HRの領域ではその時々、トレンドとなるワードがあります。最近は「AI」「HRテクノロジー」がそれに該当します。人材サービス会社だけでなく、ITサービス各社からもさまざまなサービスがリリースされていますが、それらを導入すれば、採用はうまくいくのでしょうか。ビジネス・ブレークスルー大学教授の川上真史さんは、「AIは科学的な採用を推し進めるために画期的なツール。ただし、使いこなせるかどうかは使い手次第」と言います。自社の採用成果創出に役立てるために、採用担当者には何が必要なのか――。約30年にわたり採用支援事業を展開する株式会社ヒューマネージ代表取締役社長 齋藤さんと、川上さんに語り合っていただきました。
- 川上 真史さん
- ビジネス・ブレークスルー大学 経営学部 教授
株式会社タイムズコア 代表 / 株式会社ヒューマネージ 顧問
京都大学教育学部教育心理学科卒業。産業能率大学総合研究所研究員、ヘイコンサルティンググループコンサルタント、タワーズワトソン(現・ウイリス・タワーズワトソン)ディレクターを経て現職。
- 齋藤 亮三さん
- 株式会社ヒューマネージ
代表取締役社長
慶應義塾大学卒業後、日商岩井(株)(現・双日(株))に入社。1999年、(株)アトラクス(現・NOC日本アウトソーシング(株))へ出向、その後、取締役副社長に就任。適性アセスメント事業、EAP事業立ち上げ、子会社新設、採用ソリューション事業管掌ののち、2007年、MBOにより独立。HCMの観点から独自の人材サービス事業の創出に取り組む。
矛盾や葛藤が存在する、複数の論理軸を操作して
“最適解”を導き出すために、AIを活用する。
齋藤: 最近、「HRテクノロジー」の波に乗って、人材採用にAIを活用するサービスが続々とリリースされています。採用ご担当の皆様もAIについては非常に関心が高く、弊社にもたくさんご相談をいただいています。一方で、AIが魔法の杖かのように、「AIツールを入れれば大丈夫」となっているきらいもあって、創業以来、人材採用のご支援をしてきた我々としては少し危惧しています。採用担当の方々には、AIを使いこなすというか、そういうスキルが必要になってくると思っているのですが、川上さんはどうお考えですか。
川上: 私はずっと心理学に携わっていますが、実は心理学の発達はITの発達とイコールなんです。私が大学生の頃にパソコンがでてきて、統計処理等が非常にラクになりました。当時のパソコンは、今と違って何のソフトも入っておらず、BASICという言語を使って自分でプログラムを組んで使っていたのですが、それでも大幅にラクになったのです。当然、現在はその頃に比べてITがさらに飛躍的に発展していて、統計ソフトを使っていろいろな統計手法を適応することができています。
採用で考えれば、いままでだと多変量解析などの手法論がわかっていなければ、データに基づく科学的な採用は難しかったのですが、AIが出てきて、そのあたりがかなりラクにできるようになっています。ただ、見落とされがちなのが、AIは育てないといけないんです。要は、ちゃんとしたデータを入れないと正確な判断ができません。
齋藤: いま、正確な判断という言葉が出てきましたが、そもそも、人がより最適な正確な判断をするために必要なことを教えていただけますか。
川上:人間の思考レベルは、正確にはもっと細かくわかれますが、大きく「直感的思考」と「論理的思考」にわかれます。「直感的思考」の“感”の字は、感情ではなく、感覚器のことです。つまり、目とか耳とか鼻とか、そういうものを通じて脳に入ってきた情報を、その通りに理解するレベルです。たとえば、「ダイエットには○○が効果的らしいよ。なぜならテレビでそう言っていたから」というものです。
一方、「論理的思考」は、感覚器を通じて脳に入ってきた情報に対して操作を加えます。操作というと歪めるといった印象があるかもしれませんが、より良い形に変え、より効果的に使うためのプロセスです。たとえば、「この情報を分析すると、ここに原因があるようだ。であれば、この原因に手をうったほうが効果的なのではないか」といったように、入ってきた情報を、分析、比較、推論などで操作することです。
そして、論理的思考はさらに2段階に分かれます。論理的思考のうちレベルの低い方は、ひとつの論理軸であれば操作できる、というだけです。もう一つのレベルの高い方は、複数の論理軸を同時に操作できるレベルです。会社側の論理、お客様側の論理、さらに自分のやりたいことなど、論理軸が増えれば増えるほど、そこに矛盾や葛藤が出てきます。それらの矛盾や葛藤が存在する複数の論理軸を同時に操作し、正解ではなく、最適解を導くことができる思考レベルです。
