社内の見えざるルールを“見える化”し、“人にやさしい組織”を実現する本当の意味での【働き方&組織改革、ダイバーシティ】――人材育成・組織開発の課題を解決する、革新的・効果的手法とは?

人が仕事で一人前になるためには、仕事の中で必要なスキルやノウハウを自ら見つけ、吸収することが求められます。人材育成のコンサルティングを行う株式会社ベーシックでは、それら「暗黙の了解」とされた業務のノウハウや現場のナレッジを「見える化」「モジュール化」して、組織内で「共有する」ことを推進。組織での人材育成力の最大化を図っています。今回は、株式会社ベーシック代表取締役の田原祐子さんが、組織や企業戦略に詳しい一橋大学大学院国際企業戦略研究科研究科長・教授の一條和生さん、同志社大学政策学部教授の太田肇さんと対談。現在の組織にはどのような課題があるのか、これから組織が成長していくためには人材をどのように育成・マネジメントしていけばいいのかについて、熱い議論が繰り広げられました。

プロフィール
一條和生さん プロフィールPhoto
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 研究科長・教授 一條和生さん
いちじょう・かずお/1958年東京都生まれ。1982年一橋大学社会学部卒業、1987年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了、1995年ミシガン大学経営大学院にてPh.D.(経営学)取得。一橋大学大学院社会学研究科教授などを経て2007年4月から現職。スイスのビジネススクールIMD特任教授を兼務。専門は経営組織論、イノベーション、知識創造理論。『リーダーシップの哲学―12人の経営者に学ぶリーダーの育ち方』(東洋経済新報社)、『MBB:「思い」のマネジメント』(東洋経済新報社)、『シャドーワーク―知識創造を促す組織戦略』(東洋経済新報社)、『ナレッジ・イネーブリング―知識創造企業への五つの実践』(東洋経済新報社)、『企業変革のマネジメント』(東洋経済新報社)などの著書がある。
太田肇さん プロフィールPhoto
同志社大学 政策学部教授 太田肇さん
おおた・はじめ/1954年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学経済学博士。公務員を経験の後、滋賀大学経済学部教授などを経て 2004年から同志社大学政策学部教授(同大学院総合政策科学研究科教授を兼務)。専門は組織論。とくに個人を生かす組織・マネジメントについて研究。日本人のやる気とチームワークについて、その転換を主張した近著『がんばると迷惑な人』(新潮新書)のほか、『公務員革命』(ちくま新 書)、『組織を強くする人材活用戦略』(日経文庫)、『承認欲求』(東洋経済新報社)、『日本人ビジネスマン 「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)などの著書がある。
田原祐子さん プロフィールPhoto
株式会社ベーシック 代表取締役 田原祐子さん
たはら・ゆうこ/1959年生まれ。関西学院大学卒業後、外資系人材派遣会社の教育トレーナー、住宅経営コンサルタントの新規事業室長を経て、1998年株式会社ベーシック設立。1300社11万人の人材を育成し、中小企業から東証一部上場企業、幼稚園、病院、介護施設などで、組織開発、実績向上、マネジメント者の意識改革、若手・女性育成のコンサルティングを手掛ける。オール電化“イノベーション”を手掛けた功績で知られ、『70倍自動化営業法』(中経出版)『あなたは、部下のやる気をなくさせていませんか?』(インデックスコミュニケーションズ)などの著書がある。世界46ヵ国が加盟する、国際公認経営コンサルティング協議会の認定コンサルタント(Certified Management Consultant)
<プロローグ>
今いる人材で、最高のパフォーマンスを!
仕事のモジュール化で実現する“働き方&組織改革、ダイバーシティ”
「フレーム&ワークモジュール®」

今回ご登場いただいた株式会社ベーシック代表取締役の田原祐子さんが代表理事を務める、般社団法人フレームワーク普及促進協会では、人材育成・組織開発の手法として「フレーム&ワークモジュール®」を推進しています。

