人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ【第4回】
ギャップを埋める、ギャップを活かす
南山大学 経営学部 准教授
余合 淳氏

同じ人事管理という領域に対峙しているにもかかわらず、研究者と実務家の関心になぜギャップが生じるのか――。そんな問題意識から、『日本の人事部』と神戸大学 江夏幾多郎氏、同志社大学 田中秀樹氏、南山大学 余合淳氏が人事実務家を対象とした共同調査を実施。その結果から、日々の経験・関心・学びはどのように人事実務家の知見を育て、仕事に役立っているのか、実務家は研究にどう接すればいいのかを明らかにしていきます。
研究と実務のズレをどう理解するとよいか
前回は、実際のデータを紹介しながら、人事管理における研究者と実務家のそれぞれの関心の推移をご紹介しました。今回は、そうしたズレに私たちがどう向き合うべきかについて、見解を述べたいと思います。書籍(※)で言えば終章の内容をベースに少し独自の見解を加えたものですので、必要に応じて参照いただければ幸いです。
人事管理の研究と実務の異同についてまとめてみると、おおよそ次のようなものでした。前期(1971~1987年)は、研究者は生産現場の労働疎外や小集団活動、年功的な賃金や定年制への関心が強く、実務家は賃金水準の相場、報酬制度、福利厚生や保険料、定年にまつわる退職金、年金、雇用延長、労働災害や懲戒解雇の手順などに関心を寄せました。
中期(1988~2003年)は、研究者はキャリア形成、モチベーションやコミットメント、国際化、そしてホワイトカラーを中心とした昇進や女性雇用に、実務家は前期からの関心を継続しつつ、海外駐在、休暇や休業の適用、定年前後の雇用管理に関心を寄せました。
そして後期(2004~2020年)は、研究者では戦略的視点からホワイトカラーの業績・報酬管理、学習メカニズムやキャリア形成、非正規雇用に代表される多様な雇用の在り方に、実務家では戦略的な人事制度の事例、メンタルヘルスや新入社員への対応、職種や役職ごとの賃金水準の多様性に関心が集まりました。
単語レベルで概観してみても、現象に対する粒度が異なることが分かります。研究者は現象を整理して一般化したり、実証結果を踏まえてモデルを構築したりするため、比較的抽象度が高くなり、逆に実務上は個々に直面している状況に対して「使える知識」ではないので、法対応や具体的な賃金の算定方法など、具体的なノウハウが重視されています。つまり、同じ現象やトレンドに関心を寄せつつも(例えば成果主義や戦略的な人事など)、知りたいことが異なるというズレがあるわけです。
それぞれが関心を広げてみる――ギャップを埋める
一方、研究者の方が関心の強いトピックとして職場の業務プロセス、従業員の能力やキャリア開発、非典型雇用の在り方などがあり、逆に実務家の関心が強いものとして従業員の安全衛生や不利益提示、法律への対応などがあります。この辺りはそもそもお互いのテーマについて大きな関心を寄せていないわけですから、ある種の食わず嫌いをやめて、相互にテーマを深堀することで研究と実務の間のズレは解消できるかもしれません。
例えば賃金や賞与に代表される従業員個人の企業への貢献に連動した労働費用や、福利厚生、各種手当が従業員にどのような影響を及ぼすのか、企業の不利益変更が従業員にどのように受け止められ、どのような利害調整や合意形成が行われているか、ある法律の改正への対応が人事制度の変更にどのようなインパクトがあるか、といった具体性の高い研究テーマは、具体的なノウハウを知りたい実務家のニーズに近い可能性があります。
また実務家にとっても、自身の所属する組織や環境から少し離れてみて、一度俯瞰的、一般的な現象を見つめながら、再度実務への応用を検討するという学術的な知識への接触を試みるとよいかもしれません。
具体的なトピックとしては、実在する人事管理やそれを取り巻く状況、そして人事に関する業績との間の因果関係やメカニズム、例えば人事制度と制度の間の関係性や人事施策の目的と運用の差、効率性や公正性といった結果に関する検証などです。さらに、「そもそも人事管理とは」といった、日常的に当然視しているかもしれないやや抽象的な問いにじっくりと向き合うことは、遠回りに見えても実務へのヒントをくれるきっかけになるかもしれません。
実務家の研究との向き合い方、研究者の実務との向き合い方――ギャップを活かす
もちろん、このコラムでも紹介してきたような、内部労働市場論、人的資本論、戦略的人的資源管理論など、特定の理論やエビデンスに関する知見を得ることも重要ではありますが、実際にはその理論を支持するエビデンスも、反証するエビデンスもあり得るため、「正解」が得られるとは限りません。
例えば著名な研究者が提唱する理論や優良企業の事例が、実務家が直面する現場に本当に「使える」ものかどうかは、皆さんが吟味しなければならないものです。与えられた理論や事例を実務家が当然視してしまうのではなく、種々の理論やエビデンスを取捨選択しながら、実践の場で検証することを通じて修正したり、新しいものを創出したりするような試みが重要です。当然そうした知見は研究者に対してもインパクトを与えますし、その研究分野の更なる発展を促す可能性があります。
実務家は自らが直面し経験してきた現象について、抽象度を上げながら原理原則まで突き詰めてみる。研究者は厳密さを担保しつつも、実務的関心の強い具体的な施策につながるような研究テーマに足を踏み出す。経営学は古来、科学的管理法のテイラー、組織の定義で有名なバーナードなど、実務家が大きな影響力をもってきた研究領域です。研究と実務のギャップが、双方にとって人事管理の本質を見つめ直すよいきっかけになることを願っています。
【脚注】
※1
江夏幾多郎・田中秀樹・余合淳 (2024).『人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ―日本における関心の分化と架橋』有斐閣.
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- 余合 淳氏
- 南山大学 経営学部 准教授
よごう・あつし/神戸大学大学院 経営学研究科 博士後期課程、岡山大学大学院 社会文化科学研究科 准教授、名古屋市立大学大学院 経済学研究科 准教授を経て、現職。現在の研究関心は、働き方の人事施策の効果と従業員知覚への影響、専門職女性のキャリアと就業継続など。主な論文に「歯科衛生士の就業継続」(『キャリアデザイン研究』・共著)、「働き方の人事管理と従業員の受け止め方」(安藤史江編著『変わろうとする組織 変わりゆく働く女性たち』晃洋書房)。
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