日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
「管理型」から「支援型」へ――サッポロビールの「マネージャー修練プログラム」から考える、現代の管理職育成
サッポロビール株式会社 人事総務部長 兼 サッポロホールディングス株式会社 人事部長
吉原 正通氏

多くの日本企業が「管理職の役割変化」や「自律型人材の育成」に課題を抱える中、創業150年を迎えるサッポロビールが大胆な改革に乗り出した。同社では、従来の目標達成を管理する手法から、メンバーの成長にコミットする「支援型マネジメント」へと転換。ランク付けのための評定会議を「人財育成会議」へ刷新し、360度フィードバックを処遇に反映させず「気づき」の機会にするなど、試行錯誤を重ねながら風土改革を進めている。同社 人事総務部長の吉原正通氏が語る事例をもとに、現場の管理職がいかにして意識を変え、メンバーの成長を支援できるのか、その要諦について議論した。
- 吉原 正通氏
- サッポロビール株式会社 人事総務部長 兼 サッポロホールディングス株式会社 人事部長
(よしはら まさみち)大学卒業後、サッポロビールの人事部門からキャリアをスタート。給与計算システムの構築、人事制度改定、シェアードサービス会社の設立などを牽引。その後カナダ子会社にHR Managerとして駐在し、日本帰国後はM&Aに関わり、人事デューデリジェンス、子会社の統合などに携わる。その後自ら統合した子会社に出向し、ヨーロッパ海外飲料の輸入ブランドマネージャーを経験のち、サッポロビールに戻り人事制度を改定し、職務・役割要件制度、ノー・レーティングなどを導入。その後サッポロ不動産開発人事総務部長を務め、2024年3月より現職。
創業150年の伝統企業が直面した「MBOの限界」と変革の意志
サッポロビールは1876年の創業で、2026年に150周年を迎える。しかし、同社を取り巻く環境は決して楽観視できるものではない。国内の人口減少に伴う市場縮小に加え、世界的な健康志向の高まりによるアルコールへの風当たりの強さなど、未来予測には厳しさが伴う。
人事が直面していた課題は、組織文化の硬直化であった。同社では古くからMBO(目標管理制度)を導入していたが、目標を上から下へ流す「カスケードダウン型」の仕組みが限界を迎えていた。
「達成しやすい目標を立て、100%、110%の成果を出したことが評価される。本来は難易度やチャレンジ過程を見るべきですが、なかなか文化としてうまくいきませんでした。カスケードダウン型の目標設定が染み付いてしまっていたのです」
守りの姿勢が先行し、自ら考える文化が薄れている――。この危機感から、同社は2020年に人事制度の抜本的な改革へと踏み切った。目指したのは、年度単位の管理から「現在」を重視するスピード感への転換、そして「過去・無難型」から「未来・挑戦型」へのシフトだ。さらに、会社から降りてくる目標に従うのではなく、「あなたは何をやりたいのか」という個人の内発的動機を起点とした組織への再編を試みたのである。
マネージャーの役割を再定義――「管理型」から「支援型」への転換
改革の核心は、評価制度の哲学そのものを問い直したことにある。吉原氏は、「そもそも評価制度は何のためにあるのか」という本質的な議論を徹底的に重ねたという。その結論は、「企業がやりたいベクトルと、個人がやっていることの線を合わせること」であった。ランクをつけること自体を目的化するのではなく、会社が個人に対してメッセージを伝えるための手段として評価を定義し直したのである 。
この哲学に基づき、管理職の役割は劇的に変更した。それまでの「管理型」から、メンバーの成長に特化した「支援型」へと振り切ったのだ。同社が定義した新しいマネージャーの役割は、「人財育成は最大の使命という意識のもと、メンバーの多様性を尊重しながら、強みを引き出し、成長にフォーカスした支援を柔軟に行うことで、組織の継続的な成果創出につなげること」である。
「管理職の仕事は、メンバーの成長・育成に特化する。評価制度という名前自体も、ABCのランクをつけることが目的になっていたので『育成評価制度』という名前に変え、社内の意識浸透を図りました」
具体的には、管理職を「職務等級制度」に移行させ、ポストに対してグレードと報酬をひも付ける、シングルレートを導入した。これにより、役割の変化に応じて報酬が上下する実力主義的な側面を強めつつ、現場での「支援」の実効性を高めるための権限委譲も進められた。
評価を「育成」の手段へ~ノーレイティングと「人材育成会議」の導入~
「支援型」への転換を実効的なものにするため、同社は評価会議のあり方も変えた。かつての「評定会議」は、マネージャーたちが密室に集まり「Aだ、Bだ」とランクを決めるための議論に膨大な時間を費やしていたが、ランク付けのためだけの会議が企業価値向上につながっているのかという疑問があった。そこで、「メンバー一人ひとりの育成のため」に使う「人財育成会議」へと刷新したのである。