日本では、学校教育はプログラム化されていますが、職場では知識や情報、役職や階層ごとの教育が中心で「見よう見まね」や「OJT」に頼っており、明確なプログラムがありません。さらに「誰が」「どこまで」仕事をするかが明確ではなく、「上司が残業していると帰りにくい」「仕事ができる人には、さらに多くの仕事がまわってくる」という理不尽な状況も発生しています。こうした「量を頑張り、質が見えない」状況が、ワークライフバランスの実現を阻害。社員は長時間労働を余儀なくされ、モチベーションダウンや疲弊感にもつながっています。

これらすべての問題を、最速かつ根本的に改善するのが、仕事の『モジュール化』、『フレーム化(=モジュールの組み立て)』。「フレーム&ワークモジュール®」を活用して、あらゆる仕事を「見える化」「分化」していこうとするものです。

企業・学校・医療介護の現場などで、人・組織・企業の飛躍的成長につながり、女性活躍推進や明快な人事考課も実現。さらに、現場で全社員がノウハウやナレッジを共有化[ナレッジマネジメント]、強い組織・チームを作ることができる、画期的人材育成&マネジメント法として、いま、注目を集めています。

対談1一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 研究科長・教授 一條和生さん

現場のモチベーションの原点は、“MBB=思いのマネジメント”

田原:最近は、どこの企業も社員のモチベーションアップに注力していますが、一條先生は著書『MBB:「思い」のマネジメント』の中で、「これからのマネジメントは“MBO(Management By Object)=目標管理”だけではダメで、“MBB(Management By Belief)=思いのマネジメント”が必要」とおっしゃっています。なぜ今「ビリーフ(Belief)=思い」の重要性が増しているのでしょうか。

一條:MBBは思いを主体として、イノベーションを起こす重要なマネジメントです。しかし、MBOを否定するものではありません。MBOで目標を掲げて動き、それを適正に評価するのが大事なのです。この本で言いたかったのは、「MBOはMBBを伴わないと、まったく実行につながらない」ということです。日本企業には「MBBのないMBO」がよく見られます。最近の例で言うと、東芝の不適切な会計処理の問題。「チャレンジ」と称して過剰な業績改善を各事業部門に要求したことで、「チャレンジ」という言葉がネガティブな意味を持つようになってしまった。これは非常に残念なことです。私は、チャレンジはすごく大事なことだと思っています。チャレンジとは、自分たちの今までの延長線上にいたのではできないこと。そうした難しい課題に挑戦することによって、個人も企業も成長します。チャレンジは常にウェルカムでなければいけないのです。しかし、東芝のように一方的に強いられたら、乗り越えることがなかなかできません。そこにはやはり「自分自身がやり遂げる」という強い思いがなければいけない。MBOがチャレンジングなものであればあるほど、「何が何でもやり遂げたい」というビリーフを伴わなければいけないと思います。

田原:ビリーフを重視する動きは、世界でも見られるのでしょうか。

一條:2014年、世界的企業であるGEで大変象徴的なことが起きました。GEはこれまで多様な社員を「バリュー、価値観」でまとめてきました。バリューとは社員が共有すべき行動や意思決定の判断基準です。企業はグローバル化するほど、組織が多様になる。社員も顧客もそうです。そうなると、多様性のある組織をいかに一つにできるかが大変重要になります。ただし、そこに生まれる一つのジレンマは、多様性を尊重しようとすると、組織の一体感を出すのが難しくなるということ。これまではその解がバリューだったわけですが、GEはそれを変えました。「もうバリューの時代ではない、これからはビリーフだ」と。

対談の様子

田原:一條先生が『MBB:「思い」のマネジメント』を書かれたのは2010年ですから、GEが宣言するよりもずっと前になりますね。

一條:なぜ今ビリーフが大事なのか。そもそも「知識」の定義は、英語でいうと“Justified True Belief”。直訳すると「正当化された真なる信念」です。この言葉からもわかるように知識の原点は“Belief=思い”なんですね。「何が何でも顧客の要望を実現させたい、役に立ちたい」といった個々人の実体験に基づいた強い思いがあるからこそ、実行に際してもコミットメントが生まれるし、その思いの強さで完成へとつなげることができる。これがそもそもの「知識」の出発点なのです。それなら、マネジメントもビリーフを中心にやらなければいけないのではないかと。これは、イノベーションを促そうとするGEの新たな挑戦だと思います。

