酒場学習論【第53回】
「観光客であるな、巡礼者であれ」
~やはり酒場は学びにあふれている
株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
田中 潤さん

古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
「あなたが変われば 人が変わる 組織が変わる」。立教大学の中原淳先生が担当する、慶応丸の内シティキャンパスの「ラーニングイノベーション論」のキャッチフレーズです。戦略人事の基礎知識や企業内人材育成のトレンドなどを学ぶ講座で、文字通りラーニングイノベーターとして活躍できる人材を毎年排出しています。今年、第17期生が卒業しましたが、私は1期生として、随分昔に参加しました。2社目に転職した直後に受講したこともあり、新しい組織で何をなすべきかを考える非常に良い機会となったことを記憶しています。多くの仲間もできました。
ラーニングイノベーション論の第1期生から第17期生までに声をかけた、アラムナイ合宿が先月末に箱根で開催されました。合宿のテーマは「愛」で、40人以上が集まりました。土曜の夕方近くに集合し、すぐに全員で1本の映画を観ました。平和活動家であり、エコロジー思想家、教育者でもあるサティシュ・クマール(Satish Kumar)の「ラディカル・ラブ」です。
映像に集中しながら、内容をそれぞれが自分なりに咀嚼して解釈します。普通の学びの合宿ですと、映画を観た後はグループに分かれてリフレクションでもやるところでしょう。しかし、この合宿は違いました。すぐに会食が始まったのです。3時間飲み放題の単なる会食です。
各々が身近なテーブルに着きます。誰も仕切らず、何も企画しません。実はそれ自体が企画なのです。各テーブルで自然に自己紹介が始まります。テーブルを移動しながら、多くの人と交流します。私は知っている人が多い方だったと思いますが、それでも7割以上は「はじめまして」の人でした。
9時を超えると宿泊施設からの飲食の提供は途絶えますが、その後も宴は続きます。参加者それぞれがたくさんのドリンクとフードを持ち込んでいます。さすが研修運営にたけた人たちの集団です。ビジネスについて情報交換したり、共通の知人の話題になったり、「ラディカル・ラブ」の解釈になったりと、実に多様です。
宴は午前3時過ぎまで続きました。9時間も対話し続けたのです。まさにそこは良質の「酒場」でした。アルコールという媒体が関係性を強化する学びの「場」だったのです。そこは、眠るのがもったいないほどに魅力的で温かい場でした。
映画「ラディカル・ラブ」の中で、私が最も印象に残ったのは、「観光客であるな、巡礼者であれ(Don't be a tourist, be a pilgrim.)」という言葉です。観光客は、人気のスポットを巡り、表面的に景色を眺め、観光というサービスを消費する受動的な存在です。それに対して巡礼者は、すべてのプロセスに主体的に意味を見いだし、出会いや困難からも謙虚に学び続ける存在です。観光客的なスタンスでいると、相手が何をしてくれるのかに関心が向き、それが期待通りでなければ不満をぶつける行動に出ます。期待通りのサービスでないと満足せず、時にクレームすら入れます。

横丁は巡礼呑みのためにあるとも言えます。仙台の「文化横丁」。
本連載は「酒場学習論」ですから、酒場巡りに例えてみましょう。観光客的な酒場巡りは、事前に入念に調査して、飲食店サイトの点数の高い店を巡り、訪れた酒場が期待通りでなければ容赦なく否定的なコメントを投稿するような人たちです。評価者的な視点で酒場を見ています。
これに対して、巡礼者的な酒場巡りは、酒場のある街に自らの身を置き、狭い目的意識を持たずに街を巡り、気になった酒場に入り、酒場の空気感を楽しみます。まさに「酒場浴」をするようにはしご酒をします。酒場を巡るというプロセス自体を楽しむのです。当事者として酒場を楽しむのです。

京都各地にある「会館」は、巡礼者呑みに最適です。こちらは「四富会館」。
次に企業人事的な目線で見てみましょう。観光客的な社員は、会社を給料を受け取る場所としてとらえ、上司の対応や人事制度が気に入らないとクレームをつけます。「会社は自分に何をもたらしてくれるのか」を中心に考えている人たちです。
これに対して、巡礼者的な社員は、何かを与えてもらうことを求めるのではなく、自らが主体的に仕事に取り組み、内省を繰り返し、探求を続け、その結果として自己変容と自己成長を手に入れることができる社員です。プロフェッショナル社員やキャリア自律という概念ともつながるものがあります。

一番好きな風景、西荻窪駅南口。珍味亭と戎の看板が巡礼者を誘います。
観光客的に生きるか、巡礼者的に生きるか。これはそれぞれの選択です。私は年間200軒以上の新規酒場開拓を毎年続けていますが、ほとんど酒場選びに失敗したことはありません。「良い酒場選びのコツは何ですか?」とよく聞かれるのですが、上手に答えられずにいました。もしかすると、その答えは「私が巡礼者的に酒場を巡っているから」なのかもしれません。プロセス自体を楽しむ巡礼者呑みにとっては、酒場に「あたり」や「はずれ」といった概念は自然と存在しなくなるのです。そして、巡礼者的に巡る酒場は学びにあふれています。

広島駅の西側にある「エキニシ」エリア。ここも巡礼呑みには最適の場です。
- 田中 潤
- 株式会社Jストリーム 管理本部 副本部長 兼 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、キャリアカウンセリング協会gcdfトレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
- 参考になった
- 共感できる
- 実践したい
- 考えさせられる
- 理解しやすい
この記事を読んだ人におすすめ
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
無料会員登録
コメント投稿には『日本の人事部』への会員登録が必要です。(リアクションは登録なしで利用できます)
無料会員登録
『日本の人事部』への会員登録が必要です。