企業の採用意欲が極めて高い水準にある近年、求人サイトや人材紹介会社からの応募を待つ “守り”の採用ではなく、ダイレクトリクルーティングやリファーラルリクルーティングなど、自ら積極的に求職者にアプローチを行う“攻め”の採用にシフトする企業が増えています。従来の採用手法だけでは、求める人材を確保することが難しくなっているからです。では厳しい採用環境の下、費用対効果も問われる中で、人事はどのように採用体制を構築していけばいいのでしょうか。また、どんな能力や姿勢が求められているのでしょうか――。“攻め”の採用スタイルで大きな注目を集めている、HRの新たなオピニオンリーダーお二人をゲストにお迎えし、これからの採用のあり方について語り合っていただきました。
- 寺倉 そめひこ氏
- 株式会社MOLTS 代表取締役
1987年生まれ。立命館大学を卒業後、経営コンサルティングファーム、広告代理店、藍染師を経て株式会社LIGに入社。同社執行役員兼人事部長、メディア事業部長として活躍。2016年5月に株式会社MOLTSを設立、採用とメディア領域にてプランナーとして複数企業に参画。
- 宇田川 奈津紀氏
- 株式会社ネットマーケティング 管理本部人事総務部 シニアマネージャー
広告事業とメディア事業を行う株式会社ネットマーケティングにて『Switch.』をはじめとするダイレクトリクルーティングを主軸に人事採用責任者として従事。スカウト採用を中心に4ヵ月で20名の採用をしたことから、「肉食系人事」と言われ、それが転じて現在は「メスライオン」という愛称で、セミナー・講演など多岐にわたって活躍。趣味はスカウトメール作成で、「スカウトメールは恋文」と言うほどのこだわりを持っている。
これからの人事に求められる能力とは何か?
従来の求人サイトを使った手法だけでなく、ダイレクトリクルーティングやスカウトなど、いろいろな採用手法を試みる企業が増えています。そのような変化に、人事はどう対応すればいいのでしょうか。
宇田川:ダイレクトリクルーティングを行う企業が増えているのは、転職市場における需要と供給のバランスが大きく崩れているからです。人がそもそも少ないので、とにかく自ら仕掛けて採りにいかなければならない。そのためには、紹介会社や求人サイトを通じて来た人を面接するだけでなく、まずこちらから人を集めに行くことがとても重要です。
寺倉:しかし、ダイレクトリクルーティングを導入したからといって、すぐに採用できるわけではありません。まずは、採用に向けた体制を作る必要がありますね。
宇田川:そうですね。例えば、20代のエンジニアでハイスペックな人材が応募してきた場合、その人にあった面接のアレンジを考えなければいけません。第一段階では、自社が競合他社とどう違うのかを人事が伝えますが、面接では“現場の熱量”と一緒に口説き落とす。人事と現場が一体となって採用する必要があるとわかっていなければ、現在の採用競争を勝ち残っていくことはできません。
データベースを運営している人材系の会社の方と話し合い、ダイレクトリクルーティングの準備が整ったら、次はスカウトメールを打つわけですが、返信率を高めるにはブランディングがとても重要です。ただし、ブランディングは人事だけで考えたり、人事の理想だけを打ち出したりするのではなく、現場で働く社員のやりがいや思いなどを理解した上で、進めていかなければいけません。つまり、現場との「温度感」の共有が大事なんですね。例えば当社の場合、エンジニアにはプロフェッショナルでやっていく人とマネジメントでやっていく人、それらを統括するCTOがいますが、実際の求職者の希望とスペックを見ながら、対応を変える必要があります。そのため、エンジニアのスペックを人事が正しく理解していなくてはなりません。今後の自社のエンジニアの方向性について、人事が現場としっかりベクトルを合わせることで、ブランディングができるように思います。
寺倉:今のお話を聞いて思い出したのは、私が以前の会社で人事部を立ち上げた際に起きたセクショナリズムです。人事は採用するところで、現場はお金を稼ぐところであると明確に分かれてしまい、現場からの協力が得られにくくなっていたんです。コミュニケーションをしっかりと取ることで何とか解決したのですが、今あらためて思うのは、そもそも人事部がなければよかったのではないかということです。どういう人材が必要なのかは、現場が一番よく分かっているはず。採用のインフラ整備と、必要最低限のアクションを人事が持ち、主体を現場に任せてしまった方がよいのではないかと思いました。
