「部下が自発的に動いてくれない」「会議の場がいつも静まり返る」――企業で人材にまつわる悩みは後を絶ちません。中でもコミュニケーションには多くの課題があります。累計500社以上の人材開発支援に携わるアンドアの堀井悠氏は、新著『優れたリーダーはなぜ、対話力を磨くのか?』で、「対話力が向上すれば、主体性を持った部下が育つ」と述べています。堀井氏によれば、対話力は人材育成の鍵であり、人材にまつわる全ての悩みを解決するとのこと。また対話の型「きっかけ砂時計モデル」を実践すれば、スムーズにコミュニケーションが取れるようになると語ります。なぜ今対話が必要なのか、対話力を磨くにはどうすればよいのか。対話力が求められる理由と対話力の磨き方についてうかがいました。

- 堀井 悠さん
- アンドア株式会社 代表取締役社長
ほりい・ひさし/大学卒業後、スターバックス、学習塾、リクルートにて勤務し、大企業とベンチャー企業のカルチャーを経験する。2016年、人材組織開発コンサルティング企業リ・カレントに入社。自動車メーカー、食品会社、スタートアップ事業での企画、開発、講師を経験。2022年、組織の対話の質向上に特化したアンドア株式会社を創業。独自の理論「腹割り対話」「きっかけ砂時計モデル」を提唱。ミッションは、誰もが「本来の力を、思いのままに」できること。
主体性のない部下、何も言わない上司
企業における人的資本経営の重要性が叫ばれています。実情をどのように捉えていますか。
人的資本経営とは、企業内の人材を資本として捉え、従業員の持つスキルや価値を生かして企業価値の向上へとつなげる経営手法です。私は人的資本経営の「資本」という言葉が重要だと考えています。「資源」は人をコストと捉えていますが、「資本」は投資に対してリターンがある存在だと捉えられます。人へ投資し、能力開発を行い、業績でリターンを得る。企業が利益を得て存続していくためには、人への投資が不可欠なのです。
資本となる人材についてよく知るため、またメンバーの成長を促進するために、上司と部下が一対一で話す1on1を行う企業が増えています。しかし1on1をやること自体が目的化したり、形骸化してしまったりしている企業も多いのが実情です。
今、現場レベルでは人に関してどのような課題があるのでしょうか。上司と部下それぞれについて教えてください。
上司の課題は、部下へのフィードバックが不足している点です。不用意な発言をするとハラスメントと捉えられる風潮から、上司は発言すること自体を恐れるようになりました。「数年後マネジャーを目指してはどうか」という提案すら、部下にプレッシャーをかけるのではとためらうようになっています。また、デジタルツールの普及により、上司はリモートでも仕事の進捗(しんちょく)状況や結果を確認できるようになりました。そのため、部下と直接話していないのに、部下の仕事を見ているフリをする上司が増えています。
部下世代の課題としては、「30代のマネジャー候補が育たない」「やる気が見られない」という話をよく耳にします。しかし、彼らに詳しく話を聞いてみると、「まだリーダーを務める自信がない」「子育てと今の仕事で手一杯」という理由が多い。私が「会社のためではなく、自分のためにマネジャーを目指してはどうか」「人生100年時代に仕事で上のポジションを目指すことは、自分の資産を作ることに当たる。だから自分の資産作りのために上位職を目指してはどうか」と伝えると、納得してもらえるケースもあります。しかし現場では上司とこのような対話が行われていないため、上司からは単にやる気がないように見えてしまっているのです。

対話のゴールはオーナーシップ開発
そのような悩みを解決するには、どうすれば良いのでしょうか。
「対話力」が重要です。職場では慢性的にコミュニケーションが不足していたり、会議や1on1という場を設けているだけだったりと、腹を割ってお互いの本音を話し合う「対話」が不足しています。そのため、上司は部下の心情や仕事の悩みを理解できず、部下は仕事の進め方が分からない。その結果、エンゲージメントが低くなっているのです。