この会議では、直属の上司がメンバーの強み、弱み、育成方針を記した原案を作成し、複数のマネージャーで議論する。ポイントは、1対1の相性に依存させず、多角的な視点から「どうすればこの人は脱皮できるか」をファシリテーターと共に深掘りすることにある。
「いわゆる、ノーレイティング的な考え方も取り入れました。ランクの奪い合いに終始するのではなく、半期の中での組織貢献に対する加算点をフィードバックする方式に変更したのです。Aを10%作るならCも10%作らなければならないといった、不毛な議論を廃したかったからです。マストの業務をやり切れば賞与のベースを担保しつつ、プラスアルファの貢献をしっかりと評価する形に変えました」
こうした制度変更の土台となったのが、月1回・30分間の「1on1ミーティング」である。当初は「業務の話は禁止、雑談でもいいからメンバーのためだけに時間を使ってほしい」という極めてシンプルなルールからスタートし、段階的にその質を高めていった。現在では、心理的安全性の確保やアンコンシャス・バイアスの排除といったテーマを経て、コーチングやビジョン提示といった高度なスキルアップデートのフェーズへと移行している。
成長を加速させる「フィードバック」の文化~耳の痛い指摘を「ギフト」に変える~
マネージャーのスキル向上において、同社が特に注力しているのが「フィードバック」である。支援型マネジメントを標榜する中で、当初は「メンバーをヨイショするだけ」の甘い1on1が散見されることが課題となっていた。これに対し、吉原氏は「成長させるためには、時には耳の痛いことも伝えなければならない」と考えたという。
導入された「フィードバック研修」では、耳の痛いことを伝えて職場を立て直すテクニックやケーススタディが扱われた。驚くべきは、その参加形態である。マネジメントスキルの研修は「手挙げ制(公募制)」を中心としている。
「強制され、Web研修を受けながら内職をしているような空気を作りたくありませんでした。自らの意思で学びたいという人を募った結果、対象者の70%以上が自ら手を挙げて参加してくれました」
さらに、2022年頃からは全社員を対象とした「相互フィードバック(360度評価)」も導入した。これは処遇には一切反映させず、純粋に「自己成長の機会」として提供されている。特徴的なのは、その項目名である。一般的な「Good & Bad」ではなく、「Good & Motto」という表現を用いている。
フィードバックを「ギフト」や「ごちそう」と定義し、受け取る側も「他者の目を通したセルフアウェアネス(自己認識)の向上」と捉えるよう、全社員に共通言語化を徹底した。吉原氏は「大人の学びには痛みが伴う」と語りつつ、その痛みが自己成長の糧になることを説き続けている。
「ぬるい職場」を排し、自律的な学習組織へ
「支援型マネジメント」や「心理的安全性の確保」という言葉は、時に「ぬるい職場」を作るリスクをはらんでいる。吉原氏はこの点に対し、明確な拒絶を示す。同社が目指しているのは、単に仲が良いだけの集団ではなく、一人ひとりが自律し、高い収益性を生み出せる「学習する組織」である。
「サッポロビールは愛社精神が非常に高く、エンゲージメントスコアもトップクラスです。しかし、単に『会社が好き、商品が好き』というレベルに留まっていないか。真の意味でのエンゲージメントとは、右上(学習したい職場)に向かう力であるべきです」

吉原氏は、国内の食品・飲料業界が長年抱えてきた「低収益構造」への危機感を強調した。グローバルなアルコールメーカーが20%以上の利益率を誇る中、日本のメーカーは数%に留まっている。この現状を打破するためには、管理職がメンバーをコンフォートゾーン(安住の領域)からストレッチゾーン(挑戦の領域)へと引き上げ、自ら考えて動く人材へと育て上げることが不可欠である。
150周年を一つの通過点とし、200年、300年と続く強い会社にする――。サッポロビールの挑戦は、制度というハード面だけでなく、フィードバックを送り合い、学び続けるというソフト面(文化)の変革によって、今も現在進行形で進められている。
【Q&A】
参加者との活発な議論
参加者から寄せられた質問に対して、吉原氏は現場の実情を踏まえた率直な回答を述べた。
質問者:管理職研修を手挙げ制にしているとのことですが、学ばない管理職を降格させるなどの厳しい仕組みはあるのでしょうか。
吉原:はい。職務等級制度を導入していて、移動の中で課長ポストから外れる、あるいは準管理職から一般社員へ降格する、といったことも行っています。「メンバーの育成から外れている」「現状維持に留まってチームに良い機能を与えていない」と判断された場合は、ポストから下ろす判断をしっかりと行っています。