田原:まさにMBOとMBBはクルマの両輪ですね。業績ばかりを追ってしまうと、そこには「思い」がなく、どういう形でもいいから達成しようと考えてしまう。イノベーションとは、かけ離れていくことも多い。私も、「思い」の大切さは、コンサルティングの現場で痛感しています。しかし、人がやる気を出すと社内全体が活性化し、業績も上がり、企業風土さえも劇的に変わっていきます。私たちは、人事考課も、「思い」を反映できるような制度を構築します。そもそも人事考課は、評価のためでなく人を育てるツールであり、企業が社員に「こうなってほしい」と示す指針だと思うのです。さらに、MBOとMBBが一体となったシートをもとに、上司と部下が成長のため、活発なコミュニケーションを交わし、「思い」を育んでいきます。

一條:デジタル経営破壊の時代が到来とともに、イノベーションの必要性がますます叫ばれています。最近の米国・シスコシステムズのリサーチによると、2020年には数多くの業界でトップテン企業の4割がランク外になるとの調査結果が出ました。それはインターネットをベースとしたビジネスモデルに、トップクラスの企業が乗り遅れてしまうことで起こると言われています。事実、すでにいろいろな素晴らしいビジネスがネットから生まれています。米国で始まった、スマートフォンで手軽にハイヤーやタクシーを呼べる配車サービス「Uber(ウーバー)」はタクシー産業のイノベーションと言われています。利用者はUberにクレジットカード番号を登録し、スマホに専用アプリをダウンロードする。タクシーが必要なときにアプリを開いて地図をタップすれば、近くにいるUber契約のドライバーが駆けつけてくれるのです。

田原:ウーバーは私も使ってみましたが、大変素晴らしい仕組みで、すぐにタクシーが来てくれて、安心して乗ることができました。

対談の様子 Photo

一條:一般のタクシーは、どんな運転手なのかもわからないし、出発したらそのルートが最も適切かどうかもわかりません。ウーバーは「利用者がこんな思いをするのはおかしい」という気付きから生まれています。ビジネスではデジタル化を行いながらも、その原点にあるのは「思い」なのです。日本企業も視野を広げて、このようなビリーフに基づいたイノベーションに挑戦しないと取り残されてしまうと思います。

「思い」は「知識」となり、ナレッジの「土台」で共有される

田原:一方で「思い」というものが現場でなかなか育たない状況もあるため、企業コンサルティングではプロジェクト形式で、現場のリーダー・次期リーダーたちを育成しながら、仕事に対してコミットすることの大切さや醍醐味を体感してもらいます。クレドや、自らの仕事を改革するための「フレーム&ワークモジュール®」を導入すると、一條先生の本で自ら「思い」を発し、物事にコミットすることの大切さを説かれているように、「受け身」からベクトルが逆になり、前向きに「自分ごと」で考えられるようになる。それが徐々に具体的な行動となって表れてくるのだと思います。

一條:大事なことは会社の理念でも何でも、自らコミットメントすることです。コミットメントは強制ではなく、主体的、内発的なものですから、人材マネジメントでは基本にならなければいけない。そもそも人には「もっと現状をよくしたい」というモチベーションがあります。最近の企業は、人が本来持っている創意工夫や向上心といったものを出せないようにしておいて、一方ではモチベーション啓発セミナーなどを行ったりするなど、矛盾している。MBBを実践すれば、人間らしい素晴らしさが発揮されるマネジメントになると思います。事実、トップが「思い」を語りMBBを実践している企業もたくさんあります。

田原:そうですね。「思い」を共有すれば、その先の数字は一体となっていきます。ミーティングでは、MBOとMBBが一体になったシートで「思い」を実現するための具体策を練り上げます。モジュール化された業務を分析し、実績を出すための戦略や思いを上司と部下が共有する。数字だけでなく、現場を緻密に分析し、「思い」を具現化します。マネジメント者は的確かつ効果的な指導ができるため、これまでの関わり方とは大きく変わっていき、リーダーシップも発揮する。一條先生は、『リーダーシップの哲学』という本も書かれていますね?

