「人事が変わらないと会社は変わらない」
SUBARUのCHROが語る「真の競争力」とは
株式会社SUBARU 執行役員 CHRO 人事総務本部長
草深 英行さん

自動車産業が百年に一度の大変革期を迎える中、株式会社SUBARUは2025年にCHROを新設しました。初代CHROに就任した草深英行さんは、調達や経営企画、技術本部などを渡り歩いた経験から、「SUBARUには優秀な人財がたくさんいる」と確信を持っています。人財が持つ力を余すことなく引き出し、組織の壁を越えて挑戦を後押しする環境をいかにつくるか。創業期からのDNAを呼び覚まし、「真の競争力を持った人・組織」の実現を目指す草深さんの哲学をひもときます。

- 草深 英行さん
- 株式会社SUBARU 執行役員 CHRO 人事総務本部長
くさぶか・ひでゆき/1994 年、富士重工業株式会社(現:株式会社SUBARU)に新卒で入社し、群馬製作所にて調達部門に従事。約15年にわたり同分野で経験を積む。その後、経営企画、国内営業、技術管理など複数の部門を担当。2024 年4 月より執行役員 人事部⾧、2025 年4 月からは新設されたCHRO(最高人財責任者)に就任。2026 年4月より新設の人事総務本部長を兼任、現在に至る。
技術本部で感じた「シナジー」の大きさ
まずは、草深さんがこれまでどのようなキャリアを歩んでこられたのかを、お聞かせください。
1994年に前身の富士重工業に入社しました。キャリアの中で最も長く在籍したのが、自動車の製造に不可欠な鉄や部品などを調達する部門です。26歳から40歳までの15年間在籍しました。調達の業務は、モノづくりや製品開発プロセスを構成する不可欠な要素です。開発部門や製造部門の社員と密接な接点を持たなければ、業務を円滑に進めることはできません。ここでの経験が、今の人事部門での業務に大きくつながっています。
当時の調達部門は他部署への異動が珍しい部署でした。充実感を持って過ごしていたので、他部署へ移りたいという思いはありませんでした。しかし、当時の上司が将来を考えて「一度は本社の空気を吸ってこい」と後押ししてくれ、経営企画部門に異動し、その後、営業も含めて10年間、本社で勤務しました。
2022年、古巣の調達部門へ戻るのかと思っていましたが、開発の総本山である技術本部に異動となりました。私は事務職としてキャリアを積んできた人間です。技術本部は理系出身のエンジニアが集う組織なので、「技術本部で何をすればよいのか」と驚きました。ただ、技術本部での2年間は、とても楽しく、充実した時間でした。異文化が融合したときに生み出されるシナジーの大きさを、身をもって体感できた期間です。

