【法務教官】
情熱と知識をもって非行少年に向き合う専門職。
犯罪の多様化・複雑化に対応し社会の期待にこたえる
実際は減少しているのに、増えていると人々が感じているもの――少年犯罪はその典型だろう。陰湿ないじめや悪質な詐欺事件などがマスコミにたびたび取り上げられ、罪を犯した少年に対する世間の目は厳しくなるばかりだ。その結果、社会復帰を望んでもかなわず、再び道を踏み外してしまう者も少なくない。そうした悪循環を断つことが、少年院や少年鑑別所で矯正教育にあたる「法務教官」の社会的使命。少年の更生を通じ、将来の治安を支えている。
責任は重く、厳しく――66年ぶりの法改正に襟を正す矯正教育の現場
今年6月1日から改正少年院法および少年鑑別所法が施行された。これにより、施設職員の権限や役割が明確でなく、恣意的な運用につながると指摘されていた旧少年院法は廃止された。新法では、職員に少年(女子を含む)の身体検査や拘束を認める条件を明記し、弁護士や教育関係者など第三者の有識者で構成する「視察委員会」が施設を定期訪問。必要に応じて少年に聞き取り調査を実施し、施設に改善点を勧告する。法改正に至ったきっかけは、2009年に広島少年院で、複数の法務教官が多数の在院者に暴行・虐待を繰り返していた事件が発覚したことだった。事態を深刻視した法務省が、1949年の施行以来、初めて少年院法に抜本的なメスを入れたのだ。実に66年ぶりとなった全面改正。それは法務教官という職務の重さ、厳しさ、そして難しさをあらためて浮き彫りにした。
法務教官は心理系の国家公務員で、おもに少年院や少年鑑別所に勤務する法務省所属の専門職員。非行を犯して収容された少年が、健全な社会人として社会復帰できるよう指導や相談・助言を行うなど、幅広い知識と専門的な知識に基づく矯正教育をその任務とする。
罪を犯した少年が家庭裁判所で保護処分の審判を受けると、少年院に送致され、改善更生と円滑な社会復帰のための専門的な教育を受ける。そこで指導にあたるのが法務教官だ。面接や講話、集団活動を通じて健全なものの見方や考え方を学ばせる生活指導、基礎学力を付与する教科指導、職業生活に必要な知識・技能を修得させる職業指導などの矯正教育を施すとともに、関係機関との連携により、出院後の生活環境の調整や修学・就労にむけた支援を行う。一方、少年鑑別所では、おもに家庭裁判所から観護措置の決定によって送致された少年を最高4週間収容し、非行の原因の解明や処遇方針の策定のための調査を行う。法務教官が同所に勤務する場合は、送致された少年の身柄を保護し、安んじて審判を受けられるよう少年の気持ちを落ち着かせるとともに、面接や行動観察を実施して少年の問題性や改善の可能性を科学的に見極め、審判や少年院・保護観察所における指導に必要な資料を作成、提供する。
少年院、少年鑑別所とも24時間体制で保安・観護にあたるため、法務教官の勤務には通常勤務と夜勤の両方がある。日勤の場合は出勤して朝礼を済ませ、夜勤の担当者から引き継ぎを行った後、午前9時頃から少年たちへの授業がスタート。朝礼から始まり、午前授業・昼食・午後授業・夕食・終礼と、1日の流れは通常の学校とおおむね変わらない。授業では、犯罪について反省を促すプログラムや体育指導、余暇を有効・健全に活用する習慣を体得するレクリエーション指導なども実施される。規律正しい生活とあわせて、少年の心身を健康に鍛え直すことこそがスムーズな社会復帰の礎となるからだ。
非行少年の“質”が変わっても、求められるのは相手と向き合う本気
とはいえ、近年は少年による犯罪の多様化や低年齢化、少年をめぐる環境の複雑化が進み、矯正施設の指導現場も変化を迫られているという。以前は非行少年というと、悪い仲間同士が“つるむ”イメージが定番で、実際、収容者には暴走族や不良グループが多かったが、最近は特殊詐欺や違法薬物、性非行など今日的な事犯が増えている。そういう少年たちは、少年院の基本である集団生活になじめず、自分の殻に閉じこもりがち。喜怒哀楽の表情が乏しく、何を考えているのか、何に悩んでいるのかを引き出すだけでも、法務教官は対応に苦しむようだ。
