エンゲージメントや組織の一体感を高める
「組織内自尊感情」「職場の居場所マネジメント」とは
中京大学 経営学部教授
向日 恒喜さん
近年、従業員のエンゲージメントを向上させて組織力の強化をねらう企業が増えています。しかし、価値観の多様化が進む中では、成長を願って負荷が高い仕事に挑戦させたり、叱咤激励したりする従来の方法では、思うように力が出せない従業員も多いようです。どうすれば、組織に貢献したくなる気持ちや、自らも成長しようとする意欲を高めることができるのでしょうか。組織内自尊感情や職場の居場所マネジメントについて研究する、中京大学経営学部の向日恒喜教授に話をうかがいました。
- 向日 恒喜さん
- 中京大学 経営学部教授
むかひ・つねき/岡山県生まれ。1997年大阪工業大学大学院工学研究科博士後期課程修了。同年に中京大学着任、2007年より現職。中京大学大学院経営学研究科研究科長、中京大学経営学部学部長、中京大学企業研究所所長などを務める。博士(工学)、産業カウンセラー。近年は、職場における知識の共有に着目し、特にその規定要因としてソーシャル・キャピタル、個人の内発的動機、組織内自尊感情、職場や社会における「居場所」などに注目して研究を行っている。主な著書は『組織における知識の共有と創造 -ソーシャル・キャピタル、私生活の人間関係、動機、自尊感情の視点から』(同文舘出版)など。
自尊心が高ければいいわけではない――自尊感情の多面性
現在の研究分野である「組織内自尊感情」や「居場所のマネジメント」に着目した経緯をお聞かせください。
私の学生時代は、ちょうど過労死の問題が話題になっていた時期でした。
もともとモチベーションに興味を持っていた私は、「従業員が積極的に働くこと」は企業側から見ればポジティブな事象でも、過労死の問題などを鑑みると、必ずしもプラスとは言いきれないのではないかと疑問を抱いていたのです。
いずれ、そのようなテーマで研究をしてみたいと思いながら、経営情報学の分野に進み、知識を共有して活用するナレッジマネジメントを研究するようになりました。
組織の中で、人が知識を共有するときの動機に注目すると、心から「これは面白い」「みんなの役に立つ知識だ」と感じて知識をシェアするケースもあれば、外的な評価や承認欲求に駆られて行動するケースもあります。その背景にあるものを掘り下げていった結果、「自尊感情」や「居場所」というキーワードにたどりつきました。
表面的には自発的に動いていても、裏側では外発的なものに捉われている状態は、実はバーンアウトや過労死の問題ともつながっています。
「組織内自尊感情」とはどのようなものなのでしょうか。
まず「自尊感情」にはさまざまな定義がありますが、心理学者の遠藤辰雄氏は「自分が価値のある、尊敬されるべき、すぐれた人間であるという感情」(1992)と定義しています。ただし、自尊感情にはさまざまな側面があることが分かってきています。
自尊感情の研究者であるローゼンバーグ氏は、自尊感情には、他者との比較により自己を「とてもよい」と判断する側面と、他者と比べて勝っていようが劣っていようが自己の基準に照らし合わせて「これでよい」と判断する側面があるとしています。
ただ、「とてもよい」と「これでよい」を切り分けることは、非常に難しい。アメリカでは1980年代に、自尊感情のポジティブな効果を期待して、学校などで自尊感情を高める取り組みが大規模に実施されたのですが、うまくいきませんでした。「これでよい」とする感情を高めようとして、むしろ、他者との比較によって成り立つ「とてもよい」という感情を高めてしまったからです。その結果、他者への配慮の欠如などのネガティブな問題が生じてしまいました。
近年、「これでよい」の自尊感情に似た“自己肯定感”を高めようとする動きが活発ですが、「これでよい」と「とてもよい」の違いを理解しないままにトライすると、結局は他者との比較によって成り立つ「とてもよい」の自尊感情だけを高めてしまうリスクがあると考えています。
自尊感情には「他者の評価に基づくもの」と「自身の価値基準に基づくもの」があるのですね。
その通りです。さらに、モチベーション研究で有名な心理学者、デシ氏とライアン氏は「随伴的自尊感情」と「真の自尊感情」という概念を提示しています。
