能力が高くても、ストレスにうまく対応できなければ思うような成果をあげることはできず、メンタルヘルス不調や離職を招く場合もあります。ビジネス環境が厳しさを増すなか、「ストレスに強い人材を見極めたい」というのは、採用担当の方々の切なる願いではないでしょうか。株式会社ヒューマネージは、入社後の“ストレス耐性”を科学的に予見する視点として「コーピング」に着目し、2002年、業界初のコーピング適性検査『G9』をリリースしています。成果をあげる人材に求められる「コーピング」について、『G9』開発に携わった、桜美林大学の種市教授と、株式会社ヒューマネージの嬉野氏にお話をうかがいました。
- 種市 康太郎さん
- 桜美林大学 リベラルアーツ学群 領域長 教授
早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院博士後期課程単位取得後退学。2001年博士(文学)授与(早稲田大学)。早稲田大学助手、聖徳大学講師・助教授(准教授)、桜美林大学准教授を経て、現職。臨床心理士、精神保健福祉士、キャリアコンサルタント。企業従業員のメンタルヘルス対策が専門であり、ストレス調査については20年以上前から各企業での調査・個人面接・集団分析結果の報告・結果に基づく研修などの業務を行っている。
- 嬉野 真也さん
- 株式会社ヒューマネージ
HCソリューション本部 アカウントエグゼクティブ第2グループ ディレクター
早稲田大学第一文学部で心理学を専攻。卒業後、ヒューマネージへ入社し、アセスメントツール(ストレスチェック、適性検査等)の開発に携わりながら、早稲田大学の小杉研究室にて、産業場面におけるストレス心理学の研究に取り組む。研究で得た成果・経験を学会発表、企業向け講演・提案営業等、幅広い場面で活用している。
同じ環境・同じ職場。
ストレス反応があらわれる人とあらわれない人がいるのはなぜ……?
仕事や組織によるストレスで退職に至るケースは依然として多く、採用担当の方から「ストレスに負けない人材、ストレスがあっても辞めない人材を採用したい」という声をよく聞きます。実際、ストレスを抱えながら働いている人は増えているのでしょうか。
種市:1990年代から2000年代にかけて、ストレスを抱えている人が多くなったと言われます。うつ病の患者数が増加しているという調査結果もありますし、「働き手本人が職場でストレスを感じているか」という調査でも、ストレスを感じている人の比率は増加しています。ただ、2008年のリーマンショックあたりを境に高止まりになっていて、現在は一定の状態で推移しています。
嬉野:私も採用担当の方々からさまざまなご相談をいただきますが、ストレスに強い人材を採用したいという声を多くうかがいます。早期離職は、現場への影響が大きく、また組織の持続的な成長を阻害してしまう問題なので、採用時に見極めたいというご相談を多くいただいています。
ヒューマネージ社では、ストレス耐性を見極める視点として“コーピング”を提唱されています。“コーピング”とは何でしょうか。
嬉野:一般的に「ストレス」という言葉は、ストレスの“原因”とストレスの“結果”、その両方を指す言葉として使われています。たとえば、「あの上司がストレスだ」はストレスの原因ですし、「ストレスで胃が痛い」はストレスの結果です。心理学ではこのふたつを明確に区別していて、ストレスの原因は「ストレッサー」、ストレスの結果は「ストレス反応」といいます。
ストレッサー(ストレスの要因)は、職場では大きく二つに大別できて、(1)仕事の量が多い、時間に追われているといった量的なストレッサーと、(2)裁量権がない、役割が曖昧といったことからくる質的なストレッサーがあります。さまざまなストレッサーが重なるとそのぶんだけ心身に不調を感じることが増えると考えられがちですが、ストレッサーがあっても健康状態を保てる人もいれば、ストレッサーがそれほど多くなくても不調を抱える人もいるなど、個人差があります。この差につながるのが“コーピング”です。
種市:“コーピング”は、ストレッサーによる問題を解決しようとする努力、対処方略を指します。たとえば、問題解決に取り組む、人に相談するなどの積極的なコーピングは、ストレッサーを軽減し、ストレス反応があらわれることを防ぎます。他方、問題を放置する、我慢するといった消極的なコーピングでは、ストレス反応があらわれ、心身の不調につながることが多い。コーピングは、ある場面に置かれたときの「行動的な努力の傾向のまとまり」であり、個人差があります。ですから、企業が「ストレスに負けない人材、ストレスがあっても辞めない人材を採用したい」というときには、その人のコーピングの特徴を確認するのが有効なのです。
「ストレス耐性」を科学的に把握するため、
コーピング=ストレスに対処する行動特性を見極める
ストレスに強く、ストレス耐性がある人材には、どのような特徴があるのでしょうか。
種市:「ストレス耐性」という言葉は一般的によく使われていますが、そもそも心理学用語ではありません。ストレス耐性というと、例えば「我慢強さ」などと表現されることが多いですね。ただ、コーピングの視点では、先ほど申しあげた“消極的なコーピング”に該当します。実際、我慢強い人が会社を辞めないかというと決してそうではなく、我慢強い人ほど臨界点を超えると辞めてしまったり、不調で休んでしまったりすることが多い。感情を抑制するタイプの対処は、必ずしも健康状態に寄与しないことがわかっています。そういう意味でも、ストレス耐性という言い方ではなく、ストレスに対処しようとする行動特性である「コーピング」という表現で考えたほうがいいと思います。
