人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ【第5回】
人事実務家の研究への視点・関わり方
同志社大学 政策学部/総合政策科学研究科 教授
田中 秀樹氏

同じ人事管理という領域に対峙しているにもかかわらず、研究者と実務家の関心になぜギャップが生じるのか――。そんな問題意識から、『日本の人事部』と神戸大学 江夏幾多郎氏、同志社大学 田中秀樹氏、南山大学 余合淳氏が人事実務家を対象とした共同調査を実施。その結果から、日々の経験・関心・学びはどのように人事実務家の知見を育て、仕事に役立っているのか、実務家は研究にどう接すればいいのかを明らかにしていきます。
実務家は「学術知を理解すること」に対して重要性を感じているのか
これまでは、研究者の視点(第2回)、研究者と実務家の関心(第3回)、研究と実務のズレ(第4回)といった視点でそれぞれの議論について整理してきました。今回は、実務家の関心・学びを中心に、実際のデータも示しながら、それらがどのようなものであるのかについて紹介したいと思います。『日本の人事部』と我々(江夏、余合、田中)の共同調査結果(以下、「共同調査」と示します)も紹介します(当該調査に回答していただいた方もたくさんいらっしゃるかと思います。この場を借りて御礼申し上げます)。
第3回でも紹介されているように、実務家の関心は研究者の関心と乖離していました。研究者たちの関心は想定的に変動しているものの、実務家は処遇問題に強い関心を持ち続けてきました。また、第4回では「ギャップを活かす」ことが挙げられており、実務家が学術知に対して「使えるものかどうかの判断」をすることも必要であることが示されています。そもそも実務家は「学術知に対して重要性を感じている」のでしょうか。
上記の問題意識を糸口にして、共同調査結果から分かったことを紹介します。共同調査では472名から回答を得ました。そのうち、436名が人事担当者でした(※1、※2)。ここでは人事担当者に絞って分析した結果を紹介します。
まず、図表1は、学術語・概念の理解が「人事の実務」においてどの程度重要だと考えているかについての分布です。分布を見ると、「どちらともいえない」(36%)が最も多いですが、「重要と考える」実務家(「重要だ」「どちらかと言えば重要だ」の合計:47.5%)が半数近くを占めました。つまり、実務家は学術語・概念を理解することが重要であると考える傾向があるといえます。
実務家はどの学術知を「理解している」「理解していない」と感じているのか
実務家は学術知の重要性を感じていることが分かりました。では、実務家は学術知についてどの程度理解しているのでしょうか。図表2は実務家に対して「人事の研究の概念をどの程度知っているか」を尋ね、「理解している」(=「とても詳しい」「ある程度詳しい」と回答)との答えが相対的に多く見られた学術語・概念を挙げたものです。
回答者の半数以上が「理解している」と答えた学術語・概念として、「内発的動機づけ」(64%)、「成果主義」(61.9%)と「キャリア・アンカー」(50%)が挙げられます。「成果主義」は学際的なとらえ方がなされやすい概念ですが、「内発的動機づけ」と「キャリア・アンカー」はいわゆる組織行動論に含まれる概念です(※3)。
一方で、「理解している」との回答が1割に満たない学術語・概念もありました。図表3にある「労働疎外」(9.2%)、「重層型昇進構造モデル」(9.9%)、「コスモポリタンとローカル」(9.6%)です。
前節の図表1と合わせて考えると、実務家は「学術知の重要性」は比較的感じていますが、当然ながら、それぞれの「学術語・概念の理解度」についてはバラつきがありそうだといえます(研究者においても、専門によって同様の状況が十分に起こり得ます)。ただし、「理解している/理解していない」という点はそれほど重要ではないといえます。なぜなら、実務家の人事業務の内容や経験、そしてそれまでの教育・学習によって、学術知の理解にバラつきがあるのは当然だからです。
もちろん、実務を進める上で学術知も含むさまざまな知識を持ち合わせている方が、意思決定における武器として活用できる場面は増えるかもしれません(逆に、情報過多による意思決定の停滞をもたらすこともあるかもしれませんが)。そして、我々研究者の中にも、「学術知をもっと活用してもらえれば」と考えている者が一定数いるはずです(少なくとも、我々はそう考えています)。しかし、そもそも実務家は研究者や学術知に対してどのようなニーズを持っているのでしょうか。
実務家がアカデミックに対して持っている「ニーズ」はどのようなものなのか
図表4は、実務家が持つアカデミックへのニーズについて分析した結果です。「アカデミックな人事研究が有用だと思わない」実務家は少数(9.2%)で、57.8%の実務家は有用であると考えていることが分かります。また、研究者との対話を求めている実務家(47%)、研究者の助けを求めている実務家(39.3%)も少なからずいることが分かります。研究者との意見交換、いわゆる壁打ち相手として研究者に協力してほしいというニーズがあることがうかがい知れる結果といえるのではないでしょうか。
そして、アカデミックな人事研究にもっと触れたいと考える実務家(「当てはまる」「どちらかと言えば当てはまる」を選択した者)は61.7%も存在しました(図表4)(この結果はアカデミックな生産活動を行う研究者としてはうれしい結果といえます)。これらの結果から、人事の実務家の一定数は研究者や研究者が生み出す知識(研究)との接点を求めていることが分かります。
