人財戦略で未来を創る――ヨネックスCHROが挑む「常識を超えていく」人と組織とは
ヨネックス株式会社 執行役員 最高人事責任者 人財開発部長
忍田 麻衣子さん

外資系企業で約20年間にわたりHRの最前線を走り続け、現在はヨネックス株式会社でCHROを務める忍田麻衣子さん。子どもの頃に抱いた「人の問題を解決し、幸せにしたい」という思いを糧に、数々の変革をリードしてきました。「人は共感によって動く」と感じた原体験や、「違いを力に変える」インクルージョンの本質、同社が掲げる「far beyond ordinary」を体現する組織づくりなど、忍田さんの挑戦と“人事愛”についてうかがいました。

- 忍田 麻衣子さん
- ヨネックス株式会社 執行役員 最高人事責任者 人財開発部長
おしだ・まいこ/1997年に日本女子大学人間社会学部心理学科を卒業後、日系サービス企業で営業職としてキャリアをスタート。その後、日系IT企業で会長・社長秘書を務めた後、オーストラリアで通訳資格を取得。2003年に日本コクレアへ入社し、翌年人事へ転身。シトリックス・システムズ・ジャパンでは日本・韓国のHRBP、マーサージャパンでは日本・韓国の人事部長を務め、人事戦略、人財開発、組織変革を推進。アラブ首長国連邦での海外生活を経て、2017年にジョンソン・エンド・ジョンソンへ入社し、グローバルリーダー育成、DE&I推進、Purpose経営の浸透に貢献。2024年にヨネックスへCHRO 人財開発部長として入社、2025年に執行役員に就任。人的資本経営、組織変革、リーダーシップ開発を専門領域とする。ICF認定ACC。
原点は「Make an Impact, Bring Happiness」
なぜ人事という仕事を選ばれたのか、また、どのようなキャリアを歩んできたのかをお聞かせください。
私が人事を志した原点は、「Make an Impact, Bring Happiness(良い変化を生み出し、人々を幸せにする)」という価値観にあります。自分が生み出した変化によって人が夢や目標に向かって進み、個人の成長が組織の成長に、そして企業の成長や社会への貢献につながるという好循環を生み出していくことが、私がキャリアを通じて実現したい目標です。
子どもの頃から、周囲で生じる問題を解決することが好きでした。ただ問題を取り除くだけではなく、結果として人が前向きになり、成長し、幸せになることに価値を感じていたのだと思います。困っている人を助けたい、自分の周りにいる人たちに幸せでいてほしい、という願いがありました。
また、より深い部分で「人」そのものに強い興味がありました。人はなぜそのような行動をとるのか、同じスポーツをしていてもなぜチームによって結果が変わるのか。人が集まることで組織としてどのような力を発揮できるのかを考えていました。
子どもの頃からの思いが、人事としての基盤になっているのですね。
学生時代からキャリア志向が強く、オフィス街の高層ビル群を眺めながら、「将来は経営に近い立場で働き、人や組織、社会にしっかりとインパクトを与えられる存在になりたい」と考えていました。しかし、当時はまだ、女性が長期的にキャリアを築くためのロールモデルが少ない時代。就職活動やその後の転職活動で、女性であることや若いことを理由に、公平ではない扱いを受けた経験があります。この時の経験が、現在まで続くDE&Iへの強い問題意識と、多様性が尊重される組織をつくりたいという情熱の源泉です。
キャリアを考える上で大きな転機になったのは、大学時代のアルバイト経験でした。新卒採用のアウトソーシングを請け負うスタートアップ企業で4年間働き、アルバイトと管理者の両方を経験。多くのスタッフを管理しながら、大企業の採用プロセスに触れました。企業がどのような人財を求め、どのように優秀な人財を採用し、その人財がどうやって企業を支えていくのか。一連のプロセスを見ていく中で、人の可能性を引き出して企業の成長につなげる「人事」の役割に魅力を感じ始めました。
そこから、すぐに人事の道へと進まれたのでしょうか。
人事として価値を発揮するためには、事業の現場や経営の視点を学ぶ必要があると考えました。まずは営業職やエグゼクティブアシスタントとしてビジネスの基礎を学び、30歳をめどに人事領域に挑戦する、という青写真を描きました。ただ、当時は未経験のまま人事職に就くことは困難だったため、戦略的なアプローチが必要でした。社長秘書としての経験を生かし、「秘書兼人事・総務」というポジションを見つけて転職。そこで実績を積み、翌年には人事の専任ポジションへと昇格し、念願だった人事へのキャリアシフトを実現しました。
