「積み上げ型」キャリアで「HRテクノロジー」業界にたどり着いた
AI時代のHRに必要なのは「問い」の力
タレンタ株式会社 代表取締役社長兼COO
田中 義紀さん

「自分の成長」だけを追い求めた20代の「勘違い」。キャリアの岐路で自らに問い続けた末に見つけた「HR」という天職。人材マネジメント・人材育成に関するクラウド型製品とサービスを提供する、タレンタ株式会社 代表取締役社長兼COOの田中義紀さんは、自らの歩みを「逆算型ではなく積み上げ型」と語ります。華々しい経歴の裏にあった「修羅場」と、そこから得た学びとは何でしょうか。そして、生成AIがHRの常識を変えつつある今、ビジネスパーソンが持つべき「問い」の力とは――。
- 田中 義紀さん
- タレンタ株式会社 代表取締役社長兼COO
たなか・よしのり/外資系IT企業複数社を経てタレンタ株式会社に参画。2010年よりHR領域に特化し、業務効率化や高度化を狙った最先端HRテクノロジーの発掘や心理学の知見を活用した適用手法を開発しサービスとして展開している。慶應義塾大学院理工学研究科管理工学専攻修了。1994年東京箱根間往復大学駅伝競走メンバー。
「効率化」と「心理学」への探求心
どんな学生時代を過ごしていましたか。
高校から陸上競技を始め、箱根駅伝に出たいという思いと、指定校推薦の枠にあった管理工学という分野への興味が大学選択の軸でした。大学院まで進みましたが、学部時代は授業と陸上競技、大学院では研究をしながら夜更かししたり、バイトをしたり、学部時代の反動が出た生活を送っていました。
私が専攻したのは、数学的な手法を用いて世の中の課題解決を目指す「オペレーションズ・リサーチ」という学問領域です。例えば、制約条件の中で目的関数を最大化・最小化する「最適化計画」などを扱います。
元々、高校時代から数学や物理、歴史など幅広い分野に興味がありました。物理学者になって宇宙について研究したいという夢もありましたが、物理の難しさに直面し断念しました。一方で、得意な数学を生かせ、文系と理系の境界領域にあるような生産性や効率化といったテーマに面白みを感じ、この道を選びました。
当時学んだことで、現在のHRテクノロジーの仕事につながっていることはありますか。
当時は意識していませんでしたが、今になって関連性を感じることは多いですね。例えば、管理工学の基礎として、工場のライン生産における動作分析や、人間工学といった効率化の手法を学びました。また、授業では産業心理学や統計学、さらには当時のAIアルゴリズムなども学んでいました。
HRの領域で今、「人が大事だ」と言われるとき、かつて学んだ心理学の知見が役立つし、「ピープルアナリティクス」はまさに統計学の世界です。また経営そのものが、最適化計画と実践の繰り返しでもあります。さまざまなことが、時を経て結びついてきていると感じます。
学生時代から「学ぶこと」自体が好きだったのですね。
そうですね、勉強は昔から好きでした。特に大学2年生以降、専門分野の演習が始まってからは、興味がある領域だったこともあり、とても楽しく学ぶことができました。
「学ぶことが好き」という姿勢は今も変わりません。コロナ禍では通勤時間がなくなり、1日1時間半ほどの時間が生まれました。その時間を使って、学生時代にあきらめた物理学や、興味のあった歴史、哲学などをYouTubeなどのコンテンツで学び直しました。最近になってようやく相対性理論の概要がつかめてきたりしました。こうした一見仕事とは関係のない学びが、巡り巡って仕事のヒントになるのではないかと模索しているところです。例えば、「なぜ日米の人材マネジメントはこれほど異なるのか」という疑問に対する答えを日米の「歴史」から探る、といった具合です。
私のこうした特性もあってか、当社には知的好奇心が旺盛で、学ぶことが好きなメンバーが集まってきているように感じます。
20代の「勘違い」と「貢献」に目覚めた修羅場
大学院修了後、日本オラクルに入社されます。IT業界を選ばれた理由をお聞かせください。
学生時代に研究していた生産性や効率化というテーマに、ITはまさしく直結すると考えたからです。当時はまだ珍しかった外資系企業を選んだのは、年功序列や終身雇用といった日本的な働き方になじまないだろうと感じていたから。将来性があり、ここで経験を積めば食いっぱぐれることはないだろう、という考えもありました。
オラクルでは、セールスやERP(統合基幹業務システム)の会計モジュールのプリセールス(技術営業職)を経験しました。財務会計や買掛・売掛管理などの仕組みをお客さまに提案し、デモンストレーションを行う仕事です。6年間在籍しました。
オラクルで6年、日本ヒューレット・パッカードでも6年、経験を積まれます。12年間のキャリアで、転機となった出来事はありましたか。
