人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ【第6回】
人事実務家の学び~さまざまな知識媒体との向き合い方~
同志社大学 政策学部/総合政策科学研究科 教授
田中 秀樹氏

同じ人事管理という領域に対峙しているにもかかわらず、研究者と実務家の関心になぜギャップが生じるのか――。そんな問題意識から、『日本の人事部』と神戸大学 江夏幾多郎氏、同志社大学 田中秀樹氏、南山大学 余合淳氏が人事実務家を対象とした共同調査を実施。その結果から、日々の経験・関心・学びはどのように人事実務家の知見を育て、仕事に役立っているのか、実務家は研究にどう接すればいいのかを明らかにしていきます。
人事実務家はどのような「媒体」に接しているのか
前回は、『日本の人事部』と我々(江夏、余合、田中)の共同調査結果(以下、「共同調査」と示します)に基づき、実務家の関心がどのようなものであるのかについて紹介しました。今回は、共同調査結果に基づき、実務家が「研究/研究者」や「研究知」に対してどのように接しているのかを紹介します。
前回の分析から、人事実務家にとって研究は重要であり、研究者との関わりを求める人が相当数存在する一方で、理解している学術知とそうではない学術知にはバラつきがあることが分かりました。そして、「学術的な知識は理解できるが、実務にはうまく落とし込めない」と答える人事実務家も過半数いました(59.2%)。そこで前回のコラムでは、人事実務家・研究者の双方が歩み寄り、研究者は実務的関心が強く実務的に活用できるような研究知を生み出す必要がある可能性を指摘しました。つまり人事実務家と、研究者そして研究との接触が求められるといえます。
では、人事実務家たちから研究への接触はあるのでしょうか。あるいは、彼・彼女たちは、研究(あるいはそれに類するもの)よりも、研究ではないものに多く接しているのでしょうか。まずはこの点について、データを見てみます。なお、今回の分析についても、前回同様、436名の人事担当者に絞って分析を行います。
図表1は、「人事実務/研究に関する媒体への接触頻度」を示したものです。今回の共同調査では、人事実務や研究に関する媒体として「実務に関わる書籍や記事」「研究者以外によって行われた、実務に関わる講演や研修」「アカデミックな書籍や論文」「学会・研究会での報告や大学での講義」「研究者が実務家向けに行う講演や研修」「省庁や官民の調査機関が刊行する調査レポートや提言書」を挙げています。その上で、それぞれへの接触頻度を「全く触れたことがない」「ほとんど触れることがない(年に1度程度かそれ以下)」「時折触れることがある(数ヵ月に1度程度)」「頻繁に触れている(1ヵ月~半月に1度程度)「常に触れている(週に1度程度かそれ以上)」から選んでもらいました。
結果を見てみると、「実務に関わる書籍や記事」については80.7%、「研究者以外によって行われた、実務に関わる講演や研修」では40.8%もの人事実務家が、それらに頻繁あるいは常に触れていることが分かりました。一方で、「学会・研究会での報告や大学での講義」は77.1%、「アカデミックな書籍や論文」は47.0%がほとんどあるいは全く触れたことがないと回答しました。また、「研究者が実務家向けに行う講演や研修」においても、56.7%がほとんどあるいは全く触れていないと回答しています。
これらの結果から分かることは、人事実務家が触れる媒体は実務に関わるものや研究者以外による講演・研修が多く、研究者あるいは研究成果といえるものにはそれほど触れていない、ということです。つまり、人事実務家にとっては「実務に関わる媒体」との接触頻度が高いわけです。学習媒体として、目線が同一である実務家からの情報のほうが有用であり、それらとの接触が実務上の課題を解決するにあたり重要だと考えているのかもしれません。そう考えると、この結果は当然なのかもしれません。
実務家は「研究」に関する媒体に有用性を感じているのか
では、人事実務家は研究に関する媒体に対して、有用性を感じているのでしょうか。図表2は「人事実務/研究に関する媒体の有用性」を示したものです(※1)。すべての媒体において「どちらかというと役に立っている」「役に立っている」と回答した割合が5割を超えました。つまり、人事実務家は人事実務/研究に関する媒体を、全般的に役に立つものであると考えている割合が高いといえます。