宇田川:人事が介入する価値があるかどうかが問題だと思います。現実的に、人事でなければできないこともありますから。私は現場に対して、「人事はここまでできますが、ここから先は一緒になって動いてもらえませんか」と、常にお願いしています。
では、人事には今、どのような能力が求められているとお考えですか。
寺倉:ダイレクトリクルーティングでも、リファーラルリクルーティングでも、これまである程度は採用できていましたが、そのうち刈り取れなくなる時期が来るように思います。皆が一斉に同じ方向に進んで過熱化することで、マーケット自体が枯渇してしまうからです。そのため、次に人事に求められる能力は、採用手法面でのテクニックではなく、その手法を強化する「採用広報」だと思います。応募者に対してどのような広報の仕方でアプローチしていくのか、ということです。
宇田川:当社の場合、採用広報に関しては、人事がリーダーシップを取って役員の力を借りながら行っています。なぜなら、私一人で対応できる問題ではなく、全社的な対応が欠かせないからです。
寺倉:入口面での強化だけでなく、いかにプロセスを改善していくかも大切ですね。以前、採用コンサルをしていた時に、エントリーは多いけれど、なかなか内定に至らないというケースに遭遇しました。原因を調べてみると、一次面接で自社の魅力を十分に伝えられていなかった。また、求職者に対して上から目線で接していた事実もわかりました。このような対応では、求職者は次のステップに移ろうと思いません。採用のどのプロセスに問題があるのか、しっかりとデータを取って改善していくマーケティング的な視点が、これからの人事には求められます。
宇田川:採用におけるマーケティングデータは、いろいろな取り方があります。例えば、入り口での応募状況、通過率、内定率など。また、応募はあっても決まらない場合、どのプロセスに問題があるのか、現場とすり合わせることがとても重要です。そのためにも、人事は自社のことをよく知っていなければなりません。
寺倉:攻めの採用広報を考えた時、想定しなくてはならないユーザーには二つのパターンがあります。一つは、自社のことを知らない人。この場合、さまざまな外部メディアを利用して、認知度を高めていくのが最もポピュラーな方法だと思います。ただし、これにはコスト面での制約があります。もう一つは、従業員の周りにいる人たち。コストを特に要しないリファーラルリクルーティングと同じ考え方で、いかに従業員が採用広報を意識し、自社で作ったコンテンツをシェアしていくか。採用における社員協力率をどう高めていくか、従業員の周りの人たちをいかに見込み従業員にするかが、今後の重要なポイントになると思います。そのために重要なのは、採用に関する社内への啓発活動だと思います。例えば、リファーラルリクルーティングで言うと、社員紹介による採用の目的、情報を共有することの重要性、もたらされる成果などを現場にしっかりと伝え、共感してもらうのです。
宇田川:私一人でダイレクトリクルーティングを行っていても、社内で必要となる人材を供給し続けることはできません。自社にはどういう人材が必要で、どんな人材だったら決まるのか、という採用案件に関する情報のすり合わせを行い、社内全体で採用する体制を構築することが大切だと思います。そのためにも人事には、責任者と現場を巻き込みながら、チームとして最大の成果を出すためのリーダーシップとフォロアーシップが欠かせないと思います。
印象に残った「面接」でのエピソード
面接を行う際には、どのような点に留意されていますか。
宇田川:基本的には候補者の経歴を見て、「どこが声を掛けたくなったポイントなのか」「どこが当社で活躍できそうなところなのか」「いま何を悩んでいるのか」の三つを確認するために面接に臨んでいます。
