立教大学 田中聡氏・中原淳氏と 『日本の人事部』による共同研究
「人事パーソンの学びとキャリア」を探究するリサーチプロジェクトが始動!
これまでにない大規模調査の意義と、もたらされる大きな変化とは?
企業間競争が激しくなっている現在、人と組織の面から企業を成長させていく役割を担う人事部への期待がますます大きくなっています。部門を構成する「人事パーソン」への期待も当然大きくなっていますが、人事パーソン個人に関する理解はどこまで進んでいるでしょうか。結論からいえば、現状ではめぼしいデータがなく、ステレオタイプのイメージで語られることが少なくありません。そこで『日本の人事部』では、立教大学経営学部の田中聡氏、中原淳氏らと共同で「人事パーソンの学びとキャリア」を明らかにする大規模調査の実施を決定。調査に先立ち、田中氏、中原氏に2022年2月に予定している調査の背景や意義、調査後の展開などを語っていただきました。→「シン・人事」の大研究特設ページはこちら
- 田中 聡氏
- 立教大学 経営学部 助教
(たなか さとし)1983年 山口県周南市生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程 修了。博士(学際情報学)。新卒で株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。大手総合商社とのジョイントベンチャーに出向し、事業部門での実務経験を経て、2010年 同社グループの調査研究機関である株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)立ち上げに参画。同社リサーチ室長・主任研究員・フェローを務め、2018年より現職。働く人とチームの学習を研究している。主な著書に『経営人材育成論』(単著:東京大学出版会)『チームワーキング』(共著:日本能率協会マネジメントセンター)、『事業を創る人の大研究』(共著:クロスメディア・パブリッシング)など。
- 中原 淳氏
- 立教大学 経営学部 教授
(なかはら じゅん)立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。単著(専門書)に『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)。一般書に『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長戦略』『アルバイトパート採用育成入門』など、他共編著多数。
経営的な価値を生み出す、個人としての「人事パーソン」に注目
今回は人事部ではなく、「人事パーソン」個人についての調査を行うとのことですが、どのような問題意識があったのでしょうか。
田中:現代は一人のリーダーが戦略を描き、みんなでその方向に向かっていけば必ず正解にたどり着けるような時代ではありません。できるだけ多様な考えを持った人たちが集まり、役割や立場に関係なく意見を出しあい、みんなで組織の向かうべき方向性を定めて、トライアンドエラーを繰り返していかなければならない。企業単位でも部署単位でも、そうしたチームワークのあり方が最適解にたどり着くいちばんの近道だと思います。
では、多様な人材をどうやって集めるのか。どうすれば一人ひとりの持つ強みを活かし、チームとして成果を最大化できるのか。イノベーションもDX(デジタル・トランスフォーメーション)も、突き詰めて考えると、誰がそれを担うのか、どういうチームでやるのか、実行する個人やチームを組織全体でどう支えるのか、という問題に還元されます。そして、これら「人と組織」の問題に直接関わっているのが人事部門です。「戦略人事」といった言葉を持ち出すまでもなく、経営に対する人事部門の影響力はますます高まってきています。
だとすれば、人事としての仕事にやりがいと誇りを持ち、学び続けながら自分自身をアップデートしていく、そんな人事パーソンの存在が経営や事業の成長において必要不可欠な存在であることは明らかです。ところが、先行研究を調べても、人事パーソン個人の学びやキャリアの実態を体系的に論じた研究はこれまでありませんでした。
これからの人事部はどうあるべきかといった「人事部論」は、数年おきにブームとなり、似たような議論が繰り返し行われてきました。しかし、そうした抽象的で主体の見えない議論が果たして実務の現場にどれほど有用な示唆をもたらしたのでしょうか。私たちの問題意識はそうした「人事部論」の延長にはありません。そうではなく、人事部門で働く一人ひとりの個人にスポットライトをあて、人事パーソン個人の学びとキャリアを探究する、いわば「人事パーソン論」を論じていきたいと考えています。
そして、このテーマに本気で取り組むなら、日本最大の人事会員数を誇り、人事パーソンに絶大な影響力とネットワークを有する『日本の人事部』とタッグを組むことがベストだと考え、共同研究をご一緒させていただくことになりました。
