キャリア
キャリアとは?
キャリアとは、長期的な職務経験や職務に伴う継続的な能力開発を指します。昨今では、従業員のモチベーションアップや企業全体の生産性向上のために、従業員の自律的なキャリアを支援する企業が増えています。
キャリアの考え方の一つに、外的キャリア・内的キャリアがあります。外的キャリアは周囲から見てわかりやすいものですが、内的キャリアは自分の内に秘めているものです。たとえば、「ITで世の中を便利にしたい」「販売を仕事にしたい」など、自分の仕事に対する考え方の根底にある価値観や使命感などです。時には、本人ですら気づきにくいこともあります。
外的キャリアを決定・選択する際も、内的キャリアは大変重要です。内的キャリアが満たされず、従業員がギャップや不満を感じてしまうケースの一つとして、外的キャリアだけを基準に選択した就職・転職が考えられます。企業は、外的キャリア・内的キャリアのバランスを考えたキャリアプランの構築を支援することが大切です。
1.キャリアの意味
一般的にキャリアは「経歴」と言い換えられますが、より限定して「職務を軸とした経歴」と捉えられることが多くなっています。もしくは、経歴を作り上げるまでの過程のことを指すこともあります。
また、キャリア自律研究の第一人者である慶應義塾大学の花田光世氏は、前向きかつ自主的な活動を通じて、自分の可能性を模索・発揮するプロセスだと述べています。
昨今はセルフ・キャリアドックの導入を促進するなど、国もキャリア教育・支援に力を入れています。セルフ・キャリアドックとは、社員のキャリア形成の促進・支援を目的としたキャリア開発の総合的な取り組みのことです。キャリアコンサルティングとキャリア研修などを組み合わせて行います。
2.企業が従業員のキャリアを支援する理由
実際にポジティブな効果がある
企業が従業員のキャリア支援を実施することで、ポジティブな効果が得られることが調査でわかっています。「人事白書2021」によれば、キャリア開発研修を実施している企業のうち62%が、期待した効果が得られていると回答しました。さらに同調査によれば、「今後実施する予定」と「今後の実施を検討している」があわせて43.7%となっており、キャリア開発研修の導入に前向きな企業が多いことがうかがえます。
ただし、キャリア開発研修への意欲・実施状況や業種や企業規模によって違いが見られます。業種別に見た場合、小売・流通・商社で今後の実施を予定・検討している割合が53%と高くなっています。企業規模別に見ると、全体で見れば実施率が34.7%なのに対して、5001人以上に絞れば実施率が65.6%と、大企業になるほどキャリア支援に取り組んでいる割合が高いことがわかります。
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キャリアに影響を与える外的要素
キャリアが個人だけではコントロールしにくい要因として、外的要素が挙げられます。個人のキャリアに影響を与える外的要素としては、景気動向や政策変更、自然災害、個人の家庭状況、健康状態などが挙げられます。個人では調整できない外部からの要素もキャリアに影響するからこそ、企業がキャリア開発支援体制を整え、従業員のキャリアをバックアップすることが大切です。
3.年代・役職に合わせたキャリアとは
年代・役職によって、従業員が抱く悩みや課題は異なるため、年代や役職に合わせたキャリアを考えることが大切です。キャリア形成に年齢制限はありませんが、身につけるべき能力や企業が期待する役割は年代によって変化します。
年代 | 各年代の特徴 | キャリアの考え方 |
20代 | 入社前に想像していた職場や仕事と現実との間にギャップがあり、「仕事内容」や「職場の人間関係」に悩むことが多い。 | 「働くこと」に対する自分自身の価値観が明確になるように支援する。 入社前に仕事に触れる機会を増やすなど、入社後のギャップを小さくする。 |
30代 | 家庭を持ったり、チームの中間的立場となったり、私生活・職業生活ともに転換を迎える時期。「このまま今の会社でいいのか」と考え始める人も多い。 | 自分の価値観や専門性を把握し、次世代のリーダーとなるよう、自己理解やコミュニケーション能力向上を支援する。 |