初代CHROへの就任。肩書が変わってもブレない本質
2024年に人事部門の責任者となり、2025年には新設された初代CHROに就任されました。これまでのキャリアとは異なる人事領域での業務を、どのように感じていらっしゃいますか。
「人事領域は唯一の正解が存在しない」という難しさを、日々感じています。ある社員にとって最適な制度が、別の社員にとっては必ずしも最適とは言えない場合もあります。会社という組織である以上、一定の枠組みやルールの中で運営していかなければなりませんが、どの選択が正しいのかを見極めることは容易ではありません。
当社はこれまで、正解が分からないことに対してはどちらかというと慎重で、現状維持を選択しがちな空気がありました。しかし、自動車産業全体が大きな変革期を迎えている現在、人事の仕組みも柔軟に見直さなければなりません。私を含めた経営陣全員が「まずは試してみよう」という姿勢へ変わっています。試行錯誤する中で社員から厳しい意見が出ることもありますが、変化の激しい環境下で、人にまつわる重要な意思決定に携われる現在の役割には、非常に大きなやりがいを感じています。
SUBARUとして初めてCHROというポジションを新設した背景と、就任時の思いについてお聞かせください。
会社としてCXO体制を導入しCHROを設置した背景には、人財を経営の最重要課題に位置づけるという姿勢を、社内外に明確に示す狙いがあります。企業経営において非常に意義深いことであり、ポジティブに受け止めています。ただ、当社の歴史を振り返ると、人事部門のトップは常に、本社部門だけでなく技術本部や製造部門など、全社の人事にまつわる最終的な責任を負ってきました。CHROに就任しても、自身の責任や、やるべきことに大きな変化はないと捉えています。
一方で、業務を進めやすくなったと感じる点もあります。社内では、人事に関する最終的な決定権がより明確になり、意思決定のスピードが向上しました。また、当社の人事戦略を社外にも知ってもらい、意見をもらうというコミュニケーションも増えました。外部からの客観的な視点を取り入れることは、社内の議論を活性化させることにもつながります。
調達や経営企画、技術部門でのご経験は、CHROとしての仕事にどのように生きていますか。
部門の異なる多種多様な社員と仕事上の「真剣勝負」をしてきたので、「当社には驚くほど優秀な人財が数多く在籍している」と、自信を持って言えます。深い専門知識を持つエンジニアや、革新的なアイデアを生み出す若手社員など、大きなポテンシャルを秘めた人財が集まっているのです。
最近はキャリア採用が好調で、優秀な人財がさらに集まっています。例えば、渋谷に開設した「SUBARU Lab」という拠点で、自動車へのAI実装に加えCASE領域におけるソフトウェアの研究開発を進めているのですが、AIやIT分野の技術者の獲得競争は非常に激しい。また、待遇面のみで比較すると、当社より好条件の企業は多く存在すると認識しています。しかし、選考プロセスを通じて、当社の魅力や自動車に自分の技術を組み込む醍醐味をお伝えすると、多くの人が「SUBARUで働くのはおもしろそうだ」と感じて入社してくれます。
特別な採用施策を講じるよりも、面接などのコミュニケーションを通じて、自由な社風や、仕事に対する純粋な熱意が伝わっているのだと思います。口下手な社員も多いですが、自分の仕事の魅力については熱っぽく語ることができる。そうした人間味あふれる部分が、キャリア採用の候補者に響いているのではないでしょうか。私も時々SUBARU Labに顔を出しますが、みんないきいきと仕事に取り組んでいます。当社のテストコースで実際にテスト走行するAI技術者もいて、自分の仕事の成果をリアルに体感できる環境を楽しんでいるようです。
CHROの最も重要な仕事は、優秀な人財が働きやすい環境を整え、仕事に対する熱意を最大限に引き出すこと。適切な人員配置、公平な評価制度、能力開発の機会など、すべての施策はこの目的を達成するために存在します。当社を選んで入社してくれた優秀な社員たちが、いかに持てる力を発揮できるか。そのための環境整備と仕組みづくりこそが、最大の使命だと確信しています。
そうした環境整備を進める上で、SUBARUならではの強みや特徴はどこにあるとお考えでしょうか。
当社のルーツは、航空機メーカーの中島飛行機にあります。SUBARUの歴史や企業文化について深く掘り下げていく中で、創業者の理念に大きな感銘を受けました。中島飛行機では「学歴よりも実力を重視し、個性的な人間たちが集まる」組織文化があったそうです。「学歴や家柄で測れる人財ではなく、真の実力を持つ者を集める」という考え方は、現在のSUBARUにも脈々と受け継がれています。
この創業期からのDNAが、当社の最大の強みです。独自性の高い人財が集まり、自由な発想で挑戦を続ける風土があります。人事の役割は、このDNAを絶やすことなく土壌を守り抜き、さらに発展させていくことだと考えています。
SUBARUのDNAをさらに活性化させるため、どのような取り組みを行われていますか。
例えば、規模の大きい組織や部門では、どうしても組織の壁や心理的な距離が生じてしまい、また役員との接点も少なくなります。いくら書面や社内報などで「自由な風土を大切にしよう」と呼びかけても、現場の空気は簡単には変わりません。そこで、役員を身近に感じてもらう取り組みを始めました。
例えば、副社長と私がお酒を飲み交わしながら、会社の未来や課題について本音で語り合う動画を社内に配信しました。役員がリラックスした状態で、時には熱く夢を語る姿を見せることで、「同じように悩み、挑戦しようとしているのだ」というメッセージを伝えたかったのです。この企画は若手の人事部員の提案で実現し、多くの社員から好意的な反応を得ることができました。その後も、他部門の役員が参加する動画を継続的に配信しています。外部から参画した役員が新鮮な視点で会社の魅力を語る回もあり、クオリティも徐々に向上しています。
こうした取り組みを通じて、「役員に対して意見を言っても良いのだ」「新しいことに挑戦しても良いのだ」という雰囲気が社内に広がってきていると感じます。もともと当社に存在する「やっちゃっていい」という自由な文化を再認識してもらい、社員の挑戦を後押していきたいですね。

