アセスメントの本質は個々のタレントを輝かせること
確証性の高いコンテンツが、活気のある社会を支える
HRDグループ 代表
韮原 光雄さん
運命を変えるアセスメントとの出合い
現在の会社を立ち上げられたきっかけを教えてください。
前の会社を経営しているときに、アメリカのある企業からあるアセスメントを紹介されました。それがDiSC®でした。アメリカの心理学者、ウィリアム・M・マーストン博士が1920年代に提唱した「DISC理論」に基づき、個々の行動特性を分析するツールです。主導(Dominance)、感化(influence)、安定(Steadiness)、慎重(Conscientiousness)の4指標のバランスから、その人のパーソナリティーを把握することができます。
DISC理論自体は知っていましたし、日本国内にも似たようなアセスメントが既にあったので、最初はそれほど興味がありませんでした。しかし、ものは試しということで、DiSC®を受けてみました。間もなく結果レポートを渡され、それを読んだときに衝撃を受けました。「あなたはこういう人です」「こういうときにやる気が出ます」「モチベートされるアプローチはこうです」「これがあなたのストレスの要因です」と、見事に私の特性を言い当てていたからです。
それまで私たちは、マネジメント層のリーダーシップトレーニングを、合宿で5日間かけて行っていました。プログラムには「私は何者か」という自己理解も組み込まれていて、手を変え、品を変え、それなりの時間を充てていたのです。しかし、DiSC®ならものの十数分で分析でき、しかもテキストという形でフィードバックされる。そのうえかなりの高精度なので、本当に驚きました。
そこでDiSC®を日本に導入するビジネスを始められたのですね。
驚いたのは、アメリカではプロのコンサルタントやビジネスコーチがパートナーとなって、企業内教育でDiSC®を取り入れて活用している点でした。実際にアメリカに行って、DiSC®のファシリテーター養成講座も見せてもらいました。さらに受講生と名刺交換すると、みなさんPh.D.保持者なんですね。心理学や教育学の専門家ともいえるレベルの人たちが、プロコンサルタントとして活躍しているわけです。
1990年代初頭の日本には、こうしたビジネスモデルはありませんでした。研修会社が企業にセールスして、講師を派遣するスタイルが主流でしたから。しかし、アメリカでは既に何千人ものプロコンサルタントが、DiSC®のファシリテーターになっていました。日本国内ではニッチな市場かもしれないけれど、これから可能性があるのではないか、と感じましたね。
「DiSC®に賭けた」といったところでしょうか。
賭けるだけの価値がありました。会社など後ろ盾のないプロのコンサルタントがDiSC®を使っていたからです。理論的なバックグラウンドが確立されていて、実証性の高いアセスメントでなければ、博士課程レベルの知識を持った人たちが手を出すはずがありません。
実際にDiSC®の開発元であるJohn Wiley & Sons社は、アメリカで200年以上の歴史を誇る学術出版社です。理工医学および人文社会科学分野関連の出版物を数多く手がけており、アメリカに限らず各国にも進出しています。これまでノーベル賞の受賞者の多くが、Wiley社が資本を持つ出版社から書籍や論文を発表してきました。これだけ信頼性の高い会社なら、自社が開発するアセスメントも確固たる信頼性や妥当性がなければ世に出さないでしょう。
さらに20年後、今度はProfileXT®の販売も開始されます。
これも私にとって、強烈で画期的な出来事でした。おかげさまでDiSC®は多くのパートナー(コンサルタントやコーチなど)に支持され、自己理解のツールとして、また組織力を高めるコミュニケーションツールとして、認知されるようになってきました。すると、「採用に活用できないか」「配置や戦略人事に応用できないか」といった要望が寄せられるようになりました。