それからの約20年間は、医療機器、IT、組織人事コンサルティング、ヘルスケアなど、4社の外資系グローバル企業でHRBPや人事部門のヘッドを歴任。人財戦略から戦略的採用、後継者育成、タレントマネジメントなど、人事の中核アジェンダをリードするとともに、グローバルプロジェクトにも従事してきました。
戦略的かつ計画的にキャリアを構築されてきたのですね。
自身のキャリアを大きく10年単位で設計しています。20代はビジネスの基礎を徹底的に学ぶ時期。30代は人事の専門性を磨き、経験を積む時期。そして40代は、経営の近くで、組織の力を用いて事業成長に貢献する時期と位置づけていました。
実際、40歳を前にして、組織人事コンサルティング会社で日本と韓国を統括する人事部長に就任しました。「社員全員が人事のプロフェッショナル」という環境で人事のトップを務めることは大きな挑戦でしたが、周囲の支援も得ながら、経営の視点に立って人事戦略を実行する貴重な経験を積むことができました。
これからの50代、60代、そして70代でも「Make an Impact, Bring Happiness」を実践できるよう、これまで培ってきた経験や知見を生かし、日本企業が世界で競争力を高めるサポートをしたいと考えるようになりました。そんなタイミングでヨネックスからお声をかけていただき、現在はグローバルで勝ち抜くための改革に尽力しています。

「人は共感で動く」を実感した原体験
数多くのプロジェクトを経験されてきた中で、特に印象に残っていることをお聞かせください。
人事としての根幹を形作った、忘れられない経験があります。「人は制度やルールではなく、共感によって動く」ことを実感したプロジェクトです。
数百人規模の外資系IT企業でHRBPを務めていた頃、グローバル全体で推進しているCSR活動の日本法人リーダーを任されました。当時、日本法人からの参加率はわずか数%。ボランティア活動という性質上、関心のある限られた人だけが参加し、多くの社員にとってはひとごとになっていたのです。
私はリーダーとして、日本法人全社員の参加を目標に掲げました。「ぜひボランティア活動に参加してください」と呼びかけるだけでは集まりません。「People in Needs(支援を必要としている人々)」をテーマに、社内のチームビルディングと掛け合わせた多様なプログラムを、年間で50件以上デザインしました。
例えば、生活困窮者の方々に配るため早朝の教会に集まって300個のおにぎりを作る活動。東日本大震災の直後に、東北の被災地でがれきを撤去する活動。その他にも、障害のある子どもたちへのスポーツ支援や、高齢者施設での活動など、平日の朝や日中、週末など、さまざまな時間帯で参加できる機会を設けました。普段は接点のない部門の社員同士が、共通の目的に向かって一緒に汗を流し、コラボレーションしながら楽しく活動できる仕組みをつくったのです。
しかし、なかなか全社員参加には至りませんでした。日常の業務が忙しく、重い腰を上げてもらえなかったのです。そんな中、日本法人の全社員が集まるタウンホールミーティングで、活動について話す機会をいただきました。私は社員に一つの問いを投げかけました。
「支援を必要としている人々やそのご家族は、365日24時間、困難な状況と向き合っています。私たちの365日のうち、たった数時間を分かち合うことはできないでしょうか」
このメッセージを伝えた翌日から、社員の行動が目に見えて変わり、参加の申し込みが増えました。年に複数回参加する社員も現れ、最終的には参加率が100パーセントを超えたのです。
この経験を通して確信しました。人は、「やらなければならない」ルールを押し付けられたから動くわけではなく、心から共感できるビジョンや目的、情熱が伝わって初めて行動を起こすのだと。そして、一人ひとりの行動の積み重ねが、やがて組織のカルチャーをつくり上げていきます。このCSR活動は、人と人とのつながりや助け合いを大切にするカルチャーの一部として、私が会社を離れた後も定着しています。
「far beyond ordinary」を人と組織に
ヨネックスは目指すコーポレートカルチャーとして「世界のお客様のために楽しみながら競い合う」を掲げています。具体的にどのようなカルチャーを目指しているのでしょうか。