寺倉:会社のカルチャーとして、軍隊的な組織を作る気は全くないので、面接で「正解」を答える人ばかりを集めようとは考えていません。先が見えない時代、何よりも多様性が会社の成長のために、とても重要だと考えているからです。面接は直接人と人が会って話す場なので、必然的にそういう要素が浮き彫りになります。皆がスーツを着ている中で、浴衣を着ている人がいてもいい。変わった格好をしている人が来ると、こちら側も「なぜだろう」と興味・関心がわきます。
特に印象に残っている面接について、お聞かせください。
寺倉:新卒採用の面接で、こんな学生がいました。新卒の面接は一人あたり30分と決めているのですが、その学生は30分間ずっと手が震え続けていたんです。尋常ではないくらいだったのですが、探ってみると、純粋に緊張していただけでした。しかし、緊張していても30分間手が震え続けることはなかなかないので、なぜそれほどまで緊張しているのかを考えながら、またヒアリングしていきました。すると、もともと人より緊張してしまうタイプではあったのですが、「会社の大ファンで、精一杯魅力を伝えるために考えてきたことが、私の予想をはるかに上回るほどあった」ことに気づきました。
彼は、人生の中の一大勝負として、面接に臨んでいたんです。面接をしていると、それぞれの特徴が見えてきます。その特徴がなぜあるのかを考えていくと、見え方ではない本質の部分が見えてきます。手が震えすぎて「すみません」と彼は言い続けていましたが、謝罪することなんてない。むしろ、それこそが自己PRだと思いました。採用担当として、見抜く隙を与えてくれれば、あとは十分だと。その応募者は内定となり、現在も大変活躍していると聞いています。
宇田川:人事採用担当者を採用した時のことなのですが、採用責任者としていろいろなメディアに出ていることもあり、応募者にとって私が「理想」となっている部分がありました。ただその「理想」と「現実」とのギャップがとても怖かった。だから私は、面接では泥臭い部分も含めて伝えるようにしています。
とはいえ、面接で1回会っただけで、全てを伝えられるわけではありません。また、すぐに本音を言えるわけでもありません。人事の裏側や現場との関係で起きている生々しいことを理解してもらうには、オフの場ではないと難しいと思います。要は、二人とも「素」になれる場。そこで、一緒に食事をするのがいいと考えたんです。会社から離れたリラックスできる場で、自分の本性を相手にさらけ出すと、相手も心を開いて、本音を隠さずに話してくれるようになります。また、信頼関係を築くこともできます。最終選考で社長から採否の判断の説明を受ける際にも、私はプライベートの場で会った時の印象を伝えました。
また、面接では自分がなぜこの会社に入ったのかについて、必ず話すようにしています。というのも、なぜ転職したのか、過去の良い経験も辛かった経験も含め、自分自身のことをさらけ出すことは、求職者にとっての意識のハードルを下げることになるからです。
寺倉:確かに、面接はマッチングを図るための場ですから、腹を割って話すことは重要ですね。しかし、腹を割って話さない人、あるいは表面的な話や、場合によっては嘘を言う人もいます。一方の企業側でも、ネガティブな情報を隠して面接に臨むことがあります。
宇田川:やはり、嘘をつかないことが大事ですよね。以前、内定をもらえない現状にとても苦しんでいて、ネガティブな状態にあることを正直に話してくれた人がいました。私は、「なぜそうなってしまったのか、根本的な原因を考えましょう」「あなた自身どうすればいいと思っていますか」「よく分からないのだったら、私と一緒にこれから話し合いましょう」と伝えました。「人事は面接でこういう部分を見ています。あなたの場合はここが問題だと思うのです。まずそれを答えられるようにした方がいいかもしれませんね」とアドバイスをしました。残念ながら当社とはご縁を持つことができませんでしたが、その後、他の会社で内定が出たそうです。極論すれば、これも面接を通した一つのマッチングのように思います。
社内外を巻き込んでどのような採用チームを作っていけばいいのか
採用難が続く中、社内外を巻き込んで採用チームを作ることが重要だと思います。具体的に、どのように取り組んでいけばいいのでしょうか。
