みなし残業制度
みなし残業制度とは?
「みなし残業制度」とは、あらかじめ一定の残業代を給与に入れておく制度で、固定残業制度とも呼ばれます。企業と従業員の双方にメリットがある仕組みですが、正しく運用しなければ、労使間のトラブルや法律違反に発展することがあるため、注意が必要です。
1. みなし残業(固定残業制度)とは
労働基準法では、労働者が働いた時間に応じて賃金を支払うことが原則となっています。しかし、職種や仕事内容によっては、実労働時間で賃金を計算するのが適当ではないケースもあります。実労働時間ではなく、あらかじめ時間外労働時間を決めて固定の割増賃金を支払うのが「みなし残業制度」です。
みなし残業の種類
みなし残業制度には、「事業場外労働」と「裁量労働」という二つのパターンがあります。
(1)事業場外労働
事業場の外で働く仕事の場合、労働時間を正確に把握することが困難なため、みなし残業制度を適用できます。外回りがメインの営業職などが該当します。
(2)裁量労働
裁量労働とは、仕事の時間配分が労働者の裁量によるところが大きい仕事を指します。例えば、システムエンジニアや研究者、コンサルタントのように、成果に応じて賃金の支払いがある専門制の高い職業が該当します。
みなし残業代の考え方
みなし残業制度の残業代の計算には、「みなし労働時間制」と「定額残業制」の二つがあります。
(1)みなし労働時間制……労働時間について事前に合意
みなし労働時間制とは、労使協定を結んで、合意した時間を一日の労働時間とみなす制度です。その労働時間を超えた分は残業とされ、残業代が支払われます。実労働時間を正しく把握することが困難な事業場外労働や裁量労働の場合に採用されることが多くなっています。
例えば「一日9時間労働したものとみなす」と合意した場合、実際の労働時間が6時間であっても、9時間働いたものとみなされます。ただし、10時間働いた場合は、9時間ではなく、10時間働いたものとします。
(2)定額残業制……固定残業代について事前に合意
定額残業制とは、基本給や年俸の中に一定の残業代(固定残業代)が含まれているとみなす制度です。原則として、雇用契約書などで、何時間分の残業代を含むといった記載が必要です。この制度は職種ではなく、役員など役職に応じて採用されることが多くなっています。
2. みなし残業が違法とみなされるケースとその対処方法
みなし残業制度を採用することで、企業側は残業代の処理にかかる作業負荷を減らせるメリットがあります。しかし、企業側の都合で無条件に運用されてしまうと、残業代が適切に支払われなくなるなど労働者側のデメリットが高まります。そのため、みなし残業制度の適用においては、法律で要件が定められています。
労使間のトラブルを避けるためにも、正しい知識を持っておくことが重要です。ここでは、みなし残業が違法とみなされる主なケースと、その対処方法について見ていきます。
雇用契約書や募集要項などに適切な表示がない
違法とみなされるケースで多いのが、雇用契約書や就業規則、求人の際の募集広告に、必要な事項が記載されていないことです。適切な表示がないと、トラブルが起きるだけでなく、みなし残業自体が無効とみなされることがあります。裁判に発展した場合には、雇用主が不利になるリスクが高まります。
【対処方法】
みなし残業を導入している場合は、次の三つの内容全てを明示する必要があります。
記載例:
基本給(××円)((2)の手当を除く額)
(2)固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
記載例:
□□手当(時間外労働の有無にかかわらず、○時間分の時間外手当として△△円を支給)
(3)固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨を記載する
記載例:
○時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給する
会社が労働時間を管理していない
みなし残業時間を超える残業分や深夜労働、休日出勤に対しては、追加で賃金を支払う必要があります。そのため、労働時間を正しく把握していなかった場合に、違法とみなされるケースが多くなっています。
労働基準法において、雇用主は労働時間を適切に管理する責務を有していると規定されています。また、企業は従業員に対する安全配慮義務を負っており、働きすぎによる健康被害を防ぐ責任があります(労働契約法第5条)。そのため、いかなる企業も、従業員の労働時間を管理する必要があります。これは、事業場外労働や裁量労働制を採用している場合も同じです。
【対処方法】
労働時間を正しく管理する仕組みを整えることが何より重要です。具体的には、タイムカードやICカード、パソコン入力などを利用し、日々の始業・終業時刻といった労働時間の記録を残すようにします。事業場外の労働であれば、モバイル端末を使うのも有効でしょう。
固定残業代以上の残業をしているのに、差額の支払いがない
労使間のトラブルでもっとも多いのが、固定残業代以上の残業をしているのに、差額の残業代が支払われていないという金銭的な問題です。以下の三つのケースを見ていきましょう。
(1)みなし労働時間以上の残業をしているケース
みなし労働時間を超えて働いた従業員に、超過分を支払っていない場合は違法となります。このトラブルは、労働時間の管理が適切に行われていなかったり、そもそも従業員がみなし残業について正確に理解していなかったりした場合に起こりがちです。
【対処方法】
勤怠管理を適切に行うことはもちろん、従業員全員がみなし残業制度について正しい認識を持てるよう、情報共有することが大切です。
(2)休日労働と深夜労働があるケース
休日労働や深夜労働があった場合、差額の支払いがないためにトラブルに発展してしまうケースがあります。休日労働と深夜労働は、通常の時間外労働と割増賃金の率が異なります。差額残業代の計算方法を知らない場合に起こるトラブルです。
- 時間外労働の割増賃金……通常の25%割増