社員一人ひとりが会社のパーパスやミッション、そして2030年に向けたグローバル成長戦略を深く理解し、共感している状態を目指しています。一人ひとりの人財が力を発揮し、ヨネックスの力にしていくことを可能にする。その力が企業の成長につながるという文化が「パフォーマンス・カルチャー」です。
ヨネックスは創業以来、「独創の技術と最高の製品で世界に貢献する」という理念のもと、ものづくりとサービスにおいて最高品質を追求し続けてきました。その精神を象徴するのが、当社がスローガンに掲げる「far beyond ordinary」というフレーズです。私はヨネックスに入社する前から、仕事でも、人とのコミュニケーションでも、常に期待を超える価値を生み出し続けたい、昨日までの常識を超えていきたい、と思いながら生きてきました。自分の生き方と会社の掲げる言葉が重なり、運命的なものを感じました。
私が人事として実現したいのは、この「far beyond ordinary」の精神を、製品やサービスだけでなく、人・組織にまで広げていくことです。言われたことをただこなすのではなく、目的意識を持ち、昨日までの自分や組織の常識を超えていく。多様な価値観が尊重され、誰もが存分に力を発揮できる環境を構築する。その積み重ねがイノベーションを生み、グローバル成長戦略を支える確固たる基盤になると信じています。

ヨネックス本社の壁には「far beyond ordinary」が掲げられている
そのパフォーマンス・カルチャーを実現するために、人事部門としてどのような施策を進めていらっしゃるのでしょうか。
2024年年10月、これまでの年功序列型の制度を刷新し、パフォーマンス・カルチャーを支える新しい等級・評価・報酬制度を導入しました。グローバルで競争力を高めるため、言われたことを着実に実行するだけではなく、自ら挑戦し、成果を生み出す人財が報われるよう、評価と連動するメリハリのある報酬体系を構築したのです。また、採用戦略を見直して、より戦略的に専門スキルや経験のある中途採用を増やすなど、人財マネジメントの基盤整備を進めています。
今後は、ウェルビーイングやDE&Iの推進を含め、人と組織の成長を多角的に支える基盤づくりに取り組みます。まずは日本国内で新制度をしっかりと定着させ、社員がいきいきと働けるカルチャーを根付かせます。次の段階として、海外の現地法人にも同様の考え方や仕組みを展開し、グローバルで一貫した人財マネジメント基盤を構築していく予定です。世界中の社員がそれぞれの場所で「far beyond ordinary」を体現すれば、ヨネックスはさらに飛躍できると確信しています。
成長・進化、リスペクトと受容、変革と信頼
CHROという役割をどのように定義していますか。
「経営課題の本質を見極め、人財戦略をストーリーとして描き、人を動かし、変革を実現し、未来を創る経営者」と定義しています。
今や、人財や組織の力そのものが企業競争力です。時には人事部門が事業成長をリードする必要もあります。企業を持続的に成長させるためには、経営戦略と人財戦略が連動しているだけでは不十分です。先ほども話した通り、人は制度や報酬だけで動くわけではありません。社員一人ひとりが、「自分たちはどこを目指しているのか」「どのような価値を生み出したいのか」といったパーパスやビジョンに心から共感し、目指す方向を共有することで、一人では成し得ない大きな成果を生み出すことができます。
経営陣全員が同じ未来を描けるよう働きかけるとともに、その想いを社員一人ひとりにつなぎ、誰もが「自分も未来を創る一員なのだ」と実感できる環境を整えること。人の成長を企業の成長へ、そして社会への価値創出につなげるという好循環を生み出すことが、CHROの使命です。
人事リーダーとして大切にされている価値観や仕事観についてお聞かせください。
人事リーダーとして大切にしている価値観は、「成長・進化」「リスペクトと受容」、そして「変革と信頼」です。
一つ目の「成長・進化」に関しては、「コーチングの神様」と呼ばれるマーシャル・ゴールドスミス氏の「What got you here won't get you there(ここまであなたを連れてきてくれたものが、次の目的地へ連れて行ってくれるとは限らない)」という言葉を、常に自身へのリマインダーとしています。
組織を変革する際、これまで会社を支えてきた文化や社員の努力を尊重しつつ、これまでと同じやり方では到達できない領域があります。過去に敬意を払いながら、社員が未来に向かって進化し続けること、そして常に学び、成長し続ける姿勢が重要です。
