公益通報者保護法
公益通報者保護法とは?
企業の不祥事は、従業員からの通報がきっかけとなって明るみに出ることが少なくありません。公益を守るために内部通報した労働者を解雇などの不利益な取り扱いから保護するのが公益通報者保護法です。
1. 公益通報者保護法とは
公益通報者保護法は、労働者が公益目的で企業内の不祥事などについて通報を行ったことを理由に、当該事業者が労働者に対して解雇などの不利益な取り扱いをすることを防止する法律です。公益通報者保護法では適用対象となる事業者を規模などによって限定していないため、全ての事業者が順守する必要があります。
- 【参考】
- 消費者庁|公益通報ハンドブック
公益通報者保護法が制定された背景
企業の不祥事の多くは、事業者の内部事情を知る従業員からの通報により明らかになります。事業者からすると労働者による通報が不都合なものに映ることがあり、このような通報をした労働者に対して不利益な取り扱いをする例がしばしばあります。
しかし、このような事業者の行為が許容されれば労働者は公益性のある通報をためらうようになり、結果として企業の不祥事によって国民生活の安全や安心が脅かされることになります。そこで、公益通報をした者を保護するために公益通報者保護法が制定されました。
2. 公益通報者保護法における公益通報の範囲
公益通報者保護法により保護される公益通報は、対象となる法律に違反する犯罪行為または最終的に刑罰の対象となるものです。加えて、2020年6月に成立した改正法により、行政罰の対象となる行為も対象となりました。
対象となる法律は、主として国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律です。代表的なものとしては、刑法、建築基準法、食品衛生法、金融商品取引法、個人情報保護法、労働基準法、著作権法などが挙げられます。対象となる法律の詳細は「通報の対象となる法律一覧表」を参考にしてください。
また、公益通報者保護法によりどのような事例が保護されるのかは、消費者庁が公開しているQ&Aを確認してください。
パワハラ、セクハラなどの通報
公益通報者保護法に該当するかどうかは、対象となる法律に違反するかどうかにより判断されます。パワハラ、セクハラといったハラスメントに関しては、対象となる法律のうち刑法に抵触する可能性があります。
例えば、パワハラにおいて被害者の生命や身体の安全を脅かす発言があった場合は、脅迫罪に当たるかもしれません。また、殴る・蹴るなどの暴行があった場合や常軌を逸した暴言の継続により被害者がノイローゼになったときには、暴行罪や傷害罪となる可能性があります。
セクハラに関しては、例えば被害者の意思に反して性的関係を持ったり身体に触れたりするなどの行為があった場合、刑法上の強制わいせつ罪に当たる可能性があり、公益通報者保護法の対象となることが考えられます。
反対に、パワハラやセクハラなどが刑法に抵触する程度に至らない場合は、公益通報者保護法の適用対象とならないことがあります。ただし、公益通報者保護法の対象とはならなくても、通報に対して不利益処分をすることは、会社の懲戒権の乱用として無効となる場合があります。
私生活上の違法行為の通報
事業とは無関係な上司・同僚の私生活上の違法行為は、公益通報者保護法により保護される通報には当たりません。なぜなら、同法第2条第1項により保護の対象となる公益通報の範囲は「事業に従事する場合」におけるものに限定されているためです。
例えば、同僚が休日に飲食店でけんかをして店員を殴ったなどといった行為についての通報は、公益通報者保護法の対象外となります。
中見出し:公益通報に当たらない通報の取り扱い
公益通報者保護法では、同法の保護の対象となる通報を理由とした解雇、その他の不利益な取り扱いを禁止する他の法令や労働契約法の規定の適用を妨げないことを明記しています(同法第6条)。
従って、公益通報者保護法によって保護されない通報であっても、労働契約法など他の法令で保護される可能性があることに留意する必要があります。例えば、労働契約法では従業員が通報したことのみを理由とした解雇は事業者の解雇権乱用として無効となります。
3. 2020年6月の公益通報者保護法改正のポイント
公益通報者保護法の制定後も、内部通報者に対する不利益な取り扱いをする事業者が後を絶たないことから、公益通報者の保護を強化するため2020年6月に改正法が成立しました。改正法の施行日については、2020年6月の成立日から2年を超えない範囲内において政令で定められることとなっています。
従って、事業者は施行日までの間に改正法に沿った体制を改めて整備する必要があります。改正法のポイントは以下の五つです。
内部通報を受け付ける体制整備の義務化
改正法では、事業者が内部通報に適切に対応するために必要となる体制整備をすることが義務付けられました。なお、従業員300人以下の中小事業者については努力義務にとどまりますが、可能な限り改正法に従った体制を整備するのが望ましいでしょう。
違反した場合の罰則
公益通報者保護法では、通報した労働者に対して解雇などの不利益な取り扱いをした場合の事業者への罰則は定められていません。
ただし、改正法により、違反した事業者に対しては行政機関による助言・指導や勧告が行われ、これに従わない場合は公表するといった行政措置が取られることが新たに定められました。