■人間の思考レベル
思考の種類 | 説明 | 思考のレベル | |
---|---|---|---|
直感的思考 | 感覚器を通じて入ってきた情報をその通りに理解 | 低 高 | |
論理的思考 | 入ってきた情報を、分析、比較、推論などで操作 | ||
レベル[低] | ひとつの論理軸であれば操作できる | ||
レベル[高] | 矛盾や葛藤が存在する複数の論理軸を同時に操作し最適解を導ける |
齋藤: 実際に仕事をするなかでは、レベルの高い方が求められる場面が多いですよね。レベルの低い方は、ものごとに絡んでいる一つの論理軸しか検討されず、この複雑で不確定なビジネス環境では、とても危険です。特に最近の人材採用は人事部の定型業務ではなく、限られた期間で刻々とかわる状況をにらみながら打ち手を変えていく非定型なプロジェクト型業務になっていますから、高いレベルの論理的思考ができなければ最適で正確な判断はできない、と痛感しています。
川上: 低いレベルの論理的思考の人によく見られるのが、まず結論ありきで、その結論を裏付ける一つの論理のみを展開し、一方でその結論を否定する論理は無視する、というものです。たとえば「この学生は採用すべきだ」という結論ありきで、「こういう点が評価できる」「こういう点も評価できる」などと、採用すべきという結論を裏付けることだけを羅列して、「採用すべきでない」点は無視してしまう。他方、高いレベルの論理的思考では、自分のなかで結論があったとしても、その結論を支持するほうも支持しないほうも全ての論理軸を組み込み、判断します。「この学生は採用すべきだ」「この学生は採用すべきではない」、どちらかに偏ることなく判断する。これは、言葉で言うのは簡単ですが、人が行うという点では、実際はかなり難しいことなんです。
採用であれば、この人材を採るかどうかを判断するとき、面接の結果や適性検査のデータ、その人の抱えている事情、自社との相性、ポジションがどれくらいあるのか、この先どういう人材要件に変わっていくかという読み、社内の事情など、多数の複雑な論理軸が絡み合います。では、そのすべての軸を組み込めるかというと、なかなか難しい。自分がなんとなく「この人を採用したいな」と感じている場合、それを否定する論理を組み込むことは、人間にとっては非常に難しいことなんです。どうしても自分の結論にひっぱられてしまう。その点、AIには何の感情もありませんから、ただ高いレベルの論理的思考に基づく判断をおこない、「この人は、こういう意味で採用すべきではない」と明確に否定してきます。AIを活用することには、そういうメリットがあるんです。
齋藤: さらに、人間の記憶には限界があります。容量の問題もそうですし、どうしても、自身の覚えておきたいこと以外は忘れてしまいますから、自身の結論を否定する論理がますます組み込めなくなる。そういう意味で、膨大なデータを使って高いレベルの論理的思考ができる点も、AIの大きなメリットです。
正しいデータを入れなければ、正しい判断ができない。
AIは、子どもと同じ、“育てるもの”。
齋藤: 冒頭に「見落とされがちなのが、AIは育てないといけない。要はちゃんとしたデータを入れないと、正確な判断ができない」というご指摘がありましたが、それについてもう少し教えていただけますか。
川上: AIは、子どもと同じなんです。ちゃんとした教育を受けさせて、ちゃんとした知識を学ばせないと、ちゃんとした人間に育っていかない。妙な教育や知識を入れてしまうと、偏った判断をする人間になってしまう。AIも同じで、より正確なデータをとり、質の高いデータをためていく。そうすれば、AIが統計的な処理をして、高いレベルの論理的思考から最適解を導き出してくれる。そのときに、データが歪んでいると、統計処理も歪んできてしまうんです。
では、蓄積すべき、正しいデータとは何か。それは、「観察による判断」と「論理による判断」を合わせた、“科学的判断”のデータなんです。「観察による判断」は、目や耳を使って観察する、定規など測定器を使って測定する、そういった方法で集めたデータを自分の意見・感情を加えず、統計的に判断することです。AIを活用し、科学的な採用をおこなうには、このデータを徹底的に集めていく必要があります。後者の「論理による判断」は、皆さんが思い浮かべる論理的判断と相違ありません。