「随伴的自尊感情」は「とてもよい」に似た、他者の評価などに基づいた自尊感情で、評価などの外発的動機を引き出すもの。「真の自尊感情」とは「これでよい」に似た、自己の内面の基準に基づいた自尊感情で、自分がやりたいと思うことや大切にしていることなどの内発的動機を引き出すものです。
日本でも国立精神・神経医療研究センターの伊藤正哉氏らが、随伴的自尊感情に近い概念を「優越感」、真の自尊感情に近い概念を「本来感」に置き換えて、研究を進めています。さまざまな考え方や概念がありますが、ポイントは「他者と比較しているかどうか」です。
人は自尊感情を維持するために行動するといわれています。つまり、モチベーションと密接に関わっているのです。
職場において、人は自分の価値や能力をさまざまな形で感じています。それらを維持しようとして行動する背景にあるものが「組織内自尊感情」です。この概念を提唱したピアース氏は、「組織で役割を果たすことで得られる欲求充足への期待で、組織のメンバーとしての自己に対する価値」と定義しています。職場の人間行動に与える影響は少なくないでしょう。
自尊感情が高い人は、職場にどのようなメリットをもたらすのか
自尊感情の高い人が職場にいると、どのようなメリットがあるのでしょうか。
先行研究では、所属する組織に対する帰属意識を表す「組織コミットメント」や「職務満足度」を向上させ、組織のために自分の役割や職務をこえて行動する「組織市民行動」を促進するといわれています。私の研究においても、「知識の提供」が促進される傾向が見られました。「知識の提供」は、例えば、困っている後輩や同僚がいたら自分が持っている知識や情報を共有したり、会議などの議論する場で積極的にアイデアを出したりすることです。
一見すると、自尊感情が高い人が職場にいると、組織にポジティブな影響があるように見えます。ただ、先ほどお話ししたように、自尊感情は多面的に捉える必要があります。
そこで私の研究では、職場における「組織内自尊感情」と、生活全般における一般的な「本来感」「優越感」を、それぞれを測定してみることにしました。その結果、「組織内自尊感情」と「本来感」は知識提供行動を促進しますが、「優越感」は知識提供行動を抑制する傾向が見られたのです。
また、ワークエンゲージメントとワーカホリズムという観点からも分析してみました。「組織内自尊感情」「本来感」「優越感」はいずれも、ワークエンゲージメントを高める結果になりました。これに対し「組織内自尊感情」「本来感」は、ワーカホリズムを抑制する一方で、「優越感」はワーカホリズムを促進する傾向が見られたのです。優越感が高い人は他者からの評価を得ようと、やや強迫的に、また過剰に働く可能性があるのです。自尊感情が高くても、それが優越感に基づいている場合には、ワーカホリズムを促進する可能性がある、ということです。
近年は、従業員のワークエンゲージメントを測定する企業が増えていますが、エンゲージメントだけでは本来感に基づいたものなのか、あるいは優越感に基づきワーカホリズムを促進するものなのかの判断がつきにくいでしょう。ワークエンゲージメントを高く保ち働いている従業員がワーカホリズムに陥らないように留意する必要があります。
企業の人事や管理職は、従業員の「本来感」を高める施策を行ったほうがいい、ということでしょうか。
そうですね。ただ、「本来感」だけを高めることができればいいのですが、簡単ではありません。広く組織内自尊感情を高めようとして、結果的に「優越感」を高めてしまったり、優越感が高い人材を「自尊感情が高い」と捉えてより向上するように促したりすると、一歩間違えれば、ワーカホリズムを促進してバーンアウトさせてしまう可能性もあります。
そもそも「本来感」もしくは「優越感」の高い人材かどうかを見極めることは可能なのでしょうか。
「本来感」と「優越感」の違いの一つに“他者との比較”があります。たとえば他者との比較を過剰に意識していたり、他人よりも結果を出すことに執着していたりするなら「優越感」が高い傾向があります。企業選びでは、企業規模や知名度、売り上げなどの外部の評価を重視する可能性があります。