さらに、改正法では通報者の匿名性を担保することを目的に、内部通報を受けて事実関係などの調査をする者に対して、通報者を特定する情報に関する守秘義務を新設しています。守秘義務に違反した場合には刑罰の対象となります。
行政機関・報道機関への通報範囲の拡大
改正法では、事業者への処分権限などを有する行政機関への通報ができる条件に、氏名などを記載した書面を提出する場合の通報を新たに追加し、行政機関に通報しやすくしました。
また、報道機関などへの通報が許容される条件に関して、現行法では生命・身体に対する危害を生じる場合に限定されていますが、改正法では範囲を拡大しています。財産に対する回復困難または重大な損害を生じる場合、通報者を特定させる情報が漏えいする可能性が高い場合が追加されました。
公益通報者の保護対象と保護範囲を拡大
改正法では、保護される公益通報者の範囲が拡大されています。これまでの従業員に加えて、当該事業者の退職後1年以内の者および当該事業者の役員が追加されました。
また、現行法では保護される公益通報の範囲が犯罪行為または最終的に刑罰の対象となるものに限定されていますが、改正法では行政罰の対象となる行為も範囲に加わりました。
通報者の損害賠償責任の免除
公益通報をしたことにより事業者から損害賠償を請求される恐れがあれば、労働者は公益通報をためらってしまうことが予想されます。そのため、改正法では通報に伴う損害賠償責任の免除についても明記し、阻害要因を排除しています。
- 【参考】
- 消費者庁|公益通報者保護法と制度の概要
4. 公益通報者保護法への対応
公益通報者保護法に基づき、事業者は公益通報に適切に対応できるような体制を整備することが求められています。以下では、事業者が内部通報制度を整備する際のポイントを整理します。
内部通報制度の整備
内部通報制度を整備することで、事業者は報道機関など外部の第三者に不祥事が露見する前に社内で適切に対処する機会を得ることができます。加えて、内部通報の内容について事実確認し、事業者が適切に違法行為に対応する仕組み化を図ることで、自浄作用を発揮することも期待されます。
通報先の設置
公益通報者保護法において通報先として定められているのは、事業者内部、行政機関、その他の事業者外部です。このうち、事業者内部における通報がいわゆる内部通報となります。
公益通報者保護法第2条第1項では内部通報の通報先として、「労務提供先」または「労務提供先があらかじめ定めた者」と定めています。「労務提供先」とは公益通報者が勤務している企業などのことです。
また、「労務提供先があらかじめ定めた者」とは、事業者が社内規程への記載など全労働者が知り得る方法により通報先として定めた者をいいます。よく見られる例では、親会社のコンプライアンス担当窓口、社外の法律事務所などがあります。
一般に、内部通報先が社内だけである場合、公益通報を検討する労働者は「通報に対して適切に対処してもらえないのでは」「不利益な取り扱いを受けるのでは」といった不安を感じやすいといえます。このため、社内の通報先と併せて外部の通報先を設置するなど、複数のルートを用意しておくのも一案です。
就業規則など社内規程への明記
内部通報制度を構築したら、自社の内部通報のルールについて就業規則をはじめとする社内規程に明記し、全労働者が知り得る状態にしておく必要があります。具体的には、内部通報窓口の連絡先や通報方法、通報後の調査、調査結果の報告など通報に関する対応方法を定めることになります。
また、社内規程には通報者に対して、通報したことを理由とする不利益な取り扱いをしない旨も明記すべきです。労働者が公益通報をためらう大きな理由の一つが、通報したことで事業者から不利益な取り扱いをされることへの懸念です。従って、内部通報制度を十分に機能させるためには、事業者が通報者の心理的ハードルを下げることが重要になります。
実際に内部通報を受けた場合の措置
公益通報者保護法第9条では、事業者が書面や電子メールなどの方法により内部通報を受けた場合、それが公益通報の対象となる事実である限り、事実関係などの調査結果や是正措置などの状況について通報者に通知するよう努めることが定められています。
また、事業者は公益通報者への不利益な取り扱いをしてはならないことはもちろん、通報者の匿名性の確保が義務付けられています。内部通報窓口になる労働者に対しては、この点を十分に理解してもらう必要があります。
5. 通報内容に真摯に向き合う姿勢が重要
コーポレートガバナンスにおいて、企業の不祥事を未然に防ぐために内部通報を強化している企業も多いでしょう。情報開示における透明性の確保や説明責任は、社内だけでなくステークホルダーや社会にも影響を与えるため、企業が取り組むべきことの一つとして認識されています。
公益通報者保護法が施行されたのは2006年ですが、2020年の法改正によって、内部通報制度を整備する必要性に迫られている企業も少なくありません。企業への罰則やリスクに関心が寄せられがちですが、内部通報制度を整備することで、問題の早期発見と解決につなげられるという大きなメリットを得られます。
実際の不正の有無にかかわらず、寄せられた情報に真摯に向き合い、組織の改善に役立てる姿勢が重要といえるでしょう。
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