質的な部分が意外に理解されていません。
「日本版」同一労働同一賃金との関係でいえば、判断基準となる4要素のうち「配置変更範囲」の概念がなくなりますので、正社員と非正規社員の違いを出しにくくなります。また、今はコロナ禍でテレワークが増えたので、成果で評価できるジョブ型が望ましい、という話をよく聞きますが、メンバーシップ型であっても日々のタスクと成果を可視化すればいいでしょう。結論としては、性急にジョブ型に転換する必要性は薄く、日本型の良さを生かしていったほうがいい、と私は考えています。
同一労働同一賃金をはじめとする法改正、コロナ禍や急速に進む働き方の多様化といった変化に、企業人事はどう向き合っていけばいいのでしょうか。
今、企業はさまざまな働き方のメニューを用意しようとしています。そこで制度間の整合性を保つことは重要なポイントでしょう。たとえば仕事が限られる「限定正社員」と、ほぼ同じ仕事をしている「契約社員」の待遇が違っていたら、「限定正社員」は名称に正社員とつくだけで得をしていることになってしまいます。不公平感を生まない配慮は大切です。
他にも、複雑で正解のない難問がどんどん突きつけられている時代です。「本当にこれでいいのか?」と迷うことばかりかもしれません。同一労働同一賃金も、マニュアル本を買ってきてその通りにやればOK、というものではありません。企業の実態はそれぞれ違うので、同じ条件でも問題のない企業もあれば、問題になってしまう企業もあります。人事担当者としても、外部の専門家に相談するなどして、一人で抱え込まないことが大切です。業界団体などで他社の対応状況を教えてもらうのも有効でしょう。人事の皆さんには、立ち止まらず、また考えることをやめずに、この変革期に立ち向かっていってほしいと思います。
(取材:2021年1月8日)