40代 | 体力的にも余裕があり、知識・経験を積んだ働き盛り。一方で、昇進かリストラかの瀬戸際に立つこともある。 | 専門性を追究するための自己理解を深めること、部下や後輩へのロールモデルとなることを支援する。 |
50代 | 自分の健康に対する悩みが増える。定年退職以降のキャリアを考え始める。 | 今後のキャリア開発に併せて、自分のリソースを再認識し、前向きにチャレンジできるようにサポートする。 |
4.人事制度によるキャリア支援
キャリア自律のための三つの方策(高橋 俊介氏)
キャリア自律とは、個人が自身のキャリアに向き合い、企業や組織に依存せず、主体的にキャリアを開発していくことです。キャリア自律度が高い従業員は、自己評価や仕事の充実感が高く、新しい事業を生み出すほどの影響力を持ち得ます。
高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)は、「自分らしいキャリア」の支援が必要と話します。
(1)会社のキャリア自律支援の考え方を従業員に伝達する
トップのメッセージとして「キャリア自律支援は福利厚生のためにやっているのではない。経営のためにやっているのだ」と明確な意思表明をし、従業員と約束します。
(2)従業員のマインドセットへの働きかけと個の支援
個人のキャリア自律を促進させるため、従業員にキャリアについての気づきを与え、必要に応じてキャリアコンサルティングなどの個別支援を行います。
(3)個別のキャリア形成のための多様な機会提供
主体的な学びの機会、キャリアチェンジの機会とその支援、外部刺激を受ける機会(パラレルワークや社会活動など)を与え、個人のキャリア形成につなげます。
支援事例
自律的キャリア開発(三井情報株式会社)
三井情報株式会社では、変化の時代に対応できる人材育成を目指し、自律的キャリア開発支援を行っています。
同社では、グループ人事と部門人事が連携し、人材育成および教育体系プログラムを運営しています。グループ人事の役割は、全社的な指針に基づく全社育成プログラムの準備・実行です。同社には、「マネジメントコース」「エキスパートコース」「スペシャリストコース」という三つの教育プログラムがあり、人材ポートフォリオを実現するための制度として機能しています。また、全社共通で必要とされる能力開発やスキル開発を担当するのもグループ人事の役割です。そのうえで、社員一人ひとりの人材育成は部門人事が担います。グループ人事では手の届きにくい専門性や、個を尊重する部分を部門人事が担うことで、適宜必要な学びを提供しています。
(2)年に全3回の「キャリア開発セミナー」を開催
同社では予測不可能な時代に備え、社員一人ひとりが自律的にキャリアに向き合う機会として、「キャリア開発セミナー」を開催。外部から講師を迎え、全3回のセミナーを実施しました。世代に関係なく自分のキャリアを考えてもらうため、短時間のオンライン開催プログラムで参加のハードルを低くするといった工夫を行い、各回160〜190名強の参加がありました。
また、セミナー後のフォローも手厚く行っています。キャリア開発セミナー開催後には、一人ひとりの能力開発やキャリア形成の促進を目的として、幅広い講座の中から自分で選択できるオンライン学習プログラムをトライアル導入。申込開始から2日で枠が埋まり、新たな学びへのニーズを喚起できたといいます。
支援事例
KDDI版ジョブ型人事制度(KDDI株式会社)
KDDI株式会社では、2020年8月から導入した新人事制度のもと、「自律的なキャリア形成」をテーマに据えて、キャリア開発を進めています。
人事本部が研修内容を決める従来型の研修から、各従業員が学びたい内容を考える手挙げ制に移行しました。また、公募制の人事異動に加え、従業員自らの意思で異動できるようにすることを目指しています。
(2)社内副業制度
業務時間の2割を社内副業に充てられる制度です。異動しなくても、さまざまな現場を経験し、多様な成長の機会を得ることが狙いです。2021年度上期は、社内副業の募集に120名近い応募がありました。
5.キャリア理論をいかす
キャリア支援では、以下のようなキャリア理論を活用できます。
