酒場学習論【第55回】
魅惑のカレー呑みと、人事面談を考える
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
今回は少し趣向を変えて、特定の酒場は取り上げません。テーマは「カレー呑み」です。
「カレー」とは実に不思議な食べ物です。カレーと聞けば誰もがインドが本場だと考えますが、インドではカレーと呼ばれる食べ物はみかけません。日本のカレーはイギリスから入ってきたといわれます。どこの家庭でも食べている固形ルーを使用したおなじみのカレーは、日本独自の食べ物です。欧風カレーと呼ばれるカレーのジャンルがありますが、これも日本独自のもので、欧州には存在しません。スリランカカレーと呼ばれるジャンルもありますが、スリランカ人は自国のカレーをそう称しません。
カレーの最も一般的な食べ方はカレーライスですが、カレーラーメン、カレーそば、カレーうどん、カレーパンなど、あらゆる炭水化物食と高相性です。さらに、炭水化物以外のあらゆる料理やスナック類にまでカレー風味のものが存在しています。このような食べ物はなかなかないと思います。さまざまな形やスタイルで、カレーはいたるところに存在しているのです。実に自由な食べ物ではありませんか。
そんなカレーで「呑む」世界が広がっています。私が実践する「カレー呑み」には、主に二つの系統があります。一つは「タレ」としてのカレーの活用です。各地の酒場で「カレーのルー」とか「カレーのあたま」といったメニューを目にします。ライスとセットにするのではなく、カレー単独でアテとして楽しむのです。具もありません。カレーの素晴らしさは、単独のアテだけでなく、万能の「タレ」としても役立つことです。特に揚げ物や野菜との相性は抜群です。秋田の名酒場「永楽食堂」にもカレールーのメニューがあり、いつも最初に注文して最後までタレとして利用します。立石の「ブンカ堂」、横須賀の「横須賀中央酒場」も「カレー呑み」ができる名酒場です。

カレー呑みで揚げ物を~永楽食堂@秋田
もう一つの「カレー呑み」の系統は、スパイスカレーと燗酒を合わせる呑み方です。横浜の「スパイスドランカーやぶや」、日本橋の「酒とスパイスマツコ」などはもはや専門店ですが、燗酒中心の酒場の多くがカレーを含むスパイス料理をアテに出しています。これが実に燗酒に合うのですが、なかでも生酛・山廃系や熟成酒、濁り酒などのややディープな燗酒が合うようです。未経験の方は、ぜひお試しください。
まさに万能なカレーですが、ジャンルも食べ方も食べ手が決める無限に広がる自由さがあるのです。こうでなければいけないという制約がないのが、カレーの魅力でもあります。

なみなみのカレーのルー~ブンカ堂@立石
さて、話は変わり、今回は「人事面談」について考えたいと思います。多くの企業が、何らかのかたちで人事面談を実施しています。キャリア研修と連動した人事面談や、新卒社員・中途入社者のオンボーディングを目的とした面談など、定例的に実施している企業もあれば、社員からの希望に応じて随時相談を受け付けている企業もあるでしょう。キャリア相談、健康相談、メンタル相談など、テーマ別の相談窓口を充実させている企業もあります。いろいろと工夫しても、面談の利用が少ないと嘆く声も聞きます。人事部に相談するのはハードルが高いと感じるのでしょうか。
近年では多くの企業が、社員のキャリア支援に力を入れており、社内キャリアコンサルタントを配置して、キャリア相談を充実させている企業も増えています。しかし、かなりの大企業でない限り、なかなかキャリア支援専門の組織を作るわけにいきません。多くの企業では、人事部員が一生懸命に学習し、国家資格キャリアコンサルタントを取得した上で、人事の仕事の傍らでキャリアコンサルタントとしてキャリア面談をしている実態があります。
私はキャリアコンサルタントの指導も行っていますが、「『人事としての面談』と『キャリアコンサルタントとしての面談』をどう使い分ければよいのでしょうか」と、たびたび質問されます。人事としての面談は、原則的に面談結果を人事部内で共有し、面談相手個人の支援に留まらず、組織としても活かすことが求められます。それに対して、キャリアコンサルタントとしての面談は、あくまでも面談相手の支援が中心です。国家資格キャリアコンサルタントには、有資格者としての倫理綱領と職業能力開発促進法によって厳格な守秘義務が課せられています。つまり面談結果を、上司を含めた組織にそのまま報告できません。国家資格を取得した真面目な人事部員は、このはざまで考えてしまうのです。
人事部とキャリア支援組織を別組織にすれば、ある程度この問題は解決します。面談の入り口で面談の位置づけと守秘義務のルールが明示されるからです。利用者が区別して使用すればよい、ということです。
しかし、もっと緩やかで実用的なやり方はないものでしょうか。カレーのように面談を自由に考えられないものでしょうか。面談を型にはまったもの、つまり確立された料理ジャンルのように捉える必要はありません。廊下やエレベーターでのちょっとした立ち話も、席についているところで「ちょっといいですか」と始まる対話も、すべて立派な面談です。人事部員が社員と、社員のために行う対話は、すべて面談だと考えていいのではないでしょうか。別にキャリア面談と位置付けなくても、キャリアの話になってもいいわけです。面談ジャンルごとに細分化するのではなく、社内中で自由に生まれる世界を目指すのです。

竹鶴の燗にあわせます~室見富永@江古田
もちろん守秘義務は重要です。しかし、これも難しくは考えず、面談で聴いたことについて自分以外に開示していいかどうかを相談者に最後に確認すればよいと思います。中には相談者が自己理解を深めるだけでは解決に近づかないテーマもあります。上司や組織を動かした方がよいテーマもあります。開示対象は相談者に選んでもらうのです。
また、開示を希望しない面談でも、相談者が特定されない形で組織課題として検討することが可能です。人事部は日常から社員との面談を増やし、社内で何が起こっているのかを徹底的に把握することが大切です。国家資格キャリアコンサルタント取得で学んださまざまな態度やスキルは間違いなく、それに活きてきます。
私がいる企業の人事部では「日本一ハードルが低い人事部」をスローガンとして提示しています。カレーのように自由に組織中に面談文化を根付かせましょう。

実に燗酒にあうスパイスカレー~酒とスパイスマツコ@日本橋
- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
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