中原:私は人事の役割を「経営や事業に、人と組織の観点からインパクトをもたらすこと」と考えています。いかに良い戦略を描いても、あるいは良いマーケティングを行っても、最後にそれを届ける「人」がいなければ成果には結びつきません。そういった重要な役割を持つ人事を側面から応援したいと考え、立教大学大学院に組織・人事のプロフェッショナルを養成する大学院コース(立教大学大学院 経営学研究科 リーダーシップ開発コース)をつくったほか、これまでもさまざまなテーマで人事について研究を重ねてきました。
今回の人事パーソンの研究は、そういったこれまでの取り組みで足りていなかった部分を補うものとしてとても意義のあるものだと思い、ぜひお手伝いしたいと思いました。人事の研究者や元人事部長が自身の経験などをもとに「人事はこうあるべき」と語る人事部論はこれまでに数多くありましたが、データをもとに人事パーソンを分析した研究はありません。人事パーソン一人ひとりがものごとをどう捉え、どう学び、どう変わっていこうとしているのか。データがなかったところにデータをしっかりと取り入れることで、人事を元気にする、経営や事業にインパクトを与える人事を増やす、という目標に少しでも近づければと考えています。
人事領域で語り継がれる「神話」は果たして真実なのか
現時点では、人事パーソンの学びやキャリアの状況をどのようにご覧になっていますか。
田中:企業が直面する「人と組織」に関する課題の難易度はますます高まっています。シニア人材の活用、長時間労働是正、ダイバーシティ&インクルージョン、健康経営、副業・兼業、コロナ対応……。ここ数年だけでも、このようなキーワードがずらりと並びます。しかも、これらはいずれもまだ誰も解決したことがない、いわば前人未到のチャレンジです。こうした超難問と向き合い、解決していくには、人事パーソン一人ひとりが学びの機会を確保し、高度な専門性を身につけなくてはなりません。
しかし、『日本の人事部 人事白書 2021』の調査によると、学びの機会を十分に確保できていない人事パーソンの実態が浮き彫りになりました。主な理由は、忙しくて時間がない、予算がない、上司や同僚からの理解が得られない、など。「時間」「お金」「周囲の理解」の不足によって学べていない、というのが現状のようです。これは、人事部門としてではなく、会社全体として直視すべき重要な経営課題だと思います。
中原:「紺屋の白袴」ではありませんが、人材開発をやっている人事がいちばん学べてないとか、働き方改革を主導する人事がいちばん長時間労働だといった話をよく耳にします。ただ、データの裏づけがあるわけではありません。データを根拠に、人事パーソン一人ひとりがこれからのキャリアや仕事人生をどう描いていくのかを考えなくてはいけない。そのためにも、まずは実態を「見える化」することが重要になってくるわけです。
今回の共同研究では、具体的にどんなことを調査するのでしょうか。また、それによって何を明らかにしていきたいとお考えでしょうか。
田中:今まさに、『日本の人事部』編集長の長谷波さん、中原先生と一緒に調査票を設計している段階です。もっとも意識しているのは、先入観を持たず、まずは人事パーソンの意識や行動の実態をデータで客観的に明らかにしていくこと。人事パーソンは自分たちの仕事にどんな意識を持っているのか、これからのキャリアをどう考えているのか、そのためにどんなアクションをしているのか。今の人事パーソンの実態を幅広く、データで可視化していきたいと考えています。
その上で、経営に貢献できている人事パーソンとそうでない人事パーソンがいるとすれば、その違いはどこから生じるのかといったことも明らかにできればと思っています。業種・業態、企業規模、設立からの年数などによって人事パーソンの学習行動やキャリア意識に違いはあるのか、人事パーソンにとって働きやすい環境やさらなる成長のために必要な支援とはどのようなものか。そういったことも、浮き彫りにしていきたいポイントです。
中原:人事にはいろいろな「神話」が語り継がれています。たとえばラインを経験してないと事業に貢献する人事はできないとか、人事部門にずっといた人にしか企画や労務はできないとか。キャリアの面だけでも、そういうさまざまな神話があるわけです。ただ、私の研究者としての勘で言わせてもらうと、「本当にそうなのだろうか」と思うものもけっこうあります。それらも今回の調査で解きほぐしてみたいと思っています。
調査結果はどのように発表される予定でしょうか。また、その先の展開などについてもお聞かせください。