しかし、留意するべき結果も示されました(図表5)。「学術的な知識は理解できるが、実務にはうまく落とし込めない」と答えた実務家が59.2%もいました。第4回でも指摘されていた点につながりますが、研究者は実務的関心が強い、あるいは実務的に活用できるような研究知を生み出す必要があるのかもしれません。また、学術知の抽象度を下げて、伝わりやすくする必要もあるかもしれません(一方で、実務家が「実務現象の抽象度を上げる」必要もあるでしょう)。
人事実務家と学術知(研究)との相乗効果に向けて
今回は、実務家が学術知に対してどのように感じているか・考えているかを中心にデータを概観しました。今回、人事実務家にとって学術知(研究)は重要であり、彼・彼女らの中には研究者との関わりを求める人も相当数存在することが分かりました。一方で、人事実務家が理解している学術知とそうではない学術知のバラつきがあること、そして、学術知が実務にうまく落とし込めないと考える人事実務家が多いことも明らかになりました。この状況を踏まえると、人事実務家・研究者の双方が歩み寄り協力することが求められるといえるでしょう。
その中で、人事実務家には、第4回で触れられていた「実務家が直面する現場に使えるかどうか」という判断(吟味)も求められます。そこで重要になってくるのは「学習」です。次回は、人事実務家の学習について考えてみたいと思います。
【脚注】
※1 アンケートでは、属性について「人事担当者」「人事コンサルタント」「研究者」あるいは「上記いずれにも該当しない」の中から自身にあてはまるものを選んでもらいました(複数回答可)。今回は「人事担当者」を選択した436名に絞って分析した結果を紹介します。なお、ここでの「人事担当者」とは「自組織における人事の枠組みを設計したり、現場での運用を支援したりする」者と定義しています。複数回答項目であるため、「人事担当者をしながらコンサルタントでもある者」や「人事担当者でありながら研究者でもある者」も多少含まれます。
※2 回答者(今回の分析対象である436名)の主な属性分布は以下の通りです。年齢は、40~44歳(74名)、45~49歳(78名)、50~54歳(78名)、55~59歳(48名)で約64%を占めており、40歳代・50歳代が多いです。性別は、男性が277名(63.5%)、女性が156名(35.8%)でした(「答えたくない」が3名)。役職は、部長クラス以下が86%を占めており、次長・課長クラス(116名:26.6%)、主任・係長クラス(91名、20.9%)、一般社員クラス(77名:17.7%)という分布でした。人事業務の経験年数は、回答者の3分の2(66%)が「3年以上20年未満」の経験年数に分布していました(3年未満は13%、20年以上は21%)。
※3 組織行動論については、人事用語辞典「HRペディア」を参照してください。
https://jinjibu.jp/keyword/detl/1363/
※4 「労働疎外」とは、資本主義社会において労働者は自らのためではなく資本家のために働かされている状況(つまり、疎外された労働)に陥ってしまって、労働者の人間性が奪われるという主張です(マルクスなどが主張しました)。「重層型昇進構造モデル」とは、企業の昇進選抜は(1)一律年功→(2)昇進スピード競争→(3)トーナメント型競争という三つの側面からなる「重層型」といえる昇進構造をモデル化したものです(今田・平田、1995)。「コスモポリタンとローカル」とは、個人の帰属意識や価値観の拠り所を分類する概念で、コスモポリタンは専門職志向、ローカルは組織人志向といった分類がされます。
【参考文献】
今田幸子・平田周一(1995)『ホワイトカラーの昇進構造』日本労働研究機構
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- 田中 秀樹氏
- 同志社大学 政策学部/総合政策科学研究科 教授
たなか・ひでき/同志社大学文学部(現 社会学部教育文化学科)卒業、同志社大学総合政策科学研究科博士前期・後期課程修了。博士(政策科学)。青森公立大学講師、京都先端科学大学准教授、同志社大学准教授を経て、2024年より現職。現在の研究関心は、タレントマジメントを中心として、企業における人材開発と従業員のキャリア観(のギャップ)、人事部の役割など。近年の主な研究として、『日本企業の人材開発とキャリア自律 ―人材開発・キャリア形成に関する多角的視点から―』(共著、2026年、中央経済社)、“Self-Perceived Talent Status and Employees’ Outcomes: Role of the Organisational Justice in Japanese Learning Organisations”The Learning Organization(共著、2024年)、“Protection for the Self-Employed in Japan: Needs and Measures”International Journal of Comparative Labour Law and Industrial Relations(共著、2022年)など。
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