齋藤: AIは自らデータを集めませんから、AIが正しい判断をおこなうにはまず、人が「観察による判断」のデータを徹底的に集める必要がある。そうすれば、AIが「論理による判断」をおこなってくれる。その積み重ねで“科学的判断”(観察+論理)のデータが蓄積されていく、ということなんですね。
川上: ところがいま、採用において蓄積されているデータを見ると、「ひらめきによる判断」と「論理による判断」を合わせたもの、つまり、ひらめきを裏付けるために論理をつけているだけのものが多いんです。先にも触れた通り、「この学生はいい」「この学生はダメ」といったひらめきによる判断ありきで、それに向かって一本の論理軸で進んでいる。そういうデータをAIで判断させようとすると、やはり結論が歪んでしまいます。
齋藤: AIを活用するためにはまず、採用担当の方々が「科学的判断に必要なデータとはどのようなものか」を理解し、それを徹底的に溜めていくことが必要ということですね。
また、AIの判断=結論ではなく、AIの判断をもとに、さらに人が論理的判断をしていくことも必要だと思います。たとえば、AIは「この学生は何%の割合で採用すべき」と判断した。ただ、この項目とこの項目に懸念がある。しかし、この部分は入社後にカバーできるのではないか、配置配属で育成できるのではないか――その点を論理的に判断していく。そういう状態がAIを活用していると言えますし、そうすることで、科学的な採用の精度はますますあがるのではないかと思います。
面接では、入社後の成果を高い確率で予測できる
「過去の行動事実」のデータを集める。
齋藤: AIを活用するために必要な「科学的判断」のデータは、適性検査の結果や選考の履歴などさまざまありますが、「面接」という場面にて集めるべきなのは、どのようなデータでしょうか。
川上: 面接で集められるデータは、以下のように分けられますが、過去と未来を比較すると、精度が高いのは“過去”です。また、行動と気持ち・考えを比較すると、精度が高いのは“行動”です。気持ち・考えは後付もできますが、行動は事実ですから。人材採用は、投資すべき「成果を生み出す人材」を採用するわけですから、入社後にどれだけの成果を生み出すか、高い確率で予測できるデータを多く集める必要があります。となると、面接で集めるべきなのは「私はその時に、こう行動した」という、“過去の行動事実”が中心となります。
面接の場においては、
(1)入社後、どれだけの成果を生み出すか、高い確率で予測できるデータを数多く集める
(2)そのデータは、精度の高い「過去の行動事実」が中心となる
(3)面接中はデータ集めに集中し、判断は面接終了後におこなう
そして、面接が終わった後、集めたデータに対して「観察による判断」をおこない、そこで観察されたことをもとに「論理による判断」をおこなうことで、科学的に判断することが大切です。
齋藤: それが、まさに「コンピテンシー面接」ですね。弊社は、川上さん監修のもと、コンピテンシー適性検査『Another 8』を開発し、2001年にリリースしました。『Another 8』のコンセプトは、保有能力ではなく発揮能力を見る、成果を生み出す人材を科学的に見極めましょう、というものです。これまで15年以上、コンピテンシーの考え方、コンピテンシー適性検査『Another 8』、さらにそれを活用したコンピテンシー面接を提唱してきましたが、AIの活用、科学的な判断にも合致するものといえます。
川上: その通りです。繰り返しになりますが、適性検査のデータも、科学的な判断にとても有効です。ですので、単に面接をするときだけ、その場限りの判断で使うのではなく、データとしてきちんと蓄積していってください。適性検査のデータ、面接で集めた過去の行動事実など、観察によるデータをきちんと正確に蓄積し、さまざまな側面から論理的に解析していけば、これから2~3年もすれば、「この学生を採用すべきかどうか」の予測判断が、相当正確にできるようになります。
齋藤: 少し話は変わりますが、統計の基礎知識と言いますか、分析結果を読む際などにこれだけはおさえておくべき、という視点はありますか。
川上: 採用においては「データ数」「有意差」「相関」の三つが基本であると思ってください。まず、「データ数」は、たとえば「留学経験のある学生には~という傾向があるようだ」、これは一人や二人、該当する学生がいたからといって、言い切れるものではありません。つまり、それがある程度確からしいという判断をするためには、データ数が必要です。データ数が少ない場合、AIも正しい判断はできません。
