CHROとCFOの兼任で磨く伊藤園の人財戦略
――未来の選択肢を創る人事部の姿とは
株式会社伊藤園 取締役 専務執行役員 管理本部長 CHRO・CFO
平田 篤さん

「世界のティーカンパニー」を目指し、グローバル展開を進めている株式会社伊藤園のCHROを務める平田篤さんは、CFOも兼任しています。コスト管理を担うCFOと人への投資を推進するCHROは相反するように思えますが、「根底にある目的は同じ」だと平田さんは言います。経理・財務領域を長く歩んできた経験を、どのように人事領域に生かしているのでしょうか。環境変化の激しい時代に人事が果たすべき役割についてうかがいました。

- 平田 篤さん
- 株式会社伊藤園 取締役 専務執行役員 管理本部長 CHRO・CFO
ひらた・あつし/1988年、株式会社伊藤園に入社。経理、財務部門で長年経験を積み2010年5月に執行役員管理本部副本部長に就任。2014年5月に常務執行役員人事総務本部長に就任。2016年5月に財務部門や人事総務部門を束ねる管理本部長を経て、2023年5月に同社CHROに。2025年5月から現職。
経理畑から人事のトップへ。常識を壊す「ゼロベース」の組織変革
まず、平田さんがこれまでどのようなキャリアを歩んできたかをお聞かせください。
私は中途採用で1988年に伊藤園に入社し、経理部に配属されました。それ以降、長きにわたり財務・経理畑を歩んできました。人事領域に携わるようになったのは、2014年に人事総務本部長に就いてからです。2016年に財務部門と人事部門を統括する管理本部長となり、2023年にCHRO、2025年にCFOに就任しました。現在、CHROとCFOを兼任しています。
長い財務・経理のご経験の中で、特に印象に残っていることは何でしょうか。
1988年の入社当時、伊藤園は未上場でした。私は新規上場手続きの担当者として、1990年頃に株式を公開するスケジュールで準備を進めていました。しかし、公開直前にバブルが崩壊。新規上場が原則として停止されたのです。審査などの準備が終わり、あとは市場動向を見極めて「GOサイン」を出すだけの段階で中止になったので、この経験は忘れられません。その2年後に新規IPOの再開第1号として無事に店頭公開できました。
2007年には普通株式に加えて、議決権がないかわりに配当金が優遇される第1種優先株式を上場しました。無議決権優先株式としては、伊藤園が上場第1号でした。
また、財務の責任者として、当時社長だった本庄八郎(現取締役名誉会長)に同行し、海外の投資家に当社の事業状況を説明して回った経験も、大きな財産になっています。社長が会社のビジョンを語り、私が業績など数字を説明するという役割でした。この2、3週間、ずっと行動を共にしたことで、創業者の口から直接語られる会社のビジョンと、会社が持っている数字とが、自分の中で強くリンクしました。こうした資本政策の最前線に立ってきたことが、私のキャリアの土台となっています。
2014年に人事総務の責任者に就任されました。全く異なる領域を任されたとき、どのように感じましたか。
財務・経理の領域から離れることはないと考えていたので、辞令を受けた時は、心底驚きました。経営陣からは「人事や総務を広く、これまでと違った視点で見てほしい」「過去のやり方に縛られなくて良い」と言われました。
当時の社内には、閉塞感のようなものがあったかもしれません。当社は長らく、高い商品力と営業力によって成長してきました。しかし、主力商品であるペットボトル入り緑茶飲料の市場において、他社製品のラインナップが充実するなど、競争が激しくなっていました。過去の成功体験に頼るだけでは、さらに成長することはできません。これまでのやり方を一度リセットし、今後の人事戦略をゼロベースで考える必要がありました。
人事領域に財務の視点を生かす
財務・経理と人事は性質が異なる領域だと思いますが、特にどのような点に違いを感じていますか。
財務・経理は「過去の実績や数値」をベースにするのに対し、人事は「将来をどう創るか」を考えるので、視点が大きく異なります。人事は数字から離れた領域に思われがちですが、将来を見据える上で数字の裏付けは欠かせません。経営陣が私に期待しているのは、財務の経験を生かし、「この施策を実行すれば、どのような影響が出るのか」「投資に対する効果はどうなのか」といった視点を人事領域に持ち込むことだと思います。
経理時代、前年踏襲ではなくゼロから予算を組み立てる「ゼロベース予算」を導入したことがあります。人事部門の責任者に就いたとき、この経験が生きました。人事施策でも同様に、過去のしがらみにとらわれず、「今年やるべきこと」をゼロから見直したのです。例えば、入社してから一定期間内に数ヵ所・数種類の業務を担当させる人員配置の徹底を行いました。
人事には絶対的な正解が存在しません。財務のように、数字が正解を出してくれるわけではありません。人事異動や新しく導入した制度が本当に社員のためになったのかは、未来にならなければ分かりません。大きな変革に対しては反発する人も出てくるでしょう。しかし、ときにはある意味で鈍感になり、会社が成長するためには新しい方法を取り入れなければならないという信念のもと、チャレンジし続けることが重要です。これまでの人事施策が正解だったかはまだわかりませんが、手応えは感じています。