二つ目は「リスペクトと受容」です。これまで多様な国籍や文化、価値観を持つ人々が集まるグローバル企業で働いてきて強く感じたのは、「人は誰一人として同じではない」という大前提です。私はDE&Iを、性別や国籍といった属性の話ではなく、「人」個人の話だと捉えています。一人ひとりが、それぞれ異なる背景や強み、弱みを持っています。その違いを優劣で判断するのではなく、互いの違いを認め、さらに「違いを力に変える」ことが求められます。
多様な人財が集まっても、「自分が受け入れられている」という安心感がなければ、その人の力は発揮されません。インクルージョンとは、相手を深く理解しようとする姿勢であり、私はそれを「愛」に近いものだと考えています。愛情を持って接することで、結果は大きく変わります。
ただし、多様性を認めることと、好き勝手な動きを認めることは異なります。「個性は多様に、目的は一つに」。多様性と一体感は相反するものではなく、共通のビジョンのもとで多様な個性が力を発揮することが、強い組織づくりにつながります。
三つ目は「変革と信頼」。リーダーとして何かを変えると決めた以上、困難があっても必ずやり遂げるというコミットメントが必要です。一方で、現場の声に耳を傾け、必要であれば柔軟に調整していく「Try & Learn」の姿勢も欠かせません。そして最も大切なのは、「何のために変革を行うのか」を丁寧に伝え続けること。社員に変革の意義を理解してもらって初めて、強い信頼関係を築くことができます。
大きなインパクトを生む人事に誇りを
グローバル成長戦略の実現に向けて、今後特に注力していきたい施策やテーマについて教えてください。
2点あります。まずは「グローバル人財基盤の構築」です。この2年半で新しい人事制度や人財マネジメント基盤を整備してきました。これからは定着、そしてグローバル展開のフェーズとなります。制度を導入して終わりではなく、現場の声を反映しながら継続的に改善を進めていきます。その上で、将来の経営や事業を担うポテンシャル人財を計画的に育成する仕組みづくりに着手します。
これまでは会社主導の配置転換や育成が中心でしたが、これからは社員全員が自身のキャリアについて考え、自ら学び挑戦する文化を醸成し、主体的な成長を促す環境を整えます。また、日本国内の取り組みを海外現地法人にも展開し、グローバル共通の人財データ基盤(One HR Platform)を構築することで、国や地域を超えて活躍できる人財を育成していきます。
二つ目は、「人とテクノロジーの掛け合わせ」、すなわち「人とAIが共創する時代のグローバル人財戦略」です。
AIが進化し、効率化や生産性の向上が図られる中で、「人間の仕事がなくなるのではないか」と不安を抱く社員もいるかもしれません。しかし、私はAIの導入によって人の価値が損なわれることはないと考えています。むしろAIができる業務が増えるからこそ、自らの意思を持つこと、他者に共感すること、人と人が協働して新しい価値を創り出すことなど、「人間にしかできないこと」の価値がこれまで以上に高まります。人間の持つ可能性を最大限に引き出すことが、人事部門の重要な使命だと捉えています。
最後に、人事の未来を担う読者の皆さまへ、メッセージをお願いします。
人事という仕事は、人の人生にも、そして企業の未来にも直接関わることができる、大変意義深い仕事です。自分が働きかけることで組織に良い変化が生まれ、人がいきいきと働いて成長する。個人の成長が組織の成長となり、企業の発展を通じて社会への価値提供につながっていく。さらに、社員や家族の幸せ、ウェルビーイングとして還元されていく。このような美しい循環を生み出せるのが、人事という役割の神髄です。
人と組織を変えていくことは決して簡単ではありません。真の変革には時間がかかり、困難や反対意見に直面することも多々あります。それでも、人と組織が持つ可能性を信じ、目指すべきビジョンを明確に描く。必ずゴールに到達するという強い信念を持って歩みを進めなければなりません。
また、強い意志で変革をけん引しながらも、温かな愛情を持って社員と接することを忘れないでください。人事は製品を作るわけでも、売上を立てるわけでもありません。しかし、誰かの挑戦や成長を後押しし、組織に働きかけることで、結果的に社会にまで波及するほどの大きなインパクトを生み出すことができます。大きな可能性と影響力を持つこの仕事に、ぜひ誇りを持って取り組んでほしいと思います。

(取材:2026年6月8日)
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