しかし残念ながら、DiSC®にはその機能はありませんでした。例えば、i(感化)のスコアが高い人は社交性があり、営業に向いているといえるかもしれません。しかし推測に過ぎず、根拠に乏しい。ましてやその会社の営業部門で、そうした人材がハイパフォーマンスを発揮できるかどうかは、まったくの未知数です。適材適所を測る、別のアセスメントの必要性が問われていたのです。
そうしたときに出合ったのが、ProfileXT®だったということですね。
はい。これも私がアメリカに行ったときに、たまたまこのアセスメントを手がけるジョセフ・ネリア博士と出会ったことがきっかけでした。ジョセフは最初、「私たちのオフィスをぜひ見にきてほしい」と言いました。実際に見学して、驚きましたね。オフィスでは一人ひとりが生き生きとして、活気に満ち溢れていました。ProfileXT®を使ったマネジメントで適材適所を実現し、従業員のパフォーマンスを引き出すことに成功していたのです。これこそ私たちが探し求めていたものだと実感しました。しかし私は即決することなく、日本に持ち帰って社員たちの意見を聞きました。すると、最も慎重な開発部門のメンバーですら「これは絶対にやるべきだ」と言うのです。
当時ProfileXT®は32の言語に対応し、ヨーロッパだけでなくアジアにも広まっていました。なぜこれまで日本語版をつくらなかったのかとジョセフに尋ねたところ、「信頼できる販売代理店がなかった」と教えてくれました。日本の同業他社が私たちよりも前に打診していたのですが、彼らでは不十分というのが、ジョセフの意見でした。
他社との違いは、どこにあったのでしょうか。
海外のコンテンツを日本に持ち込む場合、翻訳作業が必要です。ただし、文言をただ日本語に変えればいい、というものではありません。ある特性を測るうえで想定した尺度が正しく、測ろうとしているものを測ることができるのかという「妥当性」、また、同じ人がいつ、何度回答しても安定的な結果を再現できるのかという「信頼性」を担保する、バリデーション(Validation)が大事になってきます。
そのためには、設問の検証を繰り返すことが必要でした。日本語に翻訳して、パイロット版を作成。パートナーを介して企業の方々に体験してもらい、ヒアリングにも協力してもらいました。さらにアメリカで結果を解析し、バリデーションを検討するというベータテストを、2度、3度と繰り返しました。同時にProfileXT®を活用するためのファシリテーション補助教材やオンラインプラットフォームも、制作しなければなりません。日本語版の完成には、およそ1年半の開発期間を設けています。この作業はほかのアセスメントも同様で、DiSC®の最新バージョン「Everything DiSC®」の日本語版開発も、足掛け3年近くかけています。
かなり厳しくチェックを繰り返すのですね。
それだけのクオリティーを保証できなければ、アメリカの本社もGOサインを出しません。彼らは学術的な観点から調査と検証を徹底していて、アセスメントの品質に絶対の自信を持っていますから。そのためには計量心理学に対する知見が必要ですが、アメリカには産業界で活躍できる博士が日本とは比べものにならないほど大勢います。それだけ、学術と産業が近い距離にあるのです。また、それくらい徹底しているからこそ、多くの国で信頼されるコンテンツになるのだと思います。私たちには彼らの期待に応えるだけの、開発能力がありました。また、日本市場にリリースするには、多額の資金が必要になりますが、「その資金調達のためにバリデーションをおろそかにしてまでも商品開発を急ぐことはしない」という私たちの姿勢をアメリカ本社は評価してくれたのだと思います。
商品開発を行ううえで、マーケットとの親和性は重要です。とはいえ「こうすれば売れる」と企業側のニーズに合わせ過ぎて、バリデーションの部分を歪めてしまうのは考えものです。日本国内で流通するアセスメントに、果たしてDiSC®やProfileXT®に匹敵するバリデーションを担保できているものはどれだけあるでしょうか。特に近年は、AIや機械学習といったキーワードに翻弄されがちです。利便性が高く、訴求力の強い技術だとしても、内実は伴っているのかどうか。そこは検討の余地があると考えます。
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。