キャリア理論 | 概要 | 活用例 |
プランド・ハップンスタンス理論 | 「キャリアの8割は偶然の出来事によって形成される」という考え方。偶然の出来事も利用し、キャリアを形成する。ただし、積極的に機会を作り出したり、機会を活かせる能力を身につけたりするよう、努力が必要である。 | 偶発的なキャリアに戸惑う従業員に対して、「チャンスと捉えてチャレンジしてみること」をすすめて支援することで、従業員の能力向上やモチベーションキープが期待できる。 |
キャリア・アンカー | キャリア選択の際に、自分にとって最も大切な価値観や欲求、動機、能力などを、人生のアンカー(Anchor:船のいかり)にたとえたもの。生涯にわたって、個人の重要な意思決定に影響を与え続けるとされている。 | 長期的なキャリアビジョンに悩んでいる従業員に「どのような仕事をしたいか」「組織の中でどんな役割につきたいか」など、自らの価値観に関する質問を投げかけ、価値観を探る。一人ひとりのキャリア・アンカーを見極めることで、適材適所の人員配置や効果的な研修体系の構築ができる。 |
プロティアン・キャリア | 社会や経済など、環境の変化に応じて自分の働き方や能力を柔軟に変えるキャリアのこと。自己成長や充実感など、心理的な成功を目指す。 | 昇進・昇格などが止まり、組織内キャリアに限界が来て、従業員のモチベーションが低下することがある。そのときにプロティアン・キャリアの考えを応用することで、従業員は仕事の面白さに気づいたり、モチベーションを高めたりする。ひいては、企業の生産性向上も期待できる。 |
ライフキャリア・レインボー | キャリア発達に役割(家庭人・労働者など)と時間(年齢)を組み合わせた考え方。社会や家庭でのさまざまな役割の経験を積み重ねた結果、自身のキャリアが形成されると説いている。 | 人生の転換期を迎える従業員にライフキャリア・レインボーに沿ったアプローチをすることで、従業員の人生観や仕事観が明確になる。また、福利厚生など、企業側がサポート可能な施策を考える際にも役立つ。 |
キャリアドリフト | 自分のキャリアの大きな方向づけさえできていれば、キャリアの節目ごとにしっかりと考え、デザインするだけでよいとの考え方。偶然の出会いや出来事をチャンスとして受け止めるため、あえて「流される」ことも大切だとしている。 | 将来のビジョンが不明確な従業員に対して、キャリアドリフトの観点でアプローチしてみる。偶然に身を任せても良い点、積極的に行動し、節目ごとに深く考える点を伝えることで、安心感とやる気の醸成を試みる。 |
キャリア・アダプタビリティ | 時代の変化など、変化を受け入れ、環境に合わせて適応できる能力のこと。キャリア・アダプタビリティが高いと、異動や役割転換などにもうまく適応できる。 | 人事異動や役割転換、配置転換等に適応できない従業員には、自身のキャリアに対して、以下の四つの要素を意識するよう促す。 (1)関心を持つ(Concern) (2)コントロールする(Control) (3)探求する好奇心を持つ(Curiosity) (4)自信を持つ(Confidence) |
6.社員の「キャリア自律」をどのようにして支援すればいいのか
〈 プロフェッショナルに聞く 〉
- 大櫛 愛也さん
- アビームコンサルティング株式会社
人的資本経営 戦略ユニット マネージャー
企業経営を支援するアビームコンサルティング株式会社で人的資本経営戦略ユニットマネージャーを務める大櫛愛也さんは、企業が社員のキャリア自律を支援する際のポイントとして「キャリア施策を『線』で展開する」「社員の気持ちを動かす要素を取り入れる」「Will(やりたいこと)の高解像度化にフォーカスし、継続的に対話・検証する仕組みを作る」の3点が重要だと言います。
自律的なキャリア開発支援を行う企業は多いですが、社員自身のキャリア自律への意思や主体性は引き出せていないのが現状です。キャリア自律に関する社員の悩みと、企業が取るべき対応策は以下が挙げられます。
- 悩み:キャリア関連の施策が散在しており、活用しづらい
- 対策:社内のキャリア関連施策を再整備し、一気通貫したキャリア自律支援を行う
- 悩み:既存の施策は一般的な堅苦しいものが多く、継続する気が起きない