対話力を向上させることは、人材にまつわる全ての悩みを解決すると考えています。上司と部下はもちろん、上司同士、経営ボード間など、対話はあらゆる関係性に有効です。
なぜ、対話力が重要なのでしょうか。
対話のゴールは、オーナーシップの開発です。主体性を育てるためには、従業員自身が「仕事は会社や上司から与えられるものではなく、自分のものだ」と捉える必要がある。自分の仕事に対して「楽しい」「面白い」という感情が生まれれば、おのずと仕事に対するやる気が醸成されます。
メンバーが仕事を自分のものだと捉えられるようになれば、組織やチームの目標を達成するために自ら考えて主体的な行動をとるようになります。自律的なメンバーが増えれば「この分野と言えば〇〇さんだよね」「この仕事になると、〇〇さんはいきいきしているね」というように一人ひとりに強みが生まれ、メンバーのブランド化へとつながります。
主体的に取り組んだ仕事で成果が出ると、メンバー自身も「この組織だから成長できた」と思えるようになり、自己効力感が育ちます。組織に対して感謝の念が生まれ、仕事にもよりいっそう力が入ることでしょう。対話力を磨くことは人を育てるだけでなく、組織力の強化やエンゲージメント向上にもつながるのです。
貴社が考える「対話」について、具体的に教えてください。
「対話」とは、相手と自分が対等な関係で話し合うこと。ものづくりの時代は「もの」が主役だったので、「既にあるものがどうすれば良くなるか」について議論していました。そのような場でリーダーに求められるのは、部下を先導し、決断していくことでした。
しかし、イノベーションの時代は、「人」が主役です。人が主役の時代では、課題について話し合い、新しい考えを生み出すことが求められます。メンバーの英知を結集して答えを導き出すことが目的ですから、リーダーが一方的に話したり部下の稚拙な考えを否定したりすれば、メンバーは「何を言っても無駄だ」「論破された」と諦めてしまいます。上司と部下は課題について同じ目線で話し合い、フラットな関係性で課題解決に向けて共創していかなければなりません。

職場において、対話を重ねるメリットは何ですか。
それぞれが自分の執着に気付ける点です。執着とは、「そう思いたい自分」の考えを指します。例えば組織のエンゲージメントスコアが低いという課題に対し、社長は「社員の甘えが見える」、マネジャーは「自分が責められたくない」、メンバーは「こんな低い給料でモチベーションなど上がらない」と思っている。課題を解決するためには、まず、それぞれが持っている執着に気付くことが重要です。対話することによって執着から離れられ、初めて未来に向けて考えられるようになるのです。
また、基本的に部下は上司に「話を聞いてもらいたい」と考えています。部下は自分の仕事の進め方がこれでいいのかどうか、成果は正当に評価されるのか、不安に思っています。対話することで、上司は「いつも見ているから大丈夫だよ」と部下に安心感を与えられます。
「きっかけ砂時計モデル」を活用した職場内対話
何をどのように話したらいいか分からないなど、対話を苦手に感じている人は多いと思われます。効果的な対話の方法はありますか。
当社では「きっかけ砂時計」というモデルを提唱しています。1on1などコミュニケーションの場全てにおいて有効なフレームで、「きっかけ」の「き」は興味関心、「っ」は積み上げ、「か」は改善提案、「け」は懸念払拭を指します。前半の二つが焦点発見後半の二つが行動設計に当たります。
砂時計は、上部の丸い部分から中央で一度くびれ、下部の丸い部分に広がります。対話も同様で、興味関心の段階では話題をできるだけ広げ、本当に話したいことでは焦点を絞り、懸念払拭後に生まれる選択肢は複数用意する。興味関心から行動設計に移行する過程で重要なのは、「今、本当に話したいこと」に一度テーマを絞ることです。これを砂時計の形になぞらえています。
「きっかけ」のそれぞれの意味について詳しく教えてください。
「き」(興味関心)では、まずは現状の関心や課題を明らかにします。相手の抱える執着をひも解くのです。日常の雑談などアイスブレイクから始め、自分が言いたいことではなくメンバーが話したいことについて迫ります。