一條:リーダーシップは、一部の限られた人にしかないものではありません。どんな人にも必ずリーダーシップがあります。磨き上げられることで表面に出てきて、意識できれば次第に大きな変化を起こすことができる。企業は社員に「自分にもリーダーシップがあるんだ」と気付いてもらわないといけないし、マネジメントには、個々が持つリーダーシップを開花させるという観点がないといけません。そもそもマネジメントとコントロールは違います。この違いは人材育成の発想があるかないか。その人の「思い」を大事にする人材育成が本当に行われているかどうかが、今後は問われると思います。

対談の様子

田原:人材をリスペクトして育むには、その人がどんなキャリアを目指しているか、どんな業務やポジションに向いているかを見極めなければなりません。専門職として力を発揮したいのか、自分がリーダーになっていきたいのか、その人の強みは何なのか――そこにフォーカスすれば、「思い」のマネジメントとの相乗効果で、飛躍的な効果を発揮します。そういった部分も、キャリア面談やモジュールでしっかり連携させていきます。しかし、上司の中には、コントロールとマネジメントの違いに気がついていない人もたくさんいますね。

一條:その違いはリーダーシップにおける育成の観点の違いです。上司に「部下には無限の可能性がある」という信頼感があるかどうか。そのようなことがプロセスとして業務の中にビルトインされているかどうかは非常に大きい。そして、フィードバックで「できているか」「何が足りないか」を返してあげるようなシステムも必要です。そうでないと、リーダーシップの継続的な育成はできません。

田原:おっしゃる通りです。マネジメントやフィードバックにもバラつきがあるので、これらも具体的にモジュール化してクオリティーを上げていきます。もっと現場のナレッジを出し合い、共有化しなくてはなりません。高度成長期には、部下も上からの指示を言われた通りに行えば成長できました。しかし、現在は企業競争も激しくなり、今までと同じことをやっていても下降線をたどるばかり。これから社員一人ひとりが「思い」や自分のいろんな意見を表現していくことが、一條先生がおっしゃるようにイノベーションにつながるのだと思います。現在はそれがなければ、企業が生き残っていけませんね。

一條:グローバルで考えれば、企業はまだまだ大きなマーケットを得る可能性があります。企業は「自分たちの力をいろんな世界に広げる」といった野心を持たないといけないし、「新しいことに挑戦しながら社会に貢献していく」と皆が認識し、それに挑戦することを促すような組織マネジメントを行わなければなりません。

田原:先ほど「リーダーシップの要素は誰にもある」とおっしゃいましたが、その要素はどのように伸ばしていくとよいでしょうか。

一條:やはりマネジャーの役割が重要だと思います。これから変化を起こさないといけないわけですから、そういうことに挑戦させる。そして、そこから学び、気付きを得る。そういうことの積み重ねだと思いますね。

田原:人を活かしていく、育てていく――。「こうしなさい」という指示だけでは人は育っていかないということですね。そこでもう一つ重要なのは、『ナレッジ・マネジメント』ではないでしょうか。現場における、熟練やノウハウなどの主観的な経験知である“暗黙知”と、明快に言語化、客観化できる理性的“形式知”。この二つは、アナログとデジタル、経験と言語というような対照的な性格をもち、そこにダイナミクスが起こっていく。“暗黙知”と“形式知”を絶えずスパイラルアップさせることが知の源泉、知の創造である『ナレッジ・マネジント』の基本的なプロセスですね。さらに、一條先生の著書『ナレッジ・イネーブリング―知識創造企業への五つの実践』にはナレッジをイネーブリングすることについて書かれていますが、ここで言われている「イネーブリング」とはどういう意味でしょうか。