「真の競争力を持った人・組織」を実現する四つの要件
SUBARUは「真の競争力を持った人・組織」の実現を目指しています。「真の競争力」とはどのようなものだとお考えでしょうか。
経営環境が目まぐるしく変化する現代において、企業の存続を左右するのは最終的に「人と組織の力」です。事業規模の拡大も重要ですが、規模だけで他社に対抗することはできない。環境変化に柔軟に対応できる筋肉質な組織を構築しなければ、激しい競争を勝ち抜くことはできません。
では、「真の競争力」を持った状態とは具体的にどのような姿なのか。私なりに四つの要件を定義しています。
第一の要件は、「人財それぞれの異なる能力が最大発揮されている」ことです。先ほど話した通り、当社には高い能力を持つ人財が多数在籍しています。しかし、100の力を持っている社員が、業務の都合や環境の制約によって70の力しか発揮できていないケースもあります。会社にとっても本人にとっても大きな損失です。100の力を出し切ってもらい、さらに成長を促して120の力を発揮できるような環境を整えることが不可欠です。
第二の要件は、「本質業務に注力し、成果創出までのスピードが速い」こと。個人の能力が高くても、組織の承認プロセスや古い慣習が障壁となり、意思決定や実行のスピードが遅れてしまうことがあります。個人の努力だけでなく、組織全体として業務の進め方を見直し、迅速に行動できる体制を構築しなければなりません。
第三の要件は、「全体最適の意識を持ち、組織の壁を容易に超えながら動ける」こと。会社の成長に伴い組織が細分化されれば、部門間の利害対立や部分最適の考え方が生じるのはやむを得ないことです。しかし、部門間の壁によって、情報共有や連携が阻害されてはなりません。部門の垣根を越えて柔軟に協力し合える、風通しの良い関係性を築くことが求められます。
そして第四の要件は、「挑戦・応援できる風土がある」ことです。当社には、年齢や性別にかかわらず、新しいことに挑戦したい意欲を持つ社員が数多くいます。しかし、これまでは「新しい提案をした人間が、すべての実務と責任を負う」という、いわゆる「言ったもん負け」が生じることがありました。周囲からの支援や伴走がないため、提案者が孤立して疲弊してしまっていたのです。この状況を根本から変える必要があります。挑戦しようと声を上げた社員がいれば、組織を挙げて全力で支援し、伴走する。同じ志を持つ仲間を引き合わせ、プロジェクトを成功に導くための後押しをする。そのような風土が根付いてこそ、強い人と組織が育ちます。
「真の競争力を持った人・組織」のために、どのような施策に取り組んでいますか。
例えば「言ったもん負け」の雰囲気を払拭し、挑戦を後押しするため、「SUBARU Movement Index(SMI)」という取り組みをスタートさせました。社員の挑戦プロセスを会社全体で可視化し、賞賛し、応援するためのプラットフォームです。2026年度に立ち上げたばかりの施策で、まだ試行錯誤しながら運営していますが、着実に成果が見え始めています。
SMIには例えば、将来を見据えて魅力あふれる製造現場をつくるプロジェクトや、システムを活用した全社的な風土改革の取り組みなどが掲載されています。個人の努力だけでは解決が難しい長年の業務課題に対して、有志が集まって解決策を模索するような活動も対象です。まずは月に1件のペースで優れた挑戦を共有していくことを目標にしています。年間で12件のプロジェクトが紹介され、それぞれのプロジェクトに数人ずつ関わっていれば、50人から100人の社員がスポットライトを浴びることになります。
SMIは各活動の「参加する従業員の割合」と「支援の実感値」の2軸でスコアを算出する管理指標ですが、複雑な評価指標の設計に時間を費やすよりも、まずは挑戦を可視化し、賞賛する文化を醸成することを優先しました。
社員からの反応はいかがでしょうか。
手応えを感じています。役員の対話動画などの施策と相乗効果を生んでいるのかもしれませんが、最近では社内を歩いていると、「私のチームの取り組みもSMIで取り上げてほしい」と直接声をかけられることが増えました。自分たちの挑戦を会社に認めてもらいたい、広く知ってもらいたい、という意識が着実に広がっています。すべての提案を無条件に取り上げるわけにはいきませんが、社員の自発的な動きが活性化していることは、非常に喜ばしい変化です。
また、「どうやったら会社が良くなるか」を全員で考えるきっかけとして、春季労使交渉の様子を全編ノーカットで動画配信しています。動画は非常に多くの社員に見られるため、会議での発言には一つひとつ気を使いますが、本気で会社を良くしたいという思いを共有できる、やりがいのある取り組みです。
最後に、人事部門で奮闘されている読者の皆さまへ、メッセージをお願いいたします。
これまでの経験を通じて強く実感していることがあります。「人事が変わらなければ、会社は絶対に変わらない」ということです。業種や業界を問わず、すべての企業に共通する真理ではないでしょうか。
私もSUBARUの人事部門も、理想とする姿にはまだ到達していません。日々もがきながら改革を進めている最中です。新しい施策を試しては失敗し、また別の方法を模索するということの繰り返し。読者の皆さまも、同じように試行錯誤を重ねているのではないでしょうか。
CHROになって、他社の人事責任者と意見交換する機会に恵まれています。他社の成功事例がそのまま自社に当てはまるとは限りませんが、人事部門が明確なビジョンを持ち着実に成果を上げている企業は、例外なく企業全体のパフォーマンスも向上しています。人を育て、組織の土壌を豊かにする人事という仕事は、企業の根幹を支える極めて重要な役割です。正解のない難しい領域ではありますが、やりがいと誇りを胸に、共に前進していきましょう。

(取材:2026年6月15日)
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