「つ」(積み上げ)では、相手がこれまでどんなことをやってきたかを尋ねます。例えば今まで一番楽しかった仕事、やりがいを感じたことなど。これまでの仕事の内容や成功体験について相手に尋ねることで、ポジティブなイメージを醸成します。
相手との良好な関係性を構築し、現状認識ができたら、いよいよ次のステップで目線を未来へと向けます。「か」(改善提案)では、「今話した内容が、一年後どんな風になっていけばいいかな?」と尋ねることで、現状をどう変えたら良くなるか、未来をイメージさせます。具体的な案が出始めると目標が達成できるかどうか不安が生まれるので、最後の「け」(懸念払拭)で、一つひとつのリスクをつぶしていきます。
対話がうまく行われた状態であれば、部下自身が自主的に自分の話をしてくれます。上司のやることは、部下の考えを引き出して言語化を助け、対話の方向性がブレないようにファシリテートすること。部下の発言が少ない、対話がうまくいっていないと思ったら、「自分が話過ぎてないか」を見直してみてください。
忘れがちな上司の自己開示とは
「きっかけ砂時計」を活用して対話を行う際に、上司が注意すべきポイントについて教えてください。
「きっかけ砂時計」を活用すれば良好な関係性を構築できると誤解されがちですが、「対話」は関係性があって初めて成り立ちます。「関係性が構築されている」「相手をよく知っている」というのは、「ナラティブに相手の歴史を語れること」を指します。この人はどんな人で、こんな経験をしてきて、何を大切にしているのか――という歴史を語れる。これがなければ、「対話」は成り立ちません。
1on1や会議で「関係性を構築しよう」と考える人は多いけれど、それらの場は「関係性を発揮する場」であり、「構築する場」ではありません。普段の会話や仕事ぶりから、メンバーの得意不得意について知り、良好な関係性を築いておく。ここぞという時に聞きたい部下の本音や意見は、日頃の関係性があるからこそ出てくるのです。
次に、対話の場において上司とメンバーは対等な存在でなければなりません。よくあるのは、上司がメンバーの話ばかり聞いていて、自身は自己開示をしていないケース。最近の上司は「過去の話は武勇伝だと思われるから」と、自分自身のことについて語らなくなっています。しかし、部下は上司が自己開示するのを見て、どのように自己開示すれば良いのかを学びます。上司が自己開示しなければ、部下はその方法を学習することができず、いつまでも自己開示が進まないのです。まずは上司が自ら自己開示をして、部下に「こうやって話を切り出せばいいのか」という手本を示すことが重要です。
対話で陥りがちな失敗はありますか。
よくある失敗例を三つ挙げます。一つ目は、現状を認識するだけで終わってしまう「ずんどう型」。あれもこれも大事だと課題だけ抽出し、最終的には言い出した人がやることになる「言ったもん負け」状態になります。こうなると発言するたびにやることが増えるので、会議は静まり返ってしまいます。
二つ目は、「上司巻き取り型」です。せっかくメンバーが良いアイデアや意見を出したのに、「後は私がやるから」と部下が発案した仕事を奪い取ってしまうパターンです。主に経験豊富な上司に多く見られ、責任感からつい口を出してしまいます。
三つめは、「上司の独演会」です。部下が相談や話したいことがあるにもかかわらず、上司が一方的に自分の思いや課題について話して終わるパターン。目標に対してどう行動するかを考える場で、予算未達など厳しい状況を詰められると、部下は萎縮してしまいます。上司は話し過ぎずに、部下の話の聞き役に回る意識を持ってください。
「きっかけ砂時計」を活用した企業の成功事例はありますか。
ある販売会社は、店長が窓口対応に時間を割けない状況に陥っていました。全社で対話会を行ったところ、店長は本部からのメール対応に時間を取られていたこと、本部はメール送信数をKPIに設定し、店頭のために良かれと思ってメールを送っていたことが分かりました。そこで本部からのメールの内容を見直し、必要なメールを統合。その結果、メール送信量は7割削減され、店長は窓口対応に時間をかけることができるようになりました。