一條:「イネーブリング(enabling)」は「~を可能にする」という意味で、「イネーブラー(enabler)」には「促進条件」といった意味があります。例えば、自分たちの独自のカルチャーやリーダーシップ、そして自分たちの会社はどこがユニークなのかといった特徴やミッション、バリュー。企業にはその企業にしかない大切な知識があります。それは首尾一貫して常に生まれるような状態になければなりません。社員が個々で創意工夫しながら、知識を創造していくようなことがどうしたら持続的に行えるか。そこには「イネーブラー=実現機能」が必要です。知識は、それを活用することを実現させるような「土台」がないと活用できません。ただ単にデータベースをつくってもダメで、進んで互いに共有する姿勢がなければいけない。部門に捉われず、知識を独占せず、自分だけがよければいいなどとは思わない。そして互いをケアするカルチャーがないと、データベースをつくっても意味がありません。

田原:私たちは企業コンサルティングにおいてナレッジを共有する手段としても、「仕事のモジュール化」と「フレーム(基本形)&ワーク(実践・改善)」を勧めています。顧客や取引先企業を分析、カルテ化しながら、さまざまなケースや課題に対して、ワーク(実践・改善)していく。すべての社員の現場で実践している“暗黙知”を“形式知”と掛け合わせ、ミーティングなどでダイナミクスを起こしながらデータベース化し、重要なナレッジやノウハウを、カルテに蓄積します。そうすると、全社員・本店から支店、営業所まで全社の、仕事の知識やノウハウの「共有化」が起こり、組織が一体となっていく。さらに、ノウハウはリアルタイムで更新されバージョンアップし、現場でフルに活用されていくという好循環が起こるのです。このような知識の共有化は、今後より重視されるようになっていくでしょうか。

一條:「知識の共有ができない会社には、持続的な成長はない」と言っても過言ではありません。例えば、トヨタの生産方式は日本で生まれたものですが、米国で共有されなければ、そこで高品質なクルマは作れない。グローバル化が進むほど、知識の共有なしに成長はありえないと思います。もし、そのような動きが起こらないとしたら、それは知識の共有がビジネスモデルの中にビルドインされていないせいです。知識の共有は、自分たちの企業としての競争優位性の維持や戦略的な課題解決につなげていくことにこそ意味があります。

田原:その源泉になるのが、「思い」であり、共有化やナレッジマネジメント、さらにはイノベーションのスイッチとなっていく。組織全体が一体となってコミットし、人材は育ち、思わぬ人が驚くほどのアイデアを出し実績を上げたりする。今日一條先生のお話をうかがって、「思い」の重要性と、それを共有化するカルチャー、パッションこそが大事だと実感しました。

対談の様子
対談2同志社大学 政策学部教授 太田肇さん

すべての仕事問題の根幹にあるのは「分担や責任の不明確さ」

田原:かつて日本企業の社員には上昇志向があり、誰もが「もっと力を発揮したい、もっと出世したい」と努力していましたが、最近はこのような「がんばり」が見えなくなった気がします。現場でのモチベーションも落ちていて、働くことの価値観が大きく変わってきたように感じているのですが、太田先生はどう思われますか。

太田:私も価値観が変わってきているように思いますね。一つ言えるのは、企業内に限らず、今の社会全体が「挑戦してもしなくてもあまり変わらない」と思わせる状況になっているということ。挑戦して何かを成し遂げても、得られるものはそれほど大きくありません。しかし、失敗すれば周りからいろいろと言われることになる。そのため「受け身のほうが得」という考えが学生から新入社員やベテラン社員まで、あらゆるところに広がっています。これは一種の「日本病」と言えるかもしれませんね。

田原:東日本大震災後、被災地の方々が復興に向けて努力されていることを知って、諸外国から「日本の人々は素晴らしい素地をもっている」と称賛する声が寄せられました。それなのにその後、日本の国力は低下し、従業員のエンゲージメントもとても低くなっています。何が原因なのでしょうか。