質問者:1on1で業務以外の話を浸透させるのに苦労しています。具体的にどう進められたのでしょうか。
吉原:導入初期はあえて「業務以外の話をしてくれ」と強く発信しました。そうしないと、特に営業部門などでは30分間ずっと説教で終わってしまうようなことが起きたからです。まずは家族の話や雑談から入り、相手に関心を持つことから始めてもらいました。最近では、メンバーがキャリアの話などをしたいと思ったときに、マネージャーが適切な「ボール」を投げられないと感じて、自発的にキャリア面談の研修を受けに来るという良い循環も生まれています。
質問者:総合フィードバック(360度評価)で、社員がネガティブな内容に傷ついてしまうことはありませんか。
吉原:もちろん、指摘に傷つく人はいます。しかし、そこは「大人の学びには痛みが伴う」という前提を伝えつつ、フィードバックを受けた後の1on1をセットにしています。マネージャーが「この指摘についてどう思う?」と寄り添い、対話を通じて消化させるプロセスを仕組みとして取り入れています。自分一人で向き合うのは無理でも、マネージャーが並走することで、痛みを成長の糧に変えていくことができると考えています。

【グループ発表】
管理職の在り方と自社の課題を巡る対話
グループディスカッションでは、参加者から管理職に求められるマインドや自社での育成課題について、多角的な視点が共有された。
参加者1:私たちのチームでは、相互理解や心理的安全性を高めるスキルの重要性が話題になりました 。特に印象的だったのは「部下のキャリア開発を支援するには、まずマネージャー自身が自分のキャリアを考えるべきだ」という意見です 。自分をおろそかにしていては、他者の支援はできないという気づきがありました。
吉原氏:おっしゃる通り、マネージャー自身のマインドは重要ですね。次に目指しているのは、1on1の時間を単なる愚痴を聞くだけで終わらせないことです。30分という限られた時間の中で、相手の深層心理に切り込み、思考を揺さぶるような「問いを立てる力」を磨きたいと考えています。
参加者2:「支援型」や「Good & Motto」といった言葉選びのセンスに感銘を受けました 。否定的な「Bad』ではなく「Motto」と表現することで、部下へのフィードバックがぐっと伝えやすくなるという安心感があります。
吉原氏:「ありがとうございます。言葉を研ぎ澄ませることは、人事が施策を打つ上で非常に意識しているポイントです。「Good & Motto」は本当におすすめです。人事側は問いかけやすく、答える側も受け入れやすい。多くの会社でも活用され、日本企業の文化になればいいなと思うほどです。
参加者3:人事制度とメッセージを連動させることの大切さを再認識しました。一方で、若手社員などが耳の痛い「Motto」の指摘を受けた際、それをどう前向きな行動に変えていくのか、フォローの難しさを感じています。
吉原氏:そこは私たちの悩みでもあります 。私はよくマネージャーに「大人の学びには痛みが伴うんだよ」と伝えています。その痛み(ネガティブなフィードバック)を一人で抱え込ませないことが肝要です。フィードバック後の1on1を「内容と向き合う時間」としてテーマ化し、マネージャーがメンバーに寄り添って一緒に消化していくプロセスを大切にしています。
参加者4:コーチングなどのスキルを学んでも、多様な部下を前にすると言葉を選びすぎてしまい、肝心なことが伝えられないという課題も出ました 。知識を実践に変えるための長期的なプログラムが必要だと感じています。
吉原氏:かつてある講師の方が、1on1の準備時間を「愛の時間」と呼んでいました。業務命令としてではなく、相手の成長を願って何を伝えるかを真剣に考える。「愛」を込めた言葉であれば、たとえ厳しくても相手に響き、組織の質は上がっていくはずです。テクニックも大事ですが、最後はそうしたマインドの部分に立ち返ることが、質の向上につながるのではないでしょうか」
最後に吉原氏は参加者へメッセージを送り、講座を締めくくった。
「今日ご紹介した取り組みのすべてが、うまくいっているわけではありません。私も日々、現場の声を聞いて悩み、もがき苦しみながら進めているのが実情です。会社の歴史や事業環境が違っても、人事という仕事の悩みには、多くの共通点があると思います。私も社外とのコミュニケーションを通じて多くのヒントをいただくことで、今の考えが形成されてきました。皆さんもぜひ好奇心を持って外の世界に触れ、そこで得た気づきを自社へのインプットとして還元していってください。私たち人事担当者が、誰よりも学び続けていきましょう。本日はありがとうございました」

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