次に「有意差」。これはグループ間の平均の差異の度合いのことです。先ほどの例で言えば、「留学経験のある学生」と「留学経験のない学生」それぞれ500人にパーソナリティテストを実施して、各々のグループの平均点を統計的に計算したときに、差があるからすぐにどうこうではなく、その差は統計的に見ても意味があるのか?ないのか?を確認する必要があるということです。
最後に「相関」。これは「留学期間が長ければ長いほど~という傾向は強まるのか/弱まるのか」「訪問した国が多ければ多いほど~という傾向は強まるのか/弱まるのか」という、事象間の関係の強さを意味します。
■統計の基本的な視点
データ数 | グループ間の平均の差異の度合い (有意差) |
事象間の関係の強さ (相関) |
AIは、魔法の杖ではなく「科学的な採用」を支援するもの。
齋藤: 弊社は2017年7月に業界で初めて、新卒採用向け採用支援システムにAIエンジンを搭載した『i-web AI』というサービスをリリースしましたが、その際の合言葉は「地に足の着いたAI」でした。格好よさや最先端の技術を使っていることをアピールするのではなく、採用担当の皆さまにきちんとご活用いただき、それぞれの企業の人材採用に貢献できるものにしよう、という意味です。
『i-web AI』の特長のひとつとして、パッケージとしてAIエンジンを活用した分析機能を有しているため、AI採用を導入しやすい、という点が挙げられます。つまり、AIを活用するために必要な「科学的判断に必要なデータを正しく蓄積する」ことが容易にでき、AI採用をスムーズにスタートできる。自社の採用を真剣に考えていらっしゃる企業の方々に、広く使っていただけるものを創る。これも私たちが注力した点です。
AIが非常に強力な武器であることは確かです。しかし、単にツールを入れただけでは、結果はでません。本日の話にあったような新たなチャレンジ――数値データのため方、面接における事実データの収集、科学的判断の実践など、さまざまな取り組みを重ねて活用すれば、バズワードにならず、根づいていくと思います。
川上: 最後に少し、AIと人材採用のこれからについてお話させてください。現在、膨大なデータから正確な判断をおこなうことについては、これまでお話しした通り、AIが圧倒的に勝っています。一方、琴線に触れるメロディ、心をつかむキャッチコピーなどは、AIよりも人間のほうが、より良いものが創れます。この先5~10年の間は、クリエイティビティは人が勝つと言われています。であれば、「創造的思考」を人材採用においては見極めていくべきだと思います。
さらに5~10年して、クリエイティブの分野でもAIが人を超えたとき、人に求められるものは何か。それは「パーソナリティ」だと思います。ビジネスにおいて、その人が魅力的であるかどうかが、成果を左右する重要な要素になるはずです。
齋藤: そうですね。私たちも“人”と“働く”のこれからを考えながら、明るい未来に貢献する、新しいサービスを創出し続けたいと思います。本日は、ありがとうございました。
早期に応募者のマッチング度を予測
AI搭載型採用支援システム『i-web AI』
『i-web AI』は、国内の人材サービス業界初・AIエンジンを搭載した新卒採用向け採用支援システム。採用支援システム『i-web』が保有する応募者のビッグデータ(基本情報、マイページのアクセス、セミナー参加状況、適性検査などあらゆるデータ)から、マッチング度・志望度を予測します。
特長は、エントリーシートなど選考参加のタイミングだけでなく、プレエントリー時からマッチング度・志望度が予測できる点。効率化に加え、「マッチング度、志望度とも高い応募者」「マッチング度は高いが志望度は高くない応募者」など、各々へきめ細かい対応が、早期から行えます。予測は10日ごとに更新され、施策の効果を確認できます。
労働力人口の減少、バブル期並みの“売り手市場”、短期決戦化など厳しい環境の下、採用活動においても「働き方改革」への対応が求められています。『i-web AI』は、限られた時間でも、効果的・効率的な採用活動を実現する、革新的な採用支援ツールです。
活躍できる人材を獲得(Attraction)し、能力を最大化した形で定着(Retention)させることは、重要な経営戦略のひとつ。私たちは、人の時代の新しい人材マネジメントをニーズに合わせて具体化し、企業の輝く明日を支援します。