成長への武器を「公正であり平等」に提供
伊藤園は「世界のティーカンパニー」を目指し、グローバル展開を加速させています。事業戦略と連動した人事戦略についてお聞かせください。
長期ビジョンとして「世界のティーカンパニー」を掲げており、2040年頃には「お~いお茶」のグローバルブランド化を加速させ、世界100ヵ国以上での展開を目指しています。進出する国や地域によって事業のステージが違うため、求められる人材像も大きく異なります。米国のように、ある程度当社の事業が根付いている国であれば、今後の経営を担う人材が必要です。未開拓の市場であれば、マーケティングの専門家が求められます。グローバル展開を担う部門から要望があった際、即座に最適な人材を提案できるよう、多種多様なタレントをプールしておくことが急務です。
40社以上あるグループ会社全体での適正化を図る人財戦略も検討しています。各事業の特性に応じたローカライズは維持しつつ、「個社最適」から「グループ最適」へと移行します。具体的には、人事評価の考え方などの根底をそろえ、グループ内の人材流動性を高める改革を、中長期計画の中で完了させる予定です。
社員の成長やキャリア形成に向けて、どのような取り組みを進めていますか。
「社員のやりたい仕事をやらせてあげたい」と考えています。例えば、当社の理念に共鳴し、グローバル展開に寄与したい、との思いから当社に入社する方も多くいます。ところが、目の前の業務に追われ、いつしか海外への情熱が薄れてしまうのです。そこで、1年間の海外研修制度を設けました。「海外で活躍する」という入社当時の夢を持続させる仕組みを整えることも、人事の重要な役割です。
社員には常日頃、自身のキャリアをしっかりと考え、自らを律する意味での「自律性」を持ってほしいと伝えています。一生懸命働き、会社の要求に応えてくれるのはとてもありがたいことですが、仕事は生活の手段でしかありません。人生あっての仕事です。自分のキャリアを考えた上で、今何をすべきなのか、自分の人生全体のワークライフバランスを、絶対に忘れてほしくありません。
キャリア自律に向けた自己啓発を促す施策として、「伊藤園大学」があります。これはまだ企業内大学が珍しかった1989年に開設されました。2026年度は、財務や営業の強化、サプライチェーン管理、グローバルやAIなど16コースあり、入社2年目以降であれば誰でも、希望するコースを受講できます。より専門的に学ぶ伊藤園大学院や経営人材育成のためのコース、さまざまな社内資格制度も整備しています。
私は「公正であり平等であること」という価値観を大切にしています。全員に同じ集合研修を受けさせる「平等」も重要ですが、人によって必要な武器は異なります。全員に同じ刀を渡すのではなく、ある人には槍を、また別の人には他の武器を渡す。それぞれが目指すゴールに向け、個人に合わせた教育機会やスキルを提供することが「公正」だと考えています。