またある会社では、上司が部下に知識をインプットしてもらおうと話しかけているのに、メンバーの主体性が見られないことに悩んでいました。そこで対話してみると、メンバー一人ひとりは思いを伝えているにもかかわらず、上司が話の意図をきちんとくみ取れていなかったことが判明。メンバーはおとなしいのではなく、上司に話しても聞いてくれないから無駄だと諦めていたのです。こうした両者のすれ違いも、対話を行えば解決に向かいます。

「仲が良い」ではない、仕事に必要な対話を
お話を聞いていると、「良かれと思った」行動がすれ違っているように感じます。
まさに、職場でのトラブルはボタンの掛け違いに過ぎません。「組織に犯人はいない。いるのは共犯者だけだ」という言葉があるように、上司も部下も、悪気がないケースが大半です。両者の溝を解消して誤解を解き、前向きな方向へ進めるために、対話を重要視してほしいと考えています。
私が仕事で関わる企業には「言うか言わないか迷ったら、言ってください」と伝えています。多くの人が、「これを言うのは良くないのではないか」「今こんな発言をしたら話の流れを遮ってしまうのでは」とためらうのですが、何も言わないことは望ましい行動さえつぶしてしまいます。取り組んだことに対して上司からのフィードバックがなければ、部下は「やってもやらなくても何も変わらない」と消極的になってしまう。「何も言わないこと」は、一番望ましくない行為なのです。
組織内の人材開発に悩む企業やマネジャー層に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
コミュニケーションに悩むマネジャーには、「マネジメントは面白い」と伝えたいですね。私は、人材育成は答えがないからこそ面白く、アートに近いものだと思っています。正解が一つではないところがマネジメントの面白さです。書籍では12のビジネスシーンを想定して対話をクイズとシミュレーション形式でまとめているので、ぜひ対話力を磨く参考にしてください。
マネジャー、メンバー、経営陣など、同じ立場同士で対話することも人材開発に役立ちます。マネジャー同志が対話していなければ、マネジャーごとに方針が異なり、部下は誰を信じたらいいか分からない。結果として、現場は混乱に陥ります。また、表面的には仲が良く、マネジメントもうまくいっているはずなのに退職者が多い企業は、冗談は言えても仕事についての意見を真面目に話せていないことが多い。「仲が良い」だけでなく「必要な対話ができているか」に焦点を当てることが重要です。
人事担当者には、研修やワークショップよりもまずは現場のマネジャーと対話してほしいですね。ビジネス環境の変化やDXで仕事はアップデートされましたが、「人」に関わる課題解決は遅れがちだと感じています。現場を取り仕切るマネジャーやリーダーと対話すれば、自社にはなにが必要なのかが、きっと見えてくるはず。今の組織に何が必要か、これからの組織に何が必要かを考えることが、人事の仕事になると思います。

『優れたリーダーはなぜ、対話力を磨くのか?』(クロスメディア・パブリッシング)
リーダーの問いかけが変わると、チームがうまく回り出す!
5万人のリーダーを変えた、部下の本音を引き出し、「信頼」「成長実感」を高める対話のコツ。
- 第1章 部下の育成はリーダーの対話力で決まる
- 第2章 対話力で自律型チームを育てる
- 第3章 5万人のリーダーを変えた対話の型「きっかけ砂時計モデル」
- 第4章 ビジネスシーン別のクイズと事例でわかる対話力の磨き方
アンドア株式会社は、職場の対話に専門特化した人材組織開発コンサルティング企業として、組織の対話風土改革や理念浸透から1on1などの対話によるピープル・マネジメントの向上を支援しています。
神奈川県 横浜市 西区北幸1-1-8エキニア5階HamaPort
TEL:050-3613-5563
MAIL:service@and-or.jp

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