そもそも非行に走った背景や原因は、少年それぞれに違う。家庭に恵まれなかった者もいれば、学校生活でつまずいた者もいるだろう。一人ひとりの少年とじっくり向き合い、その問題性を見つめながら気持ちに寄り添うことで、相手のかたくなな心も徐々にほぐれ、信頼関係が育まれていく。したがって法務教官という仕事には、相手の立場で物事を考えられる共感力や、相手とともに悩み苦しみながら成長していく向上心、挫折感や無力感を乗り越える粘り強さ、明るさをもつ人材が向いている。たとえ時間はかかっても、自分が本気で向き合ってきた少年たちが無事に社会へ復帰することができたとき、法務教官にとって、それまでの苦労はこの上ない喜びややりがいへと昇華されるにちがいない。
警察庁のデータによると、少年による犯罪の件数は全体として減少傾向にあるものの、出院した少年がふたたび犯罪に手を染めるケースは、残念ながらあとを絶たない。そうした悲劇を繰り返さないためにも、少年の改善更生にあたる法務教官の役割はきわめて重要だ。真の社会復帰に向けた自らのサポートが、新たな犯罪を抑止し、ひいては社会全体の安定に資するのだという自覚が日々の業務に大きなモチベーションをもたらす。
心理学や教育学、外国語に通じると有利、給与は一般行政職より高め
法務教官になるには、法務省専門職員(人間科学)採用試験の法務教官区分を受験し、合格しなければならない。年齢以外に資格制限はなく、学歴を問わず受験可能。しかし試験自体のレベルは大卒相当であり、一般教養のほかに教育学、心理学、福祉・社会学などの基礎知識も問われるので、大学などへ進み、そうした専門分野を学んでおいたほうが有利といえるだろう。採用試験に最終合格すると、得点の高い者順に法務教官採用名簿に記載されるが(有効期限は1年間)、名簿に載った者すべてが即時採用されるわけではない。自分の希望する管区で管区面接にパスし、採用内定を得る必要がある。また、特に必須とされる資格はないが、実際に法務教官として働く上では、たとえば臨床心理士などの資格を有し、少年心理や犯罪者心理に通じていると大いに役立つようだ。最近は外国人の収容少年も増えているので、英語やポルトガル語など外国語の習得も望ましい。
法務教官は公安職であり、専門性を求められる特殊な仕事であることから、その給与水準は国家公務員の中でもやや高めに設定されており、一般行政職に適用される行政職俸給表(一)より12%程度高い公安職俸給表(二)が適用される。平成26年度現在、東京都特別区内に勤務する場合の初任給の例は233,640円。扶養手当や住居手当、通勤手当、期末・勤勉手当、超過勤務手当などの各種手当も支給される。
先述したとおり、少年犯罪は減少し続け、刑法犯として検挙された少年の人数は戦後最少を更新している。しかし一方で、内閣府の平成27年度「少年非行に関する世論調査」によると、一般の人々の約8割が、少年の非行は「増えている」と感じている。陰湿ないじめや高齢者を狙った詐欺、凶悪な暴力事件など、卑劣な犯罪をマスコミが大きく取り上げることが一因で、少年犯罪に対する厳罰化の世論も高まっているが、その抑止力には限界があるだろう。初犯を防ぐことはもちろん重要だが、罪を犯してしまった少年を真に更生させ、再び罪を犯させないようにすることも重要だ。法務教官の果たすべき社会的な役割はいよいよ大きい。
この仕事のポイント
やりがい | 自分が本気で向き合ってきた少年たちが無事に社会へ復帰すること 再び罪を犯させないようにするという社会的役割 |
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就く方法 | 法務省専門職員(人間科学)採用試験の法務教官区分に合格し、自分の希望する管区で管区面接を受け、採用内定を得る |
必要な適性・能力 | ・相手の立場で物事を考えられる共感力 ・相手とともに悩み苦しみながら成長していく向上心 ・挫折感や無力感を乗り越える粘り強さ、明るさ |
収入 | 国家公務員の一般行政職より12%程度高い給与水準。初任給は233,640円(例:平成26年度・東京都特別区内に勤務する場合) |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。