34年間、HR業界で事業を成長させ続けることができた理由とは?
~「世のため、人のため」の人材ビジネスのあり方~
株式会社クイック
和納勉さん
クライアントのニーズに応え、成長・拡大してきたクイックの人材サービス
34年間の業界の変化を振り返っていただけますか。
私が起業した当時、業界はシンプルでした。求人業界では、中途採用と新卒採用がはっきりと分かれていました。その後に、アルバイト採用が出てきただけです。当時、新卒採用では「リクルートブック」という圧倒的なメディアがありました。一方、中途採用は新聞広告が中心でした。それが求人情報誌に代わっていったのです。
中途採用のお手伝いをしている中で、クライアントから人材に関するさまざまなニーズが出てきます。例えば、教育研修、人材紹介といったニーズに応えていく中で、少しずつクイックの事業を拡大してきました。今は人材サービスという一つのくくりの中で一緒の領域にいますが、人材派遣や人材紹介を最初から人材ビジネス事業として行っている企業とは、そもそもの「根」が違います。
リクルートもそうですが、この34年間のクイックの成長と日本の人材ビジネスの変遷とが、軌を一にしているように感じます。
リクルートは、新卒のメディアである「リクルートブック」を始め、中途のメディア、アルバイトのメディアなど求人情報誌事業からスタートし、人材派遣や人材紹介などの人材サービス事業を抱えるようになっていきました。現在では、人材に関わる全ての課題、ニーズに応える総合的な人材サービス業へと大きく成長、発展しています。クイックもそうした人材サービス業界の一社として道を歩んできました。
「人材サービス業界」という呼称が使われるようになったのはこの20年くらいです。それまではそうした言い方はなかったように思います。それぞれの業界名である「人材派遣」「人材紹介」「求人広告」「人材教育」など、各呼称を用いていました。その後、各社がクライアントのニーズに応える形で業界の垣根を越えたサービスを提供するようになり、あるいは収益性の高い事業への進出を図った結果、企業に対して総合的なサービスやソリューションを提供する「人材サービス業界」ができたわけです。
そのような変化の激しい市場で、どのようなご苦労がありましたか。
設立10周年で社名を変更した時、会社の業績は絶好調でした。10年間、会社の業績はずっと右肩上がり。リクルートの商品をクライアントのニーズに従って的確に提供していれば、順調に業績を伸ばすことができました。そして、日本経済が非常に好調でした。そのため、経営的な努力はあまりしていませんでした。
唯一苦労したのは、自社の「人」の問題です。まだ会社の規模が小さかったので、なかなか良い人材を採用できません。また、採用できても人材が定着せず、辞めてしまう。大企業と比べて、福利厚生制度なども十分ではありませんでしたから。クイックとしては人を採用し、育成していくことの大変さは、身をもって体験したように思います。しかし、本業は順調でしたから、お金には全く苦労しませんでした。そんな状態の時に、バブル経済が崩壊。鼻っ柱をへし折られました。それからは、本当に苦労しました。
1991年から93年にかけてバブル経済が崩壊した際、それまで32億円あった売上が16億円に半減、120人いた従業員も80人まで減少しました。満足な賞与が出せないで、寸志という形で5万円、10万円程度の一時金を出していました。これでは人は辞めていきます。優秀な人材も去っていきました。ただこの時、歯を食いしばって事業を再建していったのが、現在の幹部たちです。こうした人材がいたからこそ、今のクイックグループがあると思っています。
このままでは来月に倒産する、という時期がありました。私は、必死になって銀行に頭を下げました。多くの銀行が貸しはがしをする中で、ある銀行の支店長が個人的な信用で3000万円を貸し付けてくれました。「和納社長は設立以来、私たちの銀行を大切にしてきてくれました。ですから、これは私の支店長判断ということで融資します。しかし、来期の赤字は許されませんよ」と言ってくれました。自分の目で見て、クイックには可能性があるから融資する、ということだったのでしょう。
本当に役員には辛い思いをさせましたね。1年間、役員報酬はなしでやってもらいました。とにかく、削れる経費は全て削り、税金や社会保険料まで延納して資金繰りに回しました。事務所も統廃合しました。ただ、人にだけは絶対に手をつけないと考え、リストラはしないで頑張ったのですが、打つ手がなくなってしまいました。そんな時に、先ほど申し上げた銀行が融資してくれたのです。これが命綱となって、2~3ヵ月後から売り上げが好転していきました。
この経験が、私のトラウマになりました。あまりにも一つの事業に寄り掛かった経営は危険だと感じたのです。リクルートのメディアは確かに良い商品です。しかし、求人広告に絞った経営では、景気が悪化して求人意欲が低下した時、売り上げが落ちるのは明らかです。だから、経営の多角化が必要だと強く思いました。
