大阪大学 中川功一先生の人事が知っておきたい「やさしい経営学」
【第2回】会社はなぜお金を稼ぐのか?
経営学の一丁目一番地
大阪大学大学院 経済研究科 准教授
中川 功一
近年「戦略人事」の重要性が叫ばれていますが、実現するためには、人事パーソンが人事業務だけでなく「経営」や「ビジネス」にも通じていなければなりません。しかし「学ばなければ」と思っていても「何から始めればいいのかわからない」「ちょっと難しそう」と戸惑っている方も多いのではないでしょうか。経営をどのように捉えて理解し、戦略人事につなげていくのか――。イノベーションと経営戦略を専門とする、大阪大学 中川功一先生が、人事パーソンが知っておくべき「経営学」の基本をわかりやすく解説します。
いよいよ今回から本格的に経営学の講義をスタートしますが、まずは「お金を稼ぐとはどういうことなのか」という、根本的なところから始めていきたいと思います。
私は、社会人教育の一丁目一番地は「ビジネスとは何か」「お金を稼ぐとは何か」を正しく理解することにあると信じて疑いません。お金を稼ぐことに対する間違った認識は、それが是正されるまで、キャリアに甚大な悪影響をもたらし続けるからです。私の大学の講義も、第1回はこれをグループワークで考えてもらうことから始まりますし、YouTubeで1本目に撮影したのも、このテーマでした(今より10kgも太い、メタボな中川が見られます!)。
企業経営とは、お金を稼ぐこと。これを忌避しようとする傾向が、社会には広く存在します。しかし、お金をもらわないボランティアでは、仕事は続かないのです。
アフリカの人々を苦しめる重大な疾病を防ぐためにワクチンを届けたい、と考えたとします。寄付を募り、ボランティアで行ったなら、数万、数千、あるいは数百人分のワクチンを一度届けて終わりです。しかし、ビジネスとして利益を上げ、食い扶持を稼ぎながら毎年数万人の人に届けることができれば、長期的に数十万、数百万の人を救うことができます。より効率的な方法、より安く届けられる方法を編み出すことができれば、多くの人にワクチンを届けることができるのです。
これが、経営するということの基本です。
売上とは何を意味するのか
今一歩、理屈で考えてみましょう。顧客に製品・サービスを届けることは、本質的に、その人の人生に新しい価値を届けることにほかなりません。ジュースや服を売るのも、髪を切ってあげるのも、ワクチンを送るのも、どれもが顧客に価値を届けている、顧客の役に立っている活動なわけです。私はよく「事業とは、誰かをより幸せにすること」という表現を使います。
そして、誰かを以前より幸せにしたことに対する対価として支払われるものがお金です。顧客は、150円の価値があると思うからペットボトル飲料を買い、1500円の価値を感じてヘアカットをしてもらい、150万円の価値があると思うからクルマを買う。顧客に与えた価値を金銭として計算したものが「価格」であり、その価値を人の手に届けた数が「顧客数」です。売上とは、「どれだけ価値のあるものを、どれだけ多くの人に届けられたか」を測るバロメーターなわけです。
- 売上 = 価格 × 販売数量
- 事業が社会にどれだけ価値を生んだか = モノ・サービスの価値 × 届けられた数
さらにここで強調したいのは、ボランティア活動で社会課題を解決しようとすることは、時として、本人が思っている以上に社会にダメージを与えかねない、ということです。無償で顧客に奉仕する人がいるとき、同じことを対価をもらって実践している人の事業経営は、苦しくなってしまいます。誰だって、タダでもらえるほうを選びますから。ビジネスとして成立させようとしている、すなわち、参加する人たちの食い扶持を稼ぎながらサステナブルな事業を構築しようとする試みを、無償奉仕は駆逐してしまう可能性があるのです。
私はなにもボランティアが悪だと言っているのではありません。対価を得て事業活動を行うことで、ものごとは循環可能なサステナブルなものになることをお伝えしたいのです。
稼いだお金は、誰にどう配分されるか
稼いだ売上が、何にどう配分されてゆくかを、見ていきましょう。まず、労務を提供してくれた人たちへの対価が、費用として支払われます。従業員には、会社のために働いてくれた労務への対価として「人件費」。価値ある財・サービスを作るために原材料を用意してくれた会社には「原材料費」。設備を提供してくれた会社には「設備投資費」。場所を貸してくれた会社には「土地・事務所代」。発生する費用のすべては、誰かの協力に対する対価なわけです。
こうして労務などの具体的協力への対価を費用として払った残りが、「利益」になります。この利益は、会社の経営を預かる側の人たちで配分されます。事業を行うために出資してくれた株主に対して払われる対価は「配当」。多数の人々との関係を上手にオーガナイズし、事業を成功に導こうと奮闘する人に対して払われる対価は「経営者報酬」(ここまで書けば、経営者報酬が飛びぬけて大きい理由もうなずけますね。とっても大変な仕事です)。最後に、事業活動のための法制度やインフラの整備、生活基盤を作ってくれている政府への対価として「税金」を納めて配分完了です。
配分を行った残りは、内部留保として会社の中に留め置かれます。これは、事業活動を安定的に発展させるためのお金です。会社の事業をさらに拡大したり、不測の事態のときに機動的に出動したりするための資金として使われます。
かくして、事業をする、事業でお金を稼ぐということは、社会のために価値ある財・サービスを提供し、それを通じて協力者全員に明日の糧としての報酬を支払っていくこと、ということができるのです。
お金を稼ぐということの大切さを、あらためてご理解いただけましたでしょうか?
お金を稼ぐことが、正しいことであり続けるために
ただし、上記の話が成立するのは、消費者に価値あるものを届けて売上を稼ぎ、「それが皆に適正に配分される」ことを前提としています。いらないものを無理やり売り付けたり、本当はそれほど価値のないものを高値で売り付けたりすることは、経済を壊してしまう活動です。そのような活動をする企業が増えたら、お金を媒介とした社会の生産の循環がおかしくなってしまいます。
また、従業員に正当な対価を払わなかったり、取引先に適切な金額を払わなかったり、あるいは社会に汚染物質を垂れ流してしまったりすれば、企業が存続できる器である社会のほうが保ちません。
金を稼ぐことが正しいこととして皆に受け入れられ、現代社会の重要な仕組みであり続けるために、企業には、金の稼ぎ方と配分において規範ある経営を行うことが強く求められます。仕組みとして導入することや、個人の職務で倫理観や人間性の回復をはかることが大切です。
新入社員の社会人としての基礎をつくっていくのは人事ですが、ぜひ今回の話を最も大切なことの一つとして、教育の中に取り入れてください。また、仕組みや制度の中にも埋め込んでほしいと思います。稼ぐことの正しい意味。そして、それが正しくあるための制度整備と規範教育。ちゃんと言葉にして伝えなければ、従業員の皆さんには伝わりませんね。
あなたの会社の基盤を整え、皆が変な誤解をせずに会社の中で働いていけるようにするために。私はやはり、お金を稼ぐこと、事業を営むことがどういうことなのかを共有することが、ビジネスパーソン教育の一丁目一番地だと信じて疑わないのです。
- 中川 功一
大阪大学大学院 経済研究科 准教授
なかがわ・こういち/大阪大学を拠点に、広く志ある方にイノベーションの必要性と技法を伝え広める。YouTubeチャンネル「中川先生のやさしいビジネス研究」毎週火・木・土に配信中。経済学博士(2009年東京大学)。主な業績:Innovation in VUCA world (2017).著書:変革に挑戦する人に贈る研究書『戦略硬直化のスパイラル』