内定取り消しが違法となる場合
企業が採用活動を行う中で、一度内定を出した後に、何らかの事情で内定取り消しを検討せざるを得ない状況になることがあります。しかし、入社前だからといって自由に内定を取り消せるわけではありません。内定取り消しが違法になってしまうのは、どのような場合なのでしょうか。また、内定取り消しにより内定者との間にトラブルが発生した場合、どう対処すればいいのでしょうか。そもそも内定取り消しに至らないようにするための予防策も含めて解説します。
1. 内定取り消しが違法となる場合とは
内定取り消しが違法になるかどうかの判断基準については、判例があります。まずは判例の考え方を理解しておくことが大切です。
内定の法的な意味
内定取り消しが違法となるかどうかを考える前提として、そもそも内定にはどのような法的な意味が与えられているのかを理解しておく必要があります。ここでいう内定とは、企業が内定者に対して内定通知書を交付し、内定者が入社承諾書を提出した状態のことをいいます。
内定の法的な意味は、実際のところ企業ごとに異なります。具体的には、企業による求人活動から実際に従業員が就労を開始するまでの手続きの内容によって、実質的に判断されることになります。
参考になる判例として、新卒採用の内定者に対する内定取り消しについて争われた大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日判決)があります。この事件は、新卒採用において企業が一度は学生に対して内定を出したものの、入社2ヵ月前に「当初から感じていた陰気な印象をぬぐえない」ことを理由として内定を取り消したものです。
この事件で、裁判所は内定の法的意味について、新卒採用の内定者に対する内定通知によって企業と学生の間に「始期付き・解約権留保付きの労働契約」が成立していると判断しました。
始期付きというのは、内定の性質上すぐに入社するわけではないため、内定通知などで定められた入社日を労働契約の始期とする意味合いです。解約権留保付きというのは、新卒採用の場合は内定者が学生であるため、内定時点で卒業できるかどうかが確定していません。そのため、卒業できなかった場合には、内定に基づく始期付き労働契約が解約されるとの留保が付いているという意味です。
従って、内定の法的な意味を確定するには、内定通知書や入社承諾書の内容を検討する必要があります。もっとも、企業と内定者の双方が内定に関する書面を提出している場合は、内定に何らかの法的拘束力が与えられていると考えておいたほうがよいでしょう。
なお、内定の前段階として口頭などで内定の意向を求職者に伝える内々定という概念もあります。内々定については、企業と求職者の双方が確定的な意思表示をしたとまで評価できないため、法的拘束力が認められないことが多いと考えられます。
- 【参考】
- 日本の人事部|内々定とは
内定取り消しの可否
内定が法的拘束力を有するということは、企業が自由に内定取り消しをできないことを意味します。ただし、事情によっては内定取り消しが認められる場合があります。内定取り消しの可否を判断するための基準について見ていきましょう。
内定取り消しの適法性の判断基準
始期付き・解約権留保付きであるとはいえ、内定により労働契約が成立している以上、内定取り消しは企業が自由にできるものではありません。内定取り消しが労働契約の解約に当たるためです。
上記でも取り上げた大日本印刷事件で、裁判所は内定取り消しが有効と認められるための判断基準として、以下の2点を挙げています。
- 内定取り消しの理由となる事実について、採用内定当時に企業が知ることができなかった、または知ることを期待できなかったこと
- 内定取り消しの理由となる事実により内定を取り消すことが、内定における解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的と認められ社会通念上相当といえること
1については、企業が面接時に確認しようと思えばできた事実関係について確認を怠ったにもかかわらず、後から当該事実が判明したからといって、内定取り消しをすることはできないという点に注意する必要があります。