社内公募制度においても、独自のアプローチを取られていると伺いました。
キャリア自律支援の一環で、社内公募制度を設けています。一般的な社内公募は、希望するポジションに応募し、面接や試験を通過すれば異動となりますが、当社の場合は少し異なります。公募に手を挙げた社員には、まず1年間、異動を希望する部署が主催する勉強会に参加してもらうのです。
面接だけで異動を決めてしまうと、本人の志向と部署の実態が合わず、お互いにとって不幸な結果になりかねません。公募をかける部署の社員は社内講師として、応募者に1年かけて「今この部署では何をしているのか」「このスキルが必要なのでこういう勉強をしてください」と伝えます。この期間を通じて、部署側は応募者の適性を見極められ、応募者は仕事のイメージや部署の雰囲気をつかむことができます。時間はかかりますが、結果として即戦力になりやすく、定着率も高まっています。また、もっと気軽に他の部署を経験してもらうために、超短期のジョブトライアル制度も整備しており、チャレンジの一歩の踏み出しも後押ししています。
社内講師を務める社員にとっても、自身の業務を分かりやすく伝えるために学び直すことになり、良い刺激となっているようです。「何を言ったか」ではなく「何が伝わったか」が重要であることを、この制度を通じて多くの社員が学んでいます。
努力「を」裏切らない組織に
CHROとCFOを兼任している背景や狙いについて、お聞かせください。
CHROとCFOは、相反するように思えるかもしれません。例えば、CHROとしては教育や人材への投資を拡大したいと考え、CFOとしては予算の制約から厳しい判断を下さなければならないケースもあります。しかし、両者の根底にある目的は同じです。「足元を見るのか、将来を見るのか」という視点の違いにすぎません。
人的資本とバランスシート上の財産を一体として捉えることで、例えば「ここまでの投資であれば、財務的にも回収可能だ」と、現実的な判断を迅速に下せるようになります。人的資本のROI(投資利益率)が問われる時代において、財務的な視点は不可欠です。最初は葛藤もありましたが、今ではむしろ、折り合いがつけやすいと感じています。足下と将来を同時に見ることができることが兼任の利点です。
CHROとしての役割をどのように定義されていますか。
社員は、そのご家族や創業者・代表者からの「預かりもの」だと考えています。お預かりした大切な人をしっかりと育て、将来の会社発展に寄与してもらうことが私の使命です。心身を病んでしまったり、ハラスメントを受けて退職してしまったりすることのないよう、心掛けています。
社長も常々、「退職する時に『伊藤園グループで働いていてよかった』と思ってもらえることが理想だ」と語っています。そのための教育体制や配置、制度を整えることが最大の役割だと思っています。よく「努力は裏切らない」と言いますが、大切な社員を預かるCHROには、「努力『を』裏切らない」組織にすることが求められます。結果が出ないことがあっても、努力した社員をきちんと評価する。社員は努力した事実を自信につなげる。そんな制度づくりを心がけています。
最後に、読者である人事パーソンの皆さまへメッセージをお願いします。
人事部門は、経営の中枢を担う存在です。その重責を認識し、恐れずにチャレンジを続けてほしいと思います。人事には正解がありませんから、やってみなければ分からないことが多々あります。人員配置がうまくいかなくても、失敗した社員に再度チャンスを与える仕組みさえあれば、リカバリーは可能です。
現在、世界情勢の変化やAIの進化など、外部環境がかつてないスピードで激変しています。当社も原価高の影響を受け、厳しい環境に直面しています。しかし、環境の変化を業績悪化の言い訳にしてはなりません。外部環境が変わるのは当たり前と考えて、何が起きても対応できるよう、日頃からさまざまな選択肢を準備しておくことが重要です。
AIの進化により、これまでの産業革命とは比べ物にならないほどのインパクトがもたらされる可能性があります。そんな中、会社の一番の財産である「人」を生かすために、人事部に何ができるのか。過去の常識にとらわれず、柔軟に選択肢を用意し、会社をけん引していくことが、これからの人事に求められる役割だと確信しています。

(取材:2026年7月9日)
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