太田:データを見ると日本人は相変わらず勤勉で労働時間は長く、有給休暇も半分しか取っていません。しかし、労働生産性は90年代半ばから急降下しています。諸外国と比べて、組織の変革が大きく遅れたからです。その原因として私が大きいと思うのは、グローバル化とIT化です。単純な仕事は海外に外注したり、IT化したりして、いま残されているのは地頭や創造力が必要な分野の仕事です。そこで日本人の弱点が一気に表面化したと思います。それは「仕事の質を重視しない」という姿勢です。何事も「がんばり」でこなす。あるいは、周りに仕事の中身を評価してもらうのではなく、仕事ぶりを認めてもらおうとする。そういう働き方に固執しているようです。

対談の様子

田原:長時間労働の中身が数値化、見える化できていない状態だからこそ、「がんばり」で評価してほしい、ということですね。そのために、エンゲージメントも一気に下がったのでしょうか。

太田:エンゲージメントは「熱意」とも訳されますが、これは人の内側から出てくる「やる気」ですから、低いと成果につながりません。他にもエンゲージメントが低い理由はあります。欧米では転職が比較的容易なので、今の職場が気に入らなければ辞めてしまいます。しかし、日本はまだ転職がオープンとまでは言えませんから、今の職場に満足がいかない人も会社にたくさん残っている。そういった状況も、影響しているのだと思います。

田原:それは大きな問題ですね。先ほど諸外国と比べて、90年代のグローバル化、IT化で日本は大きく組織変革が遅れたとおっしゃいましたが、当時はどのような変革が必要だったのでしょうか。

太田:大きな問題は、個人への権限委譲がなかったことです。一人ひとりの分担や責任が見えにくいことが足を引っ張ってしまったんですね。また、仕事を行う場である職場のレイアウトそのものも大きく関係しています。大部屋で顔を突き合わせて仕事をしているようでは、クリエイティブで独創的な仕事はできないでしょう。

田原:それらの問題を、諸外国ではどう乗り切ったのでしょうか。

太田:元々欧米は、個人が仕事をするために会社に来ているという考え方ですから、オフィスでも個人の空間が確保されています。仕事も職務単位で契約しますから、分担も責任もはっきりしている。人は自分のためなら全力を出せますから、仕事を「分化」させて、個々人の権限と責任をはっきりさせることが大事だと思いますね。

田原:私の会社でも企業コンサルティングで、仕事を区切る「モジュール化」を提唱しているのですが、太田先生の話をうかがって「分化」と「モジュール化」は同義だと感じました。日本では「この仕事はどこからどこまでで、担当は誰なのか」が見えなくて、常に混とんとした中で仕事をしている。それがすべての元凶となっていると思います。

太田:日本には仕事に切れ目をつけず、皆で力を合わせて、統合の力でこなそうという考え方があり、それが強みとも言われてきました。しかし、これまでたまたまうまくいっていただけではないでしょうか。社員一人ひとりのモチベーションを最大限に引き出そうとするなら、切れ目のない仕事は大きな弱点になると思います。

田原:これからは仕事を分化し、誰がどこまでを担当するのかを「見える化」する必要がありますね。そうすると自分の責任領域がはっきりわかりますし、個々の評価にもつながります。

太田:企業における労働時間、生産性、評価などにさまざまな問題が生じている背景には、個々の仕事の分担や責任がはっきりしていないという事実があります。チームで活動するときもその影響は同じで、少なくとも仕事を「見える化」する必要があると思います。分担を決めておけば自分のペースで取り組めますし、仕事の中身も向上して、さぼる人もいなくなる。そうすればチームワークもよくなります。仕事をする上では「貢献度の見える化」がとても大事ですね。

田原:仕事の分化と聞くとバラバラで仕事をするようですが、一つひとつの仕事の単位が明確になるわけですから、協力体制を取りやすくなりますね。そして、どの部分の仕事が欠けているのか、どこに力を入れなければいけないのか、ということもはっきりします。