大きな転機は、オラクル在籍時の20代後半に訪れた「気づき」です。入社して数年間、私は大きな「勘違い」をしていました。自分自身の「成長」とは何か、という問いに対して、「知識をたくさん得て、うまく説明できるようになること」だと定義してしまっていたのです。若かったこともあり、組織への貢献や会社からの評価といったことへの関心が希薄でした。自分の成長だけに意識が向きすぎていたわけです。
しかし次第に、同期入社のメンバーと差がついていると感じるようになりました。同期たちが「修羅場経験」を積みながら、懸命に会社に貢献し、結果を出していたからです。その姿を見て、自分も結果を出さなければならない、組織に貢献しなければならないと、強く意識するようになりました。
ただ、オラクルでの自分の役割はプリセールスであり、プロダクトの採用が決まったら、後の導入はビジネスパートナーに任せるモデルでした。もっと先の、導入から運用までを見届けたい、という思いが強くなりました。
そんな折、日本ヒューレット・パッカードから製造業担当営業のオファーがありました。同社はグローバルな製造業であり、ハードウエアからソフトウエア、さらにはアウトソーシングまで、ワンストップで提案できる環境が魅力的でした。オラクルよりも幅広く、より深い経験が積めるのではないかと考え、転職を決意しました。
日本ヒューレット・パッカードでは望んでいた「修羅場」を経験することができました。当時誰もが知る日本の大規模製造業2社が合併した直後のタイミングで、両社のメールシステムと認証システムを統合・一元化したいという大規模なプロジェクトが持ち上がったのです。当時の日本ヒューレット・パッカードも、コンパックとの合併の最中であり、まさに製造業である自社の経験を踏まえて他社にワンストップで提案できるという場が訪れました。幸運にも受注でき、私はその案件のハブとして動くことになりました。

どのような点が「修羅場」だったのでしょうか。
結果的に、当時の日本ヒューレット・パッカードの十数もの事業部が関わる、極めて複雑なプロジェクトになりました。サーバー、ストレージといったハードウエアの各部門、構築を担うプロフェッショナルサービス部門、保守やアウトソーシング部門、さらにはリースを担当するファイナンシャルサービス部門まで、関係者が多岐にわたりました。
私はまだ入社1年ほどで、社内のこともハードウエアのことも十分にわかっていませんでした。お客さまからのリクエストに対し、社内のどこにボールを持っていけばいいのか、すぐには判断できない状況です。
お客さまのリクエストと、各事業部の事情との「すき間」を埋めるのに本当に苦労しました。当時はロジカルシンキングなどを知らず、交渉術もわかりません。ただ、お客さまから求められることに対し、ガムシャラに、誠実に応えようと必死でした。案件を持っているという責任感だけで、周囲に相当な迷惑をかけながらも何とかやり遂げた、という感じです。
この経験を通じて、まったく知識のなかった領域のことや、複雑な組織を動かすことの難しさを学ぶことができました。あの「修羅場」は、間違いなく今の自分につながる貴重な経験だったと思います。
36歳で見つけた、三つのキャリア軸
日本ヒューレット・パッカードで6年間を過ごされた後、タレンタ(当時のサンブリッジソリューションズ)に参画されますね。
大企業での経験は十分だと感じ、ベンチャー企業に行きたいと考えたのです。オラクルもヒューレット・パッカードも、元をたどれば創業者数人からシリコンバレーで始まった会社です。日本法人でもかつての上司たちが「当時は日本で誰にも知られていなくて大変だった」と語る姿がうらやましく、自分も「日本でまだ誰もやったことがないこと」に挑戦し、ニッチな分野でも良いから「日本一」と呼ばれるような存在になりたい、という思いがありました。
また12年間の大企業経験を経て、自分の人生をどうしていくかを、時間をかけて深く考えました。まず自問したのは、「もし大金持ちになったら、自分はどうするだろうか」ということです。答えは、「働き続ける」というものでした。
理由を整理すると、三つの軸が見えてきました。一つ目は、自分自身が「成長」し続けたいという欲求。二つ目は、仕事を通じて得られる「縁」や「巡り会い」のすばらしさ。三つ目は、社会に「貢献」できること。当時はまだ「社会貢献」を強く意識できていませんでしたが、将来そう感じられるようになりたい、という夢のようなものでした。三つの軸を定めたことで、自分のキャリアに対する考え方が固まったように思います。
その軸が、HR(人事)の領域につながっていくのですね。