上記の基準を満たさず、本来許されない状況で内定を取り消せば、内定者は労働契約に基づく企業の誠実義務違反や不法行為を理由として、企業に対して損害賠償請求をする可能性があります。
大日本印刷事件では、企業側は内定者が「陰気であること」を内定取り消しの理由としていました。しかし、内定者が陰気な印象であることは、採用面接の当時からわかっていたことです。企業は採用面接の時点で内定者の適否を判断し、自社に適さないと考えるのであれば内定を出さなければ良かったはずです。
しかし、企業は内定者の印象が不適格であると感じつつ内定を出したのであり、内定後に印象が変わらないからといって内定取り消しをすることは相当とはいえません。裁判所はこのような考えの下、企業による内定取り消しが解約権の乱用に当たるとして内定の取り消しを無効と判断しました。最終的に、企業が内定を取り消された者に対し、慰謝料として100万円を支払うよう裁判所から命じられています。
内定取り消しを行ったのが大企業であれば大きく報道されることも多く、企業イメージが毀損するリスクも高いといえます。このように、内定に関して内定者とトラブルが生じること自体が企業にとって大きなリスク要因となる可能性があるため、慎重に対応する必要があります。
以下では、具体的な内定取り消しの理由ごとに、企業としてどのように対応すべきかを確認します。
学生時代の望ましくないアルバイト歴が内定後に判明した場合
例えば、内定者が大学時代に企業側が好ましくないと考えるアルバイトをしていた経歴があり、それが内定後に判明するようなケースがあります。以前、大手テレビ局のアナウンサーに内定していた女子学生がホステスのアルバイト歴が判明したとして、内定を取り消される騒動がありました。この事例では、内定者がテレビ局に対して内定取り消しの無効を求める民事訴訟を起こし、最終的に内定を維持する内容の勝訴的和解となったことが報道されています。
学生時代のアルバイト歴については、採用面接当時にすでに従事していたアルバイトであれば、企業が面接時に確認することは可能だったはずです。従って、面接時に企業が求職者に対して特に確認しなかったにもかかわらず、後からアルバイトの事実を知ったとして内定を取り消すことは、上の判例基準の1に照らして違法になる可能性が高いといえます。
内定後にSNSなどで会社に不利益となる投稿をした場合
内定後に内定者がSNSなどで企業に対する批判的な投稿をした場合はどうでしょうか。この場合、投稿したのは内定後であるため、上記の判例の基準1に照らすと企業が知ることができなかった事実ということはできそうです。
実際には、企業に批判的な投稿をしただけで内定取り消しをするのは違法となることが多いと考えられます。なぜなら、企業の業績や経営方針に対する批判自体は従業員であっても必ずしも禁止されていないものだからです。一般的な批評として許容される範囲にとどまる限り、目的の正当性も認められることが通常であり、企業にとって具体的損害を生じるとはいえません。
ただし、内定者による投稿が事実無根の誹謗中傷であり名誉毀損が成立するような場合には、一般的に批評として許容される範囲を逸脱しているといえます。例えば、企業が粉飾決算を行っているなどといった類いの投稿です。これが全くの事実無根である場合は、SNSなどへの投稿を理由とした内定取り消しが許容される可能性があります。
内定取り消しを検討する際のポイント
内定取り消しを検討する際には、内定時に交付した誓約書などに記載されている取り消し事由に当たるかどうかを確認する必要があります。これに該当しない場合は、判例の判断基準に照らして判断することになりますが、少なくとも、採用面接の時点で知り得た事実に基づく内定取り消しは難しいことを理解しておく必要があるでしょう。
2. 内定取り消しでトラブルが発生した場合の対処
内定取り消しは内定者の生活に大きな影響を与えることから、内定者とトラブルになる可能性が高いといえます。従って、内定を取り消す際には、できるだけトラブルにならない方法を選択するべきです。それでも内定取り消しでトラブルが発生した場合は、以下で説明するように、企業が負うリスクを勘案しながら慎重に対応していく必要があります。
合意による内定取り消しに努める