対談の様子

太田:他の人を手伝うにしても、自分の担当する仕事を済ませて手伝うことになりますから、明確にプラスに評価できます。手伝ってもらった人には後でお返ししなければいけないという文化も生まれ、周囲も上司も評価しやすくなる。そうすれば、手伝ってあげようという気持ちが自然と起きるようになります。

田原:今の職場はできる人が仕事を一所懸命やって速く終わらせても、「この仕事もお願い」などと、残った仕事が回ってきてしまいます。中には、がんばる気力がなくなってしまう人も出てくるでしょう。がんばる人が損をする状況がありますね。

太田:そうなると、「自分の仕事をもっと効率化しよう」といったモチベーションも生まれません。早く済ませても、雑用が増えるだけですから。

田原:私たちが推進する「モジュール化」では、仕事の分担をはっきりさせるために、業務を区切っています。すると、区切ることで各自の強みがうまく活かされ、スキルアップにもつながります。例えば、電話応対は大まかに「上手」「下手」で評価されてしまいがちですが、その過程は「電話を素早く取る」「応答する」「所在を確認する」「取り次ぐ」といくつかの業務に分けられます。電話応対が下手な人でも部分的に見れば、必ずいいところがある。それらのモジュールを組み合わせれば良い仕事ができますし、職場の協力体制構築にもつながります。みんなが気付いたことを意見交換することで、仕事の手法もより実践に合ったものにできる。このような作用が「分化」の利点ではないでしょうか。

仕事の「分化」「モジュール化」が組織の生産性を上げる

田原:これから企業が「分化」を取り入れるには、どのような作業が必要でしょうか。

太田:さきほども言いましたが、企業にイノベーションが生まれないのは、オフィス環境が大きく関係していると思います。欧米のように個室にするのもいいですし、机を壁近くにおいて壁向きに座るようにする方法もいいでしょう。それだけでも考えに集中でき、仕事の質を上げることができます。

田原:では、現在の人事評価について、どのような点を見直すべきだとお考えですか。

太田:やる気やがんばりを見る「情意考課」のウエイトが高すぎると思います。学生の内申書のようなものですから、社員はこれを意識し過ぎると萎縮してしまいます。また、日本では仕事の分担がはっきりしていないにもかかわらず、評価項目が細かすぎるので、かえって不正確になっています。これでは結局、主観で評価しなおさければいけない。私が提案したいのは、「処遇につながる評価」と「育成のための評価」を分けることです。処遇評価も、明確な基準が見えづらい仕事の場合は3段階程度のランク分けでもいい。一方、育成評価は主観的であっていいし、項目を細かくしてもいいと思います。例えば、成果は上げているが、もっと伸びしろがある人材なら、厳しい育成評価点を付けてもいいのではないでしょうか。何もかも一緒にしてしまうところに、問題があるのです。

田原:仕事の見える化やモジュール化は、人事考課の業績評価や育成目標としても活用しやすく、人の異動においても現場で円滑に対応できるという効果があります。というのも、仕事が「見える化」「モジュール化」されていれば、違う部署から来た人でも、仕事を理解しやすくなるからです。さらに、モジュールを「ケース」で考えていく手法を加えれば、誰もがPDCAを回すことで、仕事の質を高めることができます。また、管理職で異動してきた人は、まったく知らない領域であっても、モジュールがあれば「何を、どう回す」かがすぐにわかる。領域は異なっても、マネジメントでチェックする重要なポイントは変わりませんから、すぐに成果も出せます。そして、人に刺さるマネジメント、現場で有効なマネジメントができるようになります。

太田:気になるのは、日本企業ではフラット化がなかなか進まないことです。管理職の仕事があまりにも多すぎて、管理の仕事だけでなく、雑多な仕事まで全部まわってくるからです。そのため、フラット化して役職者が減れば、負担がもっと増えると考えている。欧米では管理職になりたがらない人はほとんどいません。一部の経営幹部やエリート層を除き、管理職も定時ですぐに帰ります。これは管理職が一つの専門職になっているからです。そうすればフラット化も、権限委譲もできるようになる。これからの組織は、そのような方向に進むべきだと思います。