「本来感」の高い人は、そういった外的な評価よりも、もっと本質的なものや内的な価値に目を向けやすい傾向があります。企業選びでは、企業や商品が社会でどのように役立っているか、職場の人たちがどの部分にこだわりを持って仕事をしているか、といったことに目を向ける可能性があります。
組織の居場所感が高まると、会社との一体感も高まる
向日先生が研究されている「居場所のマネジメント」についても教えてください。「組織の居場所感」とは、どのような概念なのでしょうか。
居場所の概念は、もともと不登校の児童への対応として使われていましたが、心理学の分野では近年、「心理的居場所感」や「居場所感」という概念で研究が進められています。
和歌山大学准教授の則定百合子氏は、心理的居場所感を「心のよりどころとなる関係性、および、安心感があり、ありのままの自分を受容される場があるという感情」(2016)と定義しています。そして、自分らしくいられる感覚の「本来感」、人の役に立っている感覚の「役割感」、人に受け入れられている感覚の「被受容感」、安心する感覚の「安心感」という四つの因子を明らかにしています。
この研究をベースに、筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター研究員の中村准子氏は、職場の居場所感は、職場における「本来感(居場所本来感)」「役割感(居場所役割感)」「安心感(居場所安心感)」から構成されると分析しています。つまり、職場において自分が役に立ち、自分らしく行動でき、安心していられる、という心の状態ですね。
中村氏の研究では、仕事の評価が「役割感」を、やりがいが「本来感」を、職場への適応がすべての「居場所感」を高めることが分かっています。
職場に居場所があると感じられると、働く人にはどのような影響があるのでしょうか。
私の研究では、職場に居場所があると感じられると「知識の獲得と提供を促進する」傾向が高まることが分かっています。具体的には、「役割感」「安心感」「本来感」のそれぞれが知識の提供行動を促進する効果があること、特に「安心感」が及ぼす影響が最も強いことが分かりました。
さらに「安心感」は、知識を獲得しようとする行動を促進する効果が最も強くありました。「役割感」も同様に知識の獲得を促進する効果があったのですが、「本来感」が影響していることは確認できませんでした。
つまり、居心地がよく安心できる環境においても、従業員は知識を共有したり、知識を得ようとしたりする、ということです。「安心感」はメンタルヘルスの観点で重視されがちですが、組織の知的生産性を高める上でも重要だといえます。
また、職場に居場所があると感じられると、「会社との一体感を感じて組織にとどまる傾向」や「多様な人間関係を好む傾向」も見られました。
若者を中心に職場への帰属意識が希薄化しているという声があります。職場の居場所感を高めることは、組織へのコミットメントを強められるのでしょうか。
はい、可能です。しかし、同時に注意しなければならないこともあります。
「役割感」が高まると、組織への一体感を持ち、ポジティブな行動につながる「内在化的コミットメント」は高まるのですが、一方で、他に選択肢がないから職場にとどまり続けようとする「存続的コミットメント」も高まる傾向にあるようなのです。「役割感」を高めると、組織に対して一体感を持てる人がいる一方で、その役割を手放したくなくて組織にしがみつく人も出てくるのです。
また、「安心感」があると、多様な人間関係を好む傾向が高くなります。一方で、同質的な関係を望むようになる傾向も見られます。
居場所とは、自尊感情のある一面の表れといえます。自分が役に立っていると感じ、安心できる居場所があると、それがエネルギーとなってチャレンジする人が増えるケースもあれば、自分の居場所を守ろうとして現状にしがみつき、同質的な人間関係を維持しようと執着する人を生んでしまう可能性もあるのです。
管理職のケアが、自尊感情や居場所感を高めるカギに
社員のチャレンジを促すなど、居場所感のポジティブな側面を組織に取り入れるためには、人事や管理職はどう対応すればいいのでしょうか。