寺倉:リファーラルリクルーティングの場合、いかに社員が協力してくれるかがポイントです。採用広報についても、社員がどれだけシェアしてくれるかがカギを握っています。また、現場に採用費用も含めて、どれだけ権限を委譲できるかも重要ですね。
宇田川:私の場合、そもそも人として相手を知りたい、現場の人がどういうことをやっているのかを知りたいというのが出発点です。そこから、現場ではどういう人が必要とされているのかという話になり、こういう人を採用したいという話になっていきます。もちろん、採用ミーティングはありますが、現場にいろいろと相談しに行っているという感じで、採用のために現場とコミュニケーションを取るという感覚はあまりありません。
寺倉:確かに、社員を巻き込むためにやっているわけではないですね。目指していく先に現場の人の力や情報が必要であるからこそ、いろいろと話を聞く、という感じでしょうか。宇田川さんは、社内だけでなく社外のエージェントも非常に協力的で、宇田川さんのために良い人材を探してくれる関係性が構築できているように思います。それは、宇田川さんが明確な結果を出しているからですね。
宇田川:私の場合、エージェントに対して、発注する側であるという意識はありません。私は会社を一緒に大きくしていってくれる人を求めていて、エージェント側は優秀な人材を提供して会社が成長していく姿を見たいと思っている。だからこそ、一緒になって頑張って結果を出そう、という考え方です。エージェントは優秀な人材を紹介してくれた、ここから先は人事の私が社内ディレクションで決定までもっていく。信頼関係を築くには、そうした役割分担が重要です。
社内で採用体制を作る際も、同様のように思います。
宇田川:社内外を問わず、皆が自分の役割をしっかり認識して、結果を出そうと本当に努力してくれています。私はそれを無駄にしたくありません。仮にダメだった場合も、次につながる何かを見つけ出したいんです。縁あっての仲間だからこそ、大切にしていきたいと思っています。
寺倉:ただ、人を巻き込んでいく場合、そのための結果責任が伴います。特に責任者の場合、“背負っているモノ”がたくさんありますね。
宇田川:確かに“背負っているモノ”もありますが、この会社を良くしたいと思って皆が集まっているわけで、それを超える何かが必ずあります。巻き込むことを目標とするのではなく、その先にある「目的」をきちんと共有しければいけない。人事として目標人数を達成するのは当たり前のことですが、それが全てではつまらない。それは一つの通過点であって、それが実現できた時に、自分がどうなれるか、会社がどうなるか。そうした「ビジョン」を持つことができれば、自分を奮い立たせることができるし、何よりブレなくなります。もしブレてしまったら、何度でも軌道修正をすればいい。会社生活とは、ひたすらこのことの繰り返しと言えるのではないでしょうか。
寺倉:社内を巻き込む際に大事なのは、現場で「こういうことをやりたい」と熱い思いを持っている人に対して、いかに裁量権を渡していくことではないかと思います。そして、そういうケースをどんどんと増やしていくことです。
宇田川:だからこそ、失敗するかもしれないとストップをかけないで、とにかくやらせてみること。リーダーとなる人は、その勇気を持つことが大事です。失敗して考え、はい上がってくることが、必ず次のステップアップにつながるからです。もちろん、失敗しない方がいいのですが、前向きな失敗をよしとすることのできないリーダーの下では人は成長しないし、組織も大きくなりません。任せる勇気が、責任者として必須の要件です。
寺倉:そんなリーダーが増えれば、社内外を巻き込む採用チームを作ることは決して難しいことではないように思いますね。自分を認めてくれた人をがっかりさせたくない。だからこそ結果を出したい。まずは、そういう思いを持つ人と組織を作ることがとても大切です。
宇田川:それは、まさしく「愛」ですね。採用には、「愛」が欠かせませんから。
総合人事サービス企業として、延べ1万社を超える企業をご支援してきた経験とノウハウを基に、人事領域を中心に採用では新卒・中途の両方で、求人広告・コンサルティング・人材紹介・アウトソーシングなど、さまざまな手法でトータルに支援いたします。またIT領域では、人事向けプラットフォームサービス『jinjer』をご提供しています。