内定取り消しが労働契約の解約である以上、企業としては従業員の解雇と同様に慎重に対応する必要があります。何らかの事情で、企業として内定を取り消さざるを得ないことになったのであれば、少なくとも一方的な通告によって内定を取り消すという態度は望ましくありません。なぜなら、内定者とトラブルになること自体、企業にとってレピュテーションリスクを負うことに加え、内定者にとっては内定取り消しが生活に大きな影響を及ぼす事態となるためです。
仮に、上記の判例の基準に照らして内定取り消しが合法といえそうな場合でも、可能な限り内定者に内定取り消しに至る事情を説明した上で、双方の合意によって内定取り消しをするよう努めるべきです。この場合、必ず内定者から内定取り消しの合意書に署名押印をもらうようにしましょう。
新卒採用の内定取り消しは慎重かつ迅速に
大卒者など新卒採用における内定取り消しは、特に慎重かつ迅速に対応する必要があります。新卒採用は採用時期が限定されており、また新卒採用で就職ができずに卒業してしまうと、卒業後の就職活動が非常に厳しいものになる可能性があります。
新卒採用時期が終了した後に内定取り消しが行われると、内定者は卒業後の就職活動を避けるために留年を余儀なくされることもあります。このように、新卒採用の内定取り消しは内定者に与える不利益が極めて大きい点に配慮しなければなりません。
まずは本当に内定取り消し以外の手段がないのか、慎重に検討することが大切です。それでも内定取り消しをせざるを得ないのであれば、内定者が他の企業に就職する可能性を最大限残すため、ただちに内定者に連絡しなければなりません。
内定者が内定取り消しを拒否したら?
企業が内定者に対して内定取り消しの意向を説明したにもかかわらず内定者が拒んだ場合、訴訟などで争われるリスクを冒してでも内定を取り消すべきであるかどうか、企業として経営判断を迫られることになります。
特に大企業の場合には報道される可能性が高いため、レピュテーションリスクを考慮する必要があります。仮に内定者とのトラブルによって企業のイメージが大きく毀損(きそん)し、企業業績に影響を与えるようなことになれば、内定取り消しの判断について経営陣の責任を問われるリスクがゼロではありません。
これを避けるためにも、内定者とトラブルになる懸念がある場合に内定取り消しを進めるかどうかは、担当部署レベルではなく役員が判断するべきです。また、役員が判断するに当たっては、後から責任を問われる可能性をできるだけ排除するためにも、弁護士や社会保険労務士など外部の専門家の意見を参考にするなどして、合理的に判断することが大切です。
なお、業績悪化など企業側の事情による内定取り消しの場合には、内定者が内定取り消しに合意していたとしても金銭的な補償を検討する必要があるでしょう。
3. 内定取り消しに至らないようにするための予防策
企業にとって内定取り消しは、内定者から損害賠償請求をされたり、企業のイメージを損なったりするなどリスクが高いものです。従って、企業としては内定取り消しに至らないようにしておくことが最も大切であることは言うまでもありません。
面接時の確認を徹底する
例えば、アルバイト歴など学生側の行動や素行について企業が望ましくないと考える内容があらかじめ決まっている場合には、面接時に必ず確認すべき事項としてリストアップしておくことも有効です。
ただし、面接において確認すること自体が違法となる事項もあるので注意が必要です。例えば、出生地や家族に関すること、社会運動や思想に関することは基本的に面接で聞いてはいけない事項です。これを理由として内定取り消しをすることも認められません。
- 【参考】
- 厚生労働省|採用選考自主点検資料
4. 内定取り消しのリスクを踏まえ慎重な判断を
企業が何らかの事情により内定取り消しをせざるを得ない場合でも、自由に取り消しができるわけではないことを知っておく必要があります。内定取り消しによるレピュテーションリスクや訴訟リスクを避けるためにも、内定取り消しに至る事情の丁寧な説明や金銭的な補償も検討し、内定者に納得してもらった上で進めることが理想的です。また、そもそも内定取り消しに至らないよう、選考に当たっては求職者について十分に比較検討してから決定すべきことは当然の心得と捉えておきましょう。
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