しかし、媒体によって「役立つ」と感じる割合にばらつきがあるという事実も明らかになりました。「実務に関わる書籍や記事」は9割以上が、「研究者以外によって行われた、実務に関わる講演や演習」や「省庁や官民の調査機関が刊行する調査レポートや提言書」は8割以上が役に立つと答えている一方で、「アカデミックな書籍や論文」「学会・研究会での報告や大学での講義」は6割程度が役立つと感じているに過ぎないという結果でした。
この点は、前回明らかになった「学術的な知識は理解できるが、実務にはうまく落とし込めない」と答えた人事実務家の多さ(59.2%)とも関連するかもしれません。つまり、実務にうまく落とし込めるかどうかを念頭に、落とし込めるものから接するという行動の表れだと考えられるでしょう。この行動パターンは人の限定合理性(※2)から考えても真っ当な行動といえます。時間・情報処理能力や注意力が限られるため、「十分に良い解」を求めた結果、「研究論文を読むことは重要そうだ」けれど、「まず明日の採用面接のために、最新動向をチェックしよう」という必要に迫られた結果、実務に関わる「十分に良い解」を求めた行動を取ることになります。この行動は研究あるいは研究知を軽視しているのではなく、限定合理的に優先順位をつけた結果として研究/研究知が探索範囲から外れたとみることができます。
人事実務家は業務が多岐にわたることも多く、学習時間、理解コストや認知の負荷といった機会費用(特に、新たなものへの注意の機会費用)の発生を避けざるを得ない事情があるかもしれません。例えば、「論文を2時間読む」よりも「社員や採用候補者との面談に2時間費やす」ことが優先され(効率的とされ)るため、研究に触れることよりも、目前の実務を処理するメリットのほうが大きく見えます。その結果、合理的な判断として「研究に触れるのは後回し」になるのです。つまり、人事実務家は研究知の価値を認識していないから利用しないのではなく、限定合理性の下で実務課題への注意やリソース配分が優先されるため、研究知への探索行動(接触行動)が抑制されている、と考えるべきなのかもしれません。
まず、有用性を持つ人事「研究」だと感じてもらうことが重要?
前回、人事実務家の一定数が研究者との意見交換(いわゆる壁打ち相手)や、研究者からの協力、研究者や研究者によって生み出された知識(研究)との接点を求めていることが明らかになりました(第5回コラム図表4参照)。
図表3は人事実務家の研究(アカデミック)へのニーズと研究関連の媒体への接触頻度の相関関係を示したものです。妥当な結果であると言えますが、「アカデミックな人事研究にもっと触れたい」「実務上の問題を解決するために研究者の助けを借りたい」「実務上の問題について研究者と話す時間が欲しい」と考える人事実務家ほど、「アカデミックな書籍や論文」や「学会・研究会での報告や大学での講義」に触れる機会が多くなる傾向もみられました。
この分析は一時点データであるため、「アカデミックな人事研究にもっと触れたい」から「アカデミックな書籍や論文」を読むようになったのか、「学会・研究会での報告や大学での講義」に触れたことで「アカデミックな人事研究にもっと触れたい」と思うようになったのかといった因果関係を判別できない点には注意が必要です。ただ、アカデミックな知識への要望を持つ人事実務家と、研究/研究者との接点が増える可能性が示唆される結果といえます。
一方で、図表3では、「学術的な知識は理解できるが、実務にはうまく落とし込めない」「アカデミックな人事研究が有用だと思わない」と感じる人事実務家は「アカデミックな書籍や論文」や「学会・研究会での報告や大学での講義」に触れる機会が少ない傾向も示されています。この結果も因果が特定できないので、「アカデミックな人事研究が有用だと思わない」から「アカデミックな書籍や論文」を読まないのか、「アカデミックな書籍や論文」があまりにも実務からかけ離れているから、「学術的な知識は理解できるが、実務にはうまく落とし込めない」「アカデミックな人事研究が有用だと思わない」のかを、判断することはできません。しかし、裏を返すと、有用な人事「研究」であれば、アカデミアへの接触は開始あるいは維持できるという構図を想起させる結果ともいえます。つまり、研究者に求められるのは、人事実務家に「有用だ」と感じてもらえるような研究に接してもらうことだといえます。