はい。IT業界で働き続けることは決めていましたが、その中でも「プラットフォーム」があり、そこに「データ」が乗り、そのデータを「活用」するシナリオまでを一気通貫で手掛けたいと考えるようになりました。道具(プラットフォーム)だけではなく、食材(データ)やレシピ(活用シナリオ)も合わせて提供したいというイメージでした。
実はHR領域に出合う前に、そのイメージに合致する別のベンチャー企業を経験しました。知的財産のビジネスを手掛けるベンチャー企業だったのですが、残念ながらビジネスが軌道に乗らず、8~9ヵ月ほどで退職することになりました。その後に出合ったのが、タレンタ(当時のサンブリッジソリューションズ)が扱っていたスキル管理システムです。この事業もプラットフォーム、データ、活用シナリオをセットで扱えるビジネスでした。さらに「HRの仕事であれば、自分自身の成長だけでなく、他者の成長にも関わることができる。自分の天職になるかもしれない」と直感しました。
「他者の成長に関われる」という点は、三つの軸の中の「社会貢献」にもつながる部分ですね。HRの仕事は、影響範囲が広い。自社のメンバーの成長はもちろん、お客さまである人事部門の方々、その先にいる社員の方々、さらにはご家族にまで、ポジティブな影響を与えられる可能性があります。非常にやりがいのある仕事だと感じ、この道に進むことを決めました。

貴社の「Work Happy! な世の中を創る」というミッションは、そうした思いから生まれたのでしょうか。
ミッション自体は、元々提携先であったシルクロードテクノロジー社の言葉をいただいたものです。タレンタとなり、私が代表の立場になってから、この言葉に具体的な意味付けをしました。
私が定義する「Work Happy!」とは、一つのサイクルです。まず「自己決定」し、自らの「能力を発揮」する。それが組織への「貢献」につながり、周囲から「感謝」され、自らも他者に感謝する。その結果、本人が「成長」を実感し、次の新たな「自己決定」に向かう。アメリカの心理学者である、エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」を参考にしています。人間が本質的に持つ「自律性」「有能性」「関係性」という三つの欲求が満たされることで、内発的な動機づけが高まるという理論です。
社員一人ひとりがこのサイクルを回せるようになれば、個人が「Work Happy!」になるだけでなく、組織の持続的な成長につながり、ひいては社会貢献にもなると信じています。
貴社のサービスは、そのサイクルを支援するためのもの、ということですね。
はい。当社の特徴は、欧米で5年から10年先行している最先端のHRテクノロジー、例えばAI面接の「HireVue(ハイアービュー)」や従業員サーベイの「Blue(ブルー)」などをいち早く見つけ出し、日本市場に展開していること。重要なのは、単にテクノロジーを輸入するだけでなく、背景にある心理学的な理論や手法――例えば、構造化面接やコンピテンシーの考え方なども含めて、日本企業向けにアレンジして提供している点です。
現在は、そうしたソリューションの提供にとどまらず、キャリア形成支援のサービスにも力を入れています。当社にはコーチングの資格を持つ社員が複数在籍していて、テクノロジーと人の両面から、お客さまの「Work Happy!」を支援する取り組みを始めています。
現場の「ラスト1メートル」が勝負を分ける
田中さんは長年HRテクノロジー業界をご覧になっていますが、現在の日本企業の「人事」に関する現状と課題をどう捉えていますか。
「人的資本経営」の浸透により、経営と人事部門の距離が近づいていると感じます。次のステップは、人事部門が「現場」とどれだけ近づけるかにあると考えています。人事部門が現場に寄り添い、現場の実態を深く理解する。その上で、経営と現場の「橋渡し」役を担っていくことが重要です。個別の課題に対応するHRBP(HRビジネスパートナー)の役割が少しずつ機能し始めているのも、その表れでしょう。
究極的には、人事部門が「現場と現場」をつなぎ、新たなイノベーションや「知の結合」をアシストするような存在になれると、さらに価値が高まるのではないでしょうか。
そうした中で、HRテクノロジー業界自体は今後どのように変化していくとお考えでしょうか。
生成AIの登場によって、業界はガラリと変わるはずです。これまでHRテクノロジーは、給与計算の自動化から始まり、クラウド化によってプロセスの効率化を進めてきました。しかし、それらはあくまでマス(集団)に対する効率化であり、ルール化が前提となるため、「個別化(パーソナライゼーション)」には限界がありました。一方、生成AIは非構造化データ(テキストや会話など)を扱えるため、「個別化」を一気に可能にします。一人ひとりに対して、最適なアウトプットを提供する世界が現実のものとなりつつあります。