田中:調査は2022年2月に実施予定で、結果は調査に協力いただいた『日本の人事部』会員の皆さまにいち早くお伝えしたいと考えています。具体的には2022年5月開催の「HRカンファレンス2022-春-」で第一弾の速報値を報告し、11月の「HRカンファレンス2022-秋-」でしっかりと整理した調査結果を発表する予定です。
さらに今回は人事領域の方々だけでなく、経営者や他部門の管理職やリーダー層、さらには将来のキャリアを考えている学生などに対しても広く情報発信していくことを目標としています。また、一般向けの書籍を出版し、これまで人事という仕事に直接関わりを持っていないより多くの人に向けて、人事の仕事の魅力や奥深さなどについて伝えていければと考えています。
中原:個人的な思いとしては、今回の調査結果はぜひ、多くの学生にも届いてほしいと願っています。私自身、「人と組織」の仕事に興味を持つ学生を増やすことをミッションとして取り組んでいますが、多くの学生にとって人事というのは何の仕事をしているのかよくわからない存在です。若い人たちが人事パーソンの姿を具体的にイメージできるようになるきっかけになってほしいですね。
調査への回答が自らの学びやキャリアを捉えなおすきっかけに
今回の調査によって、人事にどんな変化や動きがあることを期待されますか。
田中:まず、すでに人事の仕事についている人にとっては、自らの仕事の意義をあらためて見つめ直す契機になってほしいと思っています。今の人事部門は総じて忙しく、従業員の育成やキャリア開発に対する対応に追われて、なかなか自分自身を振り返る余裕がないのではないでしょうか。そういった人事パーソンが一人のビジネスパーソンとしてこれまでのキャリアを見直すことで、仕事に誇りを持つことができ、今後も人事のプロとしての道を追求していきたいと考える人が一人でも増えることを期待しています。
さらに、より中長期的には、いきいきと働く人事パーソンが増えることで、「人事の仕事は面白そう」「いつか自分も人事の仕事にチャレンジしたい」と考える学生や若手社員が増えることを期待しています。
中原:昨今、社会の見通しがきかない中で、将来自分の仕事がどうなるのか、不安を覚える人が増えています。人事パーソンの中にも、「配属や採用も全部AIに置き換えられてしまうのではないか」と懸念している人がいるはずです。もちろんテクノロジーの進歩とともに効率化は必ず進みますが、ビジネスパーソンとして生き残っていくには、そうした環境変化にあわせて、自らの能力を磨いていくしかありません。
「人と組織」に関する仕事には、まだまだ自動化できないところがたくさんあります。そういったより付加価値の高い仕事に自分をシフトさせていくしかないのです。先の見えない時代に人事パーソンが能力開発、キャリア開発を自分事として捉えられる調査にしていきたいと考えています。
経営や他部門が持つ人事のイメージが変わる可能性はいかがでしょうか。
田中:ぜひそうなってほしいと思っています。日本ではリーダーの約6割が「人事部門はオペレーティブで、価値を創造する部門ではない」と考えているというデータもあります。「経営課題を解決するのが人事」という考え方とは真逆のイメージで捉えられているわけです。
普段、学生と接していて、人気の高いコンサルティングファームを志望する学生たちにその理由を尋ねると、多くの学生が「経営課題を解決できる魅力的な仕事だから」と答えます。「それなら企業の人事部門もありじゃない?」という話をしても、「人事はちょっと…(笑)」と言ってほとんど興味を示しません。「人事」に対するイメージの影響は大きいのでしょう。今回の調査によって、人事の仕事がどれだけ経営に影響力があり、魅力的なものなのかを発信していきたいですね。
中原:昔の日本企業の人事は、人事情報も人事権も持っていたので、得体のしれない権力を持ったこわい人たちというイメージがあったと思います。現在の実態はずいぶん違ってきているのですが、現場ではまだそういう固定観念で見ている人がかなりいます。私のゼミの学生が企業訪問などで「人事に興味がある」と伝えると、「変わっているね」と言われることもあるそうです。そういう古い人事のイメージをアップデートする必要があると考えています。
最後に人事パーソンの皆さまへ、調査協力の呼びかけをお願いいたします。
田中:これだけの規模で人事パーソンの実態調査が行われるのは日本初です。調査の結果を楽しみにしてほしいですし、調査に回答するプロセスそのものが人事パーソンとしての自身のキャリアや日々の営みを振り返る機会になると思います。ぜひ、ご協力をお願いします。
中原:忙しい中、時間をいただくわけですから、きちんとした調査結果をお返しするという責任を持って取り組んでいきます。人事という領域をよりおもしろくし、イメージをアップデートするために大きな意義を持つ調査になると思います。どうぞご期待ください。
(取材:2021年11月12日)
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