- 対策:簡単に楽しめる要素を取り入れた「巻き込み型」の施策にする
- 悩み:そもそも前提となるキャリア目標を描けていない
- 対策:社員のWill(やりたいこと)の高解像度化にフォーカスする
企業の自律的なキャリア開発支援が実践に結び付かないのは、そもそもキャリア自律以前の「初期段階の支援」が不十分なためです。日系企業では、企業主導で配属先や仕事内容が決まるケースが一般的であるゆえに、社員側も「キャリアは会社が決めるもの」と考える傾向が強く、キャリア形成に対する意識の醸成が進んでいません。キャリアオーナーシップを実現させるためのポイントは三点あります。
一点目は、「キャリア施策を『線』で展開する」ことです。特に大企業では経営層、事業部、人事部、近年ではダイバーシティ推進部署など、さまざまな組織がキャリアに関する施策を展開しています。社員からすると「点」の施策が社内に分散しているため、各施策における社員体験としての参加メリットや目的が分かりにくくなっています。まずは社内に「点」としてあちこちにあるキャリア・人材育成関連施策を網羅的に俯瞰し、自社が重要と考えるコンセプトに沿って会社のキャリア施策を再設計することが大切です。開催頻度、内容の重複あるいは不足といった観点から一つひとつの施策を見直し、「点」から「線」の一気通貫した支援へと変えていきます。
二点目は、「社員の気持ちを動かす要素を取り入れる」ことです。社会情勢や人事異動などキャリアは外的要因で決まることも多いため、突然「あなたは10年後にどうなっていたいですか?」と聞かれても、具体的にイメージできない社員もいます。キャリアを自分事として捉えるためには、「自分はこうありたい」というキャリアへの当事者意識を醸成させることが大切です。そのためには、できるだけキャリア自律へのインプットを増やし、Will(やりたいこと)の言語化をサポートしていく必要があります。
一方で、大量のテキストを用いた資料や文章のみの説明では、キャリア自律への興味や関心を引き出すことはできません。子供のころに遊んだカラフルなカードゲーム等の遊びの要素を活用し視覚的に訴える、性格診断を行うとおすすめのキャリアストーリーが案内されるなど、まずは社員が「やってみよう」と思えるようなアプローチを心掛ける工夫が必要です気軽な気持ちで楽しみながらキャリアについて考えることで、将来の方向性やキャリア志向が見えてきます。
三点目は、「Will(やりたいこと)の高解像度化にフォーカスし、継続的に対話・検証する仕組みを作る」。社員のWill(やりたいこと)を明確にするためには、所属や年代の異なる社員の価値観に触れることも効果的です。例えば複数の社員にキャリアインタビューを行って社内のモデルケースを掲示すれば、自分が将来どうなりたいか、そのためには社内でどんな経験を積めばいいのかといったイメージを醸成させるヒントになります。また、社員同士でキャリアに関して対話する機会を設けるのも効果的です。他人のさまざまな価値観を知ることで、自分の大切にしたい軸や譲れない価値観が明確になります。
キャリアには、昇級や昇進、組織とのマッチング、場合によっては家庭の状況といったプライベートな事柄も影響してくるため、あえて普段の仕事では接点のない社員同士で対話することも本音を引き出しやすくなる工夫の一つです。
また、これらのキャリア施策を作る、研修への参加率をKPIに設定するなど、環境を構築すること自体を目的化してしまう企業が多い一方で、施策や研修はただ行えば良いというものではありません。キャリアや志向性は常に変動していくものなので、一回きりでは効果を発揮することはできないものと心得て、例えばキャリア目標・計画立案の研修後に、社員のWill(やりたいことや目標)はどのように変化したか、アンケート等を用いて検証しながら、定期的に対話や振り返りの機会を作り長期的なキャリア支援を行っていくことが重要です。
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Will Can Must自己記入シート
「Will」「Can」「Must」の枠組みで自身のキャリアを振り返るときに使えるテンプレートです。