それまでも、小さな商品では多角化を図っていましたが、本業に比べると微々たるものでした。そこで考えたのが、お客様のニーズに合わせて、商品やサービスを提供すること。人材紹介、人材派遣、さらにはネット関連事業や情報出版事業にも進出し、徐々に多角化を図っていきました。顧客や社会のニーズに応えていく経営を進めていく中で、だんだんとそれらの事業が花開いていきました。
多角化を進める中で、「人に関する事業」に注力したのは何か理由があったのですか。
人と企業をつなぐことは素晴らしい事業だと思っていたからです。人と企業の成長を促していくものであり、非常にやりがいのある仕事です。まさに経営理念である「関わった人全てをハッピーに」に通じる事業です。ただ単に収益が出るからやろう、ということではありません。だからこそ経営理念をうたった段階で、事業コンセプトを明確にしたのです。それは、「人材と情報ビジネスを通じて社会に貢献する」こと。「人材と情報ビジネス」という、本当に世の中の役に立つ、やりがいのあるビジネスを私たちは手がけていくのだと宣言しているのです。
経営資源には、ヒト、モノ、カネがありますが、やはり会社にとって「ヒト」が大きな決め手となります。私自身、経営者が人を大事にして人の話を聴く耳を持ち、人が生き生きと働ける環境を実現できるかどうかが分かれ道となり、大きく成長した企業、逆に倒産した企業を数多く見てきました。人を採用し、育成し、事業や会社を大きくしていく。会社経営は人によって決まるのです。本当に人材ビジネスの貢献は大きいと思ったわけで、だからこの分野に絞ろうと決意しました。
そのような背景から1993年以降、人材・情報ビジネスに絞って多角化を進めてきたわけですね。ただこの時期は、日本経済にとっては失われた10年、20年とも言われています。そうした環境下で、クイックが大きく成長できたのは、なぜですか。
一つは、先ほども言いましたように、多角化を進める中でも人材・情報ビジネスにフォーカスして事業を進めてきたことです。我々の企業姿勢は、先ごろ東証一部に上場した時に日本経済新聞に掲載した全面広告でうたった「いっしょうけんめい」に表れています。「いっしょうけんめい」の意味は、「一緒に懸命にやってきた」という意味でもあります。「一緒」というのは、求職者と一緒、求人企業と一緒ということです。「人と企業を結び付ける」「働く」を34年間テーマとして我々は考え、サポートし続けてきました。それも愚直に、コツコツとやってきました。この34年間が我々の成果だということを、この広告で表したかったのです。
だから、過剰なパフォーマンスは行いません。派手なことや広告宣伝で知名度を上げ、クライアントを獲得しようといったことは考えていません。もうかるからといって、事業コンセプトとは違うことにどんどん手を出していく。それで業績が悪化し、消えていった企業を数多く見てきましたから。言うまでもなく、事業は継続していかなくては意味がありません。愚直にコツコツとやっていけば、必ず周りが評価してくれるようになります。結局、身の丈にあった経営を行うことが大事なのです。いっしょうけんめいコツコツやってきたから、日本経済が厳しい中にあっても生き残れたと思っています。
貴社のビジョンである「日本の人事部、そして世界の人事部へ」についてお聞かせください。
私は「グローカル化」と呼んでいますが、日本をローカルととらえて、世界をグローバルと位置付け、まずは日本での事業展開をしっかりと行います。日本でいろいろなサービスを立ち上げ、日本市場で果敢にチャレンジしていきます。一方で、日本企業が海外に進出するに従って、「人材」の問題もよりグローバル化せざるを得ません。そうした企業に対するグローバルな人材サービスを我々は提供していきます。これが「グローカル化」です。つまり、「日本の人事部」から「世界の人事部」に向けて成長していくことを、社内外に対して発信しているのです。
既に、アメリカ、中国、ベトナムなどに事業所を構えていますが、これからはさらに何ヵ国かで事業所をつくっていきたいと考えています。今、世界に進出している日系企業は、人の採用・育成や処遇などの問題で困っています。これに対して我々が課題を解決していくのが、先にも言ったような「世界の人事部」構想です。このビジネスモデル、サービス内容についてはおおむねできていますので、これから可能性のある地域にどんどん展開していきたいと考えています。
周知のように、労働力人口の減少は日本の死活問題です。それを解決するためには、外国人労働力の参入が不可欠です。そのための一つの方法として、いろいろな国で優秀な人材をネットワーク化し、発掘する組織が必要だと考えます。その中で日本に行って頑張りたいという優秀な人材を見つけて、日本で長期間働いてもらうような形をつくればいいのです。そういう日本と現地との人材のネットワークをつくることが、グローバルレベルで考えなくてはならないことの一つだと思います。
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。