行橋労基署長事件(最高裁判決)が与える影響は?
宴会への参加は労働法上どう位置付けられているか
弁護士
渡邊 岳(安西法律事務所)
3. 本判決の分析
(1)前提
労災保険の保険給付は業務上災害と通勤災害に対して支給されます。
業務上災害とは、「労働者の業務上の負傷・疾病・傷害又は死亡」のことです(労災保険法7条1項1号)。業務上災害と認められるためには、業務と当該負傷、疾病または死亡との間に因果関係が認められる必要があります(業務起因性)。これに関連して、何が「業務」なのかということが問題となることがあります(業務遂行性)。
業務遂行性とは、労働者が労働関係のもとにあること、すなわち、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態を指しています。
本件で問題となっているような宴会への参加は、参加自体が自由であったり、その中で業務の打合せがなされるというよりは親睦・懇談に主眼が置かれていたり、アルコールが提供されたりするなどするため、業務遂行性が問題となるのです。
ちなみに、通勤災害は、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」に対する給付であり(同項2号)、ここにいう通勤とは、住居と就業の場所の間の往復であって、合理的な経路および方法により行われるものを指します(同条2項)。したがって、宴会などに参加していた者が帰宅途上に負傷もしくは死亡した事態を想定すると、その宴会の場が「就業の場所」であったのかということが問題とされる可能性が出てきます。この意味で、通勤災害の認定の場面においても、業務災害の認定の場面で問題となるのと同様に、被災した労働者が参加していた宴会等は、業務性があるのかどうか(「就業の場所」と言えるのかどうか)が議論されることがあります。
(2)これまでの裁判例等における取扱い
従来の行政通達および裁判例では、宴会、懇親会、慰安旅行などが、取引先あるいは社員間の親睦等を目的として開催された際の災害については、被災した者が幹事ないし世話役である場合は格別、そうした任務を帯びていない労働者であるときは、業務遂行性が認められないと見られていました。端的に言えば、「原則として飲み会や社員旅行は業務ではない」ということです(慰安旅行中の船の沈没による溺死を業務外とする通達として、昭22.12.29基発516号)。
例えば、取引先との親睦目的の例会に出席する途中における交通事故につき、「親睦目的の会合ではあっても、右会への出席が業務の追行と認められる場合もあることを否定できないが(ママ)、しかし、そのためには、右出席が、単に事業主の通常の命令によってなされ、あるいは出席費用が、事業主より、出張旅費として支払われる等の事情があるのみではたりず、右出席が、事業運営上緊要なものと認められ、かつ事業主の積極的特命によってなされたと認められるものでなければならないと解すべき」とされ、当該交通事故死は業務上の事由による死亡ではないとされていました(高崎労基署長事件・前橋地裁昭50.6.24判決・労判230号26頁)。同様に、経費が全額会社の負担とされ、特に都合の悪い場合でない限り参加が勧められ、出勤扱いとされる忘年会であっても、あくまで慰安と親睦が目的である以上、同会終了後の同会が開催された旅館前での交通事故による負傷は、「労働者が事業主(使用者)主催の懇親会等の社外行事に参加することは、通常労働契約の内容となつていないから、右社外行事を行うことが事業運営上緊要なものと客観的に認められ、かつ労働者に対しこれへの参加が強制されているときに限り、労働者の右社外行事への参加が業務行為になると解するのが相当である」ことに照らし、業務遂行性を満たさないとされています(福井労基署長事件・名古屋高裁金沢支部昭58.9.21判決・労民集34巻5・6号809頁)。
通勤災害のケースでも、部長職の労働者が、歓送迎会終了後の帰途、同僚と駅中の店で20分程飲食した後、帰宅途中に集団強盗に遭遇し、負傷したという事案において、当該歓送迎会出席をもって同人の業務と見ることはできないとし、通勤災害該当性が否定されていました(国・中央労基署長(日立製作所・通勤災害)事件・東京地裁平21.1.16判決・労判981号51頁)。
(3)本判決の意義
以上に対し、本判決は、本件歓送迎会への参加につき業務遂行性を認めています。
本判決が、労災保険法上の業務災害と認めるための要件の一つである業務遂行性の有無を判断する基準として、「労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要である」としている点(前記2(2)ア)は、従来の裁判所の考え方と同一です。
ところで、本判決の事案における生産部長からの参加要請は、「顔を出せるなら、出してくれないか」といったものであり、事業主からの積極的な特命により出席が求められたとまでは言い難く、かつ、本件歓送迎会の中では業務に関する打合せ等がされたわけでもなく、本件被災労働者が加わった段階では会の開始からすでに1時間30分ぐらいが経過していたことに見られるように、同人の参加が必須であったとも言えないことに照らすと、同人の参加が事業運営上緊要なものであったとは考え難いところです。そうすると、従来の行政通達および裁判例の取扱いを前提とするならば、本件歓送迎会への参加は、労災保険法上の「業務」とは言い難いという帰結にならざるを得ませんでした。このため、業務とは言い難い本件歓送迎会から会社に戻る途中の本件交通事故による死亡についても、業務遂行性は否定されることになるのが自然です。
しかし、本判決は、業務遂行性を肯定しています。この点が本判決が注目を集める理由です。その判断のポイントは、[1]本件歓送迎会は事業活動に密接に関連するものであり、[2]本件被災労働者は、本件歓送迎会に参加しないわけにはいかなかったのであるから、[3]本件被災労働者が、その残業を一旦中断して同会に参加し、そこから残業を再開するために会社に戻る過程で同会の参加者を送り届けているという行為は、なお使用者の支配下から脱しているとは言い難いという点にあります。
本件の事実関係を前提とすると、この結論自体に違和感を持つ人はあまりいないでしょう。筆者も特段異論はありません。
ただ、押さえておくべきは、本判決の上記結論は、あくまで本件の事実関係を前提とする事例判断であり、上記[1]ないし[3]の事情が揃っていた中でのものであるという点です。つまり、本判決によって、会社の費用負担で行われる歓送迎会その他の宴会への参加が、すべて労災保険法上の「業務」に当たるとまでは言っていないのです。さらに言えば、上記[1]ないし[3]の事情が一つでも変わった場合(例えば、事業活動とは関係が薄い宴会である場合、参加するか否かの自由度がより高い場合、業務を終えて帰宅途上に参加し、その会でもアルコールを口にしていた場合など)などに、本判決と同様の判断がなされるとは限らないということです。端的に言えば、本判決の射程は、それほど広くはないということです。
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