- 休日労働の割増賃金……通常の35%割増
- 深夜労働(午後10時~翌日午前5時)の割増賃金……通常の25%割増(※)
※実際には、時間外労働と深夜労働は重複することが多いため、その場合は合計で「5割以上」の割増賃金となります
【対処方法】
休日労働や深夜労働があった場合は、割増賃金分を含めた全体の残業代を計算し、合計が固定残業代を超えているときに差額を支払います。例えば、割増賃金分を含めた全体の残業代が10万円、固定残業代が8万円の場合は差額の2万円を支払う必要があります。
(3)固定残業代がいくらかわからないケース
雇用契約書などに固定残業代の記載がなく、残業代の支払いをしていないケースです。固定残業代を明示していない場合、みなし残業自体が無効になるため、残業代をさかのぼって精算する必要があります。このケースは、企業側がみなし残業に関する法令を正しく理解できていないときに起こります。
【対処方法】
企業側のリスクが高いため、速やかに雇用契約書などの改定を行う必要があります。また、みなし残業について正しく理解できるよう、講習を受けるなどして法令の正しい知識を持つ必要があります。
最低賃金に抵触する
みなし残業を採用すると、あらかじめ取り決めた残業時間分に関しては割増賃金を支払わずに済むことも可能なため、コスト削減につながると考えるかもしれません。しかし、固定残業代を多くしすぎると、違法になる場合があります。それは最低賃金への抵触です。
固定残業代は、最低賃金の対象とはなりません。そのため、「基本給を下げて、その分を固定残業代として穴埋めする」という形で労働条件変更を行うと、結果的に最低賃金の対象額が減り、最低賃金を下回ってしまう恐れがあります。
例えば、東京都の最低賃金は令和元年10月1日から1,013円になっていますす。これを基に、最低賃金を計算してみましょう。
月単位の最低賃金=1,013円×21日×8時間=170,184円
この場合、基本給が1ヵ月あたり170,184円を下回ると、最低賃金に抵触します。例えば、1ヵ月あたり基本給が15万円、固定残業代が8万円といった場合には、最低賃金に抵触します。基本給の部分が最低賃金を下回らないよう注意する必要があります。
【対処方法】
最低賃金は都道府県ごとに異なります。最新の額が厚生労働省のWebサイトで確認できます。
- 【参考】
- 厚生労働省|地域別最低賃金の全国一覧
毎月の給料には、基本給と固定残業代以外にもさまざまな諸手当がつく場合があります。このうち、最低賃金の対象となるのは、所定内給与である「基本給」と「諸手当」です。ただし、精皆勤手当や通勤手当、家族手当は最低賃金の対象となりません。また、所定外給与である、時間外勤務手当、休日出勤手当、深夜勤務手当も最低賃金の対象となりません。「固定残業代」が最低賃金の対象とならないのはこのためです。
- 【参考】
- 最低賃金の解説はこちら
3. みなし残業代・超過残業代の計算方法
みなし残業代や超過残業代は、正確に計算しないと従業員との間でトラブルの引き金になります。ここではさまざまなケースの残業代の計算方法を説明します。
計算ステップ
みなし残業制度を導入している場合の残業代の計算手順は、次のようになります。
(2)計算した実際の残業代と、みなし残業代を比較する
(3)実際の残業代のほうが多い場合は、超過分を支払う
まずは、残業代の計算方法を理解する必要があります。みなし残業代として一般的なのは「○時間分の『25%分』割増賃金を支払う」ケースですが、実際の時間外労働・休日労働・深夜労働を全て含めて計算した上で、みなし残業代と比較する方法であれば、安全に運用できます。
通常の残業代(休日労働や深夜労働がない場合)
残業代は原則、1時間当たりの金額で計算します。時間外労働の割増賃金は通常の25%割増になるため、基本給の時給に1.25を掛けた金額が残業代です。1時間当たりの残業代の計算式は次の通りです。
・基本給が20万円
・月の労働日数が20日
・1日の所定労働時間が8時間
1時間当たりの残業代=基本給20万円÷(月の労働日数20日×1日の所定労働時間8時間)×1.25=1,563円(端数は四捨五入)
月30時間の残業があった場合は、1,563円×30時間=46,890円がその月の残業代となります。
休日労働や深夜労働がある場合の残業代
休日労働や深夜労働がある場合は、通常の賃金よりも割増となります。休日労働の場合は35%、深夜労働の場合は25%の割増です。深夜労働は、原則午後10時から午前5時までです。
休日労働が深夜になる場合や、深夜労働が残業(時間外労働)になる場合は、割増率を合算します。
35%+25%=60%
●深夜労働が残業(時間外労働)になる場合
25%+25%=50%
・基本給が20万円
・月の労働日数が20日
・1日の所定労働時間が8時間
深夜労働で2時間の残業を20日間した場合の残業代
基本給20万円÷(月の労働日数20日×1日の所定労働時間8時間)×1.50×2時間×20日=75,000円
欠勤の扱いについて
欠勤のある月は通常、みなし残業代の計算には影響が及びません。欠勤日数が極端に多いなど、固定残業代を満額支給するのは不合理と思われる場合は、該当者に対するみなし残業制度の適用について見直すことも必要でしょう。
4. 従業員の理解を促しトラブルを防ぐことが重要
企業がみなし残業制度を導入することのメリットとして、一定時間分までは残業代の処理が不要になり、業務の負荷を減らすことができる点が挙げられます。一方、従業員側には、残業しなくても固定で残業代をもらえるため、時間内に終わらせようという心理が働く、というメリットがあります。
ただし、法律や計算方法をしっかりと理解しないまま運用すると、思いがけず大きな問題に発展するなど、企業にとってマイナスになる可能性があります。人事担当者として制度の内容をしっかりと理解し、従業員への周知を徹底することが大切です。
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