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変化の時代のキャリア自律と企業のキャリア形成支援

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
大阪基調講演 [OC]2018.07.19 掲載
講演写真

企業および個人において、自律的キャリア形成の重要度が増している。近年は経営環境の変化により、個人のキャリアが不安定化。企業が社員の「自分らしいキャリア」の獲得を支援することは、仕事の満足度を上げ、採用でも有利になる。企業はキャリア自律の推進にどう向き合い、具体的にどのような手を打っていくべきなのか。慶應義塾大学・高橋俊介氏が解説した。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


「キャリアの不安定化」がキャリア自律の重要度を高める

高橋氏は、企業および個人において自律的キャリア形成がなぜ重要なのかから語り始めた。その要因は四つある。一つ目は、経営環境の変化でキャリアが不安定化していることだ。

「1990年代後半の企業破綻や希望退職、事業売却撤退や経営統合などの常態化により、キャリアは不安定化していきました。現在は、これまで積み上げてきたキャリアが崩れる、という事態が起きています」

二つ目は、人生100年時代と言われる中、技術やビジネスモデルの革新により、仕事やキャリアの不安定性が高まったことだ。例えば、今後AIによって失われる仕事や生まれる仕事を見通すことは困難だ。

「AIで仕事が大きく変化することは予測できますが、具体的にどうなるかはわからない。企業も個人もどんなキャリアがいつ必要になるのか、わからなくなっています。今日の講演で申し上げたいのは、先がわからない前提の中でキャリアをどうつくればいいのか、ということです」

三つ目は、人材流動化が始まるとキャリア自律支援が人材求心力につながることだ。ミスマッチ離職防止にも効果がある。

「米国シリコンバレーで、キャリア自律を支援している企業と、していない企業の人材流出の動向を調べたところ、支援している企業ほど人材は流出していませんでした。その理由は、キャリア自律支援によって、上司と部下の間で密なコミュニケーションが生まれているからです。上司と折り合いが悪いだけで企業を辞めるのはもったいない。そのような例をつくらないためにも、キャリア自律支援は必要です」

四つ目は、若者がキャリア形成に不安感を持つことだ。今後は、企業風土の可視化が採用においても重要になる。

「企業がキャリア自律支援を行っていることを広く知らしめると、賛同する若者が増えていきます。前向きな人材を採用することにもつながるので、新卒採用戦略においても重要です」

では今後、企業にはどのようなキャリア自律支援が求められるのだろうか。高橋氏は六つのポイントを示した。

「一つ目は、外因的仕事満足から内因的満足への転換です。外因的仕事満足とは、昇進や報酬など、個人の外にモノサシがある満足です。しかし最近はそれが機能しなくなって、やりがいや成長など、個人の内にモノサシがある内因的仕事満足へ移ってきています。内因ですから、自律は必須です」

二つ目は、女性活用などが進むことでキャリアに多様性が生まれたため、個人別モデルが必要とされていることです。人によって、人生やキャリアのあり方は異なります。今後は一律のキャリア形成モデルではなく、個人別のモデルが必要です。ただし、企業がすべての情報を管理しようとしても、個人情報に関わりるため限界があります。倫理面をよく考えたうえでの対応が求められます」

三つ目は、若者に向けた正しいキャリア自律教育の必要性だ。今の日本の若者にはゆがんだキャリア観が広がっているので、正しいキャリア自律を教える必要がある。企業は状況が変わったら目標を変えるような柔軟性を持って、キャリア自律に対応しなければならない。

四つ目は、グローバルに通用するリーダーやプロフェッショナルには、キャリアコミットメントが必須であることだ。イノベーション人材は、タテ型の育成や伝承ばかりでは育たない

「五つ目は、人生100年時代のシニア活用には、個別性への対応と支援が必須であることです。仕事観が希薄なバブル入社世代をどうしていくのかが、今後は大きな課題となるでしょう。

そして六つ目は、個人のキャリア形成支援は上司だけに頼るのでは無理がある、ということです。キャリア自律では会社としての気づきや支援の仕組みが必須です。人は職場全体や顧客、学習など、いろいろなものを組み合わせて成長します。上司だけにすべての責任を負わせるのは無理があります。また、上司任せでは上司を超える人材が生まれません」

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良い「習慣・学び・仕事観」が自分らしいキャリアを生む

では、この変化の時代のキャリア自律を、企業はどのようにつくるべきなのか。高橋氏は、調査から判明したこととして、現代の仕事は個々の社員の専門性が細分化し、深化していることをあげる。これからは全員が専門性を持たなければ勝てない。また、そのうえで想定外の変化にも対応しなければならない。

「想定外変化と専門性深化の時代のキャリアのつくり方は、これまでのものとは大きく異なります。人にはキャリアを狭くして深掘りする時期と、キャリアを広げて探索する時期があます。しかし、それをどういう順番でどれくらいの期間行うのかは、個人によって異なります。この点でも、キャリア自律が必要になるのです」

では、これまで現実に自分らしいキャリアを見つけてきた人は、どんなことをしてきたのか。高橋氏は、想定外変化と専門性深化の時代に、自分らしいキャリアを見つけるための3要件をあげた。一つ目は「目標より習慣」だ。予定通りにキャリアはつくれない。良い習慣が自分らしいキャリアへと導いていく。

「スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が1999年に提唱した『計画的偶発性理論』。ここでは、個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決まる、と述べられています。キャリアは計画的につくることはできません。しかし、より良い偶然に恵まれれば満足度は高まっていく。良い習慣のある人は、良い出会いに恵まれる確率が高くなります」

二つ目は「普遍性の高い学びの能力」だ。高橋氏は、学びののこぎり曲線を積み木崩しにしない学び方が重要だと語る。

「ラーニングカーブは習熟と習得を繰り返し、のこぎり曲線を描いて積み上がります。しかし人生では、突然仕事が変わるキャリアショックを経験することもある。そのとき下まで落ちてしまうか、途中で留まるかでその後の処し方は異なります。根本的な考え方を学んでこなかった人は、下まで落ちやすい。一方、『どうしてそのやり方なのか』と腹落ちさせながら学んできた人は途中で留まり、復活も速い。深く学び、腹落ちできていることが重要です」

三つ目は「健全な仕事観」だ。自らの仕事の価値観こそが、想定外変化を主体的に乗り切り、自分らしいキャリアへと導いてくれる。

「仕事は、世の中の困りごとをなくすために存在します。働く動機が『給与のため』だけでは弱い。それ以外の仕事観を持てるかどうかが重要です」

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キャリア自律支援は福利厚生ではない。経営のために行うべきもの

では具体的に、個人がどのような行動を取ればキャリア自律が促されていくのか。ここで高橋氏は、大手企業に勤める30代・2400人に行った調査結果を示した。「これまで自分らしいキャリアがつくれたと思いますか」「キャリアを自分で切り開いてきたと思いますか」という質問に「はい」と答えた人の回答から、行動との相関を探っている。

「これらの回答は、仕事とキャリアの満足度にも大いに相関がありました。また、この先も自分が社会で通用するかという社会通用観でも相関が高い。最終的に集計から導かれた有意義な行動は、主体的ジョブデザイン行動、ネットワーキング行動、スキル開発行動の三つでした」

一つ目の「主体的ジョブデザイン行動」とは、自分の価値観やポリシーを持って仕事に取り組んでいること。要するに主体的に仕事をしている、ということだ。

「普段の仕事に自分らしさが発揮されている人は、それが積み重なって結果的にキャリア全体が自分らしくなっています。そして、社会の変化やビジネス動向についても自分なりの見解を持っている。仕事における持論を持つことが重要です。日本はこの点が弱いですね」

二つ目は「ネットワーキング行動」。人とのつながりを意識し、自ら人間関係をつくれているか。

「例えば、あるとき人から望んでいた仕事を任される。なぜこんなチャンスが来るかというと、普段から周囲に自分の思いを伝えていたからです。普段から人間関係に布石を打ったり、投資をしたりしている。ただし、ここで人との関わりを逆算ばかりしていると、危険なことになります。若い人の多くが誤解していますが、無駄のないキャリアは大変危険です。無駄がないということは、特定のシナリオがあるということ。シナリオが崩れたときに挽回できません。先が読めない時代は健全な無駄が必要です。人間関係も同じで、常に布石と投資をしておくことです」

三つ目は「スキル開発行動」。今後どのようなスキルを開発していくのか、具体的なアクションプランを持っていることだ。

「人はこの先の予測可能性と管理可能性を考えて、スキルを開発します。長期では予測が難しくても、短期ならスキル開発はコントロールできます。例えば、半年後にTOEICを受けるのなら、それまでの管理は可能です。そのため、スキル開発は具体的な目標から逆算しても問題はありません」

では、企業は今後キャリア自律の推進にどのように取り組むべきなのか。高橋氏は三つの方策を示した。一つ目は、会社としてのキャリア自律支援の考え方を社員に伝達することだ。企業としてキャリア自律をどう捉え、何を社員に求めていくのか、企業がどういう支援を行うのかについて、社員と約束する。

「一時、キャリア自律は企業の人材育成責任の放棄と捉えられたことがありました。しかし、正社員の無限定性(将来の職務、勤務地、労働時間が定められていないこと)が強いほど、その人の人生やキャリアを会社が丸抱えする必要があります。無限定性を止めないままに、雇用責任も持たないということはあり得ませんし、やってはいけない。企業は一人の社員が自律的になれるように支援しないといけません」

企業として社員をどう考えるかを、トップのメッセージとして社員に明確に伝える。高橋氏は「キャリア自律支援は福利厚生のためにやっているのではない。経営のためにやっているのだ」とトップが明確に伝えるべきだと言う。

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二つ目は、個人のマインドセットへの働きかけと個の支援だ。個人の気付き、節目感を醸成し、内省の機会を作る。支援を必要とする人には、キャリアコンサルタントなどの個別支援を行っていく。

「個人には気付きがとても重要です。マネジャーのスキルとしても、自身が見聞きしてきたものを部下に伝え、気付きを促すことは大事です。まずは気付かせ、内省させ、キャリアについて考えさせる。そんな場面をたくさんつくらないと、個別のキャリア自律は進みません」

三つ目は、個別のキャリア形成のための多様な機会提供だ。主体的な学びの機会、キャリアチェンジの機会とその支援、パラレルワークや社会活動など外部刺激を受ける機会などを与えていく。

「これら三つの施策を同時に進めると効果も高いでしょう。人事の皆さんには、一日も早く企業としてしっかりしたイメージを定め、体系的なキャリア自律を進めてほしいと思います」

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