嬉野:私は大学のとき、講義でコーピングの考え方を知り、とても驚きました。「我慢強さ」といった性格的なものではなく、行動特性である点がとても腑に落ちたのです。ヒューマネージに入社し、弊社代表にコーピングの考えを伝えたところ、「面白い。これからの採用にも、組織開発にも必要な視点だ」ということになり、大学時代に聴いた講義をされていた小杉正太郎先生(現・早稲田大学 名誉教授)を訪ねたところから、コーピング適性検査『G9』の開発がはじまりました。種市先生は、当時、小杉先生の助手をなさっていたことから、『G9』開発に加わっていただきました。
種市:「ストレスに強い」というと、どうしても性格の一部のような気がしてしまいますが、決してそうではありません。性格とは長期間変わらない行動傾向や思考傾向を指します。「この人の性格にはこんな傾向があります」と言われても、どうやってその人に関わればいいのかはわかりません。しかし「この人はこういう行動をしますよ」と言われたら、「こんな行動をしてみましょう」などと、提案することができます。行動特性である“コーピング”は、そういった点でもポジティブなものだと考えています。
嬉野:お客様に今のようなお話をさせていただくと、「具体的でわかりやすい」「積極的なコーピングを行えるか、採用時にしっかりと確認したい」という反応が返ってきます。
種市:考え方として、採用時には積極的なコーピングの「芽」がある人を採用したほうがよいと思います。また、そのあとも職場環境として、「土と水」を与えて育てるといった風土づくりが必要です。企業には、積極的なコーピングを支えるサポートを提供できる職場風土を目指していただきたいですね。
新卒採用・中途採用における“ストレス対処力”の見極め方
人材採用においては、コーピングをどのように確認すればよいのでしょうか。
種市:コーピングはあくまでも場面に応じた行動の傾向を指しますから、ある場面に置かれたときの「行動的な努力の傾向のまとまり」だと考えればいいと思います。平常の事態での行動は、コーピングとはいいません。その人が「マズいな」と感じたとき、専門的には「脅威だ」と感じたときの行動傾向がコーピングです。
嬉野:平常時であれば積極的な行動をする人でも、ストレスがかかる場面では事態に対応できない、というケースですね。
種市:しかし、面接の場では「成功したこと」「うまくいったこと」が話の中心になることが多く、コーピングの確認が難しい可能性があります。職場で何らかのタスクを与えられたときにどういう行動を示すのか、面接だけで確認するのはかなり難しいといえるでしょう。
嬉野:以前は、疑似的なストレス状況の反応を見るために圧迫面接を実施するケースもありました。しかし、圧迫面接のようなストレッサーだけが仕事を遂行する際のストレッサーではありません。SNSが発達した現在、圧迫面接はリスクが高く避けるべきです。
種市:採用の際、コーピングを正しく測定するためには、定量的かつ客観的に測定することが可能なアセスメントツールの利用が有効だと思います。その人のもつコーピングの特性を事前に把握し、自社のケースにあてはめて考え、気になる点を面接で確認する。そうすることで、人と企業、人と仕事のマッチングをより深く検証することができます。
また、中途採用においては、コーピングだけでなく、周囲の支援が得られているか(ソーシャルサポート)、支援を得るために必要なコミュニケーションなど(ソーシャルスキル)を確認することも大切です。ソーシャルサポートは、コーピングの資源であり、そのソーシャルサポートを得るためには、ソーシャルスキルが必要なのです。これらが十分にあれば、入社した後、上司や同僚の支援によってうまく対処できる可能性が高いと考えることができます。
嬉野:弊社が提供するコーピング適性検査『G9』を利用されているお客さまからは、「これまでストレスへの耐性をどうみればいいのかわからなかった。このツールで見られるようになったのでありがたい」「このデータを経年で蓄積することで、どういう人材を採用すべきかといった検証ができるようになった」などの声をいただいています。また、『G9』には配属部署向けのレポートもありますので、その人のコーピングの特性を踏まえた指導に役立てることができます。さらに、現場で面接される面接官からは、「“コーピング”の考え方を、仕事をする際に活用している」という声も聞かれるなど、副次的な効果もみられます。
種市:配属部署向けのレポートは、ぜひ活用していただきたいですね。会社や上司、同僚の関わり方によって、コーピングの「芽」をどんどん伸ばすことができれば、従業員と企業双方にとってメリットがありますから。
嬉野:コーピングを確認することは、個人の業績予測にも有効です。辞める辞めないの話だけでなく、積極的なコーピング=仕事のできる人の条件とも重なっていて、成果創出につながる要素のひとつなのです。私どもはこれからも、人材を見極める科学的な視点のご提案とアセスメントツールの活用を通じて、企業の成長に貢献していきたいと考えています。
活躍できる人材を獲得(Attraction)し、能力を最大化した形で定着(Retention)させることは、重要な経営戦略のひとつ。私たちは、人の時代の新しい人材マネジメントをニーズに合わせて具体化し、企業の輝く明日を支援します。