この変化は、業界の活性化にもつながるはずです。AIによってアプリケーション開発が容易になり、これまでITベンダーではなかった企業が、自社で開発した人事課題解決ツールを外販するような動きも増えていくでしょう。
競争がより激しくなる中で、何が差別化のポイントになるのでしょうか。
AIを使えば大概のことはできるようになるからこそ、本当に「刺さる」ものを作れるかどうかが問われます。そして、本当に刺さるものは、「現場」のことを深く理解していなければ作れないはずです。
私たちは最近、差別化のポイントを「ラスト1メートル」と呼んでいます。生成AIは、完成度99%のところまで、つまり99メートルの距離を走ることはできるかもしれません。しかし、「ラスト1メートル」――企業、現場、個人の状況に合わせた、本当に心に響き、行動を促すようなアウトプットは、AIだけでは難しい。AIが進展すればするほど、ますます生身の人と人とが直接関わる価値が増すと思います。「ラスト1メートル」を埋めることこそが、これからのHRテクノロジーベンダー、そして人事パーソンに求められる最大の価値になると考えています。
キャリアは「逆算型」ではなく「積み上げ型」
読者である、HRソリューション業界で働く若手の皆さんに向けて、ご自身の経験を踏まえてメッセージをいただけますでしょうか。
私は20代の頃、「自分の成長」だけに目を奪われ、「組織への貢献」という視点が欠けているという「勘違い」をしていました。しかし、日本ヒューレット・パッカードでの「修羅場」経験を通じて、目の前の結果にコミットし、ガムシャラにやり遂げることが、結果として自分を大きく成長させてくれると学びました。
私のキャリアは、最初に明確なゴールを描く「逆算型」ではなく、目の前の経験を一つひとつ積み上げていく「積み上げ型」です。世の中には逆算型がもてはやされる風潮もありますが、日本のビジネスパーソンの多くは、私と同じ積み上げ型ではないでしょうか。
無理やり作った目標に縛られて、目の前のチャンスを逃したり、行き詰まったりしてしまっては本末転倒です。そうではなく、目の前の仕事に誠実に取り組み、経験を「積み上げる」中で、少しずつ視野を広げていく。その過程で、私があのとき「組織への貢献」に気づいたように、自分の軸が転換する瞬間が訪れるはずです。積み上げ型キャリアも、決して悪くないと伝えたいですね。
AI時代を生き抜く若手には、どのようなことが求められるでしょうか。
AIを上手に使いこなしながら、人の「行動変容」を仕掛けていく。そうした役割を、皆さんと一緒に担っていきたいと考えています。そのために最も重要なのは、「問いを立てる力」です。AIは問いを与えられれば答えを出せますが、問い自体は、現場を深く知る人間にしか立てられません。良い問いを立てる源泉は、知見・学習です。現場の人と話すこと、経営層と話すこと。そして、体系化された知識を学ぶことです。
特に若手の皆さんにお勧めしたいのは、「心理学」や「行動科学」の領域です。かつては学術的なものと捉えられがちでしたが、近年、若手の研究者の方々の尽力もあり、「使える」知見として現場に応用できるものが増えています。私が今、歴史や物理学や哲学を学び直しているのも、そうした一見遠回りな学びが、思わぬところで結びつき、新たな問いを立てるヒントになると感じているからです。
自らの専門領域を深めることはもちろん、幅広い知見を学び、現場と向き合い、独自の問いを立て続ける。それがAI時代の「ラスト1メートル」を制する力となり、皆さん自身の「Work Happy!」にもつながっていくと信じています。
私には、心がけていることがあります。それは、「誰よりも自分がWork Happy!であること」です。自ら学び、行動変容の熱源となる。そうした仲間がHR業界に増えていくことを、心から楽しみにしています。

(取材:2025年10月21日)
| 社名 | タレンタ株式会社(TalentA Corp.) |
|---|---|
| 本社所在地 | 東京都渋谷区恵比寿南1-5-5 JR恵比寿ビル11F |
| 事業内容 | 人材マネジメント・人材育成に関するクラウド型製品とサービスの提供/人材マネジメントコンサルティングサービスの提供/人材育成、教育サービスの提供 |
| 設立 | 2010年11月9日 |

日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。
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