さまざまな側面がありますが、一つは自尊感情に注目する方法があると思います。
自尊感情は、他者との比較が強い場合に「優越感」が強く出てしまいます。「優越感」が高くなってしまうと、それを維持しようとして自分が評価される仕組みや組織の体制を守ろうとする行動が増えます。場合によっては、職場にとどまり続けようとする「存続的コミットメント」も高まるでしょう。
反対に“これでいい”と思える「本来感」が高まれば、内発的動機が促進され、よりチャレンジングな行動ができるようになります。
本来感を高めるためには、他者ではなく「自分」に目を向けさせることが重要です。他者との比較ではなく、「過去と比較して、こんなことができるようになった」などと自身の成長に目を向けると、自分の可能性を感じて、新しいことにチャレンジしやすくなります。
管理職の方々は、部下の感情を受けとめることが大切です。たとえば部下が仕事に不安を感じていたり、失敗が続いていたりしたときに、目標を見据えて「がんばろう」と励ますことは多いと思いますが、まずは「大変だね」「しんどいね」という気持ちの受けとめが必要だと思うのです。
そういった受けとめがあると、人は、今の自分が受け入れられていると感じ、「成長途中の自分でもいいのだ」と思えるようになります。そうすると「本来感」が育っていくと考えています。
気持ちを受けとめてもらうことで、自尊感情や居場所感における「本来感」の側面が醸成されていくのですね。
はい。管理職が部下の気持ちを受けとめられるようになるには、管理職自身もまた、会社から気持ちを受けとめてもらう機会を持つことが大切です。
管理職も、自身の成功体験を通して「自分は会社で役に立っている」という自尊感情を高めています。いわゆる昭和的な風土の職場で成果を出し、評価されてきたために、そうした組織風土が自分の居場所になっていた人は少なくないと思います。
働き方改革や職場の多様性が進んで、どの組織も変わっていこうとしています。管理職が「自分はこの先、役に立てなくなるかもしれない」「自分の居場所が失われるかもしれない」と不安を感じているようでは、新しいものを受け入れられません。若手の価値観や新しい仕事の進め方を認められない状況に陥ってしまいます。
新しい制度や仕組みを入れる前に、管理職側の気持ちをまずは受けとめる。「今まで本当に頑張ってくれた」とねぎらい、「今は社会が変化しているので、変えていかなければいけない。そのためにはあなたの力が必要です」と期待の言葉をかけたりすることが必要だと思います。
部下だけでなく管理職も「本来感」を持てる組織だと、環境の変化に対応しつつエンゲージメントを高く保ちながら働けそうですね。
「本来感」を持てることは、重要だと考えています。一方で、自尊感情における「優越感」のネガティブな側面を多くお話ししましたが、決して悪いことばかりではありません。
他者と比較して結果にこだわったり、「負けてたまるか」という気持ちがエネルギーになったりすることもあります。決して、「優越感」を否定する必要はないと思います。
仕事には結果がつきものですし、ビジネスパーソンであれば評価されることは避けて通れません。ただ、他者との比較や外発的動機に裏付けられた行動は、バーンアウトにつながるといった副作用について認識しておくことが大事です。
「優越感」の強い人が力を発揮するため、人事が行うべきことを教えてください。
他者との比較が生じる評価を避けるのは難しいかもしれないので、バーンアウトをしないようにプラスアルファの対策をするスタンスが良いでしょう。その対策は、個人の成長に目を向けることかもしれません。また、部下が「しんどい」「大変だ」と言ってきたときに「甘いことを言うな」「これを乗り越えたら成長できるよ」と言うのではなく、まず相手の気持ちを受けとめることが必要であると体感してもらうことが重要かもしれません。
部下のケアを行う管理職自身も、ケアされるべき存在であることを認識し、「これでよい」という「本来感」が高まるようなねぎらいや声かけをしてほしいと思います。
(取材:2024年2月27日)
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