田原:フラット化するにも、「分化」が必要ですね。ところで、太田先生が最初に「分化」に着目されたのはどんなことからですか。

太田:日本の企業は、これまで人と人との関係を密にし、一緒に仕事をすることばかり求めてきました。しかし、人は周囲との距離が近づきすぎると、逆に距離を取ろうとします。現在はそのような影響もあって、互いが協力しあわない世の中になっています。しかし、分化することで一人ひとりの貢献が成果につながるのであれば、モチベーションも生まれるし、自分で能力開発もできる。ダイバーシティも進みます。そこでITが使えれば、皆がいつも同じ場所で一緒に仕事する必要もなくなるわけです。統合も容易になっている、だからこそ均衡点を「分化」に移す時期に来ているのに、そのことに気付いている人は少ないと思いますね。

対談の様子

田原:「分化」によって、自立も可能になりますね。

太田:最近の若い人には、職場でどこまで仕事を任されているのかわからないという人が多い。そのため、何でも相談しなければいけなくなり、やる気をなくしてしまう。思い切って分化して、自分の判断と責任で行ってよい仕事の範囲に線を引いてあげると、若い人はとても仕事がしやすくなると思います。

田原:ところで、太田先生は「シグネチャーポリシー」を推奨されていますね。

太田:これまでの日本は、知的財産に対する扱いがかなりいい加減でした。上司が部下のアイデアを横取りすることもよくあった。これでは本当にいいアイデアを思いついても、発表しようとしなくなります。だからこそ、「そのアイデアは誰のものなのか」をはっきりさせなければならないのです。

田原:「分化」が進めば、承認の機会も増えますね。仕事で褒めることで、実績が上がったという例があるとお聞きしました。

太田:私は企業が社員を褒めることによる効果を研究していますが、褒めることでモチベーションが上がり、成果も違ってくることがわかっています。褒め方について、いろいろと考える必要はありません。躊躇せずに褒める。「ありがとう」「えらい」「すごい」、この三つの言葉を使うだけで十分に気持ちが伝わります。褒めてもらうことは、皆に認めてもらうことですから、組織への帰属意識も高まります。

田原:モジュール化は、今後どのように受け入れられると思われますか。

太田:モジュール化することで、人の異動に対処できますし、標準的なサービスが提供できるようになると思います。モジュール化を「マニュアル化」と混同される方もいますが、基本を覚えておけば応用編に発展できるということです。そういう意味でもモジュールという考え方は、これからますます必要になると思います。

田原:モジュールがマニュアルと違う点を上げると、モジュールはケースで考えていくものなんですね。幼稚園の事例ですが、先生向けのマニュアルに「園児の熱が37度以上になれば家に帰しましょう」と書いてある。ある日、39度の熱を出した園児がいたのですが、担任の先生は緊急度が増しているのにもかかわらず、37度のときと同じ対応をしてしまう。その時に「何をやってるの」と怒ってもだめで、37度39度とはどう異なるかという、軸となる考え方を教えなければいけません。すると、応用力がつき、それを共有化すれば、組織全員が学習していきます。マニュアルに書いてないことも、何を軸に考えればよいかという力がつき、さまざまなケースに対応できる。チーム学習やチームワーク向上にもつながります。太田先生のお話しをうかがって、「分化」は、組織開発や生産性向上につながると確信しています。

太田:「分化」しておけば、職場で新たなトライアルもしやすくなります。仕事を「分化」させながら、社員には公平で、機会も均等に与えられるような組織をつくる。日本企業は、そのような方向を目指すべきだと思います。

田原:本日は貴重なお話をうかがうことができました。ありがとうございました。

対談の様子
協賛企業
“ゼロから無限を創り出す”。それがベーシックの提案するコンサルティングのスタイルです。企業や人材に内在する可能性を引き出し、さらに、あらゆる課題を、「フレーム&ワークモジュール」をベースに“見える化“、“仕組み化”して、解決していきます。
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