実務家が研究を有用と感じない、あるいは利用しない理由として、人事実務家の限定合理性による制約(時間不足、アクセス困難など)に加えて、学術用語の難解さや実務との適合性への疑問が挙げられます。リサーチ・プラクティス・ギャップ研究においては、研究成果が実務家に使える形で翻訳されていない点が問題であるという指摘があります(Kougiannou & Ridgway、 2022など)。また、リサーチ・プラクティス・ギャップにおいて「実務家が研究を知らない」という単純な知識欠如だけでは説明できない点として、「知っていても導入できない」という実行ギャップや、「(研究者と実務家が)そもそも重視する問いが違う」という関心ギャップが存在することも指摘されています(Negt & Haunschild、 2025など。)
研究者たちは、上記の問題点を頭に入れながら、人事実務家が置かれた文脈や優先順位の構造を考慮する必要があります。これは(過度な)迎合を意図するものではないことを断った上での話ですが、両者の歩み寄りにおいて、研究者側がまずは「有用な研究である」と人事実務家に認知してもらう必要があると考えるべきでしょう。その意識を持ち、歩み寄りを進めるにつれて、研究/研究成果というある種の公共財がきちんと活用されることにつながるはずです。
今回は、人事実務家が触れる媒体やそれらに感じる有用性、研究/研究成果の活用に向けて意識するべき点などについての分析・考察を行いました。次回(第7回目)は、人事実務家が人事という仕事にどのように取り組んでいるかを紹介したいと思います。
脚注
※1:図表2の回答分布においては、各媒体において「全く触れたことがない」と回答した者を除いて分析しています。各媒体における対象者数は、各項目横のnを参照してください。
※2:限定合理性(Bounded Rationality)はハーバート・サイモンに端を発する概念です。人間が意思決定をする際、彼・彼女らの時間や情報処理能力などの制約により、完全な合理性を持った判断・行動はできず、限られた範囲内(時間、情報)でのみ合理的(といえる)行動を行うと概念です。
【参考文献】
Kougiannou, N. K., & Ridgway, M. (2022). How is human resource management research (not) helping practice? In defence of practical implications. Human Resource Management Journal, 32(2), 470-484.
Negt, P., & Haunschild, A. (2025). Exploring the gap between research and practice in human resource management (HRM): a scoping review and agenda for future research. Management Review Quarterly, 75(1), 837-879.
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- 田中 秀樹氏
- 同志社大学 政策学部/総合政策科学研究科 教授
たなか・ひでき/同志社大学文学部(現 社会学部教育文化学科)卒業、同志社大学総合政策科学研究科博士前期・後期課程修了。博士(政策科学)。青森公立大学講師、京都先端科学大学准教授、同志社大学准教授を経て、2024年より現職。現在の研究関心は、タレントマジメントを中心として、企業における人材開発と従業員のキャリア観(のギャップ)、人事部の役割など。近年の主な研究として、『日本企業の人材開発とキャリア自律 ―人材開発・キャリア形成に関する多角的視点から―』(共著、2026年、中央経済社)、“Self-Perceived Talent Status and Employees’ Outcomes: Role of the Organisational Justice in Japanese Learning Organisations”The Learning Organization(共著、2024年)、“Protection for the Self-Employed in Japan: Needs and Measures”International Journal of Comparative Labour Law and Industrial Relations(共著、2022年)など。
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