従業員に対し「能力不足」による降格を実施する場合の
法的留意点と踏むべき手順
弁護士
藤井 康広(ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業))
6. 降格実施の手順
最後に、これまでの降格に関する法的な議論を踏まえて、実際に、業績不良あるいは能力不足で降格を実施する場合の手順ないし要領をまとめておきます。
(1)懲戒処分としての降格をするか、人事異動としての降格をするかを判断
まず、業績不良あるいは能力不足が、業務命令違反や勤怠不良などの懲戒事由に該当することによるものなのか、あるいは、経験や知識、あるいは、潜在的な能力を原因とするものなのかを確認し、懲戒処分としての降格をするか、あるいは、人事異動としての降格をするかを判断します。もっとも、懲戒処分としての降格処分の有効性は厳格に判断される一方、人事異動としての降格は広く裁量が認められていますので、社内啓発などの企業秩序維持に必要という特別の要請がない限り、人事異動としての降格を検討することが望ましいでしょう。
(2)それぞれの降格実施に至るまでの手続き
次に、降格に至るまでの手続きですが、懲戒処分としての降格の場合は、調査に基づく客観的な事実確認を行ったうえで、本人への弁解の機会を与え、さらに、就業規則に手続きが定められている場合には、それに沿って手続きを進めていかなければなりません。他方、人事異動としての降格の場合、このような厳格な手続きに従う必要はありませんが、降格に先立ち、適切な指導、注意を実施し、改善の機会を与えることが望ましいでしょう。能力不足を理由とする降格を実施するためには、客観的かつ適切な能力評価に基づき実施しなければなりませんが、指導や改善の機会は能力不足を客観的に判断するためにも、必要な過程です(人事評価についての詳細は省略)。改善の機会を与える方法としては、面談のうえ、改善すべき点を指摘するとともに、具体的に目標を提示することが望まれますが、この点については、能力不足による解雇の事例が参考にするとよいでしょう(能力不足による解雇についての詳細は省略)。
客観的かつ適切な能力評価の結果、現在の役職ないし職務にふさわしくないと判断した場合は、その能力に応じた役職ないし職務への降格を実施することになります。しかし、人事異動としての降格といえども、多少なりとも懲罰的な性格を帯びていることは事実ですし、降格が労働者の自尊心を傷つけ、さらには、辞職へ追い込む結果となり得ることも事実です。そのため、降格先を間違えると、退職に追いやる意図を持ってなされた降格であると認定されかねません。
例えば、部長職から課長職に降格させる場合でも、もとより課長職はなく、しかも、課長職に降格後も新たに部長職に就任する者もいないようでは、指揮命令系統や責任という面でも何ら変化がなく、単に本人の自尊心を傷つけるだけ、あるいは、見せしめ的に降格を行ったものと判断され、不当な目的をもってなされた降格として無効と判断されてしまいます。
したがって、降格先の選定は、労働者の能力や適性のみならず、降格後の人員配置が業務運営上合理的なものかどうかを踏まえたうえで行う必要があります。
さらに、賃金減額を伴う場合は、なお慎重な検討を要します。まずは、就業規則上、降格と賃金減額の関連付けないし連動性が明確に定められているかどうかを確認します。この点に疑問がある場合は、賃金減額は避けることが望ましいですが、なお賃金減額を選択する場合には、賃金減額について労働者の同意を得るよう努力すべきです。もっとも、賃金減額に対する同意は、「ただ労働者が異議を述べなかったというだけでは十分ではなく、このような不利益変更を真意に基づき受け入れたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要」(NEXX事件・東京地判H24.2.27労判1048号72頁)と考えられますので、誠実な説明と理解を求める努力をしたうえで、書面にて同意を得るよう努めることになります。
また、降格と賃金減額を一体として検討するアプローチを踏まえるならば、漸次的賃金減額などの賃金減額の激変緩和措置や代償措置などを設けることが有効と考えられますし、また、激変緩和措置により賃金減額への同意も得やすくなります。ただし、前述の通り、職務等級制度の場合は、このような激変緩和措置のために、将来的に、職位ないし職務と賃金との連動性が認められないとして職務等級の変動を理由とする賃金減額の効力が否定される可能性が出てくるリスクも踏まえて判断する必要があります。
(3)労働者への通知等の実施
降格には、必ずしも事前通知を要しませんが、信義則(労契法3条4項)および労働契約内容の理解促進の責務(労契法4条1項)などを踏まえるならば、降格の理由は労働者に説明すべきものと思われます。とりわけ、賃金減額を伴う場合は、最終的な賃金減額の判断に影響する可能性があることに留意すべきです。また、実務的にも、突然の降格は、人格への攻撃の色彩を帯びるのみでなく、業務への影響も考えられます。また、労働者の感情的な反応を回避するためにも、1~2週間程度前に、降格の内示を含め説明のための面談等を実施することが望ましいでしょう。
降格の正式な告知方法としては、法律上特に求められる告知方法があるわけではありませんが、あくまでも人事異動ですので、通常の人事異動と同様に粛々と行うのが望ましいでしょう。例えば、すべての人事異動を社内公示している場合は同様に公示を行い、個別告知を行っているところは個別告知を行います。ただし、実務的には、降格は、一種の出直しの機会でもありますので、個別に面談を行い、降格の理由のほか、降格後の職務で期待されていることなどを明示し、また、将来の再昇格の可能性などについても説明をすることが望ましいでしょう。このような面談の機会が、嫌がらせによる降格であるとの印象を払拭することにもなりますし、また、降格の効力をめぐる紛争の予防にも繋がります。
7. 降格実施の際は紛争防止も視野に入れながら進めること
能力不足による降格は、解雇よりも容易であるとして、安易に検討されがちですが、降格の効力をめぐる紛争は決して少なくないということに留意して、慎重に検討しなければなりません。また、最近では、パワーハラスメントなどと関連付けて降格の無効を主張する事例、降格無効を主張して降格先での勤務を拒否して賃金請求を続ける事例、降格後に精神疾患を理由として休業し労災(あるいは安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求)を主張する事例など、事案も複雑化してきています。降格は、いかにその後の紛争を防止するかという視点を忘れずに、できるだけ労働者の理解と同意を得て実施するように努めてください。
ふじい・やすひろ ●弁護士(東京弁護士会)。ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)(労働法部門責任パートナー弁護士)。京都大学法学部卒。シンガポール国立大学法学部卒(比較法修士)。東京弁護士会労働法制特別委員会委員。
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