採用に前のめりすぎる企業
「内定後は自社で説得したい」というケースも
「内定を出しても、辞退されてしまうかもしれない」。企業がそんな不安におびえるのは、新卒採用に限らない。売り手市場が続く中、中途採用でも優秀な人材の多くが複数の内定を獲得するため、入社承諾の確約をもらうまでは安心できない、という担当者も多いだろう。ところが、人材紹介を使った採用に慣れていない企業の場合、まれに「推薦してもらったのだから内定を出せば必ず採用できる」と考えていることがある。とりわけ企業側が採用を急いでいたり、人手不足で切羽詰まっていたりする場合は、問題が起こりやすい。
内定の翌週から研修開始
「ITエンジニアを急いで採用したいと思っています。複数名を採用したいので、ぜひ協力してください」
それがV社との出会いだった。話を聞いてみると、大手総合商社の社内ベンチャーとしてスタートした企業で、新しいネットサービスを開発・展開しているという。難易度の高いITエンジニアの募集ではあるが、総合商社の新規事業というところに興味を持つ候補者もいるだろうと思い、引き受けることにした。V社からはすぐに詳細な求人情報が送られてきた。
私はちょうど同じころに転職相談を受けていたIさんに、この求人を紹介することにした。
「ベンチャーではありますが、総合商社が100%出資した企業です。勤務条件や環境も日本の大手企業に準ずるようです。いかがでしょうか」
Iさんは、当初あまり乗り気ではなかった。
「今、興味があるのは外資系企業なんです。国内系はちょっと」
「もちろん、外資系企業もご紹介しますよ。ただ国内系には国内系の良さもあります。まずはいろいろと面接を受けてみて、それぞれの雰囲気や仕事内容を比較してみてはいかがですか。比較して決めた方が、転職後に後悔することも少ないと思いますよ」
この私の提案を、Iさんは受け入れてくれた。こうしたやり方自体は決して特別なものではない。何社か比べてみたい、転職の機会にいろんな企業を訪問してみたいという人は多いので、断る人は少ないのだ。
V社は急いでいるというだけあって、動きも迅速だった。Iさんの応募書類を提出すると、あっという間に面接日が決まり、あっという間に内定が出た。しかし、問題が起こったのは、この後だった。
「来週、全社員を集めた研修を予定しています。Iさんにも入社予定者として参加してほしいのですが」
これには驚いた。まだIさんからは入社するという返事はもらっていない。というよりも、何社か受けて比較したいと言っていたIさんが、すぐにV社に入社する意思を固めるとは思えなかった。
「実は、Iさんはいくつか併願されていて、まだ結果が出そろってないんです」
Iさんにも確認を取って、V社にそう伝えた。こういうときには隠し立てしないで正直に伝える方がいい。ところが、V社は私が考える以上に採用を急いでいたようだ。
「では、直接Iさんを説得してもいいですか。 どうしても採